第147話 カロン・ファンタジア(4)

「おやおや。もうやられましたか。では、次です。――十の角に七つの頭。出でよ子羊を屠る冒涜者」


 俺の思考を妨げるように、カロンが別のモンスターを召喚する。


 だが、逆にその行動によって、俺の疑念はもはや確信に変わっていた。


 カロンはダイゴと戦うふりをして、俺たちの持っている『何か』を恐れている。


 だが、具体的に何を指すのか分からない。


 もどかしい思いを抱えたまま、俺は怪物と向かい合う。


「愚鈍苦劣等廃棄物死ね邪悪汚物腐乱異端糞屑カス蛆害虫」


 ケルベロスの強化版とでも言おうか。七つの頭にそれぞれに十本の角を生やしたその生き物は、文章としては意味をなさない呪詛を吐きながら、こちらに迫ってくる。


 七つの口からは、罵倒と共に、それぞれ属性の違う、七色のブレスが吐き散らされ、うかつに近づくことはできそうにない。


「由比! 瀬成! 相手の懐に潜り込む! 自動人形で盾になってくれ!」


 自動人形が、俺の前に固まり、肉壁を形成する。


 そのまま、一直線に俺は敵へと突っ込んだ。


 多属性のブレスを受け、たくさんの自動人形が犠牲になる。


 しかし、その代償のおかげで、俺は敵に接近することができた。


 ブレスとブレスの間隙を縫って、俺は敵の下に滑りこむ。


 ジャンプしてその首に飛びついた。


 発動するスキルは、裁縫、編み物スキルに属する『腕編みアームニッティング』。


 道具いらずでおシャレなブランケットなどが編めてしまう、お手軽で楽しい編み物手法だが、今回編むのはもちろん、毛糸などではない。


 そう『首』だ。


 『拡大解釈』によって、対象範囲を広げることが許された俺のスキルは、容易く敵の首同士を絡め、結び、がんじがらめにする。


 動きを封じられた敵は、罵詈雑言を投げあいながら、お互いの顔にブレスを吐き合って、瞬く間に自滅した。


 必死に目の前の脅威に対応しながらも、俺は考え続ける。


(カロンは俺たちの持ってる何かを恐れてる。ダイゴに攻撃を集中させないということは、それはおそらく、俺たちにあって、ダイゴたちにないものだろう。と、いうことはやはり、カロンの恐れているのは、俺の生産スキルに関連する何か、ということになるな)


 瀬成は鍛冶師、由比はヒーラー、礫ちゃんは付与術師。


 ヒーラーと付与術師と鍛冶師は、遠征をするある程度の規模のギルドには必ず必要な職であり、当然、ダイゴたち首都防衛軍の中にも同様の職の者はいるから除いていいだろう。


 しかし、それが分かったところで、俺は生産スキルをコンプリートしているから、まだまだカロンが何を恐れているのかを探らなくてはいけない範囲は広い。


「ほう。もう冒涜者を倒しましたか。さすがはイレギュラーだけのことはありますね。ツルガオカヤマト。ですが、残念でした。あなた方の頼みの綱であるダイゴはもう限界のようですよ」


「勝手に決めつけんじゃねえ。お望みなら三日三晩付き合ってやるぜ!」


 ダイゴは闘争心を剥き出しにして、攻撃的な笑みを浮かべる。


 しかし、見た所、首都防衛軍のメンバーの疲労は色濃く、回復が追いついていない。


 人外じみた彼らがそう簡単に死ぬとは思えないが、少なくともダイゴ本人が言うほどの余裕はなさそうだ。


「強がりはおよしなさい。さあ、そろそろ『最後の審判』としましょう。生きとし生ける者の創造主。無敵の絶対者たる私に反逆した愚かさを悔いながら、塵へと還るがいい。――私はアルファでありオメガである。最初の者にして最後の者。初めであり、終わりである。耳ある者は聞け! 声ある者は口をつぐめ――」


 そう言うとカロンは長剣を天高く掲げ、長々とした詠唱を開始する。


 『最後の審判』の発動の条件なのだろうか。カロンは優雅に浮遊するのを止め、その二本の足で床に降り立つ。そして、仁王立ちする弁慶のごとく、その場に佇立して動かなくなった。


 さっきの短い詠唱だけでもとてつもない威力だったのに、これだけの『溜め』攻撃を食らったら、さすがのダイゴたちでもまずいかもしれない。


 彼らがやられれば、俺たちなどひとたまりもないのだ。早く、突破口を見出さないと!


(……そう言えば、カロンは、やたら、『生きとし生ける者』って言うフレーズを使うよな)


 妙に引っかかる。


 そういえば、ダイゴもこれまでのカロンの発言の中に攻略のヒントがあると言っていた。


 なら、カロンは、前、『生きとし生ける者』をどういう文脈で使っていた?



『私は生きとし生ける者の全能たる創造主。被造物であるあなたたちには、私を傷つけることすら叶いません』


『私は生きとし生ける者の創造主。あなた方被造物にとっての絶対者。で、あるが故に傷つけることは不可能であり、抵抗は無意味なのです』


『生きとし生ける者の創造主。無敵の絶対者たる私に反逆した愚かさを悔いながら、塵へと還るがいい』


                                              

 細かなニュアンスの違いはあるが発言の主旨は、どれも同じだ。


 『カロンは全ての生物の創造主であり、俺たちはカロンに創られたのだから、無敵である』とそういうことだ。


 ただ単に、無敵だと言ってるのではない。


『生きとし生ける者』に対してのみ、無敵だと主張している。


 なら、逆に俺たちのような人間以外の、感情のない『非生物』に対してはどうなんだ?


(そうか! もしかして、カロンが足止めしたかったのは、俺たちじゃなくて――)


 ひらめきが脳髄を駆け抜ける。


 根拠はあるが証拠はない。


 それでも試してみる価値はあるし、なによりこれ以上考えている時間はなさそうだ。


「由比! 全部の自動人形を散開して突っ込ませて! 瀬成! 一体でもいいから、カロンまで辿り着いてくれ!」


 俺は叫ぶ。


 横列に、前後と時間差をつけて自動人形が突撃していく。


「――っつ」


 カロンが詠唱を中断し、ダイゴもそっちのけで身体をこちらに向ける。


 中途半端に光り輝く長剣から繰り出された横薙ぎの一撃は、まだ未完成にもかかわらず自動人形の三分の二を灰燼に帰した。


 残る三分の一も、カロンの翼から射出される羽の一撃に、成す術なく粉砕されていく。


 それでも、運よく――いや、瀬成の実力で生き残った一体が、ついにカロン目がけて飛び掛かり、手にしたロングソードを相手の首筋めがけて振り上げた。


「フッ!」


 カロンが口をすぼめて息を吹き出す。


 そんな冗談みたいな仕草一つで、自動人形は四散した。


 それでもなお、瀬成の執念が宿ったようにバラバラになった自動人形の腕が、カロンの頬をかする。


 瞬間、俺はこの目で見た。


 カロンの血は、赤だ。


 俺たち人間と同じ赤い血を、奴だって流すのだ。


 それは、確かにカロンがダメージを受けたことの証明。


 そうだ。


 神は殺せる。

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