第Ⅰ部 第三章 鎌倉防衛編

第54話 豪突

 俺が面談ブースからロビーに戻ると、そこには見知った顔があった。


「あっ、鶴岡」


 俺に気付いたその見知った顔――腰越がこっちに駆け寄ってくる。


 腰越はいつものように、スポーツバッグを背負っていた。


「よう。腰越。何か役所に用事?」


「違う。その……、七里から鶴岡が市役所にいるって聞いて、それで――」


 腰越が口ごもる。


 つまり、俺に用事があるってことか。


「とりあえず、出てから話すか?」


「う、うん」


 腰越がぎこちなく頷く。


 自動ドアをくぐり、外に出た。


 日に日に威力をましていく太陽が、容赦なく照りつける。


 俺たちはその熱さに追われるように建物の陰に逃げ込んで、壁に身体を預けた。


「つ、鶴岡!」

「は、はい!」

 隣にいた腰越が唐突に身を翻し、俺の顔の横に手をついてきた。


 俺は上擦った声で返事をする。


 こういう状況を表す死語があった気がする……ああ、そう、『壁ドン』だ。


 至近距離に迫った腰越がもたらすドキドキから逃避するように、そんなことを考えた。


「これ! あげる!」


 腰越がぎゅっと目を瞑って、俺の胸に押しつけてきたのは例のスポーツバッグだった。


 衝撃が胸を震わせる。


「お、おう。……開けていいか?」


 スポーツバッグはずっしりと重い。


「う、うん」


 腰越が小声で頷いて、じーっと俺の顔を見つめてくる。


 俺はスポーツバッグに手をかけた。


 ジッパーが虫の鳴き声のような音を立てて開く。


 中から出てきたのは――


「サーベル――いや、針? これ、俺の武器か?」


 それは一言で言えば、革の鞘に刺された細長い剣だった。


 鞘から抜く。


 基本的には刺突を重視した細長く鋭利な先端がついた形状だ。一応、両刃であるが斬撃はメインでないように思える。俺が針だと判断したのは、持ち手の先に円形の糸通し用の穴が空いていたからだった。


「うん。その……鶴岡の武器、前の戦闘で壊れちゃったから、新しいのが必要だと思って。『豪突』っていうんだけど――べ、別に自分で新しいのを買うっていうなら受け取らなくてもいいけど!?」


 腰越が照れを隠すように半ギレで言った。


「いや、ありがとう。嬉しいよ。でも、その……言いにくいんだけど」


「え? なに? 何か変?」

 腰越が豪突をきょろきょろと見る。


「いや、これ『カロン・ファンタジア』のアイテムなら、デバイスでアイテム権限を移譲しないと、俺使えないんだが」


「あ、ああ、そういうこと」


 腰越がほっとしたように虚空に指を這わせる。


『鍛冶士 腰越 瀬成よりアイテム移譲の申請が届いています。受諾しますか YES NO』


 もちろんYES。


 俺はステータス画面を開く。


 腰越からもらった武器を手に馴染ませながら、そのメッセージを読む。


『 右手……豪突 腰越瀬成が鶴岡大和のために打った、鉄製の刺突用両手武器。腰越瀬成の日頃の感謝の気持ちが詰まっている。クリティカル補正+20%(刺突時) クリティカル補正+10%(斬撃時) 』


「ど、どう?」


「ああ。これなら頑丈そうだな! 気に入ったよ!」


 長さも重さも丁度いい。今まで刺突的しかできなかったので、攻撃のバリエーションも増えた。


「そ、そうなんだ……」


 腰越が無表情のまま、頬だけを引きつらせる。


 喜んでる?


「こんなのもらったら俺も張り切るしかないな! 今度、腰越の専用装備を編んでやるよ! あ、でも、それはきもいか?」


「そ、そんなのいらない! これはウチのお礼なんだから! 鶴岡から何かもらったらだめだし。その、鶴岡の分の報酬をウチに回してくれたでしょ?」

 そんなことを気にしてたのか。全く律儀な奴だ。


「いや、それは、一番効率よくパーティの力を底上げするための処置だから、気にしなくていいぞ。だから、何か礼をさせてくれ」


 本当は腰越に早く鍛冶をさせてやりたかったという想いもあるが、あんまり恩を押し売りするようなやり方は好きじゃない。


「じゃ、じゃあ! 一つ提案があるんだけど」


 腰越が声を裏返らせる。


「なんだ?」


「――大和って呼んでいい?」


 腰越が意を決したように言う。


「え?」


「そ、その七里は下の名前で呼んでるのに大和だけ名字ってのは変じゃん? 別に嫌ならいいし」


「いや。全然嫌じゃないよ。むしろ、腰越ってそういう馴れ馴れしくするの嫌いだと思ってたから、ちょっと驚いただけだ」


 俺は慌てて首を振る。


「なにそれ、ウチが無愛想だって言いたい訳?」


 腰越がすっと表情を無くす。


「無愛想って言うか、もっと感情を素直に出した方が得だと思うぞ。周りから好かれて損はない」


 腰越はすごい誠実でいい奴なのに、素っ気ない態度で誤解を受けて損をしてる。それがすごい勿体ない。


「いいの。ウチはわかる奴だけがわかれば」


 腰越がぶっきらぼうに吐き捨てた。


 まあ、腰越がそれでいいならいいか。


「そっか。じゃ、俺もこれからお前のことは瀬成って呼ぶな」


「え!?」


 腰越が目を見開く。


「なに驚いてるんだよ。お前が俺を下の名前で呼ぶなら、当然、俺もそうするに決まってるだろ?」


「そ、そうだよね。た、試しに呼び合ってもいい? 慣れないといけないし」


 腰越がそう提案する。


「おう。瀬成」


「や、大和」


「瀬成」


「大和」


 俺たちは互いの名前を呼び合い、見つめ合う。


 なんだか頬が熱くなってきた。


「じゃ、じゃあ、今日の用事はそれだけだから。ウチもう行くし」


「お、おう。そうだな。じゃあ、瀬成。明日の終業式でな」


 何となくこっぱずかしい雰囲気のまま、俺たちはその場で解散した。

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