第48話 決着
走る。
走る。
走る。
一心不乱にロックさんを殴り続けるエルドラドゴーレムの背中に、俺と腰越は飛びついた。
「おい! 馬鹿、何をやってるんだ!」
「死ぬぞ!」
事情を知らない他の者たちが、そう声をかけてくる。
「エルドラドゴーレムを『製錬』して破壊します! 弱点の首の所を狙うんです!」
説明を繰り返す由比を尻目に、俺たちはその巨体に登頂を続ける。
「悪いな。こんな成功するかもわからない作戦に巻き込んじまって」
「別に。何もしなければどちみち死ぬし」
腰越がぶっきらぼうに言った。
「だよな」
俺は苦笑する。
「それに……ちょっとはあんたのこと、信じてあげてもいいと思ってるから」
腰越はそう言うと、エルドラドゴーレムの背中をすいすいとよじ登り、首にしがみついた。
やや遅れて俺も背中を登り終える。
「お義兄ちゃん! 後三十秒しかないよ! そんでこれ! 『携帯用高炉』!」
七里が切羽詰まった声で叫び、助走と共にアイテムを投げ渡してくる。
腰越が、無言でそのアイテムをキャッチした。
エルドラドゴーレムが一撃を繰り出す度にその振動が身体に伝わって、内臓が口から飛び出そうなほどの衝撃が身体を苛んだ。
「急いでくれ! 早く!」
「わかってる。でも、こんなに揺れてちゃ『製錬』できない!」
腰越はそう叫んで、『携帯用高炉』を首に設置する。
「任せろ! 『縫い止め』!」
ロープ代わりの糸で俺と腰越の身体を固定し、手元の巨大針を射出する。それは、地面に突き刺さり、俺たちにしばしの安定をもたらした。
「これでいいだろ!」
「うん!」
「兄さん! 後二十秒です!」
由比が叫んだ。
「えっと……コマンド、コマンド。あった。で、『製錬』。『製錬』! 『製錬』!」
「どうした?」
「ど、どうしよう! できない! 『製錬』できない!」
腰越が声に焦りを滲ませる。
どういうことだ?
俺の推測は誤っていたのか?
エルドラドゴーレムは『製錬』できない?
「詳しく。パッシブスキルにはまだ『製錬』はあるか?」
「ある!」
「それにタッチできる?」
「できる! けど! 何か条件を満たしてませんってメッセージが――」
「なら、そのメッセージを素早く二回タッチしろ! そうすれば赤字で条件を満たしてない原因がわかるから!」
ドン! ドン! ドン!
『後十秒! おい。やばいんじゃないか。もう俺たちは終わりだあああああああ。死にたくない!』
意味もない乱打の轟音、意味のある誰かの叫び声、全ての音が遠い。
「あった! 『製錬に必要な最低温度を満たしていません。要+五度、だって!』
「わかった!」
俺は頷くと、おもむろに上着――硬糸の服を脱ぎ捨てた。腰越の背中から腕を回して、広げた服を高炉に覆いかぶせるようにする。
必然的に俺の腹が腰越の背中に密着する形になった。
ふっと甘い香りが匂う。
「ちょっ――!」
腰越が目を見開きこちらを振り向く。
「目の前に集中しろ! メッセージは!?」
俺は声を荒らげた。
気休めでしかないかもしれない。でも、たった五度なら、服を被せるくらいでも何とかなるはずだ。
「い、いける!」
「連打!」
俺が叫ぶのと、腰越が目にも止まらぬ速さで指を前後させるのは同時だった。
神秘的ですらあった青みがかったエルドラドゴーレムの肌が、瞬く間に錆びたドラム缶のような色に変わっていく。
「『製錬に失敗しました。クズ鉄一を獲得しました』だって! 全部同じメッセージ! これでいいんでしょ!?」
「ああ! それでいい!」
腰越のスキルレベルでは、製錬に失敗するのは至極当然だ。これが生産の現場なら途方もない希少材料の無駄遣いだが、今の目的はそんなところじゃない。
地面に突き刺していた巨大針を手繰り寄せる。
「『製糸(AT)!』」
それから、俺は腰越が作業している間に準備していた通り、間髪入れずにコマンドを連打する。
『製糸に成功しました。クズ糸1を獲得しました』『製糸に成功しました。クズ糸1を獲得しました』『製糸に成功しました。クズ糸1を獲得しました』『製糸に成功しました。クズ糸1を獲得しました』『製糸に成功しました。クズ糸1を獲得しました』『製糸に成功しました。クズ糸1を獲得しました』。
カスアイテムが出来上がった知らせと共に、エルドラドゴーレムの首が、猫が喜んでじゃれつきそうな毛玉に変わっていく。
つなぎ目を失った首があっという間にその胴体を離れ、床を粉砕し、ゴロゴロと転がる。
ビイイイイイイイイイイイイ!
ビイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
ビイイイイイイイイイイイイイイイイ!
回転するエルドラドゴーレムの首が苦し紛れに吐いたビームが、でたらめな方向に炸裂した。
天井を穿ち、床を削り、左の瓦礫の壁の一部を吹き飛ばし、あらん限りの無秩序な破壊を振りまいてやがてその動きを止めた。
「鶴岡! 核!」
腰越が叫んだ。
俺は視線を下に向ける。
首の付け根に現れたのは、禍々しい赤の球体。
頭を失っても、未だエルドラドゴーレムの打撃は止まない。
その先にいるロックさんの灰色の身体が、足のつま先から徐々に色を取り戻し始める。
「蜂の一刺し!」
巨大針を逆手に持ち、俺はありったけの力を込めて、その球体に叩きつけた。
パキン!
球体に割れ目。そのわずかな隙間めがけて、俺はひたすらに巨大針を振り下ろし、降ろし、降ろし――
パリン!
バキっ!
「やったあああああああああああああ!」
感情を爆発させる腰越の声。
俺の針の先端がはじけ飛ぶことと引き換えに、その核はついに白旗を上げた。
ぴたりと動きを止めたエルドラドゴーレムが、ゆっくりと後ろへとその身体を傾ぐ。
主を失ったエルドラドゴーレムの眷属たちが、命を失いただの土くれへと還っていく。
倒れる寸前、元に戻ったロックさんの満面の笑みを浮かべたサムズアップが、わずかに視界の端に入った。
俺は、跳ぶ。
「ゴフッ」
そして背中から落ちる。
一瞬、息がつまる。
「ハーっ」
俺は地面に仰向けになり、大きく深呼吸をした。
ぽっかり空いた穴が、満月みたいに天上に浮んでいる。
隣に転がっていた腰越が、無言でこちらに微笑みかけてきた。
『ボスモンスター エルドラドゴーレムを討伐しました。
所定条件をクリアしたため、プレイヤー鶴岡大和に新たな称号とスキルが付与されます。
称号 ジャイアントキリング(運 +2%)
称号 勇者〈ブレイバー〉(全ステータス +3%)
スキル 拡大:既成の枠にとらわらず、スキルの活用して成果をおさめた者に送られるボーナススキルです。(効果:拡大解釈 既存スキルの大幅な性能強化)』
『quest view
その時彼は思った。〈俺は勇者なんかじゃない〉
いつか彼は思うだろう。〈俺は凡人なんかじゃない〉
ともかく、奇妙な裁縫士の伝説はこうして始まったのだ』
無機質な報告と、こちらの神経を逆なでするようなフレーバーテキストが、頭の中を通り過ぎていく。
こうして、俺たちは勝った。
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