第55話 終業式

 七月の中旬、俺たちは終業式に参加するために、学校の教室に集まっていた。


 校長の長話が、スピーカーからだらだらと流れている。


 おそらく、これが去年までなら、俺が体育館か校庭に整列させられて、誰かが貧血で倒れるまでありがたい教訓話が続いていたはずだ。しかし、モンスターの襲撃が警戒される今は、一か所にたくさんの人を集めるということ自体がリスクとなるので、こういった形式が取られているのだった。


 当然、薄めたカルピスのような校長の話を聞いている者など誰もいない。皆、夏休みの予定などの雑談に興じていて、教室はざわついていた。


 本来、それを諌めるはずの担任――クタパンはそれを放置して、何やらデバイスをいじっていた。どうせ、ゲームでもしているのだろう。


 かくいう俺も、瀬成や石上と世間話に興じていた。


「ほー、想像以上に大変な冒険だったんだなー」


 俺と瀬成が先日の秩父ダンジョンでの出来事を話すと、石上は目を見開いた。


「ああ。やっぱ、ゲーム時代とは全然違うよ。瀬成がいなかったら、ガチで死んでたかも」


「そんなことはないっしょ。大和の裁縫士は替えがきかないけど、ウチの他にも鍛冶師はいたし」


「いや、でも、その鍛冶師が俺の言うことを信じた上で、命がけでゴーレムに挑んでくれる奴かって言うと怪しいしなー」


「……ほう」


 俺たちの会話を聞いていた石上が、何かを悟ったように頷く。


「なに、にやにやしてんの?」


 瀬成が目を細める。


「いや……お前ら、いつから下の名前で呼び合うようになったんだ? もしかして、お前ら――」


「ち、違うしっ!」


「ギルドメンバー同士の連携を深めるための措置だからな。変な誤解はすんなよ!」


 俺たちは慌てて口を差し挟んだ。


「おいおい、まだ俺は何も言ってないだろー」


 石上のにやにやは止まらない。


「彼女持ちの奴には何でも色恋沙汰に見えるんだな。全く」


「だから、恵美奈は彼女じゃないって」


「別に大和は恵美奈って名前は出してなかったけど?」


「うっ……」


 石上が言葉を詰まらせる。


 俺と瀬成は意趣返しとばかりににやにやした。


「あー、羨ましいなー。どうせ、夏休みも恵美奈さんとどっか行くんだろ?」


「行かないって。本当に。俺には寺の修行があるんだから」


 俺がからかうように追い打ちをかけると、石上は真面目な顔で首を振った。


「修行って……。補講期間にやってたんじゃないの? 石上、この前の試験勉強の時に言ってたじゃん」


 瀬成がそう疑問を呈する。


「もちろんしてたぞ。でもまあ、今までやってたのは準備みたいなもので、これからが本番だな。寺で一人前に認められるための試験みたいなのがあるから」


「試験って何だ? 絶食したりすんの?」


 坊さんの修行の内容なんて知らない俺は、適当なイメージで発言する。


「いやいや。丹沢の山に篭るんだよ。俺んとこの宗派は修験道にも通じてなきゃなんねえからな」


「あー、確か丹沢って修験道の霊山だったけ。ウチも昔、武術の修行の一貫で、山歩きしたことがある。でも、昔ならともかく、今は普通にモンスターとか出てやばいんじゃないの?」


 瀬成が問う。


「そうなんだよ。並の寺なら、こんな無茶はしないだろうな。でも、俺のとこはガチだから、モンスターの危険も含めて御仏の思し召しってことで敢行するらしい。ま、そもそも、近代以前の山っていうのは、野生動物に襲われる危険が当たり前の世界だったしな。その艱難辛苦を乗り越えてこそ、悟りが得られるって訳だ」


 石上はあっけらかんとそう言い放った。


「いや、そうかもしれないけど、モンスターと野生動物を同一視はできないだろ。まじで大丈夫なのか?」


 俺は眉を潜める。


「ああ。基本的には独力でやんなくちゃいけないんだけど、一応、いざという時のために冒険者協会から呼んだ増援を待機させるらしいから」


「そうか。……なら、大丈夫だと思うけど、一応、これやるよ」


 俺はアイテム欄を呼び出して、石上にその中の一つを移譲申請する。


『身代わり人形……鶴岡大和が羽毛(粗悪)と無料糸から製作した人形です。材料にモンスターの血が染みこんでいるため、敵モンスターは、身代わり人形をアイテム使用者の召喚獣と勘違いし攻撃します。使用可能回数1 使用期限残り60日』


 要は一瞬だけ、敵のヘイトを別の所に向けられるアイテムだ。強そうな敵がいたら、このアイテムを放置して逃げるとか、そういう使い方を想定している。


「いいのか? 金払うぞ」


 石上が目を丸くしてそう提案してきた。


「いや、供給過剰で売っても儲けのなさそうなクックの羽毛とかで作ったやつだから、気にしすんな。まあ、気休め程度のお守りみたいなもんだよ。あれ、寺だからお守りじゃ駄目か。護符?」


 羽毛を見ると人形を作り、そこに詰めたくなる。編み物好きの性(さが)みたいなものだ。


 とりあえず、余った材料の分だけ作っていたら、あっという間に人形の数は二桁に達してしまっていた。ギルドメンバー全員に配っても、普通に余ってしまう。


「俺んとこの寺は神仏習合だからどっちでもいいぞ。ありがたく貰っておくよ。とにかく、二人とも、心配してくれてありがとう」


 石上がはにかんで礼を言う。


「ウチの道場も鍛錬はする方だけど、マジであんたのとこはドM過ぎ」


「はは、だから、門徒が減って困ってるんだ。それで、アミーゴたちは夏休みどうするんだ? やっぱりがっつり冒険か?」


「いや……、正直、秩父ダンジョンの探索でだいぶこりたから、しばらくは冒険は中断して、色んな意味で力を蓄えるつもりだ」


 ロックさんに納入する約束となっている装備品を編んでギルドの資金力を増強しなきゃいけないし、俺自身の趣味の編み物だってしたい。


「ウチも、大和が材料くれたし、しばらくは鍛冶に専念したいかな。携帯用高炉も買って貰ったからいつでも練習できるし」


 瀬成が続ける。


 前のダンジョン攻略で思いの他役に立ったので、多少値は張るが、俺はギルドの資産で瀬成に携帯用の高炉を買い与えていた。


 当分、ゴーレムのいるようなダンジョンに潜る予定はないが、万が一どこかで同じような敵に遭遇した時のための対策だ。


 倒す方法がわかってるのに、アイテムがないせいで死んだなんてことになったら浮ばれない。


「そうか……、でも、七里ちゃんは納得するかな?」


「しないだろうな。でも、俺が許さない。あいつは冒険したいなら、もうちょっと体力をつけなきゃだめだ。もちろん、俺たちも、これから先も冒険を続けるなら戦闘の訓練もしないとな」


 そっちの方の訓練は瀬成がつけてくれることになっている。


「なんつーか、お互い中々ストイックな夏休みになりそうだなあ」


 石上が苦笑して、首の髑髏のネックレスを撫でた。

 

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