第108話 不都合な軟体

「ど、どうしてゲルがこんなところに……」


 由比が戸惑うように言葉を詰まらせる。


 その視線の先にある巨大ゲルは、捕食を終えても逃げることなく、どっしりとその場に留まって、取り込んだ獲物を消化し始める。


 スニークスネークが目を失い骨となり、ショートソードが溶けてただの鉄くずになっていく。


「冬にみんなで協力して山狩りした時に、モンスターを全部倒したはずじゃなかったの?」


 意識を取り戻した瀬成が俺たちの顔を見回して、首を傾げる。


「――もしかしたら、あの時に倒しきれなかったスライムがいたのかもしれません」


 視線を伏せ、考え込んでいた礫ちゃんが、ぽつりと呟く。


「どういうことですか? あの時も『魔除けの香』を使って、漏れのないようにモンスターを狩ったはずですが」


 由比が首を傾げる。


「はい。ですが、私たちが山狩りを実行した時、この辺りの地面の一部は雪に覆われていましたので、その下には魔除けの香が届きにくい状況にありました。スライムが形状を変化させ、地下水脈に潜んでいたとすれば、打ち漏らしていたとしても不思議じゃありません」


「そうか! 春になって、餌を取りに地表に上がってきたゲルを、俺たちが『魔除けの香』で刺激してしまったのか!」


 俺は礫ちゃんの説明に納得して叫ぶ。


「はい。しかも、一箇所に追い詰めたことで、ゲル同士の合体を促してしまったのではないかと……。申し訳ございません。ご主人様。これは想定外でした」


 礫ちゃんが悔しさを滲ませた声で言う。


「だから、あんなに大きくなっちゃっんだ……」


 起き上がった瀬成が呆然と呟いた。


「どうしますか? ゲルは、原則物理攻撃無効です。今現場に派遣している自動人形は、質より量を重視した木製であまり性能が高くありませんし、金属製のショートソードという武器も、金属を腐食させる粘液を使ってくるゲルとの戦いには不利ですよね?」


 由比が険しい顔で尋ねる。


 他のゲームではこの手のモンスターは雑魚キャラ扱いだったりするのだが、カロンファンタジアにおいてはそうでない。ゲルはCクラス相当の、中級冒険者でもてこずることがある強敵なのだ。


 しかも、今問題となっているゲルは何体ものゲルが合体しているので、下手すればBクラスくらいの脅威かもしれない。


「はい。ゲルは、本来魔法攻撃で倒すべきモンスターですから……。物理攻撃でゲルを倒す場合、体の中心にある核を破壊しなければいけませんが、ショートソードの長さであの巨大なゲルの厚い体を貫けるとは思えません」


 礫ちゃんが冷静な口調で答えた。


「つまり……。ウチらだけで倒すのはもう無理ってこと?」


 瀬成が悲しげな声で問う。


「はい。残念ですが、現状の私たちで対処するのは困難です。ご主人様に火炎瓶か、ライトニングの効果がある杖等を生産で製作して頂いて、マオさんのモービルに乗ってスライムのアウトリーチから攻撃して頂くのが現状、一番安全で確実な戦い方かと……」


「すみません。兄さん。大口を叩いておいて結局この様です……」


 礫ちゃんがと由比が申し訳なさそうに言って、俺を横目でみる。


 確かに、たとえBクラスのモンスターであっても、今の俺ならば簡単に倒すことができる。


 でも、ここで俺が出ていって解決するのは、何だか三人の手柄を横取りするみたいでいやだ。


 どうせだったら、三人だけでこの作戦を達成させてやりたい。


 そして、おそらく、相手がゲル一体だけなら、まだ十分に勝算はある。


「――まだ、諦めるのは早いんじゃないいかな」


 俺はぽつりと呟いた。


「兄さん。どういうことです? まさか、私たちだけであのゲルに勝てるとおっしゃるんですか?」


「うん。ゲルは確かに厄介な敵ではあるけど、結局単細胞生物だから知能は低いし、視力もない。体温や振動を感知して機械的に捕食してるだけだ。攻撃は予測しやすい」


 しかも、今回は無生物の自動人形を使ってるから、実質的にゲルがこちらを捉える手段は振動だけだ。


「それは何となく分かる。ウチが咄嗟に避けられるくらいあのモンスターの攻撃は単純だったし、でも、さすがに全部躱して突っ込むのは無理っしょ? 何本もの触手に狙われたら、あの自動人形のスペックじゃ対応できなくない?」


 瀬成が考え込むように腕組みして言う。


「なにも瀬成が宿った一体だけで戦う必要はないよ。逆に他の自動人形も一斉に突っ込ませて、ゲルにもっとたくさん攻撃させてやればいいんじゃないかな。そうすれば、のばした触手の分だけ奴は薄くなるよね。ゲルの体積は一定なんだから」


「でも、そんなことしたら、結局全部ゲルに食われて終わりじゃないのにゃ?」


 マオが眉をひそめて、首を傾げて尋ねてくる。


「人形の数には余裕があるんだから、何も馬鹿正直に側面からだけ攻撃する必要はないよ。瀬成たちは、さっき俺に素晴らしい曲芸を見せてくれたよね? あんな難しい体勢でも縦に三体つなげられるんだから、普通に安定する肩車とかなら、もっと段数を増やしても問題ないんじゃないかな?」


 俺は由比たちの顔を見回して問う。


「そうか――! なるほど、上から攻撃すればいいんですね! さすが兄さん! 天才です!」


「大げさだよ」


 俺は苦笑した。


 おそらく、ゲルは大地の震動を感知してこちらの行動を把握している。


 空気の振動も感知しているかもしれないが、地面を伝わるそれに比べれば察知するのは格段に難しいはずだ。


「なるほど。ご主人様のおっしゃっていることが分かりました。まず、斥候を出し、ゲルの攻撃範囲を調べます。次に、自動人形で地表の全方向から飽和攻撃をしかけ、敵の触手による攻撃を誘発。本体が薄くなった所を狙って、上空から核を狙う。そういう作戦ですか」


 礫ちゃんが俺の思考を汲み取り、順序立ててまとめてくれる。


 もし俺たちが生身の体で戦っているのなら、絶対にこんな無茶な作戦は発案しないし、誰かが思いついてもさせない。


 だけど、今使うのは命のないただの自動人形だ。ゲーム時代のような、危険を度外視した戦法をとっても何の問題もない。


「えーと、要するに、饅頭がせんべいになった所で、上から叩き割る感じ?」


 瀬成が作戦をかみ砕いて言った。


「その例え、菓子のチョイスがおばさん臭いです」


 由比がジト目で突っ込む。


「ほっとけし。別にイメージとしては間違ってないっしょ? 大和?」


「うん。分かりやすかったよ。――まあでも、俺が言ったのは所詮は机上の空論だからね。この方法でゲルを倒すには、全ての攻撃のタイミングを完璧に合わせなきゃいけない。ちょっとでもタイミングがずれたら、すぐに飛び出た触手が元に戻って、作戦が無意味になる。それでもやる?」


 俺は瀬成の言葉に頷いてから、試すように問うた。


 三人が、俺を助けるために、自動人形を使った戦闘方法を考え出してくれたのはありがたい。


 だけどこれから先、俺が行く天空城は、ゲームでいえば、いわばラスボスを倒した後の裏ダンジョンのような場所だ。そこでの戦闘は、きっと、今までに体験したこともないような激しいものになるだろう。


 もし三人が、このゲルみたいなBクラス程度のモンスターも倒せないようなら、俺は彼女たちを天空城に連れていってはいけないと思う。たとえ本人たちが望んだとしても、最低限の自衛もできないような人間を世界の命運を決定する戦場に晒すのは、あまりにも無責任だから。


 そういう意味では、きっと今回のゲルとの戦いは、三人が一つ上のステージに立つ覚悟と資格を問う試金石なのだ。


「是非やらせてください! サーカスは中途半端なところで終わっちゃいましたけど、今度こそ、私の特訓の成果を兄さんに披露します!」


 由比が元気よく手を挙げて言った。


「ウチも、やりたい。一度手をつけた仕事を途中で放り出すのは気持ち悪いし、今のウチがどこまでできるのか、大和に見て欲しいから」


 瀬成が頷く。その瞳には、静かな闘志が宿っていた。


「そうですね。戦闘としては非効率的ですが、ご主人様に私たちの力を示すデモンストレーションの意義はあるでしょう」


 礫ちゃんがいつも通りクールに呟く。


「そうか……。じゃあ、俺に見せてくれ。みんなの力を」


 俺は言葉に力を込めて、彼女たちにそう願う。


「「「はい!」」」


 三人が声を揃えて、威勢よく返事をした。


「おー! なんか熱いにゃ! 三人とも頑張ってにゃ!」


 マオが興奮して叫んだ。


「了解です。――では、まず、藤沢さん。ゲルの攻撃射程の限界をサーチしてください」


「もうやってます。半径七メートルくらいが限度のようですね。調査にあたって二体ほど犠牲になりましたが、許容範囲でしょう」


 由比がそう言って、デバイスのモニターを指さした。


 自動人形およそ250体ほどが、ゲルの攻撃の届く範囲ぎりぎりにまで接近して、円形の包囲陣を敷いている。


 さらにその外周の、東西南北それぞれ二か所ずつ、計八か所に、自動人形同士を肩車させて、縦に六体積み重ねたものが出現する。まるでトーテムポールのような姿だ。


 このトーテムポールがそのまま倒れれば、ちょうど一番上にいる自動人形が、中空からゲルの核を襲撃できる位置にくるという訳だ。


「ふうー。いつでもいけるよ」


 瀬成が大きく深呼吸して、再び地面に横たわる。


「一発で決める必要はありませんから、落ち着いていきましょう。チャンスは合計3回ありますから」

 由比が瀬成を安心させるように言った。


 円形の包囲陣と、トテームポールのセットは一巡で終わらず、残り二セットの予備が、その後ろに控えている。


 戦場には千体以上の自動人形を投入しているのだから当然の作戦だ。


「では、詠唱いきます。とりあえずは、縦に積んだ自動人形の頂点のうち、風下にある北東の一体と『ソウルチェンジ』します。敵の動向を見て、随時入れ替え先を変えます」


「了解です。合図は、また10カウントです。残り3カウントの所で東西南北の自動人形を倒します。もちろん、ゼロカウントで攻撃です」


「わかった」


 礫ちゃんと由比の指示を、瀬成が静かに了承する。


「『肉体は魂の器にすぎざれば、永遠ならず。隣の芝生を青く見て、羨み妬むもまた虚し――』」


 礫ちゃんの詠唱が開始される。


「10、9、8、7、6、5、4、3――」


 トーテムポールがゆっくりと倒れ始める。


「2、1、0」


 包囲陣を構成する自動人形たちが、一斉に一歩前に踏み出した。


 しかし、それよりもわずかに早く、トーテムポールの先端が、ゲルの中心へと接触する。


 ビシュっ!


 ゲルはより体に接近した、上空の八体を優先して攻撃し、側面から攻撃してくる全ての自動人形を無視した。


 包囲陣を構成する自動人形たちは、止まり切れずにそのままゲルに突っ込み、成す術なく自滅する。


「ミスです。倒すのが早すぎました。残り2カウントの時点で倒す作戦に変更します」


 間髪入れずに、由比が作戦に微調整を加える。


 すかさず、次の包囲陣とトーテムポールのセットが配置についた。


「10、9、8、7、6、5、4、3、2――」


 再びトーテムポールが傾く。


「1、0」


 包囲陣を構成する自動人形たちが、一歩踏み出す。


 今度は、ゲルは近づいて来た包囲陣の方の自動人形に反応し、全方位の横に、一斉に触手を突き出した。


 瀬成の言ってたみたいな、饅頭がせんべいに変化したような形状になったのだ。


 同時に、八本のトーテムポールの先端が、一斉にゲルの中心に殺到する。


 ゲルは、南、北、西の計三体を触手ではじいたが、残りの五体はそのまま核の真上に殺到した。


(いけるか――?)


 ガシャン!


 俺が希望を抱いたのも束の間、なんと、倒した自動人形同士がスライムの中心で、お見合い・・・・してしまった。


 四体はもつれ合って絡み合い、ゲルに取り込まれていくが、瀬成の操る一体――額に『75番』と記された自動人形だけは、驚異的な反射神経で衝突を回避する。


 『75番』はくんずほぐれつする四体の自動人形の隙間からショートソードを差し込むが、微妙にタイミングがずれたせいで、ゲルの核に到達するには至らない。


「タイミングは完璧でしたが、どうやら一度に倒す自動人形が多すぎたようです。カウントはそのままで、倒す自動人形を四本ずつ、コンマ0・5秒ずつずらして、再度アタックします。10、9、8、7、6、5、4、3――」


 再びカウントが始まる。


 これがラストチャンスにも関わらず、由比の声色は冷静だった。


 合計八本のトーテムポールが、四本ずつ時間差で倒れる。


(三人がこんなに頑張ってるんだ! ――どうか、成功してくれ!)


 俺は祈るように手を組んだ。


「2、1、0」


 包囲陣が狭まる。


 ゲルがすかさず触手でそれを迎撃した。


 今度も、タイミングは完全に合っている。


 ゲルはせんべいのようになり、四体のうち三体が触手にやられ、残りの『105番』と額に記された一体が核の真上に辿り着く。


 105番に瀬成が宿っているのは、動きの違いで明らかだった。


 全く無駄のない動きで105番はショートソードを振りかぶり、自由落下の速度を活かしながら、刃の先端を核めがけて思いっきり突き刺した。


 勢い余った105番の身体はひっくり返り、その上半身がゲルの身体にずぶずぶと埋まっていく。


「やったにゃ!」


 マオが快哉を叫ぶ。


「いや、まだだ!」


 俺は首を振った。


 105番のショートソードは、あと数センチという所で、核の手前で停止していた。


 もしかしたら、ゲルも知能がないなりの防衛本能で、核を少しでも危険から遠ざけようとしているのだろうか。


(もう、だめなのか――?)


「礫さん。後発の自動人形、909番にスイッチング。瀬成さんは曲芸の要領で、先発の105番の身体を、奥に押し込んでください!」


 俺が諦めかけたその瞬間、由比のきびきびとした命令が響いた。


 コンマ数秒遅れてゲルの身体に到達した909番が、下の自動人形の肩を足場にして跳躍する。


 909番はそのまま膝を折り曲げて、ひっくり返った105番の足の裏に、強烈な蹴りをくらわせた。


 105番の身体が、慣性の法則に従ってさらに沈み込む。


 ブチュ!


 瞬間、トマトがはじけるような音がした。


 ゲルの身体が溶け、水のように地面へと広がっていく。


 105番の身体はゲルの体液でできた水たまりにそのまま叩きつけられ、腕と脚が四散して、無残にバラバラになる。


 しかし、その残骸となった右腕には――赤い核を刺し貫いたボロボロのショートソードが、勇者の証のようにしっかりと握られていた。


「にゃー! 三人ともすごいにゃ! 曲芸よりもおもしろかったにゃー!」


 マオが、勝者となった彼女たちに心からの拍手を送る。


「ご主人様。戦闘終了です」


「見てくれましたか! 兄さん! 私の完璧な指揮っぷりを!」


「大和。何かウチらに言うことがあるんじゃない?」


 三人が、静かな自信を湛えた微笑で俺を見つめてきた。


「さすがだね。……もしよかったら、俺と一緒に天空城に来てくれないかな。七里を助けるための戦いを、みんなに手伝って欲しい」


 俺はそう言って、深く頭を下げる。


 答えは、聞くまでもなくわかっていた。


 その信頼感こそが、きっと仲間というものの価値なのだろう。



 Quest completed


 討伐モンスター

 巨大ゲル1


 戦利品

 スライムコア(破損)1

 スニークスネークの骨85


 報酬

 絆(uncountable)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る