第107話 スニークスネーク討伐作戦

 それから一時間ほどかけて、俺たちはスニークスネーク討伐作戦の準備に奔走した。


 俺は千体以上にも及ぶ自動人形をひたすら生産し続け、瀬成たちは出来上がった側からその自動人形の額に番号を振り、それぞれの目にウェアブルカメラを装着させていく。


 もちろん、カロンファンタジアのデータ上は、自動人形にはさらに『魔除けの香』や、『ショートソード』など、討伐に必要なアイテムを持たせている形だ。


 完成した人形は、すぐさまゼルトナー号やモービルを操るマオたちの手によって、所定の場所へと運ばれていった。


 最終的にスニークスネークを追い込む地点として選んだのは、市街地から離れた、見通しの良い平野だ。念のために周囲の下草を狩り、敵が隠れられそうな場所はあらかじめ潰してある。


 事前に割れた卵の数を計測した所、孵化して逃げ出したスニークスネークの総数は85体だった。この全てを討伐するのが、今回の作戦の目標となる。


「じゃあ、始めようか。……っていっても、俺は実質みんなが頑張るのを見守ってるだけで申し訳ないけど」


 祭りの会場の端で、由比のデバイスから転送されてくる映像を観察しながら、俺は呟いた。


 俺のデバイスには、四角い小窓でいくつにも分割された、監視カメラをモニタリングする時のような映像が無数に映し出されている。


「気にすることないですよ。兄さん! いつもは兄さん一人で働き過ぎなんですから、今日くらいは私たちに任せて、ゆっくり見物していてください!」


 由比が張り切って言う。


「でも、これだけの数のカメラを一人で監視するなんて大変だろ? せめてそれだけでも手伝おうか?」

「大丈夫です。複数のアプリを組み合わせて、怪しい障害物だけが自動的にピックアップされるようにプログラミングしてありますから」


 由比がデバイスの映像を指していう。


 確かに、すでにいくつかの映像に小さな黄色い丸でチェックが入っていた。


「そのプログラミングを作ったのはあんたじゃなくて礫ちゃんだけどね」


 瀬成が訂正するように言った。


「細かなことはいいじゃないですか! 今回の手柄はみんなで共有するんですから」


 由比が頬を膨らませて瀬成を睨む。


「どうでもいいから早く始めて欲しいにゃ! 祭りが中止になったらマオはカニスに殺されるにゃ!」


 マオがじれたように言う。


「では、早速作戦を開始しましょう。藤沢さん、腰越さん。準備はいいですね?」


「もちろんです」


「いつでも大丈夫」


 礫ちゃんの声かけに、由比が頷き、瀬成は地べたに寝転がって瞳を閉じる。


「『肉体は魂の器にすぎざれば、永遠ならず。隣の芝生を青く見て、羨み妬むもまた虚し――』」


 やがて、礫ちゃんの詠唱が始まった。


「では、自動人形を前進させていきます。23番、前方にほら穴があるのでチェック。その次は207番、右方に木々が密集している場所があります。礫さん。切り替え間隔は20秒です」


 由比が素早く的確に指示を下していく。


 瀬成は次々と目まぐるしくもたらされる命令の全てに迅速に対応し、礫ちゃんの自動人形同士のスイッチングには寸分の狂いもない。


 短期間でここまでの連携が取れるようになるには、相応の努力があったことだろう。きっと、俺のまだ寝ている早朝や深夜に時間を作って、必死に練習してくれたに違いない。


「すごく息がぴったりにゃ。ヤマト王は本当にいい部下をもったにゃー。さすがは王の器にゃ」


 俺のデバイスを覗き込んだマオが、感心したように言った。


「部下じゃなくて仲間だけど……。確かに俺にはもったいないくらいのいい娘たちだよ」


 俺は訂正しつつはにかむ。


 この様子じゃあ、俺の出番はなさそうだ。


 俺は大きな安堵と、作戦に関われないことに一抹の寂しさを感じながら由比たちを見守った。


 三十分ほど経った所で、スニークスネークの第一号が藪の中からとび出し、その後は立て続けに30体ほどが出現した。


 臆病なスニークスネークは自動人形に戦いを挑んでくるようなことはなく、ただひたすら『魔除けの香』の影響範囲から脱しようと、自動人形と逆方向に逃げていく。


 全てこちらの想定通りだ。


 一時間立つ頃には七割近くを観測し、さらにもう一時間経った頃には、85体全てのスニークスネークを捕捉することに成功する。


「これで全部にゃ! 後は追い詰めてぶっころすだけにゃ!」


 マオが歓喜の声を上げた。


 林が途切れ、平野にさしかかる。


 彼女の言う通り、作戦の終了は近い。


「あと10分で、最終地点に到達します。武装を展開しますから、戦闘の準備をしてください」


 由比がコマンドを操作したことにより、自動人形たちは武器のショートソードを手にし、それまでの身軽な捜索モードから、戦闘態勢へと完全に移行した。


 全方向からやってきた自動人形たちが、何重もの包囲網を敷いてスニークスネークを逃げ場のない平野の中心へと追い込んでいく。


「攻撃のタイミングまで、あと十秒です。カウントダウン、開始します。10、9、8、7、6……」


 由比の朗々とした声が響く。


 俺は唾を呑み込み、じっとデバイスに映る光景を見守った。


 瀬成の宿った自動人形が、ショートソードを構える。


 スニークスネークまでの距離は、残りおよそ十メートル。


「5、4、3――」


 由比の声がさらに大きくなる。


 瀬成が、助走をつけようと、足を踏ん張ったその瞬間――


 ビィヤアッ!


 粘着質な音と共に、突如、地面が盛り上がる。


 瀬成の操る人形が、何かを察知したように咄嗟に後ろへと跳ねた。


「なっ、なんにゃ!?」


 マオが吃驚して叫んだ頃にはもう、スニークスネークの群れは、地面を割って出現した巨大な水色の塊に取り込まれていた。自動人形の内、最前線にいた数体も、スニークスネークに巻き込まれて犠牲になっている。


「一旦、人形を下がらせます!」


 瀬成に遅れることから数秒、由比の命令で自動人形が水色の塊から距離を取る。


 水色の塊――モンスターは、まだ食い足りないかのように触手をデタラメに辺りにのたうち回らせる。しかし、草木の刈り取られた平野に奴の餌になるような物はなく、やがてその動きを止めた。


「これは、ゲルか!?」


 俺は、その水色のモンスターを観察して叫ぶ。


 このヌメヌメとテカる表面。自由自在に形を変える、中心に赤い核コアを持った軟体。間違いない。


 ただし、普通のゲルが全長一メートルくらいなのが標準なのに対し、今、デバイスに映っているのは10メートル近くもあり、べらぼうに大きな個体だった。

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