第148話 カロン・ファンタジア(5)

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふははははははは! 塵から産まれた分際でえええええええええええええええええ! よくも崇高なるこの私に傷をつけてくれましたねえええええええええええ! この異端者どもがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 カロンは指で頬を拭うと、髪を逆立てて激高した。


 先ほどまでのアルカイックスマイルはどこへやら。


 ターゲットをダイゴから俺たちに移したカロンは、憤怒の形相で長剣を振り回し、翼から無数の雷撃を放ってくる。


「ダイゴさん! さっきの見ましたか!」


 俺は金属製繊維のドームを避雷針にして身を守りながら、ダイゴに呼びかける。


「――ああ。プレイヤー本人じゃなく、無生物かつ、使役物での攻撃が弱点か。被造物である俺たちの攻撃は受け付けなくても、『被造物の被造物』は別って訳だ。ってことは、あいつにクリティカルに有効なジョブは、死霊使いネクロマンサーか、人形使いだけってことになるじゃねえか!」


 こちらに援護に駆けつけてきたダイゴが、俺とカロンの間に割って入り、敵の長剣を受け止めた。


 詳しく説明するまでもなく、彼は俺の意図を理解していた。


「はい。そういうことになりますね。一応、伺いますが、首都防衛軍の中にそのどちらかのジョブを持った人がいたりは――」


「ああ? いねえに決まってるだろそんなマイナー職! 通常編成のパーティーにほとんど入ってないようなモンを弱点にするとか、あの神もどきはやることがセコい! ラスボスのやることじゃねえ!」


 ダイゴがカロンの剣をはじきながら、心底軽蔑したように吐き捨てる。


 きっと、ゲーム好きのダイゴとしては、敵にも格みたいなものを求めているのだろう。


「――ということは、やはり、俺たちザイ=ラマクカの方で何とかするしかないですね。本職の人形使いに比べれば、自動人形のスペックを半分未満しか引き出せないのが不安ですが」


 今更確認するまでもなく、本来のジョブでない俺たちが自動人形を使えば、その戦闘力にはマイナスの補正がかかる。カロン相手にどこまで通用するかは、正直自信がない。


「それでもやるしかねえだろ。今回ばかりは俺様たちが援護に回ってやる。おい。裁縫士。人形はあとどれくらい作れる?」


「残りの材料を諸々ぶちこめば、あと200体くらいは」


 俺はアイテム欄を確認してから呟く。


 自動人形の材料のストックもかなり厳しい状況だが、さっき固めたイナゴ入りの金属を再利用すれば、それくらいは作れるだろう。


「そうか。とにかく出し惜しみはするな。さっきは中断されたが、カロンの『最後の審判』。あれは相当やばいぞ。今までノーリスクでポンポンと高位魔法を連発してきていたカロンが、移動禁止という代償を払った上に、長ったらしい詠唱までして繰り出してくる必殺技だ。まともに発動したら多分、防御も回避も関係なく死ぬ。俺たちのスキルと同じでクールタイムがあるからすぐには仕掛けてこねえだろうが、次はない」


「わかりました」


 俺とダイゴは、頷き合って前方と後方に分かれる。


 ダイゴがカロンを食い止めてる間に、俺は自動人形の生産に奔走する。


 まずはイナゴを溺死させた金属を再回収。木と、土と、果てはモンスターの肉までかき集め、ありったけの材料を組み合わせ、何とか200体を超える自動人形の群れを仕上げる。前と同じ人形を作っても芸がないので、カロンに使えそうなギミックも仕込んだ。


 やるべきことはやった。


 でも、本当に勝てるのか……?


 俺は例えようもない息苦しさを感じて唾を飲み込む。


「兄さん! 大丈夫ですか!?」


「やっと、あいつの倒し方がわかったんだね」


「ええ。そろそろ最終局面のようです」


「みんな!? 中にいないと危ないよ!?」


 突如、装甲車から飛び出してきた仲間たちに、俺は目を見張る。


「でも兄さん。こうしないと装甲車の中からでは周囲の状況が見えないので、自動人形に指示が出せませんよ。コンタクト型デバイスを装着した人形は、すでに先ほど全て壊されてしまいましたから」


「ああ! そうか! ――わかった。みんなは俺が守るから、安心してくれ!」


 由比の完全なる正論に納得する。


 まだコンタクト型デバイスの予備はあるだろうが、いちいち自動人形につけている時間はない。


 こんな大前提に思い至らないなんて、どうやら俺も緊張しているらしい。


「嬉しいです。兄さん。でも、できればそういうセリフはもうちょっと違うシチュエーションで私だけに囁いて頂きたかったです」


 由比がそう言って俺にウインクする。


「こんな時に何言ってんの!? それならウチだって大和に色々と言って欲しいことがあるんだけど!?」


「私は頭をなでなでしてもらえれば十分です」


 彼女たちのくだらない会話に、ほどよく身体と思考のこわばりが解ける。


 多分、俺に気を遣って、わざと日常っぽい空気を作ってくれたんだろう。


 世界の存亡と生死をかけた最終決戦の真っ最中だというのに。


 まったく大したタマだよ。俺の仲間たちは。


「ふふっ。よしっ! 由比、完成した人形を送るから受け取ってくれ。瀬成は、人形に意識を移す時は怪我をしないように気をつけて。礫ちゃんは、足場をよかったら使って。身長的に人形の配置を確認しにくいだろうから」


 俺は微笑を浮かべ、気合いを入れ直して、次々と指示を出す。


 由比に自動人形を委託し、瀬成が倒れても大丈夫なように、裁縫のスキルで一帯にクッションをばらまく。礫ちゃんがソウルチェンジの対象を見つけやすいよう、建築のスキルで何カ所か踏み台を設置した。


「おい! 裁縫士! まだか!? ちんたらしてんじゃねえぞ!」


「準備できました! いきます!」


 俺は苛立たしげに尋ねてくるダイゴにそう答えてから、三人に目くばせする。


 自動人形が一斉に突っ込んでいく。


「ハハハハハハ! さあ! あがくがいい! 愚かなる被造物どもよ! その卑小なる矮躯に宿るわずかな希望すら、塵一つ残さず粉々に打ち砕いてくれよう!」


 その威勢の良い煽り口上とは裏腹に、狡猾なカロンは大振りな攻撃を止め、二枚の翼を閉じて守りの体勢に入る。


 小規模な爆発魔法を連発し、翼から雷撃を乱れ撃ちして、確実に自動人形の数を削ってくるつもりらしい。


 もしその全てが直撃していたならば、ものの数秒で自動人形は全滅していただろう。


 しかし、こちらも先ほどとは事情が違う。


 首都防衛軍がカバーに入り、アーチャーの矢が雷撃を相殺し、魔法使いの風魔法が爆風を跳ね返す。


 こちらにも時折牽制のように攻撃が飛んでくるので、俺も対処に必死だ。


「まずはカロンの鎧を剥げ! でないと、ああいうタイプの敵は攻撃が通らねえ」


 ダイゴはそう叫ぶと、他の前衛と力を合わせ、カロンの突きの連撃を踊るように迎撃する。


「やってみます! ――由比、瀬成! 鎧の肩部分を狙って攻撃してくれ」


 俺はカロンを欺くため、口ではそう言いながら、デバイスのチャットで別の命令を下す。


 早速自動人形に仕込んだ仕掛けを活かす時がきた。


「むしけらが調子に乗るなよ!」


 カロンのケバ立つ髪の毛一本一本が、大蛇に変化する。たちまち頭から抜け落ちたそれが、近づく自動人形へ見境なしに襲いかかり始めた。


 ダイゴたちがカバーしてくれようとするが、追いつかない。


 いくら彼らが強いといっても、かなり消耗している。


 限界があるのは仕方ない。


 カロンの数メートル手前まで迫る代償に、一気に半分の『自動人形』が大蛇の餌食にされる。


「口ほどもにもない! 所詮、人間のあがきなどこの程度――何!?」


 一瞬嘲笑を浮かべたカロンは、壊れた自動人形の中から出てきた物に驚愕の表情を浮かべる。


 壊れたはずの自動人形の中から出てきた、二回りほど小さい自動人形が弛むことなく前進を続けていた。


「ケケケケケケ! さすが地味な嫌がらせをさせたら世界一だな。裁縫士!」


 ダイゴが愉快そうに叫ぶ。


「この虫けらがああああああああああ! 人形の中に人形を仕込むとは、小賢しい真似おおおおおおお!」


「俺は小賢しさだけでやってきたようなものなんで。でも、虫けらには虫けらの戦い方がありますよ。神様」


 そう。俺は、自動人形を作る際に細工をした。


 一つの大型の自動人形を壊せば、そこから三体の中型の自動人形が出てくる。さらに中型を壊せば、そこから五体の小型の自動人形がでてくる。小型を壊せば、さらに十体の小型の自動人形が出てくる。


 いくら攻撃を小刻みにしても、カロンは体長5メートルを超えるデカブツだ。


 小さい的には狙いをつけにくいだろう。


 こういう構造にしておけば、カロンは人形を壊せば壊すほど対処しにくくなる。


 たくさんの犠牲を出し、破壊される度に小さくなりながらも、1000体近い自動人形が蛇の攻撃をくぐりぬける。


 生き残ったそれらは、身体を伝い、蟻のようにカロンの鎧の中に潜り込み、蜂のように刺しまくる。さらに人形たちは、肩の部分――鎧の前と後ろの結合部に集結し、その繋ぎ目にひたすら重点的に攻撃を加える。


 小さな傷が、やがてひびとなり、たちまち裂け目と変わった。


 ダァン! と、重苦しい音を立てて、もはやただの金属塊と化した鎧が床に落下する。


「ぐ、あ、あ、あ、あ、あ! 鎧など! 飾りにすぎない! 全能たる私には必要ないものだ!」


 鎧を失ったカロンは、自身の羽をいくつもむしり、身体の周囲に浮遊させ、雷を纏う。


 やっとのことでカロンの肉体までたどり着いた自動人形たちは、たちまち焼け焦げて雲散した。


「鎧はとけた! 後はあいつを殺すだけだ。おい! 裁縫士! カロンの急所は分かるか?」


「今、『構造把握』のスキルで調べましたが、臓器の位置を含め、カロンの肉体の造りは人間と同じです。ということは急所も同じでしょう」


「違う! 人間が私に似ているのではない。神たる私が、私に似せて貴様らを作ってやったのだ! その恩を忘れ、あまつさえ創造主に反逆するとは――」


「胴体は翼と雷に守られてるから、直接心臓を狙うのは難しい。だとすれば、目標は手と足の動脈だな」

 喚くカロンの言葉を無視して、ダイゴが告げる。


「俺もそれがいいと思います。――瀬成。難しいと思うけどやってみてくれ!」


 俺の言葉に反応するように数多の自動人形がカロンに襲いかかる。


 余裕を失ったカロンは、もはや俺たちプレイヤーに牽制の攻撃をすることすら諦め、近づいてくる自動人形の排除に全力を尽くす。


 一つカロンに傷をつける度、数百の自動人形が犠牲になる。


 怒号と、汗と、血の臭い。


 繰り返される攻防。


 やがて、自動人形が残り数体になった頃には、カロンの頭は禿げ、羽は抜け落ち、服は破れ、身体の至る所に切り傷を受けた状態にまで追い込むことに成功する。


 その姿には、もはや崇高さも、神の威厳もない。


 だが、どんなに惨めな姿になろうとも、奴は生きていた。


 目の前に突き付けられる、厳然とした事実。


 俺たちがカロンを屠るには、まだ一歩及ばない!


「はははは、悪あがきはここまでだ。蛆虫どもめが――私はアルファでありオメガである。最初の者にして最後の者――」


 カロンが、獰悪な笑みを浮かべ、詠唱を始めた。


 クールタイムは終わり、『最後の審判』が迫る。

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