第114話 最弱の英雄
チーフは、すぐに発見することができた。
彼の着ている派手なコスチュームのおかげだ。
「ご歓談中のところすみません! ちょっとお時間頂いてもいいですか?」
仲間と談笑していたチーフに声をかける。
「oh! 君は先ほどのジャパニーズボーイじゃないか。名前は、えーと」
チーフは会話を中断すると、俺の方を見て、記憶を探るように目を閉じる。
「チーフ。彼は『道化なる裁縫士』よ。生産職でただ一人英雄になったボーイがいるって、ステイツでも話題になっていたじゃない」
チーフの隣にいた、ビキニを着た女性が呆れ顔で助け舟を出す。
「ああ! じゃあ君があの『最弱の英雄』か! 裁縫なんてチマチマしたものを極めているっていうから、てっきりガールだとばかり思っていたよ! ha! ha!ha!」
「チーフ。それジェンダー差別」
「仕方ないだろう。『チーフ オブ アメリカ』はマッチョでブレイブリーなアメリカ男性の理想像を具現化した存在だ。男の子に勧めるのはアメフトかベースボールと相場が決まっているのさ」
チーフはそうメタ的な発言をして、女性に向かって肩をすくめた。
ダイゴとは方向性が違うが、この人のいかにも傲慢なアメリカ白人っぽい言動は、もしかしたら、アメコミのヒーローというキャラクターをロールプレイしているだけで、素ではないのかもしれない。
「それで、あの、話の続き……」
「ああ、そうだったね。――で? その噂の裁縫士くんがミーに何の用だい?」
チーフが俺に向き直って首を傾げる。
「はい。ぶしつけですが、時間もないので単刀直入にお話します。皆さんにお願いがあるんです」
「お願い?」
「俺をあなたたちの陣営に加えて欲しいんです。お願いします」
俺はそう言って、深く頭を下げる。
「ha!ha!ha! それはジャパニーズジョークかい? 最弱の英雄のユーたちが、最強のステイツのギルドで何をしようって言うんだい?」
チーフは白い歯を剥き出しにして笑う。
「確かに戦闘では皆さんに劣るかもしれませんが、俺には全ての生産スキルを極めているという強みがあります。武器や防具の補修はもちろん、仲間たちが自動人形を使って哨戒や偵察を担当して、皆さんの負担を軽減することができます」
「oh! それはナイスだ。だけど、sorry。やっぱり、君たちを連れていくことはできない。ステイツの装備品はみんなクセが強くてね。ちょっとした調整のミスでも使用感が変わるから、みんなギルド内の決まった人間にしか触らせたがらないんだ。それに、哨戒や偵察の任務だって、実力が判然としない君たちに任せることはできないよ。こんな危険なダンジョンでは、ちょっとの油断が命取りになりかねないからね」
チーフは残念そうに言って、首を横に振る。
「ですが、俺たちがいても損だということはないでしょう。俺がいれば、倒した敵から入手した素材を即座に有用なアイテムに変換することもできます。消費アイテムの補給が難しいダンジョンの中では、貴重でしょう?」
それでもなお俺は食い下がった。
アメリカは現段階でボスモンスターの討伐競争での最有力勢力だ。そう簡単に諦める訳にはいかない。
「hmm……。随分必死だな――ユーはそこまでして可能性の束が欲しいのかい?」
「はい。欲しいです」
チーフの問いに俺は即答する。
「why? ユーは生産職を全て極めているんだろ? その力をもってすれば、今のこのカオスな世界なら、金だろうと権力だろうとやり方次第によってはいくらでも手に入るじゃないか。わざわざこんな危険な橋を渡る必要がどこにあるんだい?」
「……俺の取り戻したいものは、金や権力では手に入らないんです。だから、たとえ針の穴に糸を通すような確率だとしても、可能性の束は諦めたくない」
「great! ユーも立派な男だね。そこまでして欲しいものは何なんだい? これでもミーは世界中に顔が利く。場合によっては力を貸してあげてもいい」
チーフが気さくにそう申し出てくれる。
「気持ちは嬉しいですが、無理です。俺の取り戻したいのは、消えてしまった妹だから」
俺は正直にそう白状した。
もし七里の存在を金で取り戻せるなら、どんなに楽だったことだろう。
「oh……色々複雑な事情があるみたいだね。とにかく、ユーが冷やかし半分じゃないことは分かったよ。ミー個人としては連れてやってもいいとさえ思うくらいだ」
チーフはそれまでの浮ついた表情を一変させ、真剣なトーンで呟いた。
「本当ですか!?」
俺は顔に喜色を浮かべ、チーフに詰め寄る。
「Wait! Wait! 人の話は最後まで聞き給え。無理なんだ。ミーがどう思おうと、ユーをボスモンスターの討伐に連れていくことはできない。どうしてだかわかるかい?」
「わかりません。チーフはアメリカで最強の英雄なんじゃないんですか? 先ほどの戦闘を拝見する限り、指揮を執られているのもあなたのようでしたが」
「確かにユーの言う通り、ミーは、ステイツの中では一番強い英雄だし、現場の指揮も任されている。だからといって、全てが思い通りになる訳じゃない。――あっちを見てごらん」
チーフが俺に囁くように言って、アメリカ陣営の後方を指さす。
そこには、中年のだらしない体躯に、不釣合いな高級装備品を身に着けた一団がいた。
「あの人たちは……。英雄じゃないですよね」
戦場には不釣り合いなその姿に、俺は首を傾げる。
年齢的にも、体格的にも、とても彼らがモンスター相手に立ち回れるとは思えない。
「ああ。あいつらは英雄じゃない。CIAに、政府の高官に、軍人に、その他諸々のお偉いさんさ。前線で汗一つかきはしないファッキンどもが、ミーたちの命に関わる重要事項を決定しやがる。大統領と議会――ひいては人民からの付託を受けていると言ってな」
チーフが嫌悪感を滲ませて吐き捨てる。
「では、さっきのダイゴのアイデアに賛成したのも、あなた個人の意思じゃないということですか?」
「ああ。そうさ。元々、お偉いさん方が今回の天空城の攻略の主導権を握りたいと思っていたところに、あのダイゴの提案は渡りに船だった。なんせステイツにヘイトをためることなく、可能性の束を独占する口実を与えてくれたんだからね」
チーフが小声で呟く。
「――でも、発案者はあのダイゴですよ? もし、ダイゴが競争に勝ってしまったらまずいとは考えないんですか?」
「今回の攻略は一日や二日で終わるような簡単なものじゃないからね。どうやら、お偉いさんは、長期戦になれば、ミーたちよりも圧倒的に人数の少ないダイゴたちのギルドの方が体力や物資の面で不利になると考えているらしい」
「なるほど……。お偉いさん方の考え方は理解しました。では、あなた自身はどう考えていらっしゃるんですか? ダイゴのアイデアには賛成ですか? それとも反対ですか?」
「ミーは賛成だね。ダイゴの言っていた通り、このまま表面上の協調を続けて、戦闘に一々、後ろ暗い政治取引を持ち込まれるよりは、わかりやすくボスモンスターを殺した数で優劣を競う方がまだマシだと思ってる。たぶん、あのチャイニーズも同じことを考えていたんだと思う。彼も確か、ゲーム時代は民間人のカロンファンタジアユーザーだったはずだから」
チーフが冷めた口調で言う。
つまり、俺には傲慢に見えたダイゴの発案は、チーフや黒蛟の潜在的な不満を汲み取ったものだったということか。
まさか、ダイゴはそこまで計算していたのだろうか。
あの男なら十分ありえそうな話だ。
「――わかりました。そういう事情なら、チーフさんの一存では俺たちのギルドの合流は決められないようですね。なら、そのお偉いさん方に取り次いでもらえませんか。直接交渉がしたいです」
俺は思考を切り替え、そう申し出る。
チーフに権限がないというなら、それがある人たちに頼むしかない。
「無駄だ。すでに連中は諸外国の高官と交渉している。今から行っても間に合わないし、政府の代弁者でもないただの民間人のユーじゃ相手にされないさ。たとえ交渉にこぎつけたとしても、やはり同行するのは不可能だろうね。ミスターダイゴのせいで、ジャパンのギルドは警戒されている。『首都防衛軍』は、ジャパンのお偉いさんの意向に逆らって、本来世界各国のサポート役に回るという役割を初っ端から放棄した訳だからね」
チーフが理路整然と言って、首を横に振った。
「ダイゴと俺は関係ないです! むしろ、敵同士みたいな間柄なんですよ!」
「事実はそうだとしても、お偉いさん方にはその論理は通用しない。一
俺の弁解に、チーフは悲しげに瞳を伏せた。
「そんな……」
俺は唇を噛みしめて俯く。
ダイゴと俺の嗜好はまったく正反対なのに、同じ日本人だというだけで、一緒くたに扱われてしまうのか。
「――ユーは本当にピュアだね。ある意味、ユーが羨ましいよ。今、この場で、純粋にゲームとしてのカロンファンタジアをプレイしているのは、ユーとミスターダイゴのギルドだけだ。他の国の英雄たちは、ミーも含めて、いずれも軍や、政治家など世俗の権力からの干渉を受けている。認めたくはないが、そういったしがらみを全部ぶちやぶって、純粋にプレイだけに没頭できる環境を構築したユーとダイゴは、『スーパーマン』さ」
チーフが胸に手を当て、敬意を込めたトーンで呟いた。
確かに、日本は憲法九条がどうたらで、自衛隊を天空城に派遣できなかったという特殊事情があるにせよ、文官レベルでも政府関係者が同行していないのは、おそらくダイゴがそれを拒絶したからだろう。
現状、日本にいる英雄はダイゴ一強だから、彼に見捨てられれば、日本のモンスターに対する防衛は立ちいかなくなる。
「『スーパーマン』は、ダイゴだけですよ。俺はあいつと違って、色んな人に支えてもらわなければ、ここまでこれなかった」
チートな生産スキルは七里が残してくれたものだし、ここまでこれたのはロックさんのおかげだ。ダイゴみたいに自分の力だけで立ち回った訳じゃない。
「ユー……」
チーフが何か言いたげな様子で俺を見つめてくる。
しかし、それ以上の言葉が彼の口から出ることはなかった。
「真剣に話に付き合ってくださってありがとうございました。失礼します」
俺は一礼して、足早にその場を後にした。
ダメ元でチーフが指したお偉いさん方と接触しようと試みるが、本人に会う前に警護の人間に止められてしまう。
数人にトライしている内に、投票の締め切りの時間がやってきて、俺は慌てて元いた場所に舞い戻った。
すでに、三人全員が集まっている。
その表情は、皆一様に暗い。
「どうだった?」
俺は、内心結果を悟りつつもそう尋ねる。
「申し訳ありません。交渉は決裂しました」
「私もです。ごめんなさい。兄さん」
「ウチも、無理だった。ごめん」
三人が俯いて言う。
「いいんだ。俺の方もダメだったから」
俺は三人を励ますように、微笑を浮かべて答えた。
(こうなった以上、後、頼れる人物といえば――)
俺の脳裏に、ダイゴの顔がちらつく。
感情的には絶対に力を借りたくない相手だが、まだ交渉をもちかけておらず、なおかつボスモンスターを倒す競争で勝ち目があるような勢力は、他に思いつかない。
『諸君! シンキングタイムは終了だ! 早速、投票の結果を見ようじゃないか!』
チーフの威勢の良い声と共に投票が締め切られ、デバイスに即座に集計結果が表示される。
YES 78% NO 22%。
予想通りの結末。
大差で、ダイゴの案は承認された。
アメリカと中国だけではなく、二国の影響下にある国々のチームも、それぞれおこぼれをもらおうとYESに流れたらしい。
明らかな出来レースだが、英雄の絶対数が多く世界の中でも特に発言力の大きいアメリカと中国が承認している以上、この結果を無視はできないだろう。
もし仮に、この投票が無効にされたとしても、アメリカと中国が勝手に行動し始めたら、それを止められる力があるチームは存在しないのだから。
『ha!ha!ha! 投票の結果は明らかなようだね! では、ステイツと愉快な仲間たち! 世界を救いに行こう!』
チーフの陽気な掛け声と共に、アメリカとそれに従う国々の英雄たちが出発する。
『……作戦行動を開始する』
中国の英雄たちが隊列を組んで、粛々とアメリカの反対方向に歩き出した。
他の国も次々に動き出す中、俺たちはなす術なくその場に取り残される。
「よう。どうした。冴えない顔だな。道化なる裁縫士。なんなら、同じ
ダイゴが何食わぬ顔で声をかけてくる。
俺は苦々しい思いでその人を食ったような顔に視線を遣った。
「……白々しいですね。始めからあなたはこうなることは分かっていたんでしょう。その上で、俺たちが天空城に行けるように取り計らったんだ。――俺たちをあんたたちのギルドに協力させるために」
ダイゴは前に、各国による可能性の束の争奪戦に向けて日本の戦力を強化するために俺を英雄にしたといったような趣旨の発言をしていた。
そして、ロックさんは前に、ダイゴが俺の天空城行きを強く主張したと言っていた。
二つの事実をつなげて考えれば、自ずとダイゴが俺たちに求めていることがわかる。
「はっ。うぬぼれるなよ。道化なる裁縫士。俺が期待していたのは、お前が戦闘系のスキルを獲得して、露払いにくらいには使える存在になることだ。生産スキルしか持ってない今のお前を、まともな戦力としてカウントするつもりはねえよ」
ダイゴは肩をすくめていう。
「だったら、何で俺に声をかけたんですか? いや、そもそも、何で俺が天空城の攻略戦に参加することを助けるような真似をしたんです?」
俺は眉をひそめて尋ねる。
「はははは、そんなの決まってるだろ! ただの道楽さ! ガチ勢ばっかでもつまんねえから、一匹くらい珍獣が紛れ込んだ方がおもしろいかと思ってよ。今回の攻略戦は長い。生産スキルを使ったネタプレイで、せいぜい俺様たちの道中の暇つぶしになってくれ」
ダイゴは俺を睥睨し、高笑いして言う。
彼の露悪趣味的な態度はロールプレイの一環だと分かってはいるのだが、それでもやっぱり腹が立つな。
「本当にそれだけが目的ですか? 攻略が長期に渡り消耗戦になれば、アメリカや中国に比べて人数の少ない『首都防衛軍』は不利になります。その不足を俺たちに補わせようっていう魂胆じゃないんですか?」
俺はダイゴの真意を探るように尋ねる。
今までの経緯を鑑みるに、ダイゴの行動は、一見ただの異常者に見えても、その全てに意味があった。今回俺を誘ったのがただの道楽だとは、にわかには信じられない。
「さあ、どうだろうな。仮にそうだとして、今のお前に選択肢はないだろう。俺様たち以外に頼れる国があるっていうなら話は別だがな」
ダイゴが意地の悪い笑みを浮かべたままとぼける。
不愉快だが、こいつの言うことは真実だ。
このまま天空城の攻略を続けたいなら、今の俺たちに、拒否権はない。
「――わかりました。あなたたちに力を貸します。だけど、たとえ、今はあなたの思い通りだろうと、俺は絶対可能性の束を手に入れることを諦めません」
俺はダイゴを正面からにらみつけ、精一杯の意思表示をする。
「おいおい! それが人にものを頼む態度かよ。お前には俺たちが必要だが、俺たちは別にお前がいなくても戦えるんだぜ。俺様たちについてきたいのなら、それ相応の言い方ってもんがあるだろうが」
ダイゴが足下を見るような陰険な口調で言う。
「……連れていってください。お願いします」
俺は頭を下げ、奥歯きつく噛みしめながら、言葉を喉から絞り出す。
「――よし。いいだろう。せいぜいこき使ってやるから、俺のために存分に働いてくれよ? 道化なる裁縫士」
ダイゴが勝ち誇ったような笑みを浮かべて頷く。
「……わかりました。それで、最初の目的地はどこですか?」
「もちろん、
ダイゴが即答する。
「なんで、『もちろん』なんですか。このまま嫉妬の森に向かえば、ロシアのギルドとボスモンスターの取り合いになりますよ? 下手すれば人間同士で戦うような事態にだってなりかねません」
「それはそれで悪くねえな」
「は?」
「ピレーナの奴らは俺たちの決めたルールから離脱した。つまり、あいつらは今回の共同作戦の仲間じゃねえ。仲間じゃねえってことはPKしてもいいってことだ。……英雄と直接殺し合えるなんて最高だろ?」
「……やるつもりなんですか。PK」
「俺はアホじゃねえ。わざわざこちらからふっかけて体力とアイテムを浪費するような真似はしねえさ。とりあえずはあいつらが先行して、雑魚モンスターを減らしておいてくれれば行軍スピードが上がると考えてるだけだ。もちろん、機会があれば全力で楽しませてもらうがな」
ダイゴが答えを曖昧にぼかして笑う。
こうして俺たちは、最低で最強な英雄と、天空城の攻略を共にすることになったのだった。
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