第109話 信賞必罰
数時間前まで戴冠式が行われていた会場は、今はすっかり祭り模様へと変貌していた。
俺の玉座の周りには、部族ごとに色分けされた桟敷が用意され、数々の食器が並べられている。
周りの樹々の幹にはロープが張り巡らされて、そこには等間隔で四角い提灯が吊り下げられていた。
中心の広場にはキャンプファイヤーのようなか木のやぐらが組まれ、その近くには、太鼓や笛などの楽器が、鳴らされる時を待っている。
「――以上が、今回の騒動の顛末である。二つの世界の有志が力を合わせたことにより、スニークスネークは全て駆逐された。予想外のゲルの出現もあったが、俺の仲間の機転によって、事なきを得た」
俺は玉座に腰かけ、再び集結した獣人たちに、スニークスネーク討伐作戦の結果を報告する。
「本当にこの短時間で全部のスニークスネークを見つけ出したにゃ? すごいにゃ!」
「あの核の大きさ――よほど大きなゲルと戦ったのであろう」
「もし、我らが遭遇していたら、とても敵わなかったのであーる」
証拠として玉座の前に晒されたスニークスネークの骨とゲルの核に、獣人たちが感嘆の声を上げる。
「いやー、とにかく無事問題が解決してよかったにゃ。これで何の心配もなく祭りを始められるにゃー! 早く酒と飯をくばるにゃ!」
「いいえー。マオ。祭りの前にまだやることが残ってますよー」
わくわくを抑えきれないように叫ぶマオに、カニスが釘を刺す。
「やること? 一体、なんにゃ?」
マオが首を傾げる。
「それはー、もちろんー、ヤマト王にマオへの罰を裁定して頂くことに決まってるじゃないですかー。まさかー、戴冠式に泥を塗った上、王の身を危険に晒したのにー、何のお咎めもなしとは思ってないですよねー? ぶっちゃけ大逆罪ですよー。あれ」
カニスが無情に宣告する。
口元は笑顔なのに、目は笑っていない。
「お、大げさにゃ! ヤマト王は無傷にゃ! それに、散らばったスニークスネークは全部倒したにゃ! もう済んだことにゃ!」
「そうはいきませんよー。信賞必罰は、ご政道の要ですからー。戴冠の最初からその辺りをなあなあにしたらー、ヤマト王のご威光に傷がついて今後の統治に影響が出てしまうかもしれないことくらいー、マオにも分かりますよねー?」
マオが頬を引きつらせて抗弁するが、カニスが理路整然と諭す。
「にゃー! カニスー! そんなにいじわる言わないでにゃー! マオたちは親友にゃ!? 勘弁してくれにゃー!」
マオがカニスの肩を揺さぶって懇願する。
「だめですー。公務に私情は挟みませんー。――さあ、ヤマト王ー、ご沙汰をお願いしますー」
カニスはマオの願いを一蹴して、俺の足下に跪く。
「にゃー。ヤマト王は優しいからマオにひどいことをしたりしないよにゃ? にゃ?」
マオも跪き、拝むように手を合わせて、潤んだ上目遣いで俺を見上げてくる。
他の獣人たちも、押し黙って俺の次の言葉を待っている。
(ええー、どうすればいいんだ? まさか、カニスも本気でマオを罰しようって訳じゃないよな?)
困惑した俺がカニスを見つめると、彼女は俺に意味ありげなウインクを返してきた。
アドリブで何とかしろということか。
どうやら、俺は本当に試されているらしい。
王の器というやつを。
「……カニス。君たちの価値観から言って、マオの今回の罪にふさわしい罰は?」
俺は横目でカニスを見て尋ねた。
「めでたい戴冠式の日の献上品にー、割れた卵なんて物を送って王を侮辱した上ー、モンスターをけしかけて王の身を危険に晒したんですからー、もちろん、死刑ですー」
カニスが即答した。
「そうか。じゃあ、俺はこのままなら、慣例に従って、マオを死刑にしなければならない――」
「ふにゃあああああああああああ!」
俺がそこまで言った瞬間、マオが大泣きして腰崩れになった。
「ところだけど、カニス。君はさっき、政道に大切なのは、信賞必罰だと言ったよね。なら、俺はマオの罪だけではなく、功績も評価しないと、それは正しい裁きじゃない。そして、マオには、邪竜プドロティスの討伐に、命を顧みず俺の作戦に協力したという功績がある。だから、俺はその分、マオの罪を軽くしてやるのが公正だと思う」
俺はなるべく感情を押し殺し、冷静になるように努めて言葉を継いだ。
「わかりましたー。ではー、罰を一等減じて、
「じゃあ、マオは助かるにゃ!? あ、でも、やっぱりいやにゃ! 独りぼっちなんて無理にゃ! 寂しくて死んじゃうにゃ!」
マオが叫ぶ。
喜んだり、悲しんだり、表情の変化が目まぐるしい。
これでもまだどう考えても罰が重すぎるよなあ。
「いや、まだ考慮すべき点がある。今回、マオが献上品の管理を怠ったことにより、スニークスネークが逃げ出し、領内に危険の種がばらまかれることになったのは紛れもない事実だ。だけど、結果としてはスニークスネークは人にも物にも被害を与えることなく殲滅され、それどころか、ゲルという領地内に潜む隠れた危険を発見することができたんだから、結果としては領地全体としてはプラスになった。これもまたマオの功績として評価するべきだと思う」
俺はしばらく考えてから言った。
「なるほどー。では、さらに罰を一等減じて、罪人の証である
「今までのよりは全然マシにゃ! だけど、やっぱり刺青も嫌にゃー! お嫁にいけなくなるにゃー!」
「そんなこと言ってもー、これ以上は厳しいんじゃないでしょうかー。ヤマト王ー。まだ何か勘案すべきマオの功績はありますでしょうかー?」
カニスが慇懃な口調で尋ねてくる。
俺は腕組みして考え込んだ。
刺青かあ。この罰をくらっても、命に別状はないけど、やっぱり女の子に一生残るような傷をつけるのは酷だよなあ。
だけど、もう擁護する材料もないし。
うーん。
うーん。
ないなら別の角度から攻めるしかないか。
「……功績はない。だが、一つ忘れていたことがある。俺は先ほどみんなから認めてもらうことで王になれた。だけど、あの時は、スニークスネークの騒動のせいで、ろくにそのお礼をする時間もなかったよね。だから、今しようと思う。みんなにはそれぞれ、感謝の証として、俺が作った服を下賜する! マオには、服を下賜する代わりに、刑の減免をもって礼とする!」
俺は考えた末に、そう言葉をひねり出した。
「分かりましたー。では、さらに罪を一等減じて、罰としては一番軽い、
「にゃー。それくらいなら、仕方ないかにゃー」
マオが耳をへたらせながら、納得したように頷く。
本人も納得しているみたいだし、ここらへんが落とし所か。
「いいだろう。では、蟄居の刑をもって、マオへ課す罰とする。――以上が、俺の裁きだ」
俺はそう宣言する。
「ブラボーにゃ! 本当に王様は優しいにゃー」
「最近マオは調子乗ってたにゃ。これはいい薬になるにゃ」
「理性的かつ慈愛に溢れた、見事なさばきで、あーる」
獣人たちから、拍手と歓声が巻き起こる。
良かった。
とりあえずは妥当な判決を下せたらしい。
「しょうがないにゃ。明日からしばらく引き篭もるとするかにゃー」
マオが大きく伸びをして言う。
「なにちゃっかり明日からにしようとしてるんですか。私たちの罰は、刑が決まり次第即執行だって、マオも知ってますよねー?」
「そ、そんにゃ! ひどいにゃ! せめて、遊び収めに今日の祭りではじけさせて欲しいにゃ!」
「はーい。みなさーん。ヤマト王の裁きが決定しましたのでー、早速マオをお城の彼女の部屋まで連れていってあげてくださーい」
カニスの呼びかけに応えて現れたエシュ族の娘たちが、マオの腕を引っ張って、城の方角へと連行していく。
「や、ヤマト王ー、も、もう一声! もう一声頼むにゃ! そしたら無罪になるにゃー!」
すがるようにこちらを見てくるマオから、俺は視線を逸らす。
ごめん。マオ。
もう擁護できるネタが思いつかない。
「にゃー! そんな殺生にゃー!」
マオの恨み節が、エコーしながら遠ざかっていく。
かわいそうだから、せめて後で祭りの料理でも持って行ってあげるか。
「お疲れ様でしたー。ヤマト王ー。これで、みなさんも、ヤマト王の温厚なお人柄と決断力をよくわかってくれたと思いますー。ぐっと王としての信頼感が増したと思いますよー。戴冠式のトラブルを帳消しにしておつりがくるくらいですー」
俺の下に近づいてきたカニスが、耳元で囁く。
「はは。全くカニスも人が悪いなー。マオを裁判にかけるんだったら、あらかじめどういう流れにするか、教えておいてくれればよかったのに」
俺は苦笑して言った。
「それだとー、明らかなヤラセ感があるじゃないですかー。ヤマト王はともかくー、マオは演技ができる娘じゃありませんしー。そういうのって、結構聴衆に敏感に伝わるんですよねー。マオが本気で恐怖して、ヤマト王がリアルに悩んで結論を下している姿を見せるからこそー、みんなの共感が得られたんだと思いますー」
「なるほど。やっぱり、カニスは頭いいな。それに、友達想いだ」
もし、はじめからマオに伝えて、彼女が余裕ぶってたら、聴衆はきっと俺たちがマオを贔屓したと考えたことだろう。もしそうなっていたら、かえったマオが余計な反感を買う結果を招いていたはずだ。
「やめてくださいー。褒めてもー、何も出ませんからー」
カニスがはにかんで頬を染める。
「事実だよ。――でも、まだ一つ疑問がある。もし俺がマオをそのまま死刑にすることを受け入れてたら、カニスはどうするつもりだったんだ?」
俺は眉をひそめて問うた。
もし俺が、人の死を何とも思わない処刑大好きサイコパスだったら、マオをそのまま処刑していたかもしれない。カニスはそんな心配をしなかったのだろうか。
「ふふふふふふふ」
カニスは俺の質問を聞くと、こらえきれずに忍び笑いを漏らした。
「え? え? 俺そんなにおかしなこと言った?」
「あそこで、マオを見殺しにするような人だったらー、そもそも私が王に選ぶ訳がないじゃないですかー。これでもー、人を見る目にはー、自信があるんですよー? ヤマトさん以外に、今の混沌した世界で、私たちの王が務まる人間はいませんからー」
困惑する俺に、カニスはそう言って、彼女自身の瞳を指して笑う。
「過大評価だよ。俺は七里を助けることしか考えてない自己中な男だ。現に、王になった今だって、天空城を攻略できる機会が訪れたら、みんなよりもそっちを優先するつもりでいる」
俺は正直にそう白状した。
民のことを最優先にできないのに、王なんかになってしまったことに、罪悪感はある。それでも、俺の中で七里を諦めるという選択肢はありえない。
「だから、信用できるんですよー。血のつながりがないどころか、データとして作られた存在である七里さんを命がけで助けようとするあなたなら、種族の違い程度なんの障害にもならないし、誰にも優しくしてくれる。そう確信できるんですー。もしそうじゃなかったらー、ヤマト王の自由意志なんて認めずー、脅しでも、色仕掛けでも、ありとあらゆる手段を使ってー、あなたを操り人形にしてますよ、私はー」
カニスが一瞬真顔に戻って呟く。
「……さらっと怖いこと言うね」
俺は引きつった笑みを浮かべて、カニスを見つめる。
その時にはもう、彼女の顔にはいつものほんわかとした微笑が戻っていた。
「さあ、ヤマト王。無駄話はこれくらいにして、そろそろ、お祭りを始めましょうー。みんなが、今か今かと待っていますからー」
カニスがそう言って、群衆の方に身体を向けた。
熱気を孕んだ視線が、俺の一身に注がれている。
皆が拳を握り、尻尾を立て、俺の言葉を少しでも早く聞き取ろうと耳をヒクヒク忙しなく動かしている。
これ以上お預けしたら、暴動でも起きかねない雰囲気だ。
「うん。――さあ、宴会を始めよう。飲んで、食べて、歌い、今日のこの良き日を、存分に楽しんでくれ!」
俺は玉座から立ち上がって、あらん限りの大声で、開会を宣言する。
祭り太鼓が大地を揺らし、絶え間のない歓声が、夕闇の空へと爆発的に拡散していった。
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