第146話 カロン・ファンタジア(3)

「だから申し上げたではないですか。私は生きとし生ける者の創造主。あなた方被造物にとっての絶対者。で、あるが故に傷つけることは不可能であり、抵抗は無意味なのです。潔く死という運命を受け入れなさい」


 カロンは余裕の表情で言い放つ。


「うっせえ! 剣神破斬!」


 ダイゴの問答無用の剣撃がうなる。


 瞬速の一撃は、風を切り、目にも止まらぬ速さでカロンに到達した。


 しかし、カロンの鎧に傷をつけることはおろか、羽の一枚も散らすことはできない。


(攻撃が当たってはいる、よな?)


『ズバッ』という、攻撃ヒット時の音のエフェクトはしっかり聞こえている。


 カロンが何か防御行動をとったり、周りに結界が張られているとかでもなさそうだ。


 カロン・ファンタジアには数値化されたダメージは存在しないが、RPG風に分かりやすく表現するならば『miss』ではなく、ダメージが『0』と表示されている感じだ。


「何回繰り返せば気が済むのですか。あなた方、人類はいつもそうです。私が進化するに足る知能を与えても、徒にその能力を浪費し、原始的な闘争を繰り返している」


 カロンは微動だにせず、慨嘆する。


「次は奴の剥き出しの手を撃て!」


 ダイゴは無視して、アーチャーに指示を下した。


 射出された矢は、狙いを違わず、カロンの手を捉える。


 やはり、同じだ。


 当たっている音はするが、ダメージはない。


 無駄玉に終わった矢は、カロンの手に刺さることも、貫通することもなく、虚しく地面へと落下する。


(素手の部分に当たってもこうだということは、防具の鎧が強すぎるという訳じゃない。かといって、回復力がものすごいから、実質的にノーダメージ、というパターンでもない)


「弓と矢は、元を辿れば額に汗を流してパンを得る者となったあなた方が、苦し紛れに野の獣を狩るために考え出した技術に過ぎません。禁断の果実を口にして、楽園から追放されたあなた方人類は、2000年経ってもなお、創造主である私の命令を拒むという過ちを繰り返した。全く愚かなことです。生きとし生ける者の中でも、あなた方人類ほど救いようのない生き物はいない」


「ああ! やめろ! やめろ! そもそもカロン・ファンタジアは多神教の世界なんだよ! ギリシャ神話ならともかく、お前が一神教の旧約聖書の話を持ち出したら、世界観がガバガバになるだろうが! ――詠唱終わったか? よし。あの減らず口に火力をぶちこめ!」


 炎、雷、氷、光、闇、無数の魔法がカロンの顔面に炸裂する。


「――もう、終わりですか?」


 カロンが目を見開いて言う。


 高位詠唱の雨雪崩をくらってもなお、カロンは無傷だった。


「ダイゴさん! まさか、本当に全ての攻撃が効かないってことは――」


「ありえねえ! さっきのフレーバーテキストを読んだだろうが。あいつらが俺らを殺せるなら、俺らだってこいつをぶっ殺せる! クリアできないゲームはない!」


 ダイゴは徒労の汗を流してもなお、確信に満ちた口調で俺の懸念を一蹴する。


「じゃあ、どうすれば?」


「うるせえ! 俺様は忙しい! 自分で考えろ!」


 ダイゴは俺を一瞥し、地面に血の混じった唾を吐き出す。


「ええ!? そんなこと言われても! なんかヒントくらいくださいよ!」


「そうだな――こういう場合、ラスボスとの直前の会話に攻略のヒントが含まれてることが多い。思い出せ! 道化なる裁縫士。この偽神の一言一句を!」


「ふむ。まだ、よそ見ができるほどの余裕がありますか。では、次は少々本気でいかせてもらいます」


 それまで浮遊していたカロンは、ついに地に降り立ち、剣を振るう。


 俺の目では捉えきれない光速の斬撃は、あのダイゴすらも圧倒し、百戦錬磨の首都防衛軍の前衛総がかりで挑んでようやく凌げるといった有様。


「見せてあげましょう。存在としての次元の違いを。これが神の『矢』です」


 翼から射出された無数の羽は雷撃となり、後衛を襲撃する。


「闇よあれ。第三のラッパが鳴り響く。出でよ。ニガヨモギ」


 人間に比べはるかに短い、詠唱とも言えない呟き。そこから巻き起こされるのは、圧倒的で破滅的な暴力の饗宴。


 空から無数に降り注ぐ赤々とした隕石、鎌鼬かまいたちを伴った颶風ぐふうが吹きすさび、俺たちでは近づくことさえできないような極寒の冷気が地上を凍てつかせる。


 怒涛の波状攻撃を受けてもなお、『首都防衛軍』は怯むことはなかった。


 凍り付いた地面を地属性の魔法で跳ね上げると、雷撃を反射。


 隕石の多くを相殺し、破壊し損ねたものも、アーチャーが撃ち落とす。


 コンマ数秒ズレれば大惨事になりかねない神業を、彼らはいとも容易くやってのける。


 もちろん、死者はいない。しかし、無傷ではない。幾人かは、行動に支障が出るほどではないもの、額や腕から血を流している。


 今まで常勝無敗だった、首都防衛軍を追い込んでいる。


 それだけで、俺にはカロンのヤバさが十分に伝わってきた。


「ダイゴさんには邪魔になるって言われたけど、回復ポーションを投げ込むくらいはできるかな。援護しよう!」


「おやおや、あなた方の相手はこちらですよ。――第五のラッパを吹き鳴らし、開けよ冥府の釜『アポリオン』」 


 カロンの詠唱により、俺たちの眼前にぽっかりと穴が空く。その中から、噴き出して来たのは、頭に金の冠をつけ、人間の顔をした『イナゴ』の群れ。獅子のように鋭い歯を持ち、サソリみたいな鋭い針の尻尾をもった、その異形の群れが、一斉に俺目がけて押し寄せてきた。


「くっ!」


 新たな敵の出現に救援を諦めた俺は、先ほどゴブリンもどきを細切れにした鋸歯の糸を使って、即座に裁縫スキルで金属製の『蚊帳』を作る。自動人形に幾本かの柱を持たせ、『蚊帳』を支えれば、あっという間に身を守るドームができあがった。


 一つの塊となって迫りくるイナゴたちに、手製の殺虫剤を散布しつつ後退する。


 しかし、効き目が薄い。もしかしたら、イナゴ自体が強力な毒の属性を持ってるのかもしれない。


 生き残ったイナゴが網に取り付く。


 だが、問題ない。


 網に取り付いたイナゴは鋭利な刃によって切断され――ない!?


 イナゴは刃をもろともせず、網をバリバリと食い破ってくる。


 どうやら、毒耐性を有しているだけでなく、防御力も相当なものらしい。


「由比! 瀬成! 自動人形数体を犠牲にしてもいいから、敵を引き付けておいてくれ!」


『了解です!』


『任せて!』


 自動人形がイナゴの群れを一カ所に集める。


 瞬間、俺は蚊帳をひっくり返し、身を守るどころか、逆にそれをイナゴの群れに被せた。


 イナゴが網を食い破る前に、鍛冶スキルで蚊帳自体を溶かす。重たい液体金属が、イナゴの羽を覆い、奴らは水たまりで溺れた。


 イナゴたちが必死にそこから抜け出そうともがく。


 液体金属が足りない。


 俺は、地面で冷え固まっていたエルドラドゴーレムの金属を採集し、再び溶かして液体金属を追加する。さらに、周りを固形の金属で固め、イナゴを封じ込める。


「何とか倒せたけど……。こんな妨害を受けちゃ、とてもダイゴさんたちの援護はできないか」


 ただの金属ゴミと化したイナゴたちを前に、俺は苦々しく呟く。


『はい。兄さん。悔しいですが、現状では、私たちは自衛で精一杯です』


『でも、このままじゃジリ貧っしょ? 自動人形の数にだって限りがあるじゃん!』


『……そうですね。ですが、そもそも、本当にカロンがあらゆる攻撃に対して無敵だというなら、なぜ私たちを妨害する必要があるでしょうか?』


 ふと、礫ちゃんが疑問を口にする。


「確かに。礫ちゃんの言う通りだ。ダイゴたちより、俺たちの方が明らかに戦力として劣ることを、今まで下界を観察していたカロンは知っているはずだ。本当に何の攻撃も効かないなら、俺たちなんか無視して、召喚したモンスターも含め、全ての戦力をダイゴたちに集中した方が効率的なはずだ。戦力を分散させる意味はない……」


 俺は頷く。


 たった今、何か重要な鍵を掴んだ。


 そんな気がする。

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