第60話 動く大仏
「公共交通機関は?」
部屋のリビング。
俺はデバイスで大仏の動向に関する口コミ情報を検索しながら、七里と由比に問いかける。
まだ事が起ったばかりで大した情報がないが、大仏は途中にある建築物をなぎ倒しながら小町通りに向かっているらしい。
「ダメ! 電車もバスも、全部止まってる!」
同じくデバイスで情報を取得していた七里が首を振った。
「タクシーも捕まりません」
由比がため息一つうなだれた。
「そうか。じゃあ、自力で行くしかないな。この家から大仏までは大体、徒歩だと一時間くらいの距離だから、走ったとしても三十分はかかる」
しかも、午前中山登りをしたせいで、それなりに疲労もあるし、モンスターとの戦闘に突入する可能性も考えればある程度余力は残しておかなくちゃいけない。
「この家に何か使える移動手段はないのか?」
石上がじれったそうに言った。
「あるよ。俺がいつも使っている原付が一台、アシスト付きのママチャリが一台、ファミリカーが一台。親父の中型バイクが一台」
俺は指折り数え上げる。もちろん、俺も真っ先に考えたのは、石上と同じく我が家の乗り物をフル活用することだが――
「原付に二人乗りして、誰かがママチャリに乗るとしても、後二人余るか。うーん」
石上がそう言って腕組みする。
そう石上の言う通り、二人余ってしまうのだ。
「なんだ。それじゃあ、余裕じゃん」
瀬成が拍子抜けしたように呟いた。
「え?」
みんなが顔を上げて瀬成の方を見る。
「だって、ウチ、バイクの免許持ってるし。まさか、この状況で二人乗りが違法だから嫌とか言わないっしょ?」
瀬成があっけらかんと言い放つ。
「まじか! よく免許を取る時間があったな!」
俺は感心して言った。
確かに瀬成も俺と同じ高一なんだから、年齢的には免許を持っていてもおかしくない訳だが、とりあえず『十六歳になったし取っとくか』的な軽いノリで取れる原付とは違って、バイクの方はそれなりに時間がかかるイメージだ。
「何驚いてんの? ちょっと学科試験の勉強をすれば、後は試験場に行ってちょろっとバイクを走らせるだけじゃん」
瀬成が、不思議そうに首を傾げる。
俺の中では、免許=教習所に通う、という図式が自動的に成り立っていたのだが、瀬成にとってはそうではないらしい。
「助かるぜ! これで現場に向かえる!」
石上が瀬成を拝むようにして礼を言った。
「じゃあ、早速行こう。えっと。悪いけど、石上はママチャリでいいか? もちろん、石上が原付を運転してくれるなら、俺がチャリでもいいけど」
構成的には、七里や由比をチャリに回してもいいのだが、体力的にそれは合理的ではない。必然的に俺か石上がママチャリに乗ることになる。
「いや、俺は原付の免許持ってないし、自分の足でこぐ方が性に合ってるから、チャリがいいぜ」
石上が笑顔でそう答えた。
「決まりですね。じゃあ、私は兄さんの後ろに乗りますから」
由比がさりげなくそう言って、俺の背中にぴったりとくっついてきた。
「いや、お前はウチとバイク」
瀬成が速攻で由比を引き離す。
「何でですか! 戦闘の合間の貴重な私と兄さんのラブラブタイムを邪魔しないでください!」
由比がきっと目を吊り上げた。
「なんでって。あんたの方が七里よりデブだから。三つの乗り物の中で一番馬力のあるバイクに積載する重量が、一番重くなるように配置した方が合理的っしょ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
瀬成の論理的な反論に由比が口ごもった。
もちろん、由比はデブではない。
むしろ、七里が小さすぎるだけだ。
「仕方ないね。バイクの方が気持ち良さそうだけど、私はいい子だからお義兄ちゃんの後ろで我慢してあげるよ」
七里がなぜか上から目線で俺の肩をぽんぽん叩いてきた。
腹が立つけど、今は七里をどついている時間が惜しい。
「じゃあ、俺はバイクの鍵とかヘルメットとかを取ってくるから、みんなは先に外に出てて」
俺はそう言って、二階にある親父の部屋へと走った。
先頭が瀬成と由比の乗ったバイク、真ん中が俺と七里の原付、一番後ろに石上という配置で、市街地を駆け抜ける。
ちなみにヘルメットは二つしかないので、瀬成は由比に、俺は七里にそれを譲っていた。
どの道も少しでも安全な所に逃れようとする車で渋滞している。
俺たちはその流れに逆らい、車の隙間を縫って、デバイスに報告された情報を基に大仏を目指す。瀬成のハンドル捌きもさることながら、電動のアシストが全開であるとはいえ、ママチャリで俺たちについてくる石上の脚力がやばい。
道路交通法はかなりガン無視しているが、モンスター発生時の冒険者には、ある程度の超法規的な行動が認められていた……と思う、多分。
まあ、最悪でも免許停止になるだけだ。どうってことはない。
「大和! 見えてきた!」
瀬成が叫ぶ。
「うわっ……マジで大仏だ!」
俺はそんな身も蓋もない感想を漏らした。
それはまさに大仏だった。
といってもかなり印象が違う。
普段の鎌倉大仏は、座禅を組んだ仏が半目開けているという穏やかでご利益ありそうな感じなのだが、今は立ち上がって、素足で怪獣の如くコンクリートを踏み抜き、ひび割れさせている。虚ろな目はギンギンに見開かれ、口元はエロじじいのごとく嫌らしく歪んでいた。身体の色も、いつもの緑青がふいて青みがかっている感じではなく、生まれ変わったような赤銅色に輝いていた。その輝き方がまた、繁華街の電飾みたいに何とも下品なのだ。
でかいし怖い。でも、正直言えば、前に遭遇したエルドラドゴーレムほどではなかった。不意打ちされた訳でもないし、思考には割と余裕がある。
「ここら辺で止まって、徒歩で現場に向かおう」
「おっけ」
「わかった」
大仏の三百メートルくらい手前で、俺たちはそれぞれの乗り物を降りて路駐する。
近づきすぎて、乗り物をぶち壊されるのは御免だ。
もちろん、いざという時のために帰還の宝珠は、皆に補充してある。
大仏の百メートルくらい手前には、すでに二つほどの冒険者のグループがいた。
どちらも、前衛二人に回復を含めた後衛三人の、オーソドックスな構成だ。
「危ないよ! 早く避難して!」
「大仏がこっちに向かってきます!」
それぞれの代表者らしき男性と女性が、俺たちを見つけて追い払うような仕草をする。
「あの――俺たちは冒険者です! 鎌倉市役所に登録してます!」
「増援か! 助かる! データを!」
「はい!」
俺たちは即座にデバイスで情報を交換し合う。
目の前の二つのギルドのランクは両方ともCだ。
「ギルドランクBか! 俺たちと同じくらいの人数なのにすごいな!」
男の人の方が目を見開いた。
「いえ、ラッキーパンチでBを貰えただけで、俺たちのギルドも実際の強さはCくらいが妥当だと思います。それより状況を教えて貰えますか?」
謙遜ではなく、本心からそう言った。戦闘で連携するなら、お互いの戦力は正しく把握していなければならない。
「はい。私は、そこの御成中学校の警備を担当していたんですが、『悲壮なる生贄』のイベントが発生して、大仏が動き出したと聞いて――とりあえず、様子を見に出てきたんです。ですが、どうも私たちのギルドで対処できる相手ではなさそうなので、避難誘導をしてたんです」
御成中学校は、二百メートル手前くらいにある。
ちょうど、俺たちが乗り物を降りたあたりだ。
「俺の方も同じだ。鎌倉市役所の警備を担当してた俺たちは、騒ぎを聞きつけて出てきたんだが、どうにもあれを倒すのは無理そうだ」
「どうしてです? すでに誰かが戦闘したんですか?」
「私たちは戦っていませんが、先にあの大仏の管理者らしき僧兵たちが戦闘するのを見ました。ですが、物理防御力も魔法防御力も高いようで……」
「ああ、しかも回復を使ってくる」
結局これも、姿形こそ違うが、さっき見た大蛇とほぼ同じ特徴を備えている。というより、それの上位互換バージョンだ。ということは、やはり、アンデット扱いか。
「大和! これなら、前、ウチらがゴーレムやった時と同じ方法が使えるんじゃね? 『製錬』のコマンドも出てるし、携帯用高炉も買ってもらったじゃん!」
瀬成がぱっと顔を明るくする。
「いや……それは厳しいと思う」
「なんで!?」
「厳しいと思う理由は三つ。まず、第一に、あの大仏はゴーレムと違って、アンデットだ。つまり、物理的な生命体じゃない」
邪念が大仏を乗ってるだけであって、大仏自身に動力を備えている訳ではないのだ。
念のため『構造把握』を使用して、一応、大仏を確認してみるが、ゴーレムのような弱点となる核が見当たらない。というか、そもそも鎌倉の大仏の中身は空洞なのだから当然だ。
これでは、前みたいなピンポイントで敵を解体し、弱点を突くという方法が使えない。片っ端から解体していくはめになる。
「第二に、ここには、ロックさんがいません。そうですよね? 兄さん」
由比が『私にはわかってる』とでも言いたげに、口の端を歪めた。
「ああ、正解だ」
俺はそう言って、先に現場にいた二つのギルドの人たちを見遣る。
目の前のギルドの人たちにももちろん、盾となる戦士職はいるのだが、ロックさんみたいな長時間ゴーレムを無効化して引きつけておけるほどの奥義を使えるほどの上位職が。仮にいたとしても、俺たちがミスすれば死ぬようなギャンブルに付き合ってくれるとは思えない。
あれは、ロックさんの並外れた度胸があってこそ成立した。
「もったいぶった言い方、ウチは嫌いなんだけど!? 最後の一つは?」
別にもったいぶっている訳じゃない。どちらかというと、俺は自分の思考を整理するために口に出しているだけだ。
「三つ目。これは推測だけど、あの大仏は、触れただけで呪い状態にかかるんじゃないですか?」
これも、当然である。あの大蛇と同じなら、呪いを使ってくるに違いない。
「あ、ああ。そうだ。先に大仏と戦闘した僧職ギルドは、俺たちよりもずっと戦闘力は高そうだったが、触れた側から呪いのバッドステータスかかっちまって、対処しきれずに撤退していった」
「だから、私たちも戦うのを諦めたんです」
ぽかんと俺たちの会話を聞いていたそれぞれのギルドの代表が、俺の推測を肯定する。
「そっかー。じゃあ、無理だね。呪いにかかっちゃえばスキルが使えなくなっちゃうもん。前みたいによじ登るって訳にはいかないよ」
七里が残念そうに言った。
「くそっ、俺にはよくわからんが、『呪い』を何とかできればいいのか! だったら、俺と、そっちのヒーラーの人たちも、『解呪』くらい使えるだろ! 呪いにかかっても――すぐにバッドステータスを解けば――」
石上か、諦めきれないように言葉を繰る。
ビュバ!
瞬間、そんな俺たちの間を一条の紫色の光がよぎった。
「ちっ、あいつは、遠距離攻撃もできるのか。距離を取ろう!」
俺たちは大仏に背を向けて走る。
俺は舌打ち一つ、大仏を見上げる。
攻撃は、大仏の眉間にある突起の部分から放たれていた。
その突起は十秒程の間隔を空けてパカっと開き、その度に眩い光線がほとばしる。
「くっ、何て罰当たりな敵なんだ! 御仏の白毫から放たれる光は東方一万八千世界を照らし出す悟りの光なのに!」
石上がよくわからない沸点で切れだした。
どちらにしろ、これで前みたいな『製錬』→『製糸』のコンボは使えないことは確定だ。敵が遠距離攻撃を使えるなら、回復役にも前衛職の護衛をつけなきゃいけないが、そこまでの人材に余裕はない。
俺たちは、百メートルほど後退する。
敵は淡々と歩みを進めてくるが、特に速度を上げて追いかけてくるということはなかった。もしかしたら、機械的な行動しかできないのだろうか。
「やはり、どうしようもなさそうですね……。すでに私たちが周辺の避難誘導は完了しています。逃げ遅れた人がいないか確認しつつ、私たちも撤退しましょう。進路上にある中学校はッ被害を免れないでしょうが……」
「それが妥当だな。この調子じゃ、俺の管轄の役所もやばそうだが、命あっての物種だ」
他のギルドの代表がお互いに頷き合った。
至極真っ当な結論だった。
それが最もリスクが低い選択肢。
それを選べば、学校、役所、鎌倉駅、そして、小町通りの順に、鎌倉の街は破壊されていくだろう。そして、小町通りには、石上の幼馴染の肉屋もある。
「くそっ!」
石上が拳を握りしめ、アスファルトを殴りつけた。
「大和、どうする?」
瀬成が、俺を決断を求めるように見つめてくる。
それに釣られるように、七里と由比の顔がこちらに向いた。
規則的に歩幅を刻む、大仏の足音が、俺を焦らせる。
俺の心の中で、言い訳が首をもたげる。
客観的に見て、俺は十分に誠意ある対応をしたと思う。
ギルドの財産を消費して、友人の目的のために協力した。
実際に現場に来て、何とかできないかあれこれと苦慮して、それでもできないとわかったのだから、もう退いてもいい頃だ。
でも、友情は主観だ。
俺は、石上の父親にもそういう主旨のことを言った。
だから、俺はもうちょっと粘らなきゃいけない。
俺は自身の頬を軽く二回叩いて、気合を入れ直す。
散々検討した通り、前のゴレームみたいな手法は使えない。
前と状況が違うせいだ。
いや、ネガティブな考えはやめよう。
状況が違う『おかげ』だと考えたらどうだ?
前に比べて、今はどんな有利な状況がある?
まず、閉鎖されていない。俺たちは逃げられるし、あの大仏が馬鹿なら、ある程度こっちが主導で戦場を選べる。
次に、救援が期待できる。少なくとも、前みたいな二、三日かかっても突破できないような壁はない。半日もすれば、大方の掃討は完了するはず。
――そうだ。救援を期待できるということは、つまり、俺たちはこの大仏を必ずしも倒さなきゃいけない訳じゃない。時間さえ稼げればいい。
じゃあ、戦士のモンスターの注意を集めるスキル(案山子)で大仏を引きつけて、そこら中を練り歩く?
それはだめだ。
もちろん、小町通りからは敵を引きはがせるかもしれない。でも、それじゃあ、俺たちがふらついている間、大仏は延々と他の建造物を破壊して回るということになる。自分の想いのために他者の犠牲を看過するような選択では、石上は納得しないだろう。
じゃあ、どうする?
要は、誰にも迷惑がかからない場所に大仏を留めておけば言い訳だ。
……ああ、そうか。
「俺は大仏に地獄に落ちてもらおうと思う」
思いつくままに放った俺の唐突なひと言に、皆がぽかんと口を開けた。
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