第115話 最強軍団の奴隷ちゃん

 天空城の入り口を出発してから三日。


 ダイゴと共に『嫉妬の森』を目指す俺たちの行軍は、まさに『地獄』の様相を呈していた。


 荒野から突如生えた三体のエルドラドゴーレムが俺たちに先行するダイゴたちの行く手を塞ぎ、飛来した二体の邪竜プドロティスが上空からブレスを吐く隙を窺っている。


 ダイゴたちの巧みなヘイト管理により、モンスターたちは俺たちに見向きもせず、首都防衛軍に襲い掛かる。


(まるで、置物みたいだな。俺たち)


 俺は装甲車の天井の上に立ち、油断なく武器を構えながらその光景を見守る。


 てっきり前線で露払いとして使い潰されるかと心配していた俺たちだったが、出発して一日も立たない内に、そんな懸念を抱くこと自体がはただの思い上がりだと思い知らされることとなった。


 そう。ボスクラスのモンスターが雑魚キャラ感覚で湧いてくるこの天空城においては、俺たちは露払いにすらならなかったのだ。ロシアが先行してモンスターを倒しているから、その分楽ができているはずなのに、そんな実感は全くない。


「おうおう! 今度はお前らか! 段々敵のランクが上がってきたな。つーことは、そろそろ嫉妬の森が近いぞ! 『ナハルシュレンゲ』はもうすぐだ!」


 ダイゴが最前線で叫んだ。


 味方の矢や魔法が縦横無尽に飛び交う中、ダイゴはエルドラドゴーレムの放つ光線をかいくぐり、その巨体に肉薄する。


 そのまま飛翔したダイゴは、複数のエルドラドゴーレムの間を行ったり来たりして、巧みに敵のヘイトを誘導しながら、瞬く間に二体を同士討ちさせた。


 残った三体目がようやくまともにダイゴを捉え、必殺のビームを放つ。


 しかし、ダイゴは微塵も動ずることなく、漆黒の剣を構えた。


 その鋭利な刀身が、一条の光を漏らすこともなくビームを吸収していく。


 ダイゴが得物を一振りした次の瞬間、剣先からそっくりそのままビームが発射され、三体目のエルドラドゴーレムは数秒前に自ら放った光線によって、その身体を四散させた。


「おっと、そういえばプドロティスはお前の大好物だったな。なんなら譲ってやろうか。道化なる裁縫士?」


 ダイゴは次なる獲物の邪竜プドロティスに視線を定めてから、何を思ったか、俺の方を振り向いて嗤った。


 これだけのパフォーマンスを発揮してもなお、ダイゴには俺をからかう余裕があるというのか。


「冗談言ってる場合ですか!?」


 俺は、困惑して叫んだ。


 俺たちは、ダイゴのサポートとして、邪竜プドロティスに縄をくくりつけ、自動人形を総動員して地面に引き摺り降ろそうと奮闘している所だった。


 敵が激しく抵抗しているために、中空で綱引き状態となり、状況は膠着している。


「冗談じゃねえよ。なんでてめえらより立場が上の俺様たちばっかりが戦ってんだ。道化なる裁縫士も少しは苦しめ」


 ダイゴが真顔で言う。


「ああ! わかりましたよ! でも、せめて一体にしてください! 後、自動人形は全部こっちで使いますから!」


「お。マジでやる気か。おもしれえ!」


 ダイゴが攻撃を調節し、プドロティスの内の一体のヘイトを俺の方に流してくる。


 二体に分散していた自動人形が俺の方の一体に集中するため、こちらに戻ってくる。


 俺はすぐさま焼き物師のスキルを発動。地面の土をレンガに変え、建築のスキルで縦長に壁を作る。


「瀬成。プドロティスの視線を壁面に誘導して、できる限り回避行動をお願い」


 自動人形が壁を跳び越え、プドロティスと対峙する。


「由比。もうすぐ、プドロティスが『邪眼』が使うと思うから、タイミングを教えてくれ」


「了解です!」


 由比の応諾の声を耳にした俺は、密かに『錬金』のスキルの発動準備を整える。対象はもちろん目の前の壁。


 材料は鉄だ。


「――今です!」


 由比の合図が聞こえた瞬間、俺は錬金を発動した。


 壁を変質させ、磨き上げた鉄へと化けさせる。


 それはすなわち――鏡だ。


「兄さん! きまりました! プドロティスは反射した自らの『邪眼』で麻痺してます!」


「分かった! 瀬成と由比は自動人形を壁の外へ! 金属の壁でプドロティスを囲む!」


 俺は素早く指示を下す。


 プドロティスは状態異常耐性がとても高い。


 テキパキやらないと、数秒も経たない内に回復してしまうだろう。


 自動人形が壁の近くから離脱する。


 瞬間、俺はプドロティスの四方を壁で囲った。


 それから、再び錬金で壁を金属に変える。


 それが終わったら一回り大きな壁を作る。


 そして、金属に変える。


 その繰り返しだ。


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 三周したところで、壁越しでも耳を塞ぎたくなるような咆哮が鼓膜を震わせる。


 刹那、俺は壁の全てを『鍛冶』のスキルで溶かした。


 ドロドロに赤くなった金属がプドロティスの身体を覆う。醜いその鱗に液体金属が付着している内に、俺は『ブリザードポーション』を投げつけまくった。


 冷やされた金属が凝固し、プドロティスの身体を覆う。


 目と口も塞がれているから、奴のお得意の状態異常攻撃もしばらくは発動不能だ。


 それでもプドロティスは重くなった羽を無理矢理羽ばたかせ、飛翔を試みる。


「引いてくれ!」


 由比と瀬成の操る人形たちが金属の一部となったロープを引き、プドロティスを再び地面へと落とした。


 プドロティスが暴れ出す前に、俺は壁を作り、金属に変え、ひたすらその身体に金属の層を重ねていった。


 やがて、繭のように丸くなったプドロティスが、巨大な現代アートのオブジェのように地面に転がる。


 俺は慎重にその繭に近づくと、その一部分だけを『鍛冶』のスキルで溶かし、細い細い穴を空けていく。


 もちろん無作為にではない。穴の先にあるのは、喉――この醜悪な邪竜の、唯一の弱点となる逆鱗だ。


 俺は鍛冶のスキルで即席で作った長槍を、執拗に逆鱗へと叩きつける。


 穂先が折れても関係ない。


 敵は動けないのだから、冷静に交換し、向こうの鱗が音をあげるまでひたすら攻撃を続ければいい。


 グチュ。


 肉の感触が手に伝わる。


 それでも俺は全く手を緩めることなく、邪悪な鼓動が聞こえなくなるまで、ひたすら槍を前に突き出した。


 やがて、長槍の柄を伝って、濁った色の血液が流れ出してくる。


 俺は毒性のあるそれに触れないように槍を手放すと、『構造把握』を発動して、プドロティスの身体の内部を透視する。


 脳、心臓、筋肉、その全てに生存を示す兆候は存在しなかった。


「ふう……なんとかなったか」


 プドロティスの絶命を確認し、俺は大きく息を吐き出す。


「ほう。クソ雑魚の割には中々やるじゃねえか」


 ダイゴがうすら笑いを浮かべながら、上から目線の称賛をしてくる。


「余裕かましてる場合ですか!? そろそろそっちの敵じゃブレスを吐きそうですよ!」


 俺はダイゴの方のプドロティスを指さした。


 ダイゴが悠然と俺の戦闘を観察している間に、もう一体の邪竜プドロティスは、すでに空中でホバディングの態勢に入り、大きく息を吸い込み始めていた。


 次に何が起こるかは誰の目にも明らかだ。


「問題ない。プドロティスのブレスは石化と麻痺と毒の三つが順繰りにやってくる思考ルーチンになってんだよ。石化と麻痺はくらったら行動不能になるが、毒は食らったところで死にはしねえ。そして、今は毒のブレスのターンだ」


 ダイゴが冷静に答えた。


「だからってむざむざバッドステータスを受けることはないじゃないですか!」


「当たり前だ。んなことはお前に言われなくてもわかってる! ――俺様の盾になれ! ピャミ! 奴隷としての務めを果たせ!」


「ういっす! マスター!」


 ダイゴがそう叫ぶと、『首都防衛軍』の後衛から、一人の小柄な少女が飛び出してきた。


 年は、おそらく12才くらいだろうか。礫ちゃんよりはちょっと年上かなといった雰囲気だ。髪は短髪で、どことなくボーイッシュな印象を与える。身体にはボロい布切れ一枚しか纏っておらず、手には身長に不釣り合いな大杖を持っている。


「魔法は使うんじゃねえぞ! てめえの魔法はこの後の『ナハルシュレンゲ』までとっておく!」


 ダイゴが非情な命令を下すと同時に、プドロティスが大口を開ける。


「了解っすううううううううううう!」


 少女は威勢よくそう叫びながら、大杖を地面に突き立て、プドロティスへと跳躍した。そしてそのまま、プドロティスから吐き出されたヘドロのような毒息を、躊躇なく全身で受け止める。


 すかさずダイゴも飛んだ。


 ダイゴは、宣言通りピャミと呼んだその少女の体を盾にして、プドロティスに接近する。


 さらにブレスを吐き出すために首を前に突き出していたプドロティスの顎の下に潜り込み、特定の一か所めがけて、思いっきり刃を刺し入れた。そこに、この邪竜の弱点である『逆鱗』があることを、さっき戦ったばかりの俺は当然のごとく知悉ちしつしている。


 ギャオオオオオオオオ!


 プドロティスが、断末魔の咆哮と共に墜落していく。


 完全な勝利を収めたダイゴは、盾にしたピャミちゃんを下敷きにして、優雅に地面へと降り立った。


「ドラゴン系のモンスターはブレス攻撃時に一番隙がでかくなる。基本中の基本だ」


 ダイゴは俺の方を一瞥し、物分かりの悪い子供を諭すように言う。


「そ、それは分かりましたけど、早くその娘を治してあげてくださいよ。全身真っ青ですよ」


 ダイゴの足蹴にされ、地面にうつ伏せになって倒れたピャミちゃんを見て言う。


「治さない。毒のバッドステータスは自然治癒する。こんな序盤で奴隷ごときに万能薬を無駄遣いする必要性は微塵もない。――そんなことより、てめえは倒したモンスターからしっかり材料を回収しておけよ」


 ダイゴはぶっきらぼうにそれだけ言うと、何事もなかったかのように前を向いて歩き出す。


 ピャミちゃんも間もなく起き上がり、黙々とその後に従った。


 俺からすれば信じられないことだが、あれだけの扱いを受けても、ピャミちゃんは文句一つ言わなかった。それどろか、彼女の口元には笑みさえ浮かんでいるのだ。


 しかし、やはり毒のダメージが効いているらしく、ピャミちゃんの足取りは次第に重くなり、行軍から遅れ始める。


『ちょっとなにあれ! ひどすぎじゃない!?』


 デバイスに、瀬成の激高した声が入ってきた。


 腹立ちまぎれに装甲車の壁を殴りつけたのか、俺の足に振動が伝わってくる。


『とても仲間に対する扱いとは思えませんね……』


『これもロールプレイの一環なのでしょうか。それにしても、あまりにもむごいです』


 由比と礫ちゃんもさすがにドン引きしている。


「このままじゃかわいそうだし、あの娘の毒を治してあげようか。俺たちのアイテムを分けてあげることになるけどいいよね?」


『当たり前でしょ! 早く行ってあげて!』


『兄さんの優しさに私絶頂しそうです』


『賛成です。私たちの総合的な戦力を維持するという意味でも、なるべく全員がベストコンディションであった方がいいかと』


「じゃ、ちょっと行ってくる」


 俺は素早く討伐したモンスターを解体して材料の回収を終えてから、ピャミちゃんに近づいていく。


「あのー、大丈夫ですか? もしよければ、これ使います?」


 俺はアイテムボックスから取り出した毒消しのポーションを取り出して、ピャミちゃんにそう声をかけるが――


「気遣い無用っす! マスター以外からのお恵みは受け取れないっす! ボク、マスターの奴隷なんで!」


 さわやかな笑顔で拒否された。


「いや、でも、辛そうだし。せめて自動人形に背負わせましょうか? ご自分で歩くよりはかなり楽になると思いますけど」


「いざという時にマスターのために働けなくなるので遠慮するっす!」


 ピャミちゃんはまたも首を横に振る。


 すごい忠誠心だ。


 あのダイゴのどこに尽くしたくなる要素があるのだろう。


 俺には全く理解できない。


「でも、プドロティスのブレスの毒はかなり強力だって聞いてますよ。正直立つのもきついんじゃないですか?」


「きついっす! ラーメン三郎の大サイズマシマシを完食した時と同じくらい気持ち悪くて吐きそうっす! でも、マスターが治さないって言ったから、ボクはアイテムでは治さないっす。自然に治るのを待つっす!」


 ピャミちゃんはかたくなにそう言い張る。


 どうしよう。


 嫌がる女の子に無理やり毒消しを飲ませる訳にもいかないしなあ。


「――えーっと、じゃあ、直接毒状態を治す以外で何か俺にできることはありますか?」


 俺は、困った末、そんな月並みな質問をする。


「そうっすねえ……。じゃあ、ボクとしりとりして欲しいっす!」


 ピャミちゃんはしばらく考えた末に、そう呟いた。


「しりとり?」


「治るまでなにかゲームをやって気を紛らわせたいんっす! ダメっすか?」


 ピャミちゃんは額から脂汗を流しながらそう言って小首をかしげた。


「もちろん、大丈夫ですよ」


 俺は快く頷いた。


 正直命のかかった戦場でしりとりなんかしていていいのかと思わなくもないのだが、あれだけひどい目にあって、こんなささやかなお願いをしてくるこの娘が健気で、放っておけない。


「じゃあ、ボクから始めるっす! タトラス!」


 ピャミちゃんは元気よく叫んだ。


 えーっと、確かタトラスって最古のコンピューターパズルゲームだっけ。


「えー、じゃあ、スカラップ」


 俺はぱっと思いついた言葉を口にした。


 なお、スカラップとは、ほたて貝の縁に似せた波形の模様のことを指す裁縫用語である。


「ぷにぷよ!」


 また落ち物系パズルゲームか。


「よ? 羊毛」


「ウレトマオンライン!」


 ピャミちゃんが元気よく叫ぶ。


 確か、ネットゲームの元祖みたいな作品だっけ。


 さっきからの単語の選択といい、ピャミちゃんはコンピューターゲーム全般が好きなんだろうかな


 ――っていうか。


「……えっと。思いっきり『ん』が最後にきてますけど」


 俺は小声でそう指摘する。


「あー! そうっすね! 負けちゃったっす!」


 ピャミちゃんはそう言って、ペロッと舌を出した。


 弱っ!


 でも、彼女自身から仕掛けてきた勝負に負けたというのに、当の本人はなぜかとても嬉しそうだ。


 その後もピャミちゃんは、俺に数取りや山の手線ゲームなどを挑み続けたが、結局毒の状態異常が自然治癒するまで、一度も勝つことはなかった。


「あっ! 森が見えてきたっす! きっと嫉妬の森っす!」


 大分顔色のよくなったピャミちゃんが、前方を指さす。


「じゃあ、あそこにボスモンスターがいるんだね」


「そういうことっす。――もしもし。あっ。マスターっすか? 道化なる裁縫士に伝言した後に合流っすか? 了解っす!」


 ピャミちゃんは俺の確認に頷いてから、デバイスで誰かと通信を交わし、目を輝かせた。


「ダイゴから招集がかかった?」


「はいっす! でも、その前にマスターから道化なる裁縫士への伝言っす! 嫉妬の森の『ナハルシュレンゲ』は、精神異常系の魔法を連発してくる上に、トリッキーな攻撃を連発してくる可能性が高い。読みにくい敵と戦う時に、素人雑魚集団の『ザイ=ラマクカ』が近くにいるとむしろ邪魔になるので、こいつは『首都防衛軍』だけで倒す。だから、道化なる裁縫士たちは離れた所で、他の国のギルドがボスモンスターを横取りハイエナしにこないか警戒しながら、指をくわえて俺様たちの活躍を見てやがれ、ということらしいっす!」


「わかった。俺の仲間に伝えておくよ」


 俺は、ダイゴの口の悪さまでそっくりそのまま伝言してきたピャミちゃんに苦笑しながらも頷く。


「よろしく頼むっす。今まで色んなゲームに付き合ってくれてサンキューっした! ボクはもう行くっす!」


 ピャミちゃんはそう言って、ダイゴの下に全力で駆けだす。


(なんていうか、この娘には申し訳ないけど、やっぱり『首都防衛軍』って相当な変わり者の集まりなのかもしれない)


 ピャミちゃんの後ろ姿を見送りながら、俺はそんなことを考えざるを得なかった。

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