第52話 帰還
「なになにー、何の話ー」
向こうから軍用の備品を抱えた鴨井さんがやってくる。
「鶴岡くんがマジで漢の中の漢だって話です」
「おおー、その件か。今日は本当に助かったよ。もし大和くんがいなかったら、運び屋の部隊は全滅。ロックくんたちのギルドも死人が出るのは避けられなかったんじゃないかな。もちろん、私も降格待ったなし!」
「いや、さすがにそれは……いくらなんでも本当にやばくなったら、ダイゴさんが動いてたんじゃないですか」
まあ死人なしという訳にはいかなかっただろうが、さすがに全員見捨てていくなんてことはない……とは断言できないか。
「ないない。大和くんが思っている以上に、首都防衛軍はやばいの。私の言うことなんて聞きゃあしないわ。強大な力を持っている上に行動が読めないスタンドプレーの英雄様なんて、軍隊にとっちゃ最悪の存在よ。もうちょっと大人になってくんないかなー」
鴨居さんがぼやく。
「俺たちみたいな素人の集団をまとめなきゃいけないんですもんね。心中お察しします」
「うん。逆に大和くんは大人すぎかな。自意識の肥大した高校生らしく『俺tueeeee』って態度でもいいのよ? 君にはその権利がある! 実際、二度も私のピンチを救ってくれたんだから、私にとっては首都防衛軍よりも大和くんの方がよっぽど英雄よ」
鴨居さんがビシっと指を突きつけて言う。
「大人ぶってるだけですよ」
実際、俺はそこまで人間ができてる訳じゃない。七里の世話をしている内に大人のふりをするのが上手くなってしまっただけだ。
「まあ、それならそれでいいわ! とにかく、『ザイ=ラマクカ』の活躍はばっちり上に報告しておいてあげるから。場合によっちゃ二階級特進もあり得るわよ!」
「いや、何かそれって死亡フラグみたいで嫌です」
「あははは、そうよね。ごめん」
鴨居さんがからからと笑う。
「でも、こづえさん。今回の探索の成果はこれで大丈夫っすか? 中断される感じになっちゃいましたけど」
「うーん、微妙な所ね。サンプルの採集は十分。でも、ダンジョン最深部までのマッピングには失敗。『首都防衛軍』が情報を回してくれればいいけど、それは期待できない。で、この事故のことはネチネチ責められるだろうから……まあ、ちょっとマイナスって感じ?」
「えー、こづえっちは悪くないじゃん! 悪いのはモンスターだよ」
「うん。それに、力がある癖に出し渋るあのガキみたいなおっさんが悪い」
七里と腰越が憤慨する。
「うん。私もそう思うんだけどねー。一応、自衛隊もお役所だから、ジメジメめんどくさいのよ。でも、そうね。例えば……、ロックくんが超貴重なサンプルであるエルドラドゴーレムのドロップアイテムを譲ってくれると形成が変わってくるんだけどなー。チラっ」
鴨居さんは露骨に口で効果音を出して、ロックさんの方を盗み見た。
「んー、できることならこづえさんに協力したい所ですけど、俺も一応、ギルマスですからね。ギルドの利益を一番に考えないと。今回の探索でかなり武器とかアイテムとか消耗しましたし、メンバーに報酬を支払わないと。つーことで、それなりの対価は頂きますよ」
すんなりあげるかと思ったが、ロックさんは意外にシビアだった。そうでないと大きなギルドのマスターは務まらないのかもしれない。
「わかってる。言ってみただけよ。商社で百戦錬磨のロックくんとやり合う自信はぶっちゃけないわ」
鴨居さんが諦めたように肩をすくめた。
「あの……それって、俺らのドロップアイテムじゃだめなんですか?」
俺はぽつりと口を挟んだ。
「え? 何、くれるの!?」
鴨居さんが目を輝かせる。
「お義兄ちゃん! そういう趣味だったの!? こづえっちの気を引きたいの!?」
「兄さん……」
「鶴岡……」
七里の余計なひと言が俺の真意を遮り、由比と腰越のジト目を招く。
「えー、そうなの。どうしようー、私、どっちかっていうと年上が好みなんだけど、鶴岡くんなら考えてあげてもいいかなー」
鴨居さんが冗談めかしてそう言うと、腰をくねらせる。
「わかりました。じゃあ、やっぱり交渉しなくていいです。別に『至鋼』を換金する方法はいくらでもあるんで」
「ああああああ、嘘嘘。ごめんね。ちゃんと話を聞くから」
「ありがとうございます。といっても大した話じゃないんです。『至鋼』を適性なレートで他の卑金――鉄鉱石とか銅鉱石とかに交換して欲しいってだけで」
「本当に? いいの? 『至鋼』は希少だから、市場にほとんど出なくて金があっても買えないのが現状なのに」
「そうです。だからこそ、信頼できる取引相手にまとめて交換して欲しいんです」
至鋼を卑金に交換しようと思ったら、普通の取引相手なら物々交換はまず無理だ。となると、『至鋼』→現金→小口で卑金属を入手、という流れになるが、個々の交渉がめんどくさいし、取引ごとのロスも多くなる。
「なるほどなー。至鋼と鉄鉱石なら一対五百くらいのレートが妥当だろう。銅鉱石なら一対千だな。まあ、ゲーム時代でそれだから、今ならもっとレートは跳ねあがってるだろうが」
ロックさんがそう相場を口にする。
「んー、上の承認を得なければならないけど、それなら何とかなると思う。でも、そんなにたくさんの卑金属をどうするの?」
「ああ、はい。腰越の鍛冶の練習用にちょうどいいかと思って」
「え ウチ?」
腰越がぽかんとした顔で言った。
「ああ。約束しただろ? 鉱物のアイテムが入ったら優先的に回してやるって。でも現状、『至鋼』があっても、腰越はスキルのレベルが足りなくて打てないし、数も足りない。それなら練習用のアイテムがたくさんあった方がいいと思ったんだ」
現状のままでは、腰越はほとんど『カロン・ファンタジア』の鍛冶職として戦力にならない。それは、ギルドにとっても、腰越の夢にとってもマイナスだ。スキル効率が落ちたとはいっても、そこそこのレベルまで上げてもらわないと困る。
「覚えててくれたんだ……」
腰越がはにかむ。
「もうー、お義兄ちゃんは本当に女の子に甘いなあ……。ま、それがいいところでもあるんだけどね」
七里が知ったような口を聞く。
「兄さん。お言葉ですが、みんなの共有財産を勝手に処分するのはどうかと思います」
由比が唇を尖らせた。
「それもそうだな。じゃあ、俺と腰越の分だけにしよう。……ってことで鴨居さん。とりあえず、十個ってことでいいですか? サンプルだったらそんなに数はいりませんよね?」
「そうね。こちらとしては、貴重な金属を入手したっていう実績ができればそれでいいわ。本当―、助かるうう。大和くん様様だわ。さっ、じゃ、さっさと片付け終わらせて宝珠でぱぱっと帰りましょ。具体的な交渉は帰ってからね」
鴨居さんがそう言ってはしゃぐ。
「わかりました」
俺は頷いた。
「よーし! やる気でてきたああ。じゃ、またあとでね!」
鴨居さんが手をぷらぷらと振って離れていく。
「上手いことまとまったな。じゃ、俺たちもそろそろ行くぜ」
「何かあったら連絡してください」
ロックさんと礫ちゃんがそう言って踵を返す。
「はい。お疲れ様でした」
「またねー」
二人の姿を俺たちは見送った。
「では、私たちもそろそろ行きますか?」
由比がそう提案した。
既に、運び屋のほとんどは帰還の宝珠を使用してさっさと外に出ている。
「そうだね。じゃ俺たちも戻ろう」
「おっけー!」
七里の姿が消える。
「さ、では兄さんも」
「ああ。すぐいくよ。一応、ギルドリーダーとしてみんなの消えるのを見届けてからね」
「わかりました。早く来てくださいね」
由比が微笑と共に消えた。
俺の目は自然と最後に残った腰越に向く。
腰越は、なぜか指をもじもじ擦り合わせていた。
「どうした? 操作方法がわからないとかないよな?」
「そんな訳ないでしょ!」
「そうか。じゃ、早く使ってくれ」
「つ、使うし」
腰越はぶっきらぼうにそう言って、虚空に指を這わせる。そして、タップしようと指を上げて、ぴたりと止めた。
「大和」
「え?」
いきなり下の名前を呼ばれた俺は、間抜けな声を漏らす。
心臓が早鐘のごとく打った。
「ありがとっ!」
俺が何かを問う暇もなく、腰越はぎゅっと目を瞑って、指の腹を虚空に叩きつけた。
「ふう……」
腰越の姿が見えなくなるのを確認した俺は、高鳴る胸の鼓動を抑えるように深呼吸を一つする。
「行くか」
誰に向けてでもなくそう呟いて、俺は静かにアイテムコマンドを実行した。
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