第51話 勝利の余韻

 ロックさんを加えた石岩道のギルドは、他ギルドの支援を得つつ、熟練の連携で確実にエルドラドゴーレムを撃破した。時間にして、およそ授業一コマ分くらいだろうか。即席の混成軍でも礫ちゃんは見事な指揮を見せ、ギルドリーダーになったばかりの俺としては、勉強させてもらうばかりだった。


「あー、さすがに疲れましたねー」


 由比が気だるげに呟いた。


「ま、命があるだけマシ」


 腰越の顔にもさすがに披露の色が濃い。


 かくいう俺も、正直、一刻も早く家に帰って一っ風呂浴びたい気分だった。


「予想外のことが多過ぎたな。やっぱりクエストに絶対はないんだ。これからは前より慎重に行かないと」


 俺は自戒を込めて呟く。


「えー、もっと冒険したいよー。せっかくお義兄ちゃんが勇者になったんだから、もっとガンガン行けばいいのにー」


 ただ一人七里だけが不満げに唇を尖らせた。無駄に元気だ。きっと、一番働いてないからに違いない。


 ボス戦を終えた一行は、早々にキャンプの撤収にかかっていた。


 もちろん、俺たちもこれ以上検索を続ける気はさらさらなく、さっさと地上に帰還するつもりだ。


「よう兄弟! よくやってくれたな! 今日のMVPは間違いなくお前だぜ!」


 背中を強く叩かれる。


 振り向けばロックさんがいた。片腕で、テント資材を担ぎ、礫ちゃんを肩車している。


 というかいつの間に兄弟になったんだろう。


「いや、それはロックさんでしょう。俺にはとてもあんな無茶はできませんよ。とにかく助かりました」


 俺は頭を下げた。


「いや、それこそこっちの台詞だ! 俺としては時間を稼いでいる間に何とか逃げる手段を見つけてくれることを期待していたんだが、まさか倒しちまうとはな! さすがは俺が見込んだ男だぜ!」


「調子に乗らないでください。岩尾兄さんはもう少し自重というものを覚えるべきです!」


 礫ちゃんがロックさんの頭をぺちぺちと叩く。その目は真剣だ。


 俺にも七里という無茶をし過ぎる家族がいるから、その気持ちは良くわかる。まあ、有能さという面ではロックさんと七里を比較するのはあまりにも失礼なのだが。


「でも、かっこよかったよ! 『俺のことは気にせず先に行け!』的なシチュエーションって、一度は遭遇してみたいシーンのベスト3には必ず入るよね!」


「うるさい黙れ」


 ふざけたことをほざく七里の頭を小突く。


 今回はたまたま死人が出なかったものの、一歩間違えればまじで洒落にならない状況だったのだ。


 礫ちゃんが、俺に憐れみの視線を向けてくる。


「……とにかく、今回の件、助かりました。これで鶴岡さんには一つ借りができたことになりますね」


「え? いや、エルドラドゴーレムを倒したのは止むにやまれぬ共闘って感じだし、貸し借りとかじゃなくない?」


 俺もロックさんも生き残るために最善を尽くした。


「そのことではありません。岩尾兄さんから聞きました。鶴岡さんは私たちを助けるために、頭のねじのぶっとんだ『首都防衛軍』の連中に膝を折ってくれたと」


「ああ、そっちか。別に貸し借りっていうほどのものでもないよ。頭を下げる分にはタダだし」


「そんなこと言うなよ! 兄弟! 男のプライドは時に命より重いんだぜ!」


「はあ、そういうもんですかねえ。まあ、確かに端から見ればかっこ悪い光景だったとはおもいますけど」


「そんなことないです! 兄さんは最高に男らしかったですよ! 思わず濡れちゃいました!」


「う、ウチも無駄に威張り散らしているガキよりはマシだと思う」


「うん、お兄ちゃんを生まれて初めてかっこいいと思ったよ! 『道化なる裁縫士』、最高!」


 みんなに気を使われてしまった。


 七里だけはちょっと腹立つ。


 よくわからない。気分が悪い度合いでいうなら、他人に頭を下げる屈辱感よりも、救えるかもしれない誰かを見殺しにする罪悪感の方が大きい気がする。自分の命を失う危険があるなら、俺だってあんなことはしないが、さっきの状況はほぼノーリスクだった訳だし。


 まあ、そもそも俺は昔から、そういう男らしさとやらには鈍感だった。そうじゃなきゃ、裁縫なんてものを趣味にしたりはしない。


「とにかく、何か私たちにしてもらいたいことはありませんか」


 礫ちゃんが繰り返す。


「ごめん。今は特に思いつかないや。前に話した、仕事の件を上手く進めてくれればそれで十分だよ」


「それは、お互いに利のあるビジネスなので借りを返したことにはなりませんね。では、とりあえずは借りのままにしておくとしましょう」


 礫ちゃんが残念そうに呟いた。

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