第118話 奴隷ちゃんの憂鬱
ピャミちゃんが目を覚ましたのは、俺が彼女を装甲車の中に運び込んでから、一時間後のことだった。
「はっ。こ、ここはどこっすか?」
上体を起こしたピャミちゃんが、キョロキョロと左右を見回す。
「『ザイ=ラマクカ』の装甲車の中だよ。ダイゴたちが倒れたピャミちゃんをそのまま放っていこうとしたから、俺がここに連れてきたんだ」
俺は混乱するピャミちゃんに端的に状況を説明する。
「ど、どうしてっすか? 魔法はちゃんと発動したっすよね? ボクが倒れたら、ちゃんとマスターたちが棺桶に入れて引っ張っていってくれるはずっす!」
確かに、ナハルシュレンゲを倒した後、ダイゴたちはピャミちゃんの言う通りの方法で彼女を運んでいた。
俺は悪趣味な運び方だなと思ったのだが、ゲームに詳しい礫ちゃんによると、どうやら黎明期のコンピューターゲームの作法にのっとった歴史ある様式らしい。
「言いにくいですが……あなたの放った魔法は狙いを誤ったため、私たちの築いた堰を破壊し、結果、トルタルトルゥーガを逃がしてしまうことになりました」
「しかも、逃げたトルタルトルゥーガはEUに横取りされましたよ。ダイゴはそれでブチ切れたんでしょう。きっと」
礫ちゃんと由比が、そう言って視線を伏せる。
「つ、つまり、ぼ、ボク、やっちまったってことすか? マスターの命令をこなせなかったってことっすか? ま、まずいっす! それはだめっす。あああああああああああ」
ピャミちゃんの顔色がみるみるうちに青ざめていく。
「落ち着けし。わざとやったんじゃないんだから、そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても大丈夫っしょ」
瀬成が慰めるような優しい口調で言う。
「大丈夫じゃないっす! ビッグバンメテオストリームの詠唱はボクに与えられた唯一の仕事なんっす! そんな簡単な仕事すらこなせない奴隷に価値はないっす! と、とにかく、ぼ、ボク、マスターに謝ってくるっす! ――ひゃう!」
慌てて立ち上がったピャミちゃんは、扉へと突進し、勢い余っておでこをぶつけた。
「鍵がかかってるから」
俺はデバイスで周囲の安全を確認してから、安全のために扉に何重にもかけてある鍵を、ピャミちゃんのために開けてやった。
「どうもっす! ――マスター! マスター! ごめんなさいっすううううう! 次はちゃんとやるっす! ばっちりやるっすううううううううううう」
装甲車から飛び出たピャミちゃんが、前方のダイゴの所へ駆けていく。
「……」
ダイゴは振り向くことすらなく、ピャミちゃんのことを完全に無視した。
「マスター! 返事をして欲しいっす! マスター! マスター! マスター!」
ピャミちゃんは何度も何度も懲りずにそう呼びかけるが、やっぱりダイゴの対応は変わらない。
「お願いっす! もう一度チャンスをくださいっすううううううううう!」
ピャミちゃんがダイゴに抱き着き、その背中に頬を擦り付けて懇願する。
「……」
ダイゴはやはり視線もくれないまま、片手でピャミちゃんを引きはがし、その腹に後ろ蹴りをくらわせる。そしてそのまま、何事もなかったかのように歩き出した。
「びゃえええええええええええええ! びゃええええええええええええええ! マスター! ボクを見捨てないでくださいっすううううううううううううううううううう!」
一人取り残されたピャミちゃんの号泣が荒野に木霊する。
「危ないから、とりあえず中に入りなよ」
やがて装甲車がピャミちゃんに追いつくと、俺は彼女を助け起こし、安全な屋内に招き入れる。
「ぐすっ。ぐすっ。マスターぁ……」
「――ああもう! やめてくださいよ。こっちまで暗い気分になってくるじゃないですか。大体、ダイゴのどこがいいんですか? 兄さんみたいな神ならまだしも、あんなクズの奴隷になりたがるあなたの気が知れません」
中々泣き止まないピャミちゃんに、由比がうんざりしたように言う。
「ひぐっ。ま、マスターの悪口はやめてくださいっす! マスターはクズじゃないっす! とっても優しい人っす!」
ピャミちゃんは首を激しく横に振り、由比の言葉を否定した。
「一般的な感覚から言って、意識を失った仲間を置き去りにするような人間を『優しい』と形容するのは無理があるかと思いますが……」
礫ちゃんが眉をひそめて言う。
「そんなことないっす! もしマスターが本気でボクの魔法を止めようと思ったら、できたはずっす! ソードスキルでボクの腕を吹き飛ばすなり、殺すなりすればよかったんっす! でも、マスターはそれをしなかったっす! だから優しいっす!」
「……でも、あんた、ダイゴにことあるごとに暴力振るわれてたっしょ? それも優しさだって言う訳?」
「あれはボクが鈍くさいから悪いんっす! それにマスターの蹴りは見かけほど痛くないんっす! 漫才の突っ込みみたいな感じなんっす!」
誰が何と言おうとも、ピャミちゃんは頑なにダイゴの非を認めようとはしなかった。
「ダイゴさんの評価はともかくとして、ピャミちゃんは今後どうしたいの?」
「それはもちろん、マスターに許してもらってまた一緒に戦わせてもらいたいっす!」
ピャミちゃんが考える間もなく即答する。
「なるほど。……それで、ダイゴさんはピャミちゃんが謝り続けるだけで、許してくれるのかな?」
「多分、無理っす。マスターは口先だけの人間なんか信用しないっす。働きで示すしかないっす。ああ! でも、奴隷のボクだけじゃマスターが認めてくれる成果なんて出せるはずないっす、う、う、う、うああああああああああああああああああ!」
将来への暗い展望に悲しみがぶり返してきたのか、ピャミちゃんがまた声を上げて大泣きする。
「みんな――ちょっと」
俺はピャミちゃんから離れ、手招きして瀬成と由比と礫ちゃんとを部屋の隅に集める。
「……ピャミちゃんについてどう思う? これから俺たちは彼女をどう扱ってあげればいいんだろう?」
俺は声を潜め、三人に相談を持ち掛けた。
「そうですね。どうやらピャミさんはダイゴより心身共にハラスメントを受けており、一種のマインドコントロール下にあると思われます。人道に照らして申し上げれば、その洗脳から彼女を救って差し上げるのが正しいかと」
礫ちゃんが滔々と正論を説く。
「うん。あんな小さい子を、ひどい男の所にこのまま置いておくなんてかわいそうじゃん。私たちの仲間にしてあげれば? みんなで優しくしてあげれば、あの娘も本当の人間同士の暖かいつながりが分かって、向こうに戻りたいなんて言い出さなくなるかもしれないし」
瀬成が頷いて言った。
「そうですね。兄さんのジーザスにも勝るご慈愛に感化されないものはいませんからね。ただし、それが行き過ぎて妹になりたいと言い出さないか心配です。これ以上ライバルが増えるのは困ります」
「大丈夫。そんなことを言い出すのはあんただけだから」
懸念を表明する由比を、瀬成がジト目で見遣る。
「わかった。……じゃあ、しばらく、ピャミちゃんに対しては俺たちの仲間として接しよう。仲間というからには、彼女にも俺たちと一緒に何らかの仕事をしてもらうことになるけど、いいよね? そうじゃないとただのお客さんになっちゃうから」
俺の確認に三人が頷く。
「ピャミちゃん。ちょっといいかな」
俺はしゃがみ込み、ピャミちゃんに目線を合わせて話しかける。
「ひっ、ひぐっ、な、なんすか?」
ピャミちゃんが、真っ赤に泣き腫らした瞳で俺を見る。
「ちょっと俺たちで相談したんだけど、よかったらしばらく俺たちの仕事を手伝ってくれないいかな」
「し、仕事っすか? で、でも、ボクはマスターの奴隷っす。他のギルドの人のために働くのはダメっす」
ピャミちゃんが困惑したように視線を泳がせる。
「だけど、このままじっとしてても、ピャミちゃんがダイゴに成果を見せる機会はないよね。それだったら、俺たちの所で働いた方がマシなんじゃないかな。ダイゴも、俺たちの下でピャミちゃんが活躍している姿を見たら、やっぱり戻ってきて欲しいと思うかもしれないし」
「う、うう……。そうっすね。た、たしかに道化なる裁縫士さんの言う通りっす! わかったっす。頑張ってお手伝いするっす!」
ピャミちゃんがしばらく考えてから頷く。
「そう。よかった」
俺はほっと胸をなでおろす。
「で、具体的にボクは何をすればいいんっすか?」
「うーん。そうだな。まず、ピャミちゃんが得意なことを知りたいかな。とりあえず、ピャミちゃんのカロンファンタジアの職業は大魔導士でいいのかな?」
大魔導士は、魔法使いの上級職である。
前にピャミちゃんが使っていたビッグバンメテオストリームは、上級職じゃないと取得できない最上位の魔法だったはずだ。
「そうっす」
ピャミちゃんが頷く。
「じゃあ、得意な魔法は?」
「ビッグバンメテオストリームっす!」
「うん。それは前に見せてもらったけど、他には?」
「他? そんなのないっす。ボクが得意なのはビッグバンメテオストリームだけっす」
ピャミちゃんがきょとんとした顔で首を傾げる。
「――マジでそれだけなの?」
瀬成が驚いたように目を丸くする。
カロンファンタジアに詳しくない瀬成でも、大魔導士が一つの魔法しか使えない異常性には気が付いたらしい。
「マジっす! マスターが、『お前はクソ雑魚なめくじのゴミ奴隷だから、一発でかい魔法だけをとことん極めろ! 俺様が命令した瞬間に魔法を吐き出す人間砲台になれ』って言ってくれたっす」
ピャミちゃんは屈託のない笑顔でそう言い放つ。
「ピャミさん。お言葉ですが、それはおかしいです。魔法使いが大魔導士にクラスチェンジするには、少なくとも四種類の属性の基礎魔法を習得することが要件となっています。ビッグバンメテオストリームは、さらに風と炎の中級魔法をいくつか習得してからでないと覚えられなかったはずです」
礫ちゃんが理路整然と突っ込む。
「そうっす! 色々たくさん覚えるのめっちゃ大変だったっす! だけど、もう長いこと使ってないから詠唱の言葉を忘れちゃったっす! 今やれって言われてもできないっす!」
ピャミちゃんがきっぱりとそう断言する。
「そっか。でも、ビッグバンメテオストリームはそう何回も連発できる魔法じゃないよね? なにしろ、撃ったら気絶するほどの魔法だし」
「できないっす! 一発撃ったら、三日間は充電しないとだめっす! ボクのビッグバンメテオストリームは、装備で威力を強化した特別製なんすけど、その代償として消耗もヤバいんっす!」
ピャミちゃんがどこか誇らしげに言った。
これじゃあピャミちゃんに戦闘要員としての働きは期待できないか。
職業としてのチューニングがピーキーすぎる。
「……ふう。仕方ないですね。じゃあ、今私が命令を出している自動人形の操作を、一部肩代わりするという仕事はどうですか? 兄さん」
デバイスで周囲の警戒を続けていた由比が、ピャミちゃんを一瞥し、みかねたようにそう切り出した。
「うん。俺はいいと思うけど、ピャミちゃんもそれでいいかな?」
「わかったっす! 精一杯頑張るっす!」
ピャミちゃんがガッツポーズで意気込む。
まあ、かなり無理やり仕事を作った感もないではないが、始めはこんなものだろう。
ピャミちゃんが自尊心を取り戻すには、小さなことからこつこつと達成感を味わってもらうのが大事だ。
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