第24話 組合への報告

 翌、月曜日。俺は再び鎌倉市役所を訪れていた。ただし、七里たちはおらず、ギルドマスターの俺だけで、だが。


「……そういう感じで、いきなりミッションミスってしまいました。ですが、一応、丸く収まったんでギルドの継続に支障はありません」


 俺は昨日の出来事を詳細をぼかしつつあくまで「友達同士の喧嘩を俺が止めた」という形で報告した。もちろん、本来は喧嘩した事自体も内々に処理できれば良かったのだが、あれだけの目撃者がいる状態では難しいと思ったためだ。


「そう……。本当は色々問い詰めたいところだけど、とにかく、みんな死なずに帰ってきてくれたからいいわ」


 小田原さんは意味ありげに口角を吊り上げて、こちらを一瞥する。今にして思えば、小田原さんは由比ちゃんの抱えている何かに気づいている口ぶりだったし、何となくこちらの事情を察してくれているのかもしれない。


「はい……それで、できれば、今回拾った分を今度また掃除があった時に持ち越す訳にはいきませんか? やっぱり、ちゃんとミッションをこなしてないと信用に関わってくると思うんで」


「それは構わないわ。次の清掃に予約入れておいてあげる。……それより、もう一つ報告することがあるんじゃない?」


 小田原さんが催促するように机を指の腹で叩いた。


「え? なんすか?」


 俺は首を傾げる。俺たちがここで受けたクエストはあの一つだけで、他の民間ギルドに登録するような真似もしていない。


「ヒント:横浜……って、もうほとんど答えか」


「あ、ああ。もしかして、自衛隊の人たちに協力したアレですか?」


 俺は手をポンと叩いて、頭に浮かんだ答えを口にする。


「はい。正解――、自衛隊の鴨居さんっていう人から連絡があって、大和くんたちが協力してくれたやつ、緊急クエストを達成した扱いにしてくれって言われてね。担当の私としては、まさに青天の霹靂。ミッションをこなしてくれたのは嬉しいけど、私の忠告を無視されたみたいで複雑な気分だったわ」


 小田原さんはそう言って唇を尖らせる。


「ああー、すみません。まさか、あれがクエスト扱いなんて思ってなかったんで。でも、俺たちがやったのは時間を稼いだだけですよ? 敵を倒してないのに、達成扱いでいいんですかね?」


 確かに協力はしたが、モンスターにとどめを刺した訳でもなく、防衛線を張ってスケルトンと戯れていただけなのに。


「向こうがいいって言ってるからいいんでしょ。担当の自衛官さんが手柄を横取りしようとしない立派な人みたいで良かったわね。報告書でも、大和くんの臨機応変な任務遂行能力を評価してましたよー」


 小田原さんが間延びした語尾で言う。


「はあ、あ、ありがとうございます。なんでちょっとキレ気味なんですか?」


「んー、それは、『ザイ=ラマクカ』が私の助けもなしにDランクになって拗ねてるからでーす」


 小田原さんは小学生みたいに上唇を曲げてボールペンを挟む。


「え? ギルドランク上がったんですか? 一回、ミッション達成しただけで?」


 俺は目を見開いた。


「あの緊急ミッションのランクはC設定だったのよ。敵のレベル自体はDクラスだったんだけど、緊急クエストはミッションに関する情報が不足しがちな分、危険性が増すので一つ下駄を履かせる決まりなの」


「へえー、そうだったんですかー。あー、また七里が調子乗りそうだなー。どう地道なクエストから始めるよう説得すればいいか」


 俺は苦笑して頭を掻いた。あいつなら、海岸の清掃だけでは満足せず、もっと上のクエストをやりたいと言い出すに違いない。由比ちゃんのサブアカウントという新戦力が加わったことを考えればなおさらだ。


「ま、その様子なら大丈夫そうね。あ、これ報酬の振り込み明細ね。書類は家の方に送っておいたわ」


「あ、どうも」


 デバイスに届いたメッセージを開く。そこに記されていた金額に俺は吃驚した。俺の家庭でいえば、数か月分の生活費にあたるくらいの金額だ。


「国の依頼は結構金払いがいいでしょ? ここら辺はお役所って感じね」


「そ、そうっすね。何か金銭感覚が狂いそうで怖いです」


 俺はそう呟いて、オークションサイトを開いた。


 ポーションの値段を見て、気持ちを落ち着かせる。冒険には当然、収入だけでなく出費もあるのだ。


 確かにスケルトンの討伐では大した出費もなく儲かったが、海岸の清掃では、ポーション、毒消し、毒毒うみうしのせいでダメになった服、などかなりのロスが出た。


 それらを総合すれば、今の俺たちはトータルでは赤字である。決して調子にのれる成果ではない。


「そういう思いがあるうちは大丈夫。『宵越しの金は持たねえ。狙うは一攫千金』みたいなお話の登場人物みたいな人もたくさんいるから。そうならないように」


 小田原さんは唇にのせたボールペンを人差し指と親指で挟んで、忠告するように振る。


「了解です」


 俺は神妙に頷いた。これからは、想定される出費まで考慮してクエストを選ぶようにしよう。もちろん、『命大事に』が根本の方針なのは言うまでもないが。


「じゃ、とりあえず、今日はこれくらいね。新しいクエストも見てく?」


「いえ。今日はこれで――」


 ガンっ!


 俺が一礼してその場を辞そうとしたその時、隣のブースから強烈な打突音が聞こえてきた。

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