第50話 ウェスティトール・クラウン

「ダイゴくん。いい加減にして。本気で人の命がかかってるの。あなたはまだゲームをやってるつもりなのかもしれないけど、今は子どものままごとになんか付き合ってる場合じゃないの。こんなことは言いたくないけれど、あなたたちがこのまま『石岩道』や他の向こうに取り残された人たちを見捨てるというのなら、最悪、政府からの『公認ギルド』取り消しもあり得るわ」


 普段温厚な鴨居さんが怒りを滲ませて脅しめいたことを口にする。


「ん? 何か言ったか? アスガルド語で喋ってくれ。全く異邦人の言葉は分かりにくいから困る」


 ダイゴさんは強引な難聴スキルを発動した。彼にとって、『カロン・ファンタジア』以外の世界は『なかったこと』になっているのだ。


 おそらく、彼に現実の利害関係を持ち出して圧力をかけるのは却って逆効果なのだろう。


 全くふざけた話だとは思うが、今は礫ちゃんたちが心配だ。何とか『首都防衛軍』の力を借りて、せめて瓦礫ぐらいは壊してもらわないとどうしようもない。


 ならば――、彼を説得するには『アスガルド語で』話すしかないのだろう。


「七里、ダイゴさんの『設定』を覚えているか?」


 重度の厨二病罹患者である七里にそう問いかける。『カロン・ファンタジア』には、二次創作的な活動として、自分のオリジナルキャラ、もとい妄想を垂れ流している者がたくさんいた。その中で秀逸な者は書籍化なんかされたりしていて、『騒動以後』有名になったダイゴさんのそれは、度々ニュースで紹介されていた気がする。


 いわゆる公開処刑だ。


 俺はそういったものには全く興味がなかったが、七里は食い入るように観ていた記憶がある。


「うん……えーっと、確か、世界を救った伝説の光の勇者の末裔で、父親はウィロウ国の将軍にして、七度魔獣の大攻勢を退けた英雄ポロロッカ。その息子であるダイゴさんは父親の厳しい教育に耐えかねて、国を出奔。以後、出自を隠し、父親を見返すために各地のダンジョンを遍歴したの。その後、『閃光のダイゴ』と呼ばれるほどの力を身に着けた後、国に戻ったら、祖国は八度目の大攻勢スタンピートであっさり滅んじゃってたんだって。その後は自分の浅はかさを反省したダイゴさんは、敢えて適性のある『光』の属性を封印して、『闇』の属性の武器を好んで愛用している――っていう感じだったかな。イカスよね!」


 七里が目を輝かせた。


 全然いかさない。


 本当にめんどくさい妄想である。


 だが、今はそれに付き合ってみるとしよう。


「がっかりしました。塔破壊ダイゴがどれほどのものかと思ってみれば、ただの小物じゃないですか。全く、あなたに憧れていた俺が馬鹿みたいだ」


 俺はわざと煽るような口調でそう言った。


「あ? 誰だお前」


 ダイゴさんがこちらを険しい目つきで一瞥する。


「……あなたは覚えてないでしょうね。私が生まれた時、すでにウィロウにあなたはいませんでしたから。ですが、俺のことは知らなくても、俺の父の名は知っているはずです。伝説の裁縫士タイヤール。あなたの産着を編んだこともある」


 繰り返すがこれはただの妄想である。


 俺の本当の親父の名は浩一。出版社勤務の腹の出っ張ったおっさんだ。


「ふっ……まさか、ここでその名が出るとはな。『天上の仕立て屋 タイヤール』。ありとあらゆる精霊刺繍を使いこなし、奴の作った一品は神すら人間に姿を変えて求めにくるほどだったという。タイヤールは八度目の大暴走で滅びたはずだが、まさか奴の息子が生きていたとは」


 ダイゴさんがすらすらと返してきた。


 俺の過去が勝手に捏造されていく。


 でもまあ、良かった。


 いきなり素に戻られて「はっ、知らんし」とかでも言われたら自殺したくなる所だった。


「守ってくれたんですよ。父の最高傑作『水晶衣』が魔物から俺の身体を隠してね。全てが終わった後の腐臭は今でも俺の鼻に焼き付いてはなれない」


 俺は鼻をつまんで首を振った。


「だからどうした! 俺はもうウィロウとは関係ない! 関係ないんだ!」


「でも、あなたの心はそう言ってないはずだ。本当は、あなたは憧れているんだ。あなたのお父さんのような英雄に」


「ふん! 何を言ってるんだ。俺が国を滅ぼした無能な親父に憧れるはずがない! Dランク風情が分かったような口を聞くな!」


「無理して小物ぶらなくていいんですよ。あなたの奥底には、カロンの神話の時代から受け継がれた正義の心が眠っている。それを消すことはできない。だから、導きに従って正義を成すがいい」


「ふんっ、何を世迷言を。これが俺だ。やりたいようにやるし、助けたくない奴は助けない」


「そうですか。残念です。でもこれで諦めがつきました。最初はただの演技だったのかもしれない。でも、あなたは『小物』を演じているうちに本当に『小物』になってしまったんだ。狂人の真似をする者が狂人になってしまうように」


「だったらどうする?」


 ダイゴさんが低い声でそう問うて、口角を歪ませる。


「あなたが『英雄』を捨てると言うのなら。俺が拾う。俺があなたの代わりにウィロウを再建してみせる!」


「くっくっくっく、あーはははははははは!」


 ダイゴさんの交渉が、洞窟に響く。心底愉快そうに腹を抱えて、彼は笑い転げる。


「なにがおかしい?」


「なにが? なにがおかしいだって? 全てがおかしい! お前は今の自分のナリを見て見ろ! それでももう一度同じセリフを吐けるのか!」


 ダイゴさんが俺の方を顎でしゃくる。


 あっ……。


 改めて自分の姿を客観視して見れば、今の俺はかなり間抜けな格好だった。武器の針は無残に折れ、上半身には何も着てない半裸状態。それであの啖呵を切ってしまった訳である。


 とりあえず、話の流れに任せて厨二を垂れ流してたらとんでもないことになってしまった。


 だけどここまで来たら勢いで突っ切るしかない。


「ああ! それでも、言うさ! 俺は二ランク上のエルドラドゴーレムを倒した。いつかはあんただって超えてみせる! 絶対にだ!」


 もちろん、心の底ではそんなこと露ほども思っちゃいない。俺が大事なのは、あくまで日常だ。冒険も英雄も、そんなのはあくまで日常の中にある非日常的なスパイスに過ぎない。七里がいて、由比が家族になって、腰越と友達になって、そんな些細な人間関係の進展があるだけで十分な、俺の平和な日常。


「そうか! じゃあ、なってみせろ! 英雄に! さあ! お前はどう救う! あの瓦礫すらどうにもできないんじゃないのか!」


 全くもってその通り。だから、あんたにちょっとやる気を出してもらおうとこんな猿芝居をしているんじゃないか。


「ああ。何ともできない。だけど、あんたにはできなくて、俺にはできそうなことが一つだけある」


「それは?」


「今の俺には力が足りない。だから、俺の代わりにあの瓦礫を吹き飛ばしてくれ」


 俺は女王に忠誠を誓う騎士のように、ダイゴさんの前に跪いた。


 別に土下座を決めても良かったが、一応、『カロン・ファンタジア』は西欧風のファンタジーゲームなので、それっぽくしてみたのだ。


「くくくくくく! やめろ! 俺を笑い死にさせる気か! 今ご大層なセリフを吐いたその本人に、すぐさま尻尾をふるっていうのか。お前にプライドはないのか」


「そうだ。救うためなら手段を選ばない。俺はそういう人間を英雄と呼ぶと思っている」


「はあ、はあ、もういい。これ以上、続けるとボス戦より体力を消耗しそうだ」


「じゃあ、ダイゴ、俺たちに協力してくれるのか!?」


 ロックさんが声を弾ませる。


「協力はしない。だが、瓦礫を吹き飛ばすくらいは手伝ってやる。そこの道化なる裁縫士ウェスティトール・クラウンの喜劇っぷりに免じてな」


 ダイゴさんが俺の方を顎でしゃくった。


「やったね。お兄ちゃん。二つ名だよ! 二つ名! ねえ、お兄ちゃん。知ってる? クラウンには道化師と王冠、二つの意味があるんだよ! さっきのお兄ちゃんの宣言とかかってるんだね。意味深だね」


 七里がうきうきした声で耳打ちしてくる。


 うざい。何で英語の成績は壊滅的な癖に、こういうのだけには詳しいんだ。


「さあ、目に焼き付けろ! お前が小物と呼ばわった男の技を! そして、超えるべき壁のその大きさに絶望するがいい! 『剣神覇斬!』」


 ダイゴさんが振りかぶった剣を一振りする。瞬間、何もないはずの虚空に部屋を埋め尽くすほどの金色の波形が出現した。その波形は目にも止まらぬ速さで驀進し、瞬く間に瓦礫を粉砕する。


 これが、東京タワーをも容易く斬り取ったと言われる大技のスキルだ。


 でも、これでも多分、ダイゴさんの全力ではないのだろう。本人も言ってる通り、瓦礫だけを破壊する程度に威力を調節しているに違いない。


「ふん……。まあ、こんなもんか。アイカ、メンバーに通達しろ。雑魚は片づけたし、さっさとダンジョンの先に進むってな」


 急に冷めたような顔になったダイゴさんは、エルドラドゴーレムの肩から飛び降りた。普通なら、足の骨を折りそうな高さをものともせず、床に剣を刺して着地する。


「ちょっと待ちなさい! まだ、あなたたちにはこの残りのメンバーを救護する義務があるわ」


「知るか。どうせ、このアクシデントでお前らは検索を中止するだろ。だったら、さっさと宝玉を使って逃げ帰ればいい。負け犬らしくな」


 進路に立ちはだかった鴨居さんにダイゴさんが吐き捨てる。


「……そうね。そうさせてもらうわ。だから、この先のダンジョンであなたたちにもしものことがあっても、私たち自衛隊は責任を負わない。それでいいわね?」


「そんなもん。今までもこれからも求めるつもりはない。『ジエイタイ』なんて聞いたこともない胡散臭い団体に保障を求めてどうする」


 ダイゴさんは鴨居さんの言葉を鼻で笑い飛ばす。


 本当に設定に忠実だなあ。


 でも、とにかく、これで礫ちゃんの方は何とかなるはずだ。


 ロックさんもいるし、『首都防衛軍』は参加してくれないとはいえ、他にもある程度ランクの高い冒険者たちはいる。皆で叩けば、エルドラドゴーレムの一体くらいは何ともないはず。


「おい! 道化なる裁縫士!」


 脳内で冷静な計算をしていた俺の意識を、ダイゴさんの声が引き戻す。


「なんだ!」


「お前は、イカレたゲーマーをまんまとのせてしてやったりと思ってるだろう」


 急に『素』になったダイゴさんはそう言ってにやりと笑う。


「はっ? ええっと、そんなこと、ないぜ?」


 唐突な出来事に驚いた俺はしどろもどろに返答した。


 してやったりとは別に思ってないが、アホくさい演技だとは確かに思っている。


「ふん。まあいいが、一つ教えておいてやる。お前はもう『こっち』側の人間になったんだぜ。お前の口で『物語』を紡ぎ、偉大なるカロンの伝説の中にお前自身を位置づけた数分前になあ。あの瞬間、お前は、この地球のほとんどを占める七十億人の傍観者をやめて、本当の『プレイヤー』になったんだ」


 それだけ言い残して、ダイゴさんたち『首都防衛軍』はダンジョンの更なる深みへと消えていく。


 何を言ってるんだこの人は。


 狂人の戯言?


 それとも、これも何かのゲーム的な演技の一部?


「今の言葉、どういう意味だろうね。ロールプレイも一瞬やめてたみたいだし」


 七里が首を傾げた。


「さあな。とにかく、今は左に取り残された人たちの救助に専念するぞ」


 目先の敵に追われて、すぐに俺は、深く考えるのをやめた。




 Quest completed



 討伐モンスター:フォッレマジロ 1

        エルドラドゴーレム 1


 戦利品:鉄甲 1

    至鋼 20

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