第117話 ポンコツと亀

 嫉妬の森でナハルシュレンゲを倒したダイゴたちは、そのまま色欲の川へ進路を取った。


 五日の行軍の果てに辿り着いたのは、どきついピンク色の水が流れる大河。


 その雄大な流れを遮るように頭をもたげて全貌を現した『トルタルトルゥーガ』は、全長100メートルはあろうかという巨大な亀だった。


『おい。道化なる裁縫士。俺様たちが敵を引き付けている間に、土嚢を作れ。川をせき止める』


 見るからに防御力に特化したその厳めしい体躯をじっと観察していたダイゴが、俺に居丈高に命令する。


「わかりました。『トルタルトルゥーガ』の行動範囲を制限し、退路を封じるんですね」


 ダイゴの意図を汲んだ俺は、素直に彼の指示に従う。


 採掘のスキルでかき集めた土を、裁縫のスキルで編んだ袋に詰め込んで、いくつもの土嚢を仕上げる。


「由比お願い」


「わかりました」


 できたてほやほやの土嚢を自動人形で川の上流に運ばせ、流れを遮った。


 それからダイゴと『トルタルトルゥーガ』のいる一帯もまとめて土嚢で囲み、『首都防衛軍』が戦いやすいような円形のバトルフィールドを作る。


 本当は建築のスキルも使って壁でも作りたいところだが、これだけ地盤が弱いと難しいだろう。


『まだだ。埋め立てろ』


 ダイゴが足下を顎でしゃくって言う。


 川の水を遮ったとはいえ、まだ土嚢で囲った円形の内部は沼地のようになっており、まともに動ける状況じゃない。


「わかってます」


 俺は土嚢で築いたバトルフィールドの周りに何本かの水路を掘り、溢れ出した川の水をそこに流す。


 その過程で出た副産物の土を利用し、自動人形を総動員してバトルフィールドの中を強引に埋め立てる。これで、一応、沼地が泥地くらいにはなったと思う。


「とりあえずこんなものですかね。さらに内部にレンガを敷けば、もっと動きやすくなるかと思いますけど」


『どれくらいの時間がかかる?』


「モンスターがいなければ割と一瞬なんですけどね。今回は『トルタルトルゥーガ』が暴れていない範囲に細々と確実にやっていかなきゃいけないので、数時間はかかると思います」


『そんな余裕はない。どのみち『トルタルトルゥーガ』が暴れれば、レンガ程度すぐにぶっ壊れて無駄になる』


「了解です。それで、俺たちは次になにをすれば?」


『適当に周りを見張っとけ。どうせお前らの攻撃力じゃ、『トルタルトルゥーガ』にまともなダメ―ジは与えられない』


 ダイゴはそれだけ言うと、一方的に俺との通信を打ち切った。そのまま時間が惜しいとばかりに、首都防衛軍のメンバーを率いて、『トルタルトルゥーガ』と刃を交える。


 こうして、二体目のボスモンスターとの戦いが始まった。


 敵の堅すぎる守りのせいか、今回は『ナハルシュレンゲ』の時のように短時間で決着をつけるという訳にはいかなかったが、ダイゴたちは相変わらずの見事な連携攻撃で着実に『トルタルトルゥーガ』にダメージを与えていく。


 攻防は数時間に及んだが、ダイゴたちの奮闘の甲斐あって、今や『トルタルトルゥーガ』はその甲羅にひびが入る所まで追い詰められていた。


 一方の俺たちはといえば、最初の土木工事以降はダイゴたちの戦闘には直接参加せず、『ナハルシュレンゲ』の時と同じく、周囲で警戒の任務を愚直に続けていた。


「この様子だと、後数分で片が付きそうですね」


 デバイスでダイゴの戦闘を監視していた由比が呟く。


「うん。そうだね。アメリカや中国の倍近いペースだ」


 アメリカのチーフが高慢の山の『アギャアギラ』を倒したとの報告が入ったのが一昨日、中国が怠惰の丘の『レスマルマーカ』を倒したとの報告が入ったのは昨日だ。


 二大国がようやく一体目のボスモンスターを倒したところなのに対し、すでに『首都防衛軍』は二体目に王手をかけているのだから、このままいけば俺たちも勝ち馬に乗れるのは間違いない。


「ウチらは全然戦ってないからなんかちょっとずるい気もするけど……。ラッキーだと思ってもいいのかな」


 瀬成が喜びと気まずさをないまぜにしたような複雑な表情で言った。


「そうですね。感情的な問題を抜きにすれば、現状、ダイゴの下についたご主人様の判断は冷静かつ賢明だったといえます」


 礫ちゃんが頷く。


 油断した訳ではないが、どことなく装甲車の中にも余裕ムードが漂い始めたその時――


「ん? 兄さん! 見てください。川の下流から、他国の英雄たちがこちらに近づいてきます!」


 由比がデバイスの映像の一部を指して叫ぶ。


「本当だ。この旗は……EUか。――ダイゴさん。聞こえてますか? EUの英雄が接近しています。ボスモンスターの横取りが目的かもしれません!」


 俺はダイゴに音声通信でコンタクトを取る。


『ああ! 聞こえてる! ――お前ら! フォーメーションアルファでラッシュをかけるぞ! ハイエナどもに付け入る隙を与えるな!』


 ダイゴの攻撃が転調する。


 それまで攻防バランスの取れた方陣だったフォーメーションが、攻撃重視の先鋭的な凸型に変わった。

 魔法使いの詠唱した土魔法により、ぬかるんだ地面から尖った岩石が突き出し、『トルタルトルゥーガ』を地上に押し上げる。


 さらに剥き出しになった『トルタルトルゥーガ』の腹に、アーチャーたちとダイゴをはじめとした前衛が徹底的に攻撃を加え、その巨体を空中に打ち上げた。


『今だ! ピャミやれ!』


 刹那、ダイゴが叫ぶ。


『了解っす!』


 ピャミちゃんが元気よく返事をする。


 俺の脳裏に、先日の破滅的な魔法の威力がよぎる。


 勝った。


 その場にいた誰もがそう確信した瞬間――


『人は億、真砂は兆、阿曽儀の星の――へぶっ!』


 意気揚々と詠唱をはじめたピャミちゃんが、ぬかるみに足を取られて盛大にずっこけた。


『てめえ! 何ふざけたことしてくれてんだ! 殺すぞ!』


 ダイゴが血走った目でピャミちゃんを睨みつける。


『申し訳ないっす! 申し訳ないっす! 今やるっす!』


 ピャミちゃんが起き上がり、何度もぺこぺこと頭を下げながら、杖を構え直す。


『状況を見ろゴミが! 今撃ったら――』


 ダイゴが珍しく頬をひくつかせ、動揺を露わにする。


 跳躍し、ピャミちゃんに体当たりしようとするが、あいにく、二人の間には一瞬では埋めることのできない距離があった。


「『人は億、真砂は兆、阿曽儀の星の那由多の銀河の不可思議宇宙の源は、創世の一閃! 終わりの始まりと始まりの終わりを統べる奇跡! 永遠を無に帰せ! ビッグバンメテオストリーム!』」


 ピャミちゃんはミスを取り戻そうとする焦燥感からか、アナウンサーも顔負けの早口で一瞬で詠唱を終える。


 少女の意識と引き換えに大杖から放たれたビッグバンメテオストリームは、トルタルトルゥーガの甲羅をかすり、川の上流を堰き止めていた土嚢を派手に吹き飛ばした。


 たちまちものすごい勢いの鉄砲水が川から溢れ出し、トルタルトルゥーガは甲羅を高速スピンさせ、その流れに乗じた。


 円形のバトルフィールドは鉄砲水であっさり押し流され、首都防衛軍は魔法で結界を張って、襲いくる水流を防ぐ。


 俺たちは装甲車共々川の外にいたから無傷だ。



「まずい! 由比! 瀬成! 頼む!」


 来るべき最悪の結末に抗おうと、俺は叫ぶ。


「やってみます!」


「行くよ!」


「『肉体は魂の器にすぎざれば、永遠ならず。隣の芝生を青く見て、羨み妬むもまた虚し――』」


 由比がアイテムコマンドをいじり、瀬成と礫ちゃんが憑依の態勢に入る。 


 瀬成の憑依した自動人形がトルタルトルゥーガに飛びかかり、由比の自動人形の群れが壁を作る。


 しかし、そんな俺たちの努力も空しく、トルタルトルゥーガは全ての自動人形をあっけなく吹き飛ばし、川の下流へと逃げ出してしまった。


「だめか!」


 俺ががっくりと肩を落とす。


 ダイゴたちが追跡する間もなく、トルタルトルゥーガそのままピンク色の大河に潜り、あっという間にその姿が見えなくなる。


『クリストフがトルタルトルゥーガを討伐しました』


 放心して俯く俺たちのデバイスに、無慈悲なシステムメッセージが入ってくる。


「クリストフは、EUの英雄です」


 礫ちゃんが沈んだ声で事実を告げる。


「つ、つまり、手柄を横取りされちゃったってことだよね!?」


「これは……一転して厳しい状況になりましたね」


 由比が唇を噛みしめて呟く。


「そうだね。いくら、アメリカと中国がダイゴに比べて遅いとはいっても、これから俺たちが次のボスモンスターの所に移動するまでに、もう一体は倒すだろうから」


 俺は由比の言葉に頷いて言った。


 俺の推測が正しければ、数日の内に、倒したボスモンスターの総数が、アメリカが二体、中国が二体、俺たちが一体、EUが一体となり、全ての国で、残り一体のボスモンスターを取り合う形になるだろう。そうなれば、どうあがいても競争に勝つのは不可能で、良くて同率一位、他の国が先に残りの一体を倒してしまえば、その瞬間に俺が可能性の束を得る望みは永遠に潰えてしまう。


『……目標を憤怒の砂漠に変更する』


 ダイゴが無感情にそれだけ言って、踵を返す。


『首都防衛軍』のメンバーが、無言でそれに従った。


「ちょ、ちょっと待ってください! ピャミちゃんを助けないと! このままだと溺れますよ!」


 俺は全身を痙攣させ仰向けに倒れているピャミちゃんを見遣って叫ぶ。


 先ほどまでは泥地だったダイゴたちの戦闘スペースは、川が決壊したことにより、どんどん水嵩が増してきている。


『知るか。助けたければてめえが助けろ』


 ダイゴはぶっきらぼうな口調で吐き捨て、ピャミちゃんに一瞥も加えることなく歩き始めた。


 本気で仲間を見捨てるつもりなのか。


 そもそも、効率第一主義っぽいダイゴが、なぜピャミちゃんのような戦闘に向かないタイプの人間を危険な天空城に連れてきたのか。


 色々問い詰めたいことはあったが、今はそんなことをしている時間はない。


「――ああもう! ちょっと助けに行ってくるから周りを見張っててくれ!」


 俺は由比たちにそれだけ言い残すと装甲車を飛び出して、ピャミちゃんに駆け寄っていく。


 つい数分まで心を満たしていた楽観的な感覚は、跡形もなく霧散していた。



Quest failed


討伐モンスター なし


戦利品 奴隷(1)


報酬 なし

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