第122話 憤怒の砂漠

 俺たちが憤怒の砂漠に到着したのは、それから二日後のことだった。


 先行するダイゴたちが次々と砂漠に足を踏み入れていく。


 装甲車の前に立った俺は地面に手を触れ、『焼き物師』のスキルで砂を固めレンガを作り出し、さらに『建設』のスキルで進路に即席の道を作り出す。


 そのまま装甲車で砂漠に乗り入れてしまうと車輪が砂で空回りし、円滑な行軍が困難になるためだ。


 ほのかな赤紫色に変わった天井の水晶が、地上に向けて大量の赤外線を放出し、灰色の砂を焦がす。


 俺は額からじんわりと滲みだしてくる汗を拭って、装甲車の中へと戻った。


「……お待たせ。じゃあ、どうやってピャミさんを活躍させるかの議論を続けようか」


 俺は車座になって腰かける皆の輪に加わって呟く。


「そうですね。やはり何度も候補に挙がっている通り、基本的には自動人形をやられ役にして隙を作るしかないんじゃないですか。臭い袋でも持たせて敵のヘイトを引き付けている間に、魔法を放つみたいな感じで」


 由比が呟く。


「うん。悪くないけど、ボスモンスタークラスの強さの敵が相手だと、自動人形はピャミさんが詠唱する間すらもたないと思うんだ」


「ご主人様のおっしゃる通りですし、仮に成功してもそれだとピャミさんの魔法だと威力が高すぎて、前線で戦っている『首都防衛軍』を巻き込んでしまいます。私たちの攻撃のためにどいてくれと言っても、彼らが言うことを聞くとは思えませんし」


 俺の懸念に、礫ちゃんが頷いって言った。


「ピャミさんが首都防衛軍に許してもらうための作戦なのに、それじゃあ本末転倒だよね……」


 瀬成が考え込むように眉根を寄せる。


 ピャミさんを支援すると決めてから、俺たちは色々議論を重ねた。


 しかし、中々いいアイデアというのは出てこないものだ。


 そうこうしているうちにも時間はすぎ、半日ほども行くと、やがて、行く手に見える砂の色が、濃い黒色に変わった。その先には、白骨化したモンスターの残骸がそこかしこに散乱している。


「兄さん。雰囲気的にそろそろボスモンスターのヴェステデゼールの出現が近そうです。行軍を停止しますか?」


 デバイスで周囲の映像を監視していた由比が俺に問いかけてくる。


「うん。そうだね。警戒態勢に入ろう」


「了解です。では、また一割ほどを偵察用にダイゴに追従させて残りは防御に回す形で布陣します」


 由比の指示で、自動人形が整列していく。


「――ピャミさん。すみません。偉そうなことを言っても、結局まともな案は思いつきませんでした」


 俺はそう言ってピャミさんに頭を下げた。


「謝らないでくださいっす! まだどんなボスモンスターが出てくるのかも分からないのに作戦なんて思いつくはずないっすから! むしろこれからが本番っす! マスターも冒険者はアドリブ力が大事っていつも言ってるっす!」


 ピャミさんが首を横に振って、そう意気込む。


「そうですね。ひとまずはダイゴさんの戦闘を観察して、攻略のヒントを探しましょう」


 俺は頷いて、デバイスの映像に集中した。


 ダイゴたちは着々と歩みを進めていく。


 その足下の砂が、刹那、円錐系にへこんだ。


『来るぞ! 飛べ!』


 予兆を感じ取ったダイゴが短く命令を下す。


 ダイゴたちの体が宙に舞った。


 ビュッ。


 同時に先ほどまでダイゴたちがいた空間を、ヘドロ色に濁った粘液が通過する。


 遠方に着地した粘液は、そのまま煙を出しながら砂漠に吸い込まれていった。


「もうヴェステデゼールが出たの!? 全然姿が見えないんだけど」


 瀬成が首を傾げる。


「それはヴェステデゼールが地下に隠れているからでしょう。敵からすれば、砂漠というフィールドの地の利を活かさない手はありませんから」


 由比がデバイスから目を離さずに瀬成の疑問に答える。


「はい。よく見ると、粘液が発射される瞬間、数センチほど地表に先端が露出しています。この形をみるに、どうやらヴェステデゼールはワーム型のモンスターのようですね」


 礫ちゃんはそう呟きながら、自動人形から送られてきた画像を拡大したものを俺たちに回覧してくる。


 そこには、マンホールの直径を十倍にしたほどの大きな円形の口が映し出されていた。


『ちっ。潜伏型か。たりーな。とりあえず地道に削って様子を見る。――おら、野郎ども! さっさと案山子で敵の攻撃を誘導しろ! 魔法使いどもはスプラッシュウォーターで粘液を相殺しろ!』


 ダイゴの命令で、『首都防衛軍』の前衛が地面へと下降していく。


 地上から二メートルくらいの位置にまで来たところで、再び砂漠に蟻地獄のようなすり鉢状の穴が空いた。粘液が噴射され、魔法使いがタイミング良く発射した水柱が粘液を撃ち落とした。


『今だ! やれ!』


 その隙を逃さず、残りの前衛やアーチャーが一斉に穴に向けて攻撃を放つが、その多くが砂を削るだけに終わる。それでも攻撃の内のいくつかは、ヴェステデゼールに届いたらしく、砂漠には赤色の鮮血がにじんでいたが、とても有効な攻撃とは言えそうもない。


 どうやら、ヴェステデゼールは粘液を発射した瞬間に全力で地中に潜り、ダメージを最小限に抑えているらしい。


「これは……厄介だな」


 俺は眉を潜める。


「そうですね。ヴェステデゼールの攻撃自体は、ボスモンスターとしては大したことがない部類ですが……。このままのペースで戦闘を続けるとなると、いつあれを倒せるか、全く目途が立たないのが問題です。今回のミッションには制限時間がありますから」


 礫ちゃんがデバイスを一瞥して呟く。


 俺も釣られるようにデバイスを確認する。


 残り時間は、407h 38m 23s


 まだ余裕なようにも見えるが、まだここは三階層の内の、一階層目だ。単純に一階層に三分の一づつ240時間を割り当てると考えれば、旅程は大幅に遅れている。少なくとも、ヴェステデゼールの攻略に、悠長に時間をかけている余裕はない。


「それに、この高気温の中で長期戦をやるのは体力的に厳しいよね。終わりが見えない敵と戦うのって、精神的にも疲れそうだし」


 瀬成が顔をしかめて言った。


「ふう。皆さん。残念ながら、どうやら、さらに悩みの種が増えそうですよ」


 由比がデバイスの映像を指して溜息をついた。


「――これは、アメリカのギルドか」


 俺は、由比のデバイスをのぞき込んで頭を抱える。


 ウェアブルカメラの望遠拡大された映像には、チーフの星条旗の記されたタイツが、ばっちりと映されている。


「どうやら、中国も来たようです」


「EUもきたし!」


 わずかな時間差で四方八方からやってきた各国のギルドが、最後のボスモンスターを狙って砂漠に集結する。


 それぞれの勢力は、お互いを牽制しながらも、衝突することはなく、一キロメートルほどの距離を取って、バラバラに布陣した。


 ヘイトを集めるスキルを使用する複数の侵入者たちの中から、ヴェステデゼールはランダムに攻撃を開始する。


 攻撃を受けた各国のギルドはやはりダイゴと同じような手段で攻撃に出るが、やはりいずれも致命傷は与えられない。


 こうなると、戦場はあっという間にもぐら叩きの様相を呈してくる。


「……まずいですね。この状況だと、どのギルドがボスモンスターを倒すかは、ほぼ運に依存することになります」


 礫ちゃんが言葉の端に焦りを滲ませて言う。


「確率的にはアメリカ、中国、EUの三チームと争うだけでも25%ですか。その他の小さな国も合わせば、もっと確率は低くなりますね」


 由比がデバイスに移った各国を指折り数えて言う。


「やばいじゃん! ウチらまだ一体しかボスモンスターを倒してないのに! ウチらも参加した方が、少しは倒せる確率が上がるんじゃない!?」


 瀬成が焦ったように叫ぶ。


「気持ちは分かりますけど、今の私たちがあそこに行ってどう戦うんですか。スキルもない自動人形の通常攻撃じゃ、ヴェステデゼールに傷一つつけられませんよ。他国の戦闘を見る限り、敵には火と風の魔法は効かないみたいですから、ピャミさんの魔法でダメージを与えるのも厳しいでしょうし」


「それはそうだけど……」


 由比の反論に瀬成が黙り込む。


 みんなの言う通り、このままだとピャミさんを活躍する以前に、可能性の束の入手が危ういのは事実だ。


 かといって、俺たち単独でヴェステデゼールを討伐するのは不可能だ。


 もし討伐戦に参加するとしても、それはダイゴたちを支援する方向性でなければならないだろう。


 何かいい方法はないだろうか。


 俺は腕組みして考え込む。


「うー! もう見てられないっす! みんなマスターの手柄を横取りしようなんてずるいっす! カロンファンタジアのマナーでは、モンスターは最初に手をつけた奴のものっすよ! ボクの魔法でアメリカも中国もEUもみんなぶっ飛ばしてやるっす!」


 貧乏ゆすりをしながらデバイスにかじりついていたピャミさんが、耐えかねたように叫ぶ。


「落ち着いてください。ピャミさん。そんなことをすれば他国のチームとの戦争になります」


 礫ちゃんが冷静にたしなめるようなトーンで言った。


「じゃあ、直接は命中させずに、流れ弾ってことであいつらの近くにぶっ放すっす! ボクのビッグバンメテオストリームは爆風だけでも人を気絶させるだけの威力があるっす!」


 ピャミさんが立ち上がり、大杖を振り回す。


 そこまでして『首都防衛軍』を助けたいなんて、彼女は本当にダイゴのことが好きなんだな。


 それにしても、確かにピャミさんの言う通り、ビッグバンメテオストリームの爆風はすごい威力だったよな――って。


「それだ! それですよ!」


 突如脳裏にひらめいたアイデアに俺は膝を打って立ち上がり、ピャミさんの肩を叩いた。


「ど、どうしたんっすか!? 突然!?」


 ピャミさんが目を丸くして俺を見る。


「思いつきましたよ。……ヴェステデゼールを倒し、ピャミさんをダイゴさんの下に戻す方法が」


 俺は急く心を抑えながら、噛み砕いて作戦を説明する。


 勝利の鍵は、やはり俺たちの中に眠っていた。

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