第150話 二人の英雄(1)

「落ち着け。裁縫士。お前の妹は元々人間じゃなくてデータだろう。一旦魔王になったてめえの妹をぶっ殺してからまた復活させりゃいいだけだ。問題ない」


 ダイゴが冷めた調子で言う。


「ははは、愚かな! それをさせないために今、終末機構が支配権を握っているこの時に、ツルガオカナナリを召喚したのですよ。あなた方がツルガオカナナリを殺し、終末機構の計画が頓挫すれば、やがて、福音機構が権限を取り戻す。そうなれば、対立する終末機構によって創造されたユニットは、福音機構によって、エラー因子として全てデリートされる。ここでいうデリートは、単なる死ではない。存在の完全なる消滅。人間風に言えば、記憶から完全消去されるのです。覚えていないものを復活させることはできないでしょう!」


 カロンが酷薄に吐き捨てる。


 なんだよそれ。


 そんなことができるなら初めから言ってくれよ。


 どうして世界はいつも理不尽で。


 俺を苦しめるんだ。


 これがゲームだって言うのなら、最後くらいご都合主義の大団円で終わらせてくれたっていいじゃないか!


「どうです? 皆さん、ゲフっ。ご待望の、ガフッ。真のラスボスと、カハッ。いうやつです。さあ、ウボッ! ツルガオカヤマト。愛しい妹を救いたければ、チギャ! ダイゴを倒し、世界を滅ぼすがいい。それとも、ムピョ! 一生、妹をその手で殺した後悔を抱きながら、ブバッ! 世界の救世主としての余生を送るのも良いでろう。どのみち、ケチャ! 貴様の未来に幸いはない。これが、ムビュ! 最後の試練! カピュ! 神の呪いだ。ははははははは! ははははははは」


 自動人形がブレードを何度も何度も振り下ろし、その刃がボロボロになるまで執拗にカロンの頭を切り刻む。


 その最後の瞬間まで呪詛をまき散らしながら、世界の災厄たる偽神は絶命した。


 ブゥン、と。


 鈍い音がして、俺の眼前に、スポットライトにも似た、円形の光の輪が出現する。


 この先に七里がいるというのか。


 世界を救うために、俺はあいつを殺さなければいけないのか。


「ったく。要は追い詰められた終末機構さんの最後の悪あがきって訳か。――おい。分かってんだろ。裁縫士。お前にとっていくら妹が大切でも、世界と天秤にかけることはできねえ。腹をくくれ」


「……いやです」


 俺は絞り出すような小さな声で、けれど明確に、ダイゴの言葉を否定する。


「あ? もう一回言ってみろ」


「いやです! 俺は七里を諦めません!」


「正気か? 『いやです』。つったってなあ。どうしようもねえだろ。それとも何か? お前の妹と世界、両方救う方法を思いついてるっていうのか?」


「まだ思いついてません。でも、七里を殺すこともできません」


「おいおい。裁縫士。お前、自分が今、どれだけ無茶苦茶なこと言ってるかわかってんのか? 仮にこのまま放っておいて、制限時間が切れて浮遊大陸が地球と衝突すれば、どのみち世界ごと俺たちもお前の妹も死ぬんだぞ。現状、てめえの妹をぶっ殺して可能性の束を手に入れるのが最善の選択肢だ」


 ダイゴが呆れ顔で吐き捨てる。


 分かってる。


 客観的にみれば、ダイゴの言い分の方が正しいって。


 だけど、理屈で納得できるなら。


 そもそも俺は今、こんなところにいない!


 生産職でラストダンジョンに挑むような無茶もしてない!


「できません。俺には七里を殺せません」


「こりゃ何を言っても無駄か。まあいい。お前ができねえなら、俺が魔王をぶっ殺してきてやる」


「やめてください!」


 肩をすくめて光の輪をくぐろうとするダイゴを、俺は両手で制止する。


「おい。てめえいい加減にしろよ。誰に向かって口をきいてるかわきまえろ! 道化ごときの言葉で、この俺様が止まる訳ないだろうが」


「口で言ってだめなら、力づくでも止まってもらいます」


 俺は近くに転がっていたカロンの長剣を拾い上げ、鍛冶のスキルで、人間サイズに仕立て直した。


 仮にもラスボスが使っていたほどの武器だ。


 そうそうやわじゃないだろう。


「ほう。お前が? この俺様を? 力づくで? 本気か?」


 ダイゴが言葉を一々区切って、小馬鹿にするように尋ねてくる。


「はい。ただし、こちらは無策ではありませんよ。ギルド同士の総力戦となると厳しいですが、一騎打ちなら、俺はダイゴさんを破る自信があります」


 俺も挑発するように言い返す。


「おいおい、俺様も舐められたもんだな! 大体、囲んでボコれば俺様たちは確実に勝てるのに、わざわざ不利な条件を受けてやる義理はねえぞ」


「ありますよ」


 俺は平然と言う。


「あ?」


「――覚えてますか。塔破壊トゥールシュクリスダイゴ。いつか、あの奥多摩のダンジョンで、俺があなたに言ったことを」


 俺は芝居がかった口調で、ダイゴに話しかける。


 それは、俺がロックさんたちを助けるために、『アスガルド語で喋れ』というダイゴに合わせて咄嗟についた嘘。


 ロールプレイングという名の子どもじみたおままごと。


 厨二じみた設定の、ただの妄想だ。


 だけど、今はそれを利用させてもらう。


「ああ! 覚えているぞ! 道化なる裁縫士! お前は言った! いつか俺様を超えると! そして、滅ぼし我が祖国ウィロウを再建してみせると!」


 ダイゴは意気揚々と俺のお芝居にのってきた。


「今がその時です! 伝説の光の勇者の末裔に生まれながら、闇に堕ちた悲劇の英雄ダイゴよ。俺はあなたの捨てた光を拾う! そして、あなたを倒し、俺が新しい伝説となる!」


 俺は精一杯の大げさな演技をして叫ぶ。


「ふふふ。言ってくれるじゃねえか。――しかし、皮肉なものだな。道化なる裁縫士。世界のことなどどうでもいいはずの俺が、今は世界を救うことのできる立場にいて、全てを救おうとしたお前が、今は一人の女のために世界を滅ぼそうとしている。……最後だから言っておくぜ。俺様は案外、お前のことが嫌いじゃなかった」


 あっ。なんか『泣く泣く敵対した友人を殺してパワーアップするダークヒーロー』みたいなこと言ってる。


 どうやらダイゴは主人公ポジションを譲りたくないらしい。


「ダイゴ。あなたは分かっていない。ウィロウはいかなる国民も見捨てない最高の国家だった。だから、あの大攻勢スタンピートが発生した時、あなたのお父さんは滅びるその最後の瞬間まで国に残ったんだ。何かを犠牲にして何かを救おうとする男に、ウィロウを継ぐ資格はない!」


「それが親父の愚かさの証明だ。教えてやろう! 道化なる裁縫士。伝説はいつだって冷徹で残酷だ。その現実を直視した者だけが、本物の英雄になる! 真の強さを得る!」


「ならば、剣で決着をつけましょう。俺たちの間に、これ以上の言葉はいらない」


 俺はキメ顔でそう言った。


 彼はこの申し出を拒否することができない。


 ダイゴは、他人の決めたルールは無視するが、自分で決めたルールは必ず守る。


 彼はそういう男だ。


 最終決戦の前の一騎打ちなんて、『物語』として最高のシチュエーションを、ロールプレイヤーのダイゴが否定できるはずがない。


「ククククク! ははははははは! 本当に飽きさせない男だ! いいだろう。一騎打ちを受けてやる。お前が光を拾うというなら、俺は闇でそれを呑み込もう。そして、過去の因縁を断ち切り、国を滅ぼした無能な親父を超え、俺はさらに高みに登る! さあ、我が『影の掌握者スカー・インペリオム』の糧となれ! 道化なる裁縫士!」


 ダイゴは長口上を一息で言い切り、漆黒の剣――『影の掌握者』を構える。


「受けて立とう。塔破壊ダイゴ。俺の剣に名前はない。だけど、この戦いを終わらせた暁には、きっと何某かの異名を与えられることになるだろう。宝剣が英雄を作るのではなく、英雄が握った剣が宝剣となるのだから」


 俺もそれっぽいことを言って、剣を構える。


 一瞬、仲間を振り返る。


 三人が、真剣な表情で俺を見つめて頷いた。


 ダイゴとの対決は、俺にとっての想定外ではない。


 可能性の束を手に入れることを目指すならば、どこかでダイゴと衝突することは、天空城に突入する前から分かっていた。当然、事前にみんなと相談し、そのための準備もしてある。

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