第149話 カロン・ファンタジア(6)
「だめだ。時間がねえ。だいぶあいつの体力も削ったし、ここらで総攻撃をかける」
「はい。でも、総攻撃と言っても、俺たちの攻撃をカロンに当ててもノーダメージですよね?」
「ああ。プレイヤーが直接カロンを攻撃することに意味がない。だが、魔法や物理攻撃をぶちあてて人形を加速させることくらいはできる。だが、そうやって下駄を履かせるには、今のままの自動人形では脆すぎて持たねえ。もうちょっとマシな人形はねえのか?」
「……あります。いや、作れます」
俺は横目で装甲車を一瞥して答えた。
本当は、瀬成たちが飛び出してきた時から気が付いていた。
現状、この場にある材質の中で最強なのは、間違いなく装甲車に使っている金属だ。
でも、できればこれだけは使いたくなかった。
あれは、俺が、仲間の命を守るために作った、最後の砦だから。
「兄さん。使ってください」
俺の逡巡を見透かしたかのようなタイミングで、由比が呟く。
「ここで敗北すれば、どちらにしろ命はありません。ご主人様。ご決断を」
礫ちゃんも俺の方を見て頷く。
「ウチが大和の造った人形を絶対に無駄にしないから。任せて!」
生身に意識を戻した瀬成が、上体を起こして叫んだ。
「――わかった。使おう」
俺は頷いて、装甲車に触れる。
途方もない大金と、何度もの精錬と、何重もの結界。俺たちのギルドの資産のほとんどをつぎこんだそれを再構成してできたのは、ちょうどカロンと同じくらいの大きさを誇る、巨大人形だ。
「できました。これ以上はありません」
俺は自信を持ってダイゴに告げる。
「よし。初めに前衛が物理攻撃を加えてスタートダッシュをかます。その後はアーチャーたち。最後は魔法使いだ」
「わかりました! ――瀬成。礫ちゃん。頼む」
礫ちゃんの詠唱が開始され、瀬成の意識が巨大自動人形に宿る。
「シールドバッシュ!」
「ハンマーノック!」
「疾風波動撃!」
駆けだす巨大自動人形の背中に向けて、ダイゴたちが景気づけとばかりにスキルを放つ。
「蜂の一刺し!」
俺も手にしていた武器を逆手に持ち替え、柄の部分でスキルをぶち当てる。
援護を受けた巨大自動人形は、助走も少なく、瞬く間にトップスピードに達した。
「不幸だ。不幸だ。主の御言葉に逆らう者。その罪が支払う報酬は死。永劫なる魂の渇き。いかなる香油も塗り薬も、癒やすことはないとこしえの苦しみ――」
詠唱を続けるカロンが、人形を凝視しながら苦し紛れの雷撃を放つ。
「任せてください! 兄さん! 敵の攻撃は私が防ぎます!」
由比が叫ぶ。
先行していた普通の自動人形たちの残りが、カロンの雷撃の全てから身を呈して巨大自動人形を庇った。
「「「ウインドブラスト!」」」
風魔法の援護を受け、巨大自動人形が一つの弾丸と化す。
残り数メートル。
巨大自動人形が、大きく腕を振りかぶって跳び上がった。
「やれ! ピャミ!」
その巨体がついにカロンと邂逅する寸前、ダイゴが叫んだ。
「はいっす! 『人は億、真砂は兆、阿曽儀の星の那由多の銀河の不可思議宇宙の源は、創世の一閃! 終わりの始まりと始まりの終わりを統べる奇跡! 永遠を無に帰せ! ビッグバンメテオストリーム!』」
ピャミさんの詠唱が完璧に決まった。
一人の少女が人生をかけて極めた一撃が、巨大自動人形への最後と一押しとなる。
爆風。
轟音。
白煙が視界を覆う。
何も見えない――
……。
……。
……。
「ふふふふ、愚かな人類にしてはよく頑張りました。もし、あなたたちの中に本物の人形使いがいればあるいは、奇跡が起こせたかもしれません。ですが、これがあなた方の限界です」
最も聴きたくなかった声。
今更元の表情と口調を取り繕って勝ち誇る、慇懃なカロンのセリフを聞いた瞬間、何かを考えるより先に、俺は駆けだしていた。
「――おやおや、まだあがくおつもりですか」
やがて、煙が晴れる。
カロンは生きていた。
二枚の翼を引きちぎられ、それでも生きていた。
左腕一本を折られ、胸に生々しい巨大人形の指跡を残しながらもなお、生きていた。
もはや、カロンに残されたのは右腕だけ。
それでも、奴には十分だった。
右手に握られた長剣は、『最後の審判』を纏い、今や直視できないほどの
それは俺たちの世界を終わらせ、新たな世界の始まりを告げる原初の輝き。
「そうだ! 道化なる裁縫士! 武器が壊れようが! アイテムが尽きようが! スキルが全て封じられようが! HPが〇になるその時まで! ゲームは終わらねえ!」
即座に俺に合わせ、併走してきたダイゴが叫ぶ。
カロンが牽制に放ってきた魔法を、彼はその漆黒の剣で全て吸収する。
俺はその隙に、『縫い止め』を放った。
眼前にあるのは、死力を尽くした巨大自動人形。
今や両腕を失い、胸を穿たれ、頭を潰され、物言わぬ彫像と化している。
俺はわずかに残った巨大人形の首に糸を引っかけて、その右肩へと登る。
左肩に触れ、『鍛冶』スキルの『精錬』を開き、一塊の金属を採取した。
「全く創造主たる私にあなた方の攻撃は効かないというのに。本当に往生際の悪い。ならばそれも良いでしょう。無力さを噛みしめながら逝きなさい」
刹那、俺は肩から跳躍した。
カロンが長剣を大上段に振りかぶる。
嘲るような微笑みと視線を投げつけてくるカロンの顔を真っ向から見据えながら、俺は『錬金』する。
首から下の全てを。
込み上げる吐き気と痛み。
体力を示す赤いゲージが、一瞬で底を突き――
『プレイヤー・鶴岡大和がロストしました』
刹那、俺は人間を辞める。
代償に手に入れたのは、俺の腕と完全に一体化した、無機質な金属のボディ。
与えられた時間は、データと現実の齟齬の許容範囲。
すなわち、脳に血液が残っている僅か数秒だけ。
だけど、それで十分だ。
カロンが目を見開く。
だが、もう遅い。
「俺の日常を返してもらうぞ!
俺はブレードを全力で水平に振り抜く。
感触はない。
ズバッ。
代わりに俺に福音を告げるのは、シンプルな切断音。
血しぶきが俺の顔を染める。
必殺の奥義を宿したカロンの長剣は急速に光を失い――冷笑を浮かべたままの生首が、胴体から転げ落ちて床を滑った。
倒れるカロンの胸に覆いかぶさる形で、俺は落下していく。
「大和! 大和! 大和! 死んじゃだめええええええええええ!」
瀬成が泣きながら、こちらに駆け寄ってくる。
「『悠久の時を統べる光の精霊よ。はかなき徒花に永遠の理を刻め。スロウ!』
――魔法でご主人様の周囲の時間の進行を遅らせました! 藤沢さんはご主人さまにエリクサーを!」
礫ちゃんの詠唱を受け、周囲の光景が、まるで走馬燈のように早送りになる。
いや、俺が遅くなっているのか。
「言われなくても分かってます! 任せてください! 兄さん! 口を開けて!」
数本しか用意してない最高級の回復ポーションを、由比は俺の口腔内に注ぎ込んだ。
首から下が文字通り『生えて』くる。
余分となった金属の身体が、押し出されて床に転がる。
『プレイヤー・鶴岡大和を確認しました』
全くふざけたシステムだ。
本当に俺は人間なのかと一瞬疑いたくなる。
でも、今更か。
カロン・ファンタジアと現実を同化したあの始まりの日――『YES』を選択した瞬間から、俺たちはすでに、常識の埒外にいるのだから。
「大和! 大丈夫!?」
「ああ。何とかね」
肩を揺すってくる瀬成に、俺は微笑み返す。
「もうだめかと思いました」
由比が胸を押さえ、大きく息を吐き出す。
「皆さん! まだです! あれを見てください!」
礫ちゃんが指さすその先――
「まさか、自らの身体を人形にするとは。やってくれましたね。この蛆虫ども。絶対に許しません」
生首となったカロンが、口から血を流しながら、かすれた声で呟く。
「くっ。瀬成。礫ちゃん。頼む。カロンにとどめを!」
俺は近くに転がる金属塊に手を伸ばし、一体の自動人形を造り出す。
「かしこまりました!」
「任せて!」
瀬成の宿った自動人形が、カロンの生首の下に走る。
「はっ。許さねえって。今のてめえに何ができる。さっさと死んどけこの偽神が!」
ダイゴがカロンの胴体を死体蹴りしながら毒づく。
「確かにもう私にはほとんど世界に干渉する力は残されていません。しかし、これくらいのことはできますよ!」
カロンの言葉に合わせて、周囲の光景が一変する。
それまで茫洋とした宇宙の星々の間に漂っているようだった風景がズームされ、一つの惑星が拡大される。
映し出されたその星は――青く美しい俺たちの地球。
遠くに見えるその星が、徐々に拡大されていく。
『制限時間 残り時間13m45s,44s,43s,42s』
唐突に再開される滅亡へのカウントダウン。
まさか――。
「くくく。実はあなたたちがこの場所に入った瞬間に、この天空城と浮遊大陸は宇宙空間に転送されていましてね。このまま地球にぶつかったらどうなってしまうんでしょうねえ。くくく」
カロンが小悪党じみた忍び笑いを漏らす。
地球は直径1km以上の隕石がぶつかるだけで滅びると、昔、物理の授業で聞いたことがある。
それが、北海道並の大きさであったなら、結果は言うまでもない。
「それがどうした。てめえをぶっ殺して可能性の束を手に入れれば、この浮遊大陸を止めることくらいどうってことねえだろうが」
ダイゴが怪訝そうに言った。
カロンの首の近くに辿り着いた自動人形が、ブレードを振りかぶる。
「ふふふ、確かに可能性の束を手に入れれば簡単でしょうね。ですが、あなた方が殺さなければならないのはもはや私ではありません! さあ、ミッション達成条件変更です! 衝撃の真実! カロンは本当のラスボスではなかった! どうです? 愚かで単純な人類好みの陳腐で素敵なストーリーでしょう!」
『・カロンが『魔王・ナナリ』を召喚しました。
・ギルドメンバー・鶴岡七里が、敵対ユニットとしてログインしました』
立て続けにデバイスにポップアップする無味乾燥な二つのメッセージ。
その意味に気が付いた時、心臓を直接掴まれたような冷たい悪寒が、俺の背筋を走る。
そんな。
まさか。
こんな。
こんなのってありかよ!
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