第112話 天空城

『oops! ファッキンダイゴ! 危ないじゃないか! これじゃあまるで奇襲だ! 君たちは真珠湾の再現でもしたつもりかい?』


 チーフが、中指を立ててダイゴに詰め寄る。


『貴様、もしや、約束の作戦開始時間を破り、抜け駆けして先に城の周辺に潜んでいたんじゃないだろうな。だとすれば、それは許されざる不正だぞ』


 『黒蛟』が杖を構えてダイゴを威圧した。


『ああ? 奇襲だ? 不正だ? 負け犬どもが変な言いがかりつけてんじゃねーぞ。俺はきっちりお前たちと同じ条件でプレイしてやったさ』


 ダイゴがとぼけるように言って、小指で耳の穴をほじる。


『なら、今まで貴様はどこにいた』


『そうだ! 最短ルートはステイツの英雄たちが完璧に抑えていたはずだ』


 チーフと黒蛟が、さらにダイゴに詰め寄る。


『どこも何も、空から落ちてきただけだ。まあ、マッハを軽く超えてたから、お前らごときには見えなかったかもしれないがな』


 ダイゴはそう言って、嘲笑を浮かべる。


『oh! じゃあ、まさか君は、飛行系のスキルも使わず、生身ではるか空の上からスカイダイビングしてきたっていうのかい?』


『確かに、複数のバフをかけ、衝突の瞬間に勢いを相殺する剣撃スキルを放てば、理論上は可能だが……。数ミリ秒でもタイミングがずれれば、即死だぞ。何の報酬も用意されていないこの序盤に、そこまでする価値があるのか?』


 チーフと黒蛟は、引いたように一歩下がる。


 うん。


 その気持ちすごくわかる。


 俺もすでに二度ほど似たような感情を体験した。


『はあ? 当たり前だろ? お前ら糞運営プレネスの敷いたレールにのって、与えられた敵を無難な手順で倒して楽しいか? 全身全霊をかけて、糞運営プレネスも想定していないようなブッとんだ攻略法を創造するのが、カロンファンタジアの醍醐味だ。それが分からないようなら、お前らはまだまだ二流だな』


 ダイゴが上から目線で説教するように言う。


『oh! ……クレイジーね。ミーは、ステイツと世界の平和を実現するためにここにいる。スリル依存症のボウヤには付き合ってられないよ』


『貴様には、荀子のこの言葉を送ろう。『死を軽んじて暴なるは、これ小人の勇なり』だ』


 チーフと黒蛟は、すかさずそう言い返したが、その言葉にはどこか、負け惜しみと羨望のニュアンスが含まれている気がした。


 今の俺には、ダイゴの考えは理解できないし、理解したくもない。


 だけど――もしこれが現実ではなく、カロンファンタジアがただのゲームのままだったなら、俺は素直にダイゴを賞賛できたのかもしれない。


 そう思ってしまうほどの、説得力と自信が、ダイゴにはある。


(なにダイゴに魅せられてるんだ。俺は。可能性の束が欲しいなら、いつかはあいつと争わなきゃいけないことは確実なのに)


 俺は、頭に湧いた邪念を消し去るように、首を何度も横に振る。


「――さあ、俺たちも上陸しよう。もう敵はいないみたいだけど、一応、警戒は忘れずに」


 俺は静かにそう命令を下した。


 モービルが徐行の速度で進んでいく。


 やがて、下降をはじめた俺たちのモービルは、天空城から一キロメートルくらいの地点に、静かに着陸した。


 ダイゴやチーフたちがいる場所を最前線とすれば、そこからはだいぶ離れた、『後乗り』のグループが溜まっている付近だ。


 俺たちはその中でも一番遅い部類らしく、総勢500人ほどの英雄たちは、すでに天空城に侵攻する準備を始めている。


「着いたにゃ!」


 マオがモービルから跳び降り、大きく伸びをする。


「お疲れさま。マオ。俺のわがままに付き合って、モービルを出してくれてありがとう」


 俺も両脚でしっかりと大地を踏みしめ、マオにそう礼を言った。


「ヤマト王のためなんだからこれくらい当然にゃ! それより、本当にここまででいいのかにゃ?」


「うん。この先は危ないから」


 首を傾げるマオに、俺は頷く。


「でも! とりあえず、ここまでは何とかなったにゃ! このままマオたちが一緒にいた方が攻略がはかどるんじゃないかにゃ?」


「はは、気持ちは嬉しいんだけどね……」


 俺は苦笑する。


 確かに、マオたちのモービルに協力してもらえれば、これから先、助かることもあるかもしれない。


 だけど、もしマオたちを連れていけば、彼女たちは、常に俺と一緒に、前線で直接モンスターと相対することになる。


 後方に安全圏を確保してから自動人形に代理で戦わせる瀬成たちならまだしも、カロンファンタジアのプレイヤーとしてのレベルが低いマオたちをそんな危険に晒すことは、俺にはできない。


「マオ。やめましょうー。ヤマト王が困ってますよー」


 モービルから降りてこちらにやってきたカニスが、マオに囁く。


「でも、カニス――」


「あらかじめ話し合って決めたことですー。それに私たちを守りながら戦うんじゃ、ヤマト王は全力を出せないじゃないですかー」


 カニスがマオの肩に手を置き、諭すように言う。


「にゃー。わかったにゃー。気をつけてにゃー」


 マオが瞳を潤ませ、俺の手を握って、別れの挨拶を述べた。


「うん。マオも風邪とか引かないようにね。……カニスも、ありがとう。もし、俺が戻ってこなかったら――」


『後のことはよろしく頼む』


 そう言いかけた俺の唇を、カニスが人差し指でそっと塞ぐ。


「いけません。全ての言葉には精霊様の力が宿りますー。どうせならー、私はヤマト王の勇ましいご命令を承りたいですー」


「わかった。――『王であるヤマトが、忠実なる臣下であるカニスに命ずる。石上やマオと手を携え、俺が七里を取り戻して帰還するまで、つつがなく王土を治めよ』」


 カニスの催促に俺は身を正し、精一杯威厳があるように振る舞った。


「はいー! ご武運をー」

 カニスが微笑みと共に頷く。


「マオさん。カニスさん。名残なごりおしいですが、あまり時間をかけると、モンスターがリスポーン復活するかもしれませんので、早々に出立された方がよろしいかと」


 礫ちゃんが控えめにそう口を挟んでくる。


「そうですねー。ではー、そろそろ私たちは失礼しますー。私たちの力がまた必要になったらー、いつでも連絡してくださいねー」


「頑張るにゃー!」


 カニスとマオが、それぞれのモービルに戻り、部下を引き連れて大空へと舞う。


「気をつけてー」


「どうかご無事でいてください」


「またね!」


「兄さんは渡しません――が、お元気で」


 手を振ってそれを見送った俺たちは、やがて彼女たちの姿が見えなくなると、改めて天空城へと向き直った。


 遠くから眺めていた時は、西洋風の普通の城のようにも見えたが、近くから詳しく観察すると随分と印象が違う。


 壁面は灰褐色でつなぎ目やひびが一切ない謎の材質で構成されており、生き物の肌のような、気持ち悪い肉感がある。


 窓がないから、中の様子を窺い知ることはできないが、時折沸騰したお湯の泡のような『ボコッ』という音が聞こえてくるのが不気味だ。


『hey! Boys and girls 準備はいいかな? 世界を救うお時間だぜ!』


『……隊列を崩さず進め』


 先頭の英雄たちが天空城へと接近していく。


 彼らの視線の先にあるのは、天空城の入り口と思われる大門だ。


 その表面には左右三本ずつの白い筋が走っていて、まるで人間のあばら骨のように見える。


『俺に負けた雑魚どもが仕切ってんじゃねーぞ。天空城への一番乗りは俺様に決まってんだろうが』


 ダイゴが跳ねるように前方へと進み、最前列に躍り出た。


「Shit! Mr.ダイゴ。全く君はスタンドプレーが過ぎるぞ。君たちはジャパンの上層部から各国の英雄たちをサポートするように言われているだろう」


 チーフがうっとうしそうに舌打ちする。


「ああ? なんでこの俺様が自分じゃゴブリン雑魚モンスター一匹狩れないような糞雑魚共の言うことを聞かなきゃいけないんだ。ボケ。寝言は寝て言え!」


 ダイゴはチーフの小言を無視して、何にもはばかることなく大門に触れる。


 瞬間、『あばら骨』が、肉を引きちぎるようなブチブチとした音を立てて縦に開いた。


 骨と骨の間についていた肉――もとい、門の一部が崩落し、地面にへばりつく。ザクロにも似た甘ったるい芳香が、風にのって俺の鼻腔まで届く。


 得体のしれないモンスターの腹中に自ら飛び込んでいくような、形容しがたい不安感を覚える。


『……見渡す範囲に敵はいない』


『ha!ha!ha! 少々陰気だがね! まるで焼きすぎたステーキのような世界だ』


『ちっ。とろとろしてんじゃねえよ』


 先行する英雄たちから報告が入る。


「さあ。行こう」


 俺は内心の恐れを押し隠し、瀬成たちにそう呼びかけた。


 歩みを止めるわけにはいかない。


 この先に進むしか、七里を救う手段はないのだから。

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