第49話 英雄
「みんな、大丈夫!」
俺は寝転がったまま、首だけを起こしてその声の主を見た。
エルドラドゴーレムのビームにより崩れた瓦礫の壁を乗り越えて、鴨居さんがこちらに向かって駆けてくる。
「えへへ、大丈夫だよ! お義兄ちゃんが倒したの! 『私の』お義兄ちゃんが!」
いつの間に俺の側に来ていた七里が、自分のことのようにそう勝ち誇る。
「そう……とにかく、死者はいないようね。何よりだわ!」
鴨居さんがそう胸を撫で下ろす。
「は、はい。でも、早く左の方の救援に向かわないと、『石岩道』が!」
俺は上半身を起こして、ちらりと左を見た。
相変わらず左の壁の方は塞がったままだ。
どうせ穴が空くなら、右じゃなくて左の方が良かったのに。今、『石岩道』はメイン盾のロックさんを欠いて難渋しているに違いない。
「あっちの瓦礫は何とかできないの? そっちにはむっちゃ強い冒険者がいるんでしょ?」
「それが――」
ゴオン!
鴨居さんが苦虫を噛み潰したような顔をしたその瞬間、俺たちを轟音が襲う。
反射的に上半身を起こしてそちらを見れば、穿孔するのに四、五日は要するはずの壁が、見る影もなく吹き飛んでいた。
その威力は先程のエルドラドゴーレムの攻撃の破壊力を軽く凌駕している。
「ほう……そろそろ全滅してる頃かと思ったら、雑魚グループの割に案外しぶといな。慢心した上にくたばった哀れな冒険者の醜態で、俺様たちを楽しませてくれるんじゃないかと期待してたんだが」
そして、高みから降り注ぐ不遜な声。
その男は、全く王者のようにそこに君臨していた。
俺たちが死ぬ思いをして倒したエルドラドゴーレムが、ガラクタのように横倒しになり、三段重ねに積み重なっている。それを足蹴にして、こちらを睥睨するその男の名は――
「よう、ダイゴ。相変わらず無駄にヘイトを溜めそうな口を聞くなあ」
巷に名声を轟かせる英雄の名をロックさんがぽつりと呟いた。
「あ? 何呼び捨てにしてんだよ。Bランク風情が。高ランクの冒険者には敬語を使う。それがアスガルドの常識だ」
アスガルド、とは『カロン・ファンタジア』のゲーム時代の日本サーバーを指す異称である。
「まあそう言うなって。ゲーム時代は同じBランクとして狩り場の維持とかアイテムの回し合いとか、それなりに仲良くやってたじゃないか」
ロックさんが宥めるように言った。
「それは『騒動』が起こる前の話だろ。常に状況は変化する。それが『カロン・ファンタジア』だ。俺様のギルドはSランク、お前らのギルドは相変わらずBランク。格が違う。口の聞き方には気をつけろ。俺の影の掌握者〈スカー・インペリオム〉の錆になりたくないならな」
そう言ってダイゴさんは、彼の持つレアアイテムの長剣を、エルドラドゴーレムの頭に突き刺した。
「わかったわかった。お前が上なのは認めるよ。ダイゴさん。だから、早く礫たちを助けてくれ」
「嫌だね。誰が死のうと、俺たちの知ったことじゃない。俺様が守るのは俺様のギルドだけだ」
「ちょっと待って。ギルド『首都防衛軍』には、今回の検索のリーダーギルドとして、他のギルドの庇護をお願いしてあったでしょ?」
そう口を挟んだのは鴨居さんだった。一応、公式的にはこの場の最高責任者は鴨居さんのはずなのだけれど、実質的な力を持つ首都防衛軍には強気に出られないらしく、その口調は懇願の色合いが強い。
「あ? アイカ? 俺様たち、そんな契約したか?」
「そんなはずありませんわ。確かに、私たちのギルドは、他の全てのギルドに先行してダンジョンを検索し、道を塞ぐ敵を排除するリスクは引き受けました。けれど、他のギルドのお守りまで引き受けた覚えはなくってよ。魔女の私が、そんなつまらない雑用をすると思って?」
ダイゴさんにアイカと呼ばれた美少女は、芝居がかったお嬢様口調でそう言った。エルドラドゴーレムの死骸の肩に腰かけて、脚をプラプラさせる。
「そういうことだ。ダンジョンっていうのは、冒険者が、己の矜持をかけて命がけで挑むもの。欲の皮突っ張らせて分不相応なダンジョンに突っ込むのはお前たちの自由だ。だけど、そのケツは自分で拭け、『負け犬』どもが!」
ダイゴさんがにべもなく吐き捨てる。
「お兄ちゃん。噂は本当だったんだね。『首都防衛軍』の人たちは本物の『ロールプレイヤー』なんだって」
いつの間にか側に来ていた七里が俺の耳元で囁く。
『ロールプレイヤー』とはその名の通り、『役割を演ずる』人のことを言う。カロン・ファンタジアなら、その世界にずっぽりはまり込み、『戦士』なら『戦士』、『僧侶』なら『僧侶』になりきる。まかり間違ってもゲームの世界にリアルの話は持ち込まないし、会話や行動ももきっちり『カロン・ファンタジア』の世界観に準拠したものにする。そういうプレイスタイルをする人たちだ。世界では割と一般的な楽しみ方ではあるが、どうしてもリアルを持ち込んで村社会を形成したがる日本人では少数派にあたる。
ゲーム時代から、ロールプレイを追求していた彼らは、当時は不便と思われていた『リアル型デバイス』――つまり、剣とか杖とかの実寸大のコントローラーをわざわざ使用し、本物と同じ重さの鎧を着て、魔法の発動も、コマンド式ではなく、わざわざ自分の口で呟くという、傍から見れば『非効率で不便なやり方』を貫き通していた。そのために効率を重視する他のギルドに遅れを取り、Bランクに甘んじていたのだ。
ゲーム時代は、『厨二病乙』の一言で済ませられた彼らだったが、『騒動』が彼らの評価を一変させた。『ゲーム』が『リアル』になったからである。他の多くのギルドが、最初鎧の重さに押しつぶされていた七里みたいに、現実とゲームとのギャップに苦しむ中、『首都防衛軍』だけは何の齟齬もなく、そっくりそのままゲーム時代のパフォーマンスを現実で発揮することができたからだ。
そのため、彼らは慣れ合わない。今でもゲーム時代と同じ態度を貫き、まるで漫画かラノベの登場人物のように、冗談みたいに濃いキャラクターを演じ続けるのだ。
俺たちから見ればそれはもはやただの狂気に過ぎなかったが、でも、現実が狂ってしまったこの世界では、彼らの方が『正しい』のかもしれなかった。
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