第121話 不遜なる約束

 ダイゴの野営地は、すでに就寝の態勢に入っていた。


 テントもなく、男女構わず雑魚寝しており、傍らには武器を置いたまま、いつでも戦闘に移れる格好でいる。


 数人のメンバーが周囲を警戒しており、その中には膝を立てて座っているダイゴの姿もあった。


 枯れ枝でおこしたたき火がパチパチと小気味いい音を立て、ダイゴの整った相貌を赤く照らしていた。


「ちょっと顔を貸してもらいたいんですけど」


 こちらを胡乱な目つきで見てくるダイゴに、俺は迷った末にそう話しかけた。


「はっ。いいぜ」


 ダイゴが剣を片手に立ち上がる。


 にべもなく断られるか、よくてからかわれるくらいはするんじゃないかと思ったが、ダイゴは意外にも素直に俺の話にのってきた。


 俺たちは、たき火から少し離れた場所に移動する。


 他の『首都防衛軍』の人間に会話は聞こえないが、野営地にはすぐ戻れるくらいの距離だ。


「で、俺様に何の用だ道化なる裁縫士。喧嘩なら買うぜ」


 ダイゴが好戦的な笑みを浮かべて、剣のつかに手をかける。


「どうしてそうなるんですか。俺があなたに声をかけたのは、ピャミさんのことについて話すためです」

「あ? だから、ゴミ奴隷の文句を言いにきたんだろ?」


「違いますよ。俺はただピャミさんの気持ちを代理で伝えにきただけです。彼女、すごく『首都防衛軍』に戻りたがってますよ」


 睨みつけてくるダイゴに、俺は率直にそう伝えた。


「なんだ。つまんねえ。てっきり貴様のことだから、『どうして自分のギルドの仲間にひどいことするんですか!』とか童貞臭い正義を振りかざして突っかかってくるのかと思ったのによ」


 ダイゴが拍子抜けしたように言った。


「さっきまではおっしゃったようなことを考えてたんですけどね。ピャミさん本人から、彼女が『首都防衛軍』に入ったいきさつを聞いてしまったもので」


「ちっ。あいつ余計なことを喋りやがって」


 ダイゴが舌打ちして、虚空を睨みつける。


「とにかく、もうそろそろ彼女を許してあげたらどうですか? 反省する時間なら十分に与えたでしょう」


「だめだ」


 俺の提案をダイゴは間髪入れずに拒絶する。


「なんでですか?」


「人に質問する前にまずはてめーが答えろよ。何で、赤の他人のお前が俺様の奴隷の事情に首を突っ込むんだ? 関係ねーだろうが」


「そうですね……。特に考えてなかったですけど、ピャミさんと七里に似ている部分があるかもしれないです」


 その答えは不思議にするりと俺の喉から出てきた。


 七里とピャミさんじゃ全然性格が違うのになぜだろう。


 ああ。そうか。


 七里も、無駄にポジティブでゲーム好きだったな。


 楽しそうにゲームに熱中するピャミさんを見てると、つい七里を思い出してしまうんだ。


「おい。シケた答えすんじゃねえ『全ての女は俺のもんだからだ!』くらい言えねえのか?」


 ダイゴが退屈そうに肩をすくめる。


「無茶言わないでくださいよ。もし俺がそんなことを言い出したら、完璧にゴーストに憑依されてるじゃないですか。――さあ、俺は質問に答えたんですから、次はダイゴさんの番です」


 俺は一歩前に踏み出してダイゴに詰め寄る。


「あ? なんでゴミ奴隷を復帰させないか? んなもん決まってるだろうが。あれだけの失敗をやらかして、何の償いもなしにのうのうとクソ奴隷をのさばらせていたら、他のメンバーに示しがつかねえからだよ。お前もミジンコクラスとはいえギルマスやってんなら聞くまでもなくわかるだろ」


 ダイゴは気怠げに答えた。


 つまり、ダイゴがピャミさんに冷たくしてるのは、組織管理上の都合ということか。


 これはいいことを聞いた。


 ダイゴ本人が感情的にピャミさんを拒絶していないのなら、十分に復帰の希望はある。


「なるほど……。じゃあ、逆にいえば、成果があればいい訳ですよね? 例えばピャミさんが戦場で華々しい活躍をするとか」


 俺は確認するように尋ねる。


「ああ。いいぜ。――ただし、あのゴミ奴隷のミスでボスモンスターを逃した以上、復帰を認めるにはあいつのおかげでボスモンスターを倒せたといえるほどの功績がなくちゃなんねえ。あの鈍くさい奴隷に、そんな成果が出せると思うか? 道化なる裁縫士」


 ダイゴがおちょくるように言う。


 端から無理だと決めてかかっている口調だ。


「それはやってみなければわかりませんよ。俺たち『ザイ=ラマクカ』もできる限りサポートしますし、ちょうど明日には、ボスモンスターのいる場所にたどり着きそうじゃないですか。チャンスはあります」


 俺はすかさずそう言い返した。


「てめえは、次の決戦のフィールドが砂漠だって分かってほざいてるのか? カロンファンタジアのセオリーから考えて、ああいう地形にいるボスモンスターは火と風属性に対する耐性を持ってる可能性が高い。つまり、クソ奴隷の馬鹿の一つ覚えの魔法は効果が薄いってことだぞ」


 ダイゴが呆れたように呟く。


「それでも何とか考えてみます。どうせ俺たちにはまた後方で周辺警戒をさせるつもりだったんでしょ? ダメで元々です」


 俺は気楽に答える。


 確かにピャミさんの魔法の効果についてはダイゴの言っている通りなのだろうし、可能性の束の入手だってすでにアメリカと中国がそれぞれ二体目を討伐した報告が入っているため、俺たちを取り巻く状況がかなり厳しいことは理解している。それでもポジティブな発言をしたのは、空元気でも前向きにいかないと、不安に押しつぶされてしまいそうだったからだ。


「はっ。好きにしろ」


 ダイゴが呆れたように吐き捨てて踵を返す。


 その後ろ姿がどこか嬉しそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。

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