第53話 ランクアップ
それぞれの自宅に帰ってから一日、俺たちは泥のように眠った。
そしてその四日後、終業式を翌日に控えたその日に、またしても俺は小田原さんにクエストの報告をするために、鎌倉市役所へと出向いていた。
いつもの面談ブースで小田原さんと向き合う。
「お・め・で・と・う・ご・ざ・い・ま・す」
小田原さんは感情を押し殺したようなロボット口調でそう言って、俺のデバイスに何かを送りつけてきた。
見れば、それは昨日の新聞記事で、『首都防衛軍』がAクラスモンスターを討伐し、秩父ダンジョンを制覇したことが一面で報じられていた。そして、その隅っこでおまけのように、『予期せぬモンスターの奇襲も。読めぬボスバトル』と題したコラムがあり、俺たちギルド名がちらっと触れられていた。
『新聞は一字一句逃さず読みます』というような変態でもない限り、読み飛ばしてしまうような小ささだ。
俺がぱっとそれに気づいたのは、小田原さんがペイントで該当箇所をでかでかと囲ってくれていたからである。
「ああ、はい。俺たちのことがのってますね。……もしかして、怒ってます?」
「怒ってないでーす」
小田原さんが投げ遣りに返してくる。
「怒ってるじゃないですか。今回はちゃんと事前にクエストの内容も、小田原さんに通達しましたし、許可もしっかりもらいましたよね?」
一応、ちゃんと筋は通したはずだ。
「そうよ。だから、怒ってないの。ただ、ちょっと拗ねてるだけ」
小田原さんが唇を尖らせる。
「なんでですか?」
「それはー、私の知らない所で鶴岡くんたちが勝手に『ザイ=ラマクカ』がBランクに昇格するというぶっちゃけあり得ない大出世を達成しちゃったからでーす!」
「マジすか? え、マジでBランク?」
俺は思わず二度、聞き返してしまった。
「私が嘘ついて何の得があるっていうのよー。私もさー、正直、初めその報告を受けた時二度見しちゃった。まだ、Cランクなら全然わかるのよ。でも、Bランクはさすがにびびるわよ。だって、『カロン・ファンタジア』のCランクとBランクの間の壁って、普通はこんなに簡単に乗り越えらんないものでしょ?」
小田原さんが眉を潜める。
「ですよね。俺たちのゲーム時代のランクも普通にCが限界でしたもん。まあ、でも、国が作った冒険者組合のランクと、『カロン・ファンタジア』のギルドランク
の選定基準は違うでしょう?」
ゲーム時代、BランクとCランクの間には、いわゆる、『上級者と中級者の壁』が存在していた。全体の比率で言えば、Bランク以上は全体の10%の『選ばれし者』だった。名前だけ登録して、実質的にはほとんど活動していない幽霊ユーザーが増えた今なら、そのパーセンテージは更に低くなるだろう。
しかし、実質的な難易度でいえば、冒険者の供給より需要の方が大きい今の方が、ランクアップの難易度は下がってるはずだ。
もちろん、本当に鴨居さんが二階級特進させてくれたことには素直に感謝しているのだけれど、過大評価は困る。
「うん。そりゃさ。確かに今、世界は冒険者不足よ? だから、まあ、ゲーム時代よりも国が作ったランク制度の認定基準が甘くなるのは仕方ない。でも、いくらなんでも早すぎよー。私としては、失敗も成功も共有し合って、徐々にギルドを成長させていく――みたいな展開を妄想してたのにー」
「ははは。でも、別にランクが上がっても特にデメリットはないですよね。まあ、うちみたいな小規模なギルドだとメリットも活かしにくいですが」
ゲームのシステム上の優遇は、ギルド定員の増加、本拠地指定できる規模の拡大などだ。今俺たちが入っている国が作った組合も、ゲームのシステムに連動する形で、ギルド定員数の増加が許されたはずだが、四人しかいない零細ギルドである『ザイ=ラマクカ』にとってはあんまり意味がない話だ。
「でも、引き受けられるクエストの限界は上がったでしょ。私はそれが心配なの」
小田原さんが顔をしかめた。
「それは、俺たちが無茶しなきゃいいだけの話では?」
「基本的にはね。でも、こうして国が特別措置でランクを上げてきたってことは、向こうは鶴岡くんたちをこき使う気まんまんってことよ。断れないような依頼の出し方をしてきて、あなたたちが厄介事を押し付けられるはめにもなりかねないわ。あっ、もちろん、あなたの出世を打診した鴨居さんには悪意はないと思うけどね」
小田原さんはそう言ってすっと目を細める。
「心配してくださってありがとうございます。やっぱり、小田原さんはいい人ですね」
俺は小田原さんに向けて微笑んだ。
「な、何よ。いきなり、ほめても何も出ないわよ」
小田原さんは顔を真っ赤にして椅子を引いた。
「そんなんじゃありませんって。でも、大丈夫です。死ぬような危険なクエストを押しつけられるくらいなら、速攻でギルドなんて解散します。俺、小田原さんの言葉は忘れてませんから。冒険者にとって一番重要なのは、『死なないこと』。でしょう?」
正直、俺は秩父ダンジョンのクエストを引き受けたことも、後悔とまでは言わないが、我ながら軽率だったと思い始めていた。
なるべく安全は確認したつもりだったが、結果的には、七里たちを危険な目に合わせてしまったのだから。
今後は、クエストを受けるにしろ、それこそゴミ掃除や商店街の警護みたいな、未知の要素がほぼゼロの安全なものだけにしよう。仲間が危険にさらされているならともかく、間違っても好奇心に駆られて動くような真似はしない。
たとえ七里にせっつかれてもだ。
「うん。……それがわかってるならこれ以上は何も言わないわ。ぶっちゃけ、鶴岡くんたちが出世したおかげで私の時給も上がってありがたかったしね!」
小田原さんが冗談めかして笑った。
=================あとがき================
いつも拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。
これにて、第Ⅰ部第二章は終わりです。
なんとか秩父から帰ってこられました。物語が始まった予感?
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