最終話 鎌倉住みの裁縫士

「あれから、もう六年か」


 家の庭に増設した工房で、俺はふとミシンを動かす手を休めた。


 傍らの写真立ての中でマオやカニスたちと微笑む俺の姿も、もはや思い出だ。


 彼女たちは元気にやってるだろうか。


「うわああああああああああん! お義兄ちゃん! レポート手伝って! 単位が! 留年がああああああ!」


 七里がA4のレポート用紙を手に、工房へと駆けこんでくる。


 六年経っても、俺の愚妹は何も変わらなかった。


 見た目こそ、小学生から中学生くらいには成長したが、それでもとても大学生には見えない。


「仕事の納期があるから無理。石上と恵美奈さんの結婚式用に納品する大切なやつだから」


 大学の在学中、俺はアパレル会社を立ち上げた。


 もちろん、初めは特にそれを本業にしようと思っていた訳ではなく、俺が裁縫好きで、瀬成がファッションに詳しいということもあり、何か二人で共通の趣味を持てたらいいね、という流れから、彼女がデザインした服を俺が縫って仕上げたらいいんじゃないか、ということになったのだ。


 いわばバイト+サークル感覚の遊び半分での起業だった。


 初めはいまだダンジョンに挑戦を続ける冒険者に、細々とお手頃価格で服を提供していたのだが、そのデザインの良さが口コミで話題になり、ちょくちょく一般の人からも注文を受けるようになった。


 話題性でなく実力で勝負したいということで、一応、作り手が俺と瀬成であるということは伏せていたのだが、いつの間にかハリウッドスターになっていたチーフが、俺たちの服を愛用してくれ、それはありがたいのだが、何かのインタビューでぽろっと生産者が俺たちだとバラしてしまい、あの世界を救った英雄の作った服だということで、一挙に人気が沸騰。


 舞い込んでくる注文に生産が追い付かなくなって困った俺たちは、仕方なくロックさんの協力を仰ぎ、本格的な流通と量産の体制を整えた。


 色々苦労もあったが、努力の甲斐あって、六年経った今では、世界的にもそれなりに認知されているブランドとなっている。


「こっちだって時間がないんだよ! 今日の五時までに提出しないとゲームオーバーなのに!」


「なに言ってんだ。お前、バイトもしてないんだがら時間は有り余ってるだろうが。どうせ夜遅くまでネトゲやってたんだろ」


「違うよ! いや、ネトゲはやってたけど、礫ちゃんとやってたんだよ。礫ちゃんは大切な取引先であるロックさんの妹なんだから、いわばこれは仕事だよ! 接待だよ! 接待!」


「いやむしろ向こうがお前を接待してくれてんだろ。礫ちゃん、大学受験で忙しい時期なのに」


 今でも、礫ちゃんはたまに家に遊びに来てくれる。


 相変わらず俺のことをご主人様と呼んでくれるのだが、七里と違って礫ちゃんはバリバリ絶世の美少女へと成長しているので、そろそろシャレにならない感じもする。


「兄さーん! やりました! 私やりましたあああああああああああああああああああああ!」


「おかえり。由比。どうしたの?」


 俺は部屋に転がり込んできた由比を見遣る。


 由比は相変わらず俺の家で暮らしている。


 まだ大学生の彼女だが、その美貌とスタイルの良さを活かして、俺のブランドの専属モデルとして活躍しており、最近はちらほらテレビにも出るようになった。


 将来的には芸能方面に進むのかもしれない。


「ほら! 見てください! これで、私は名実とも兄さんと姉さんの妹! 完全無欠に妹です!」


「おっ、もう出たんだ。おめでとう」


「おー、これで由比も真・妹ちゃんに進化した訳だねー」


 由比が興奮気味に俺に見せびらかしてきたのは、養子縁組受理証明書。


 成人を機に、由比が正式に俺たちの家族になりたいと動いていたことは知っていた。


 親の説得とかでは協力もしたが、俺としては形式的なものはどうでもよく、由比はとっくに家族で妹だった。だけど、彼女的にはきちんと形に残るものが欲しかったらしい。


「ただいまー。大和」


「おかえり。瀬成。今日はちょっと遅かったけど、なんか神社の方であった?」


 瀬成は今でも時々、鶴岡八幡宮で巫女の手伝いをしている。


 大体午前中に終わることが多いのだが、今日は午後にまで食い込んでいた。


「ううん。神社の方は普通に終わったんだけど、ちょっと寄るところがあって」


「ほらほら見てください! これで私も兄さんの正式な妹です! これからは小姑としてガシガシあなたの嫁としての働きをチェックしていきますから、覚悟してくださいね!」


 由比が証明書を片手に由比に詰め寄る。


「そっか。よかったじゃん。良いことって重なるんだね。ウチもちょうど大和に言わなくちゃいけないことができたところだったし」


 瀬成は由比の挑発を余裕で受け流し、自身のお腹を愛おしげに撫でる。


「え? え? え? は? は? は? ちょっと待ってくださいよ。な、何ですかその仕草。ま、まさか、まさか、あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああ!」


 由比の絶叫が響き渡る。


 俺が驚くより先に、由比に驚かれてしまい、思わず大声を出しそびれる。


「……産着、編まないとな」


 だから、代わりに俺はぽつりと呟いた。


「大和……うん」


 瀬成が瞳を潤ませて頷く。


「お、お、お義兄ちゃん! 大変だよ!」


 七里が唐突に叫ぶ。


「なんだよ。レポートなら自分でやれ」


「違うよ! デバイスのメッセージ見て! 今すぐ!」


 七里はそう言って、勝手に俺のデバイスをタップする。


『タイトル:『クレイジーバーストオンライン』 クローズドβテスター 当選のお知らせ

 差出人:ダイゴ

                                     』


「……」


 俺はそのメッセージを最後まで読むことなく、無言で迅速にデリートした。


「いいの? 今最も期待されてる新作オンゲだよ? 何億円積んでも手に入らないテスター参加権なんだよ?」


 七里が確認するように言って、俺の表情を窺う。


「もうゲームは十分だ」


 俺は首を横に振って、デバイスを閉じる。


「ふふ。そっか。お義兄ちゃんがやらないなら、私ももういいかな」


 七里は喜びを噛みしめるように呟いて、そっと微笑む。


 やがて彼女のデバイスが音もなくシャットダウンされると、ファンタジーの残滓は、俺の視界から跡形もなく消え失せた。


 そう。


 もうゲームは必要ない。


 だって、俺たちは生きていくのだから。


 この――『オフライン』な現実を。




===============あとがき===============

 ということで、これにて本作は完結です。

 最後までお付き合いくださった読者の皆様に厚く御礼申し上げます。

 本作は八年以上前に書いた古い作品なのですが、今、改めてみると、昔からクレイジーキャラ好きな所は我ながら変わってないなとなんとも言えない感慨に浸っております。

 もし拙作を楽しんで頂けましたら、★やお気に入り登録などで応援して頂けると大変ありがたいです。


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