第61話 交渉

「大仏を海に沈めるですって!? 大和くん! 本気なの?」


 デバイス越しに小田原さんと通話する俺が作戦を端的に説明すると、彼女は声を上擦らせた。


 話した所によるとすでに小田原さんは他の職員の人と一緒に、別の所に避難してるらしい。


 民家の壁に投影された映像を見るに、どこかの公民館だろう。


「はい! 敵の知能が思ったよりも低そうなので、船さえ出して貰えれば簡単に誘導できると思います! 後は、大仏の自重で勝手に海の底に沈んでくれるかと。そうすれば時間が稼げます。だから、鎌倉市の方から警察の方に十五人分の船を出すように頼んで貰えませんか? ここら辺の海には、漁師の人の護衛や、モンスター対策用にそれなりの数が配置されてましたよね?」


「……いや、でも――、ほら、一応、私も準公務員だからさ。上から降りてきたクエストでもないのに、そういう、博打みたいなことに加担するのはちょっと無理っていうか……」


 小田原さんが視線を伏せ、そう言い淀む。


 まあ、当たり前の反応だ。いきなり、こんなことを頼まれても彼女も立場上、すぐにはうんとは言えないだろう。


「でも、このまま放置すれば、大仏は一直線に進んでいって、絶対途中にある市役所をぶち壊しますよ? 大仏を遠ざけられる可能性があるなら、市役所的にもそうすべきじゃないんですか?」


「それは報告を受けてる。だから、私たちも避難したんだし。大和くん。あなたのしようとしてることは正しいのかもしれないわ。でもね。公務員っていうのは、マニュアルを破って成功するよりも、マニュアルを守って失敗する方がマシという悲しいお仕事なの」


 小田原さんがため息一つ首を振った。


「自分たちの仕事場が壊れてもいいんですか?」


「ええ! 市役所がぶっ壊れてもいいの! 税金で直すから! ちょうど古くなっていた所だし、建て直す口実ができてむしろラッキーって、お偉いさんは考えるかも!」


 小田原さんが開き直ったように叫んだ。


 ど屑な発言だ。


 もっとも、小田原さんの立場的には仕方ないかもしれないが。


 なら、ちょっとこっちも屑になるしかないか。


「そうですか……残念です。あのですね。いきなりで申し訳ないんですけど、今の会話諸々、デバイスに記録させてもらいました」


 俺は淡々と事実を告げる。


「や、大和くん? まさか、私を脅す気?」


 小田原さんが眉をひくつかせる。


「いいえ。ただ、善良な市民として、市政が正しく運営されているか、世に問いかけたいだけです。例えば、マスコミとかを通じて」


「ふふん! そんなことしても無駄よ! 私の言質ごとき役所の上は意にも介さないわ! 『非正規の言ったこと。自分たちには何の関係もない』って私が切り捨てられておしまいよ! ……ってなんだか自分で言ってて悲しくなってきた」


 小田原さんががくっと肩を落とした。


「そうかもしれません……。もう一つ言い忘れてたんですが、実は俺の親って出版関係の仕事してるんです」


「だ、だから?」


「だから、そのコネで、今回の件も含めて、『冒険者有志が必死に鎌倉の街を守ろうとしているのに、鎌倉市がお役所体質で非協力的なせいで街がめちゃくちゃになった』っていう感じでキャンペーンを打ってもらおうと思います。ちょうど、国民みんなが今回の騒動への対策で税金が上がって、安定した待遇の公務員への風当たりが強くなっている所なので、それなりにニュースバリューはあると思います」


 いかにも大物っぽく言ってみるが、もちろん、実際の親父たちにそんな権力はないと思う。まあ、あんまり詳しい仕事の内容を知らないから、ひょっとしたらマスコミにコネくらいはあるかもしれないけど、どちらにしろ、もし断られても小田原さんにそんな嫌がらせをするつもりはない。


 つまりは、ただのはったりだ。


 もっとも、所詮高校生に過ぎない自分の小手先のペテンが本当に小田原さんにとっての圧力になる可能性は低いと思っている。だけど、『脅された』という言い訳があった方が、小田原さんだって上司に話を持っていきやすくなるはずだ。そのくらいの効果は期待してもいいだろう。


「大和くん……あなた、冒険者よりも政治家になることをお勧めするわ」


 小田原さんが、呆れと感心が入り混じったような声で言った。


「では、俺のお願い聞いてくれます?」


「とりあえず、急いで上司の決裁を仰いでみる。でも、正直、許可が貰えるかはわからない」


 小田原さんは真剣な表情で頷いた。


「すみません。結果の可否に関わらず、三十分以内に報告お願いします」


 俺は深く頭を下げた。


 本当なら、俺だってお世話になっている小田原さんに迷惑をかけるのは心苦しい。でも、他に頼れる人もいないのだ。

 

 自衛隊員である鴨居さんにも一応、連絡はしてみたのだが、当然のごとく不通だった。全国的に『悲壮なる生贄』に大混乱の中、俺のメッセージに応えている時間なんてあるはずがない。


「わかった。……もし、私が首になったら責任とってもらうから」


 小田原さんが悪戯っぽく笑って、通話を切断した。


 同時に俺も通話を切る。


「アミーゴ! どうだ!?」


 石上が詰め寄ってくる。


「結果はわからないけど、船を動かして貰える可能性が出てきた。だから、動かして貰えることを前提に早速、動き出したいと思う。協力して頂けますか?」


 俺は石上から、先行していた二つのギルドのリーダーに向き直った。


「ああ。あくまで直接戦闘はせず、戦士で大仏を誘導する協力をするだけってことでいいんだな?」


「もし、危険になれば、ギルドメンバーの命を最優先にさせて貰うということさえ承知していてくだされば、私たちも協力させて頂きます」


 二人が頷く。


「ありがとうございます。それで十分です」


「「「「ありがとうございます!」」」」


 俺たちは頭を下げて礼を言う。


 敵を引きつける戦士スキル――『案山子』は、もちろん七里も持っているのだが、一人だけではクールタイムに対応できない。だから、他の二つのギルドにも協力してもらって、クールタイムを補完し合い、常に大仏の注意をこちらに引きつけておくのだ。


「そんなに頭を下げるなよ。ここは俺たちの街だぜ」


「ええ。死ぬのはごめんですが、できることなら鎌倉を守りたいという気持ちは私たちも同じです」


「助かります。では、まずは建物を壊さないように車道に大仏を誘導しましょう」


 俺がそう指示すると、皆が静かに頷いた。

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