第119話 奴隷ちゃん教育大作戦

 砂漠を目指す俺たちは、ダイゴに従い川を抜け、すでにアメリカがボスモンスターの討伐を済ませている高慢の山へと差し掛かっていた。


 登り道の山道は勾配がきつく、西側が崖になっている。しかも、俺たちの装甲車を通すのがぎりぎりの狭さだ。


「あああああ! やばいっす! やばいっす!」


 ピャミちゃんの操る自動人形が自殺するレミングスのごとく崖に突っ込んでいく。


「どこに特攻してるんですか! 私、その自動人形は東の絶壁を登らせて、装甲車の後ろに配置してくれってお願いしましたよね!?」


「えっと、東ってどっちっすか!? 右っすか? 左っすか? お茶碗を持つ方っすか!?」


「何度も言ってるじゃないですか! 左上に表示されてるコンパスを見ればわかるでしょう!」


 由比がデバイスを指して、声を荒らげる。


「ううううう! NとかSとか分かりにくいっす! ひらがなで『きた』とか『みなみ』とか書いてくれないとわかんないっすよおおおおおおお! あああああ! 落ちる! 落ちるすうううう!」


 ピャミちゃんの操る自動人形は、崖で足を踏み外し、辛うじて手だけで崖の淵に掴まった。


「大丈夫。ちょっと待ってて」


 俺は扉を開け、『縫い止め』を放ち、落ちかけた自動人形に糸を巻き付けて地上へと引き上げる。


「兄さん! 崖の下から虫が!」


 由比が切羽つまった様子で叫ぶ。


 深淵の底から這い上がってきた、蟻、ムカデ、蠅――様々な虫型のモンスターが自動人形目がけてむらがろうとしてくる。


「問題ない! 任せて!」


 俺は栽培と薬師のスキルを併用し、先だって採取した毒性の高い邪竜プドロティスの鱗と水を組み合わせ、即席の液状殺虫剤を作る。


 彫金のスキルでエルドラドゴーレムから採取した金属から、手押し式の筒状の噴射器を作り出した。


 早速、そこに殺虫剤を注入し、虫の群れに向かって思いっきり噴射する。


 緑色をした毒々しい液体が付着した瞬間、モンスターたちは成す術なく絶命し、再び深い地獄の底へと落下していった。


「お見事な対処です。ご主人様」


「さすが大和。ウチが出るまでもなかったね」


 礫ちゃんと瀬成が手を叩いて言う。


「まあ害虫駆除は奥多摩でもちょくちょくやってたから」


(一時間で、もう五回目か……)


 俺は扉を閉め、仲間たちに微笑み返しながら、内心で嘆息する。


 ピャミちゃんのポンコツっぷりは、俺たちの想像を超えていた。


 自動人形の簡単な操作を教えるだけでも半日かかり、いざ実際に操作させてみようとしたらこれだ。

「申し訳なかったっす! 罰としてボクをぶん殴って欲しいっす!」


 ピャミちゃんはそう言って目を瞑り、俺に左の頬を差し出す。


 彼女はこうしてミスする度に折檻を求めてくるが、もちろん俺にはいたいけな少女に暴力を振るう趣味はない。


「そこまでする必要ないよ。でも、もし、ピャミちゃんがこの仕事が合わなくてつらいっていうんだったら別のを考えるけど……」


「大丈夫っす! 難しいっすけど、なんかアクションゲームみたいで楽しいっす!」


 ピャミちゃんは目を輝かせて言った。


「そっか。まあ、今日は初日だし、徐々に慣れていけばいいよ。とりあえず、今移動している所は自動人形の操作が難しいみたいだから、ここは由比に任せよう。もう少し楽なところになったらまたピャミちゃんにお願いするから」


 俺はそう言ってピャミちゃんの頭を撫でた。


「了解っす! じゃあ、待ち時間にデバイスでゲームしててもいいっすか!? 実は、ボクが『首都防衛軍』に入れてもらった当初から、マスターに宿題として出されてるタイトルがあるんす! これをクリアしたら、マスターが喜んでボクを許してくれるかもしれないっす!」


「うん。どうぞ」


 俺は苦笑しつつそう許可を出した。



                *

 

「今日も、何とか無事終りそうだな……」


 俺は装甲車の上で、周囲の安全に気を配りながら呟いた。


 一日の行軍が終わり、周囲にはダイゴたちと自動人形により、野営の陣が敷かれている。


 束の間の安息の時間を有効活用しようと、今、女性陣は装甲車の中で、シャワーを浴びていた。


 別に彼女たちに出ていけと言われた訳ではないのだが、強度を重視したドーム状の装甲車は、構造上、部屋に仕切りがない。一応、シャワーカーテンはしてあるのだが、着替えなどのことも考えれば、俺がいたら都合が悪いだろうと思い、席を外したのである。


(それにしても困ったな……。ピャミちゃんにこれ以上どんな仕事を割り振ればいいんだろう)


 俺は腕組みして考え込む。


 気長に構えようと思っていた俺だったが、二日たっても、三日たっても、ピャミちゃんの仕事ぶりは好転しなかった。


 高慢の山を抜け、広い砂地に入ってからも、ピャミちゃんは障害物の全く存在しない場所で自動人形を何度も転ばせたり、隊列を乱してそこら辺を徘徊したりと、ミスを繰り返し続けた。


 とりあえず自動人形の操縦はもういいからと、デバイスの映像の監視だけを任せてみれば、ピャミちゃんは見つけたものを上手く言葉にすることができず、報告がままらない。


 どうやら、基本的に、ピャミちゃんは同時に複数のことに気を配るのが苦手なようだからと、試しにピャミちゃんを瀬成の代わりに自動人形に憑依させてみれば、彼女の操る人形は精神力を吸い取られそうな変な踊りを舞った上、自分で自分の胸を貫いて自滅してしまう始末である。


 俺たちとしても、天空城という危険な場所にいる以上、あまり余裕がある訳でもないので、どうしてもピャミちゃんを除いて対処しなければいけない場面も多く、結果、当初の目論見通りにピャミちゃんを仲間として扱えているかは、微妙な状況となってしまっている。


「ねえ、みんなお風呂あがったよ。次は大和の番」


 髪を濡らし、顔を上気させた瀬成が、扉から顔を出して言う。


「わかった」


 俺は思考を中断して、装甲車の中へと戻り、シャワー室へと向かう。


 シャワーカーテンを閉じ、カロンファンタジアの装備を解く。


 日常の服に戻った俺は、早速それを脱衣して、カーテンの外に押し出した。


 三角形の蛇口をひねると、備え付けのタンクから、ちょろちょろと水が流れ出してくる。


 まずは髪を濡らし、それからシャンプーに手を伸ばした瞬間――


「道化なる裁縫士さん! 入るっすよー!」


 背後から陽気な掛け声と共に、シャワーカーテンが勢いよく開く音がした。


「ふぁっ!? え、え、何?」


 慌てて振り向くと、なんとそこには一糸まとわぬ姿のピャミちゃんが、タオルを持って突っ立っているではないか。


「お背中お流しするっすー!」


「い、いや、気持ちは嬉しいけど、一人で洗えるから」


 俺は股間を隠して後ずさった。


 いくらピャミちゃんが幼い容姿をしているとはいえ、裸のお付き合いをするには、彼女は大きすぎる。


「遠慮しないでくださいっす! 『ザイ=ラマクカ』の他の皆さんにもやったっすけど、中々好評だったっすよ?」


 ピャミちゃんがさらに距離を詰めてくる。


「いやいやいや! それは女の子同士の話でしょ? 俺は男だから。無理無理無理無理!」


 俺は声を上ずらせて、首を何度も横に振る。


「大和! 大丈夫!?」


「敵襲ですか!?」


「ご主人様!」


 騒ぎを聞いて駆けつけてきた三人が、俺たちの姿を見て硬直する。


「あっ。みなさんおそろいっっすか――な、なんすか? みんな顔が怖いっすよ?」


 後ろ振り返ったピャミちゃんが、顔をひきつらせ、タオルを取り落とす。


「あんた。ちょっとこっちに来て」


「私の兄さんに手を出すとはいい度胸です。これは教育が必要ですね」


「……私の役目を取られては困ります」


 瀬成たちに引き摺られ、シャワー室の外へと連行されていくピャミちゃんを尻目に、俺はいそいそと服を着こんだ。

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