第113話 地獄の釜で同床異夢

 その場にいた全ての英雄たちが、天空城の内部に侵入すると同時に、大門が音もなく閉まった。


 『あばら骨』の間の肉が瞬時に復活し、俺たちは天空城の中に取り残される。


 前を向いた俺たちを待っていたのは、不毛の大地だった。


 草も木もない茫漠とした荒野が延々と広がり、はるか遠くには山や海らしきものも見えるが、皆一様に色味がない。


 天井から突き出した黒色の水晶群が暗い紫色の光を放ち、世界を陰鬱に染めているからだ。


 人によって暑くも寒くも感じるような、そんな微妙な気温だった。


「まるで、地獄みたい」


 瀬成がぽつりと呟く。


「――腰越さん。正解です」


 礫ちゃんがデバイスを一瞥して言った。


 いつの間にか、デバイスにメッセージがホップアップしている。




『special tips ――ありふれた星の終末論――


 選ばれし者たちよ。


 ようこそ。進化のきざはしへ。


 地獄には七つの大罪。


 地上には三つの王国


 天国へ至る鍵は一つ。


 終わりの時は近い。


 試練を果たせ。


 登りつめた者だけが可能性を知る。』





『条件達成により、《創世のラグナロク》が《ありふれた星の終末論》にランクアップしました。


 

※本ミッションは時限制です。

 残り時間 719h 59m 59s』



 意味深なメッセージと共に、カウントダウンが始まる。


「あっ。また別のメッセージが立ち上がってきましたよ!」


 由比が声を上げる。



『ボス戦に突入しました。


 嫉妬の森に『ナハルシュレンゲ』が出現しました。


 高慢の山に『アギャアギラ』が出現しました。


 色欲の川に『トルタルトルゥーガ』が出現しました。


 貪欲の沼に『スマーラ』が出現しました。


 暴食の谷に『フォルガンシャン』が出現しました。


 怠惰の丘に『レスマルマーカ』が出現しました。


 憤怒の砂漠に『ヴェステデゼール』が出現しました。

                        』


 合計七体のボスモンスターの出現が警告される。


 しかし、少なくとも現在俺の見える範囲にその姿は見当たらなかった。


 天空城は前に俺が足を踏み入れた秩父のダンジョンとは比べものにならないくらい広い。


 ボスモンスターたちは、きっとこの遠景のどこかにその身を潜ませているのだろう。


「よし、まずは冷静に状況と装備を確認しよう。とりあえず、フレーバーテキストと合わせて考えるに、ボス撃破型のミッションだと考えてよさそうかな?」


「はい。ご主人様のおっしゃる通りです。加えて、おそらく、ダンジョンは『地獄』と『地上』と『天国』の全三階層に分かれています。現一階層の地獄では、七体のボスモンスターを撃破することで先に進める形式のようです」


 礫ちゃんが俺の言葉を継いで言う。


「うん。次に、装備を確認しよう。やっぱり予想していた通り、転送の宝珠は使えないみたいだ。由比。自動人形につけた電子機器の類は問題ない?」


「はい、大丈夫です。もちろん、外とのネット通信は不可能ですが、内部でデバイスやウェアブルカメラ同士の無線通信機能を使う分には問題ないかと」


 由比が確認用に数体の自動人形を周囲に展開し、デバイスの映像を一瞥してから言う。


 なお、自動人形といっても、前にゲルと戦った時のような安物ではない。高価な金属を材料に作ったやつだから、そのスペックは以前とは段違いだ。


「了解。じゃあ、俺も装甲車を出すかな」


 俺はコマンドを操作し、事前に用意してあったアイテムをタップする。


 次の瞬間、眼前に四方に窓のついた、金属製のワンルームが出現する。


 装甲車というと大げさな感じだが、要は底面にいくつものローラーをつけたドーム型の待機室である。

中は十畳ほどの生活空間となっており、シャワー室やトイレなども備えている。


 中から外の監視は、当然、自動人形に装着したウェアブルデバイスで行う。外に出て活動する際には、中の様子は金属の壁に遮蔽されているので肉眼では見えない。しかし、装甲車内にも護身用の人形が数体配置されているため、必要があればデバイスを通じて内部の光景を把握することも可能だ。


 これに縄をとりつけ、自動人形に引かせることで楽に行軍できると同時に、戦闘時には瀬成たちを守るシェルターにもなる訳だ。


 当然、装甲車には金に糸目をつけず材料とスキルをぶちこみ、今の俺にできる最高の強化を施してあるから、たとえAランクのモンスターの攻撃でも、ちょっとやそっとのことでは破壊されない自信がある。


「大和。じゃあ、ウチは礫ちゃんと早速装甲車の中に入って、いつも通りに自動人形を動かせるか試してみるね」


「わかった。これで一通り準備は整ったかな」


 後は、他国の英雄の行軍に遅れないようについていけばいいだけだ。


 そんな算段を立てていた俺のデバイスに、他の国の英雄たちの会話が入ってくる。


 俺への個人通話ではなく、全員参加のグループチャットだ。


『ha!ha!ha! 聞いたかい。君たち? どうやら、先に進むには七体のボスモンスターをデリートしないといけないらしい。まあ、何も心配することはない。このチーフ オブ アメリカが全ての敵を蹴散らして、世界に平和をもたらしてあげよう。君たちは後ろで見物でもしててくれたまえ!』


 チーフが芝居がかった口調で宣言する。


『……これだけの人数が一つに固まって動くのは効率的ではない。今回のミッションに時間制限がある。上の二階層を含め、どれだけの時間を要するか分からない以上、ここは手分けしてボスモンスターを撃破していく方が合理的だ』


 黒蛟がぼそりと口を挟んだ。


『何言ってんだ。そもそも俺に負けたお前らに発言権はねーんだよ。雑魚どもは黙って俺たち『首都防衛軍』の案に従ってればいい』


 ダイゴがまるでそれが規定事項のように言い放つ。


『おいおい。ミスターダイゴ。議論すらも許さないなんて、それはとても民主主義的な態度ではないな』

『異常者の戯言に付き合ってる時間はない』


 チーフと黒蛟が、不快感を露わにした。


『そうかっかすんなよ。俺の提案は、お前らにとっても悪い話じゃないはずだぜ。もちろん、本当にお前らが腕に自信があるならの話だが』


 ダイゴが挑発的な口調で言う。


『仕方ない。世界No1のアメリカの、そのトップに君臨するミーが話を聞いてあげよう』


『……お前は何を根拠に自分が一番だと言ってるんだ。――ゲーム時代にカロンファンタジアでプレイ人口数が一番多かったのは中国サーバーだ。その中で、頂点に君臨する、我々のギルドが最強だと考える方が、理に適っている』


 チーフと黒蛟がプライドを滲ませて言い合う。


『おうおう。二人とも自信満々じゃねーか。なら、当然俺の提案も受けてくれるだろうな』


『言ってみたまえ。我々には言論の自由がある』


『時間の無駄だ。もったいぶらずにさっさと話を先に進めろ』


『なに。簡単な話だ。七体もボスモンスターがいるんだから、いっそのこと討伐数を競うゲームにすればいい。負け犬のお前らに俺様を見返すチャンスをやろうっていうんだから、寛大だろ?』


 ダイゴは尊大にそう言い放った。


『――ほう。競争か。ミスターダイゴ。もちろん、勝者には栄光だけでなく、それ相応の報酬が用意されてるんだろうね』


『ああ。もちろん。一番多くのボスモンスターを倒したチームが、優先的に可能性の束を得るという取り決めにしようぜ。どうせこのまま仲良しこよしで団体行動していても、可能性の束を巡って、俺たちの間でくだらない暗闘が始まるだろうしよ』


 ダイゴがもっともらしく提案を口にする。


『ふむ。確かに。アメリカは偉大すぎて世界中の嫉妬を買っているからね。有象無象に足を引っ張られては困る。フェアなルールの下での競争は、資本主義の理念からいっても正しい』


『――不合理なアイデアではないな。競争にすれば、それぞれの勢力が力を温存しようと怠業するのも防げる』


 どうやら、チーフも黒蛟も、ダイゴの提案に乗り気のようだ。


(この話の流れはまずい。かなりまずいぞ。つまり、これって現時点で競争で勝てるようなチームに所属していなければ、最終ステージに立つまでもなく、可能性の束を手に入れる道が断たれるってことじゃないか?)


 このままボスモンスターの討伐が競争になれば、アメリカや中国などの大国の下に集まったギルドが有利なのは明白だ。そうなれば、俺たちのような弱小ギルドが可能性の束を手に入れる機会は、万に一つもなくなってしまう。


『EUだが、我々は提案に反対する。これはゲームじゃない。現実だ。今は全世界が協調してことに当たるべき状況だ。ここは、多少の時間を要しても、我々が一致団結して、ボスモンスターを一体一体各個撃破していくべきだ』

『ロシアも提案を認める訳にはいかない。これは政治的陰謀だ』

『アフリカ連合も提案には同意しかねる』


 俺と同じような危機感を抱いたのか、諸外国から反対意見が次々と出される。


 俺も一応声を上げたが、人数の多い他の国の言葉にかき消されて、グループチャットにまともに反映されない。


『あ? うっせーぞ。上陸時に後ろでこそこそ隠れていただけのチキンが偉そうに俺に意見すんじゃねえ』


 ダイゴがにべもなく吐き捨てる。


『一体のボスモンスターと一度に戦える人数は限られている。全員で行っても、余剰戦力がでるだけだ――寄生プレイをする気がないなら、現状、提案に反対する理由はないはずだ』


『まあまあ。ミスターダイゴ。それにチャイニーズも落ち着きたまえ。ここは公平かつ民主主義的に多数決で決めようじゃないか』


 チーフがもっともらしい態度でそう呼びかける。


『……いいだろう』


『好きにしろ。決定がどうなろうと、俺はぞろぞろと金魚の糞を引き連れて練り歩くつもりはないからな』


『OK! では、早速投票だ! シンキングタイムを十分ほど設けるから、みんなよく考えて一票を投じてくれ!』


 ダイゴと黒蛟の同意が得られたとみるや、他の抗議の声を無視して、チーフが強引に投票を決行する。


 デバイスに、『ボスモンスターの討伐を競争制にすることに賛成である。YES or

NO』と記載された回覧メッセージが表示された。


『栄光あるロシアは何ら国際連合の正式な手続きを経ていない、この投票そのものの正当性を認めない! よって、ロシアはこれより独自作戦をとる!』


 ロシアとそれに近い東欧の数カ国が、投票そのものを拒絶して集団を離脱、勝手に出発した。


 しかし、全体の9割以上はその場に留まった。


「厳しい状況ですね……。そもそも、中国とアメリカの英雄保有数の合計は、全体の過半数を超えています。投票の結果がYESに傾くことは分かり切っているかと」


「兄さん。どうしましょう! このままじゃ、私たちは可能性の束を手に入れられなくなるのではありませんか!?」


「うん。ウチらだけでボスモンスターを倒す競争に勝つのは、どんなに頑張っても無理っぽいよね?」


 瀬成たちが一様に表情を暗くする。


「みんなの言う通りだな。だけど、ここでじっとしていても仕方ない。チーム単位でのボスモンスター討伐競争になってしまうなら、シンキングタイムの間に、勝ち目のありそうな大勢力に潜り込めるか交渉してみよう。俺はとりあえずアメリカの方に声をかけてみるから、みんなも他の国を当たってみてくれ」


「分かりました。では、私は中国を担当します」


「なら、私はEUで」


「えっと、じゃあウチはアフリカ連合の所に行ってみる」


「よろしく!」


 俺はみんなと別れ、一人アメリカの陣営に向かい、チーフを探し始めた。

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