第120話 とある奴隷さんの追憶

「うー。どうやら、ボクまたやっちゃったみたいっすね……」


 三人の女子に取り囲まれ、床に正座させられたピャミちゃんがうつむく。


 ただでさえ小柄なその体が、今はさらに小さく見えた。


「どうしてこのようなことをされたのですか?」


 礫ちゃんが冷静なトーンで問う。


「今日もボクはたくさんへまをやらかしたっす。ミスにはそれにふさわしい罰が必要っす。でも、みなさんは誰もボクに罰をくれないっす。だから、自分で皆さんのお背中を流すのを、罰にしようと考えたんっす」


「……あれ、罰のつもりだったんだ。ウチ、てっきりピャミちゃんがウチらと仲良くするためにやってくれたんだと思って、ちょっと嬉しかったのに」


 瀬成が悲しそうに呟く。


「うー。申し訳ないっす。もちろん、友好の目的もあったっす。一石二鳥だと思ったんっす」


 ピャミちゃんは罪悪感に苛まれたように、左右の人差し指をいじり合わせる。


「まあ私は罰であれなんであれ、ミスを別の仕事で取り返そうというのは悪い心がけじゃないと思いますけどね。でも、兄さんのお風呂に突撃はありえないでしょう! 恋人でもない異性と裸のお付き合いなんて非常識です! それが許されるのは兄妹だけです!」


 由比が顔を怒らせて叫ぶ。


 由比の言葉の中にもさりげなく非常識な言動がまじっていた気がするが、話の腰を折りそうなので今は突っ込まないでおこう。


「へえ、『ザイ=ラマクカ』ではそうなんすか? でもボク、『首都防衛軍』ではよくマスターにこうやってご奉仕するっすよ」


 ピャミちゃんがあっけらかんとそう言い放つ。


「なっ……。あのキザ男、幼女にそんなことさせてるんですか! ナルシストな上にロリコンなんてキモすぎです!」


 由比が眉根を寄せて身震いする。


「……18歳未満といかがわしい行為をするのは淫行条例に抵触します」


 礫ちゃんが頬を染めて言った。


「はっはっは。二人とも、なに言ってんすか。ボクはとっくの昔に成人してるっすよ。だから、全然問題ナッシングっす」


「「「「えっ?」」」」


 飛び出した衝撃の発言に、俺たち全員が同時に間の抜けた声を上げた。


「あれ? 言ってなかったっすか? ボク、今年で23歳っす。もうタバコもお酒もぐいぐいいけちゃう立派なレディーっすよ」


 ピャミ……さんはそう言って、タバコをふかす真似をしておどける。


 マジかよ。


 完全に年下扱いで、「ちゃん」づけで呼んでたぞ俺。


「じょ、冗談じゃないよね?」


 瀬成がいまだ信じられないようにピャミさんの顔をまじまじと見つめる。


「あー、やっぱそういう反応になるっすよねえ。ボク元から小柄だった上に、子どもの頃は親からあんまりご飯を食べさせてもらえなかったんで、身体の成長が小学生くらいで止まっちゃってるんすよー」


 ピャミさんが羽毛のごとき軽いトーンで告白する。


「そ、そのなんかごめん」


 瀬成が気まずそうに言って、頭を下げる。


「気にしないでくださいっす! もう昔のことっすから。それに、むしろ親には感謝してるっす。ある意味で、あの人たちのおかげでマスターに出会えたんすから」


「その辺のこと、もう少し、詳しく聞いていいですか。ピャミ……さん」


 俺は思わず『ちゃん』づけで呼ぼうとしてしまった自分を制して尋ねる。


 もちろん、興味本位で彼女の家庭の事情に踏み入ろうという訳ではない。


 俺たちは、幼い女の子であるピャミさんがダイゴに騙されているという前提で彼女に接してきた。


 しかし、その前提が覆ってしまった以上、今後の対応を考えるために、俺たちはもっとこの人のことを知る必要がある。


「もちろんっす! むしろ、聞いて欲しいっす。みなさんはマスターのことを誤解されてるみたいっすから! あ、正座苦手なんで、脚崩してもいいっすか?」


「もちろんです。どうぞどうぞ」


 俺は左右の手の平を天井に向けて突き出し、ピャミさんを促した。


「どうもっす。――じゃあ、突然ですが、ここでクイズっす。ボクの本名はなんでしょう?」


 ピャミさんは胡坐を掻いて、問いかけてくる。


「……ダイゴさんは本名をそのまま名乗っていらっしゃるようですから、ピャミさんもそのまま本名なのではないですか?」


 礫ちゃんが自信なさげに言う。


「不正解っす。ボクの下の名前は『ぴゅあみ』って言うんす。漢字で書くと『純心娘』っす。まあ、いわゆるキラキラネームっすね。親が、俗世に汚れずにまっすぐな人間に育って欲しいと思って名付けたらしいっす」


 ピャミさんがどこか突き放したように彼女自身の名前を語る。


「……名前の由来だけ聞くとそこまでおかしな親御さんには思えないけど?」


 瀬成が控えめに尋ねる。


「まあそうっすよね。だけど、ウチの親は『ガチ』だったんっすね。他人に触れると汚れるから、外出は禁止。もちろん学校も、小中共に不登校の皆勤賞っす。毒電波が危ないからテレビは禁止。思考をストーカーされるからネットも禁止。食事は自然農法で作った貧相な無農薬の野菜を、月の光で一か月浄化したやつだけっす。当然食べる頃には腐るか、シナッシナになってるっす」


 ピャミさんが苦虫をかみつぶしたような顔で答える。


「それは……、私の親よりも断然やばいですね」


 由比が顔をしかめて呟く。


「おっ。お仲間っすか? まあ、とにかく、何が辛いって、空腹と暇っすよね。幸い空腹はなんちゃら水素水をガブ飲みして寝まくればいけるんすけど、暇だけはどうしようもないじゃないっすか。ボクが自分で一通り身の回りのことができるようになった頃にはもう親は一か月に一回帰ってくるかこないかだったっすし、窓には木板が打ち付けられてるから外も見えない状況だったんで、玄関の郵便ポストに時たま入れられるチラシだけがボクの唯一の情報源な訳ですよ。嘗め尽くすように一字一句覚えた後、どんな風に折って遊ぶかが唯一の楽しみだったっすね」


 ピャミさんが懐かしそうに語る。


「……壮絶です」


 礫ちゃんが絶句した。


「――で、そんな生活が産まれてから大体16年くらい続いた後に、親が逮捕されて、ようやくボクはウサギ未満の生活から解放されたっす。まあ、皆さん多分、お察しの通り、宗教がらみの詐欺かなんかをやったらしいっすね」


「それから、どうなったんですか?」


 頃合いを見計らって俺は相槌を打つ。


「よくぞ聞いてくれったっす。ここからが重要なところっす。こうしてようやく監禁状態から抜け出したボクは、他に身寄りもないってことで児童養護施設に入れられて、そこで初めてゲームというものに出会ったんっす。っていっても、この小型デバイスが普及したご時世に、何世代前なんすかって言いたくなるような据え置きのゲーム機だったんっすけど、まあ、それでもボクにとってはこの世で初めて出会ったまともな娯楽な訳ですよ。そりゃもう馬鹿みたいに熱中しましたよ。やっとおなか一杯食べられるようになったご飯よりも、ゲームの方を優先するくらいに」


 ピャミさんが目を輝かせて、述懐する。


 身振りや手振りの全てから、その時の感動が伝わってくる。


「でも、幸せな日々って長く続かないもんっすよね。児童養護施設って18歳で追い出されるんすよ。自立っていう名目で適当な工場にぶち込まれたんすけど、工場の大切な機械をぶっ壊しちゃって、一か月もしない内に即行で首になったんす。今から思えばかなりやばい状況なんですけど、その当時のボクって、社会やお金ってものにリアリティがあんまなくて、とにかくゲームやりたいなってことしか考えてなくて、もらった一か月のお給料でまずやったのが中古のデバイスを買うことだったんっす。その後は、適当に日雇いのバイトをしながら生きてたんすけど、やっぱり欲しいゲームとかが出るとついつい手を出しちゃって、お金が足りなくなってあちこちから借金をしている内に、怖い人から追われる身になっちゃったんす」


「なにそれ。むっちゃヤバくない?」


 瀬成が声を高くして言う。


「はい。ガチヤバっす。ボクは、ああ、いつか借金取りに捕まって殺されるんだな、と思ったんですけど、やっぱりあんましアリティがなかったんすね。でも、どうせ死ぬんだったらゲームをやりながら死にたいなっていう想いは何となくあって、ボクが知ってる中でも一番おもしろいオンラインゲームである、カロンファンタジアを四六時中やってたんっす。まあ、ぶっちゃけ現実逃避っすよね。でも、恐ろしいことに借金取りって、ゲームの中まで追ってくるんすよ。カロンファンタジアのユーザー数があまりにも多いから、逃げまくってた債務者が見つかることも結構あるらしくて、網を張ってるんすね。あっという間に捕まったボクは、RMTリアルマネートレードで現金にして借金の返済にあてるってことで、一生懸命集めた装備品やアイテムを脅し取られそうになったっす。――そこに颯爽と現れて、借金取りをぶっ殺して追い払ってくれたのが、何を隠そうボクのマスターっす!」


「にわかには信じられませんね。ダイゴの普段の行いを見てると、とても純粋な善意から人助けするような人間には見えないんですけど」


 由比が不信感を露わに言う。


 正直俺も彼女と同じ気持ちだった。


「まあ、多分、ボクを助けたいっていうよりは、ゲームの中でにリアルを持ち込む奴を偶然見つけてむかついたんでしょうね。マスター、そういうの大っ嫌いな人っすから。もしカロンファンタジア内での借金だったら、逆にボクの方がぶっ殺されていたと思うっす」


 なるほど。それなら納得だ。


 容易に想像できる。


 悪態をつく借金取りを、「ああ? 聞こえねえな。アスガルド語で喋ってくれ」といいながらフルボッコにしていくダイゴの姿が。


「では、その縁が元になって、ピャミさんは『首都防衛軍』に入られたのですか?」


「まあ、そう言うことになるっすかね」


 礫ちゃんの問いにピャミさんが曖昧に答える。


「やけにぼかしますね。そこはあなたが一番強調したいところでしょう?」


 由比が目を細めて尋ねる。


「実を言うと、ボクもいまだに何でマスターが『首都防衛軍』に入れてくれたのか、わかんないっすよね。正規の入団試験は何回受けても落ちっぱなしだったっすし、マスターが温情で与えてくれた課題のゲームもクリアできてもいないんっす。なのに、ある日突然、ボクのデバイスに借金返済の完了の通知が届いと思ったら、『お前の前世の因縁は俺が断ち切った。ちょうど身の周りの世話をする奴を探していたから、奴隷としてなら使ってやってもいい』ってマスターが話しかけてきてくれたんっす」


「……確かに、それは謎ですね」


 俺は呟く。


 やっぱりダイゴの行動原理は分からない。


「でも、そんな経緯なんてどうでもいいんっす。だって、親からも、国からも、社会からも見捨てられた赤の他人のボクを拾ってくれて、借金まで返してくれた恩人がマスターであることには違いないっすから。仮想世界でも現実世界でも無双するマスター、マジかっこよくないっすか? 最高っすよね? ぱないすよね?」


 ピャミさんが目を輝かせて俺たちに同意を求めてくる。


「確かに、ダイゴがあんたの借金を肩代わりしたのは偉いことかもしんないけど、でもだからって、あんたを奴隷扱いしていいってことにはならなくない?」 


「なるっすよ。だってボクは正規の手続きでギルドに入った訳じゃないんすし、PSプレイヤースキルも他の『首都防衛軍』のみんなに比べて圧倒的に低いんっすから」


 瀬成の意見を、ピャミさんは一蹴する。


「でも、仲間って、そういうダメな所も含めて補い合う存在っていうか――もっと対等なものっしょ?」


 瀬成がもどかしげに問いかける。


「そうっすか? ボクはそう思わないっす。皆さんには申し訳ないっすけど、オンラインでもオフラインでも、こんなボクを対等な仲間にしてくれるっていう人は結構いたんっすけどね、どれも上手くいかなかったんっすよ。そもそも、そういう人のほとんどは、ボクを食い物にしようとする下種だったすからね。もちろん、中にはそうじゃない純粋な善意の人もいましたけど、最終的には自然に疎遠になっていったっす。向こうがいくら懐が広くてもこっちが一方的に迷惑をかけ続ければストレスはたりますし、ボクも向こうの期待に応えられない負い目みたいなのもあって、どうしても心に壁を作っちゃうっていうか……。やっぱりどっちかが無理をしている関係って長くは続かないものっすよ」


 ピャミさんが俺たちの心を見透かしたように言った。


 確かに俺たちは、たった三日彼女に付き合っただけで、もう今後の対応に苦慮している。


 瀬成の言っていることは正論だが、ピャミさんの主張もまた一面の真実をついているように俺には思えた。


「……確かに、そういう観点から見れば、ダイゴは自重とか無理とかとは無縁の存在ですね」


 礫ちゃんが納得したように頷く。


「そうっす。マスターはボクがへましたらすぐにブチきれて、その場で罰を与えてチャラにしてくれるっす。後腐れがなくてボクとしてはそっちの方が安心なんっす」


 ピャミさんが我が意を得たりとばかりに頷く。


(なるほど。そういう考え方もあるのか)


 俺はカルチャーショックを受けた気分だった。


 俺たちが良かれと思ってピャミさんのミスに対して寛容であったことは、きっと彼女にとっては逆効果だったのだろう。


 俺たちの優しさは、ピャミさんにとっては重荷だったんだ。


「すみません。ピャミさん。俺たち勘違いしてました。てっきり、あなたがダイゴに洗脳されて奴隷になることを強いられているものとばかり思ってました」


 俺はそう言って、ピャミさんに頭を下げた。


「ははは! まあ、傍からみたらそう見えるっすよね。――でも、ボクがこんだけたっぷり語ったからには、みなさんにもマスターの素晴らしさが分かって貰えたっすよね?」


「わかりませんよ。正直、今の話を聞いた上でも、客観的に見たら、ダイゴは借金のかたに女性を奴隷にしてるクズじゃないですか」


 由比が即答する。


「えー。マジっすかー」


 ピャミさんががっくりと肩を落とす。


「――でも、あなたにとってダイゴが、私にとっての兄さんだというなら、やっぱりあなたはダイゴの下に戻るべきです。他人が何と言おうと、心から居心地がいいと思える集団になんて、そう簡単に出会えるものじゃないですから」


 由比が俺の方を一瞥し、微笑みながらそう付け加えた。


「私も藤沢さんの意見に賛成です。ピャミさんは、ダイゴの負の側面もきちんと客観的に把握されており、マインドコントロールされているという訳でもないようです。正常な判断能力のある成人女性が、自らの意思でした選択は、何であれ最大限尊重されるべきだと思います」


 礫ちゃんが理屈っぽく言う。


「俺も二人と同じ気持ちかな。瀬成はどう?」


「正直ウチはまだ納得できない。本人がいいって言っても、やっぱり仲間同士で支配したり支配されたりする関係はおかしいと思う」


「じゃあ、瀬成は、ピャミさんをこのまま俺たちの下に留めていた方がいいと思う?」


「……本当はそうしたいけど、ここ何日かウチらの所にいたピャミさんはあんまり居心地がよくなさそうだったし、今の話を聞いたら、ピャミさんの決断にウチらが軽々しくどうこう言っちゃいけないってわかったの。だから、積極的には賛成しないけど、ピャミさんが戻りたいって言うなら、協力したいと思ってる」


 瀬成が複雑な表情で呟く。


 瀬成の言うことはよく理解できる。


 結果はともかく、動機として俺たちがピャミさんを導こうとした方向は、必ずしも間違いじゃなかったと思う。


 でも、彼女が過酷な人生の中から見出した答えを、浅い人生経験しかない俺たちがこれ以上否定したり、ましてや数日で矯正しようなんて思ったりしようとしたりするなら、きっとそれはただ傲慢になってしまうだろう。


「わかった。じゃあ、みんな、俺たちでピャミさんがダイゴの所に帰れるように支援するってことでいいよね?」


 俺の確認に、三人が頷く。


「助かるっす! マジ感謝っす!」


 ピャミさんが嬉しそうに叫び、俺たちに頭を下げた。


「――それで、ピャミさん。あれからダイゴさんから何か連絡はないんですか?」


「全くないっす。ボクがデバイスで何回コールしても、メッセージを送っても、マスターは何も反応してくれないっす」


 ピャミさんは悲しそうに首を横に振った。


「そうですか。じゃあ、とりあえず、俺の方からもダイゴさんに接触を図ってみます。第三者からピャミさんの気持ちを伝えた方が、かえって上手くいくかもしれませんし」


 当事者同士だと感情的になってしまう問題も、間に人を立てれば丸く収まることもある。


 もちろん、ダイゴが俺の説得に簡単に応じてくれるとは思えないが、試してみる価値はあるだろう。


「マジっすか!?」


「はい。早速行ってきます。ちょうど向こうも野営していて、行軍中よりは時間に余裕があるでしょうから。ただ、ダイゴさんの方が話を聞いてくれるかはわからないですけど」


「きっと大丈夫っす! マスターは道化なる裁縫士をとっても評価してるっすから!」


 ピャミさんが自信たっぷりに言う。


 本当だろうか。


 日ごろのダイゴの俺に対する態度を見てると、とても評価してるとは思えないのだが。


 まあ、でもとりあえず行動しなければ始まらない。


 俺はそんなことを考えながら、再びカロンファンタジアの装備を展開し、装甲車の外へと足を踏み出すのだった。

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