第11話 横浜散歩 七里と由比の馴れ初め

 俺たちの住居から横浜までは、電車で30分弱の距離にある。騒動以後も、相変わらずさかえているこの街は、活気に満ちていた。


 一通り服の類を買い終わり、今は洒落た赤レンガ倉庫を行く七里と由比ちゃんに、俺は少し後ろからついて行く。パシりとして使われるのは癪だが、こうして七里に家族である俺以外の友達ができたのは素直に喜ばしいことだと思う。


「お義兄ちゃん、なににやけてるの? そんなに誰かとお出かけできるのが嬉しかった? お兄ちゃん友達いないもんねー」


 にやにやしたカワウソみたいな憎たらしい顔でこちらを振り向く。


「いや、それはお前だから!」


 俺はそう抗議して、肩にかけた横文字のブランド名が印刷された買い物袋の位置を直す。俺にだって、友達はいる。ただ、家事とかをこなさなきゃいけない関係で放課後遊びに行ったりする時間を取れないだけだ。


 言い訳じゃない。言い訳じゃない。


「私には由比がいるもーん。ねえ」


 七里はドヤ顔でそう言うと由比ちゃんの腕に抱き着いた。


「うん……でも、私も由比ちゃんとこうして鎌倉以外の所にお出かけするのは初めてだから、嬉しいよ」


 由比ちゃんは七里のなすがままにされながらはにかむ。


「あ、そうなんだ。そういえば、由比ちゃんと七里って、どこで仲良くなったんだっけ?」


 ある日突然、七里が「ギルドに新しい女の子が入ったの!」と狂喜乱舞して報告しにきたことは覚えているのだが、そういえば詳しい馴れ初めは知らない。少なくとも中学に入ってからの関係で、そう長い付き合いではないはずだが。


「あ、それ聞いちゃう? 私と由比の運命的な出会い! そう、あれはちょうど一年前、私がソロで、ボドウィル山フィールドのオーク狩りをしていた時だった――」


 七里が遠い目をして語り始めた。いや、そんな壮大なストーリーは期待していない。


「順調にオークの死体の山を築き上げた私は、いかにもお宝がありそうな洞穴を発見したのです。意気揚々とそこへ突入した私を待ち受けていたのは、卑怯なゴブリンとオーク共の待ち伏せでした」


 うわっ、いくらモンスターに自働思考AIが搭載されているとはいえ、脳筋設定のオークたちに嵌められるうちの義妹やばい。マジやばい。


「私は回転切りで奮闘するも、度重なる戦いで武器の性能は落ち、ポーションは切れ、もはやこれまでかと思ったその時――、はい、由比!」


「あ、え? うん、偶然その場に居合わせた私が、七里ちゃんをヒールしたんだよね」


 突然水を向けられた由比ちゃんが、戸惑いながらも先を継ぐ。


「そう! 由比の辻ヒールのおかげで窮地を脱した私は無事、卑怯なオーク共を抹殺し、生還したのでした。こうして私と由比は分かちがたい一心同体の存在になったのです。めでたし。めでたし」


「おう、いかにも単細胞な七里らしいエピソードで俺はすごく納得したわ。でも、由比ちゃんは何でボドウィル山にいたの?」


 確かにボドウィル山は初心者フィールドではあるが、七里がいたと思われる深部は、対多数戦闘を強いられる中級と初級を分ける試金石的な位置づけだったはずだ。七里の口ぶりからしてパーティを組んでいたとは思えないし、ヒーラー職がソロ狩りをする場所としては無理があり過ぎる。


「それが……私もまだゲームを始めたばかりでフィールドを良く把握してなかったので……。山の裾野の方でウサギを倒している内に山の方に迷い込んでしまったんです。道を尋ねようとプレイヤー反応を探していたら、七里ちゃんを見つけて――」


「へえー。それは運が良かったね。お互いに」


 すらすらと淀みなく説明する由比ちゃんに、俺は頷きかけた。


「へへー、本当、お義兄ちゃんがいなくて良かったよ。いたら絶対、由比とは出会えてなかったね」

 そうほざいて七里は由比ちゃんに頬をこすりつける。


「はいはい、そうですか」

 俺は投げ遣りに返事をする。


 確かにもし俺がパーティーに参加していれば、間違いなく七里を止めていただろう。だが、俺は廃人の七里と違って、寝る時と飯を食う時以外はログインしているような生活を送っている暇はない。そんなことをしていたら、あっという間に家はゴミ屋敷になってしまう。


「そうですよー。さ、それより、そろそろご飯にしよ。せっかくだから、港の見える丘公園で食べようよ」


 はしゃいでこの後のプランを語る七里を、俺はどこか穏やかな気持ちで見つめた。


 七里のプラン通りに港の見える丘公園でコンビニ飯をつついた俺たちが、公園を後にする頃にはもう三時になろうかというところだった。まだまだこれからと言えばそれまでだが、夕飯の準備も考えると五時くらいまでには家に帰りたい。


「七里ー、あんまり遅くなってもあれだから、そろそろ帰るぞ。後行っても一、二箇所な」


「えー、まだ、三時だよ。お義兄ちゃん何時代に生きてる訳? 昭和? 平成? 令和?」


 七里が全力で煽ってくる。


「お前は身軽だからいいかもしれないけどな、俺は荷物持ちながら歩き回って疲れてるんだよ」


 俺はこれみよがしにため息をつく。


「七里ちゃん。あんまり遅くなると七里ちゃんの好きなアニメの放映に間に合わなくなっちゃうかもしれないよ?」


「うー、わかった」


 七里が渋々といった様子で頷いた。


 七里の好みを把握している由比ちゃん、マジ有能。


「じゃあ、最後に外国人墓地を見て帰ろ。ここから近いし、いいでしょ?」


「ああ。それくらいならな」


 俺は鷹揚に頷いた。七里にしてはしんみりとした締めだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る