第25話 ツンツン少女は鍛冶志望
「はっ? だから何でウチが登録できないワケ? ちゃんとこうしてギルドも作ってるっしょ?」
「いえ、さすがにメンバーが一人なものを、ギルドと認定する訳には……」
若い女性の怒声に、なだめるような柔和な声で男性職員が応じている。
「んー、お隣さんは派手にやってるわねー」
小田原さんが大きく伸びをするふりをして、隣のブースを覗く。
俺もなんだか女性の声に聞き覚えがある気がして、ブースの仕切りから顔を半分だけ出した。
そこでは――、腰越が机を足で踏みつけ、威圧するように職員の男性を睥睨していた。俺と同じで一回、学校から家によって来たのだろう。今日はジーンズにタンクトップという露出の多い出で立ちだった。椅子の背には、テニスのラケットを入れるような斜め掛けのスポーツバックがかけられている。
「は? だったら、なんでウチが登録できてんの? 意味わかんないんですけど」
「いえ、だから、何度も申しあげている通り、カロン・ファンタジア上のギルド制度と市が運営しております組合登録制度は完全な別物ですので――それに、そのレベルでは、さすがお仕事を斡旋するのは厳しいかと」
「もういい!」
机を蹴り出すようにして脚を離した腰越が、椅子を元の位置に戻す。それから、スポーツバックをひったくって踵を返した。
つーか、椅子は戻すんだ。
「よう……」
俺は遠慮がちな角度で手を挙げた。
「ちっ!」
腰越はこちらに気づいて一瞬、目を見開き、すぐに舌打ちと共に顔を背けた。歩速を上げた腰越に、ずんずん俺との距離が開いて行く。
「あー、なに、知り合い?」
「クラスメイトなんです――ちょっと、気になるんで、今日はこの辺で失礼します」
俺は慌てて椅子から腰を上げて、小田原さんに一礼する。
「はいはい。まあ、大和くんもつくづく女難癖ねえ」
小田原さんは呆れ半分、感心半分のような声でそう言って、ふらふら手を振った。
俺は椅子を直して、急いで腰越の後を追った。
「腰越、待てって。街で偶然あったクラスメイトに舌打ちはないだろ舌打ちは」
市役所を出たところで何とか腰越に追いついた俺は、彼女の肩に手を伸ばす。
「触んな!」
腰越はこちらを振り向きもせずに俺の手を払ってくる。
「いや、すまん。でも、腰越がギルド登録したがるなんて意外でさ。ほら、前にゲームとか嫌いだって言ってたし」
「だからなに? ウチがギルド登録したがってることが、あんたに何か関係あんの?」
立ち止まった腰越が顔だけをこちらに向けた。
「いや、関係ないけどさ、なんか登録してやりたいことでもあるのか? だったら、相談にのるぞ、一応、俺もギルドに登録してるからさ」
「何でウチに親切にする訳? キモイんですけど」
本当に一々、口が悪いやつだ。まあ、挨拶代りの罵倒は七里で慣れてるから、大して腹も立たないけど。
「いや、前に助けてもらった礼をしてなかったから、何か協力できればと思っただけだ」
前に渡そうとしたアイテムは結局受け取って貰えなかったし、このままだと何か気持ち悪い。
「……そんなん、求めてないし」
そう言いつつも、腰越は身体をこちらに向けた。
女子だが、七里や由比ちゃんとは違って引き締まった身体つきをしているのがわかる。腰越が部活に所属しているという話は聞いたことがないが、何かスポーツでもやっているのかもしれない。
「ああ、うん……まあ、俺んとこも大したギルドじゃないから、そんな大したことはできないんだけどさ。どうして登録しようと思ったんだ? 金でも必要なのか?」
ゲーム嫌いの人間が、わざわざ冒険者ギルドに登録したがる理由といえばそれくらいしか思いつかない。
「違……うこともないけど」
腰越は視線を泳がせる。当たらずとも遠からずといった所らしい。
「んー、腰越はどんな職なんだ? 場合によっては、装備品とかを融通してもいいぞ」
七里よりは全然筋力がありそうだし、あいつが装備できないようなやつなら回してもいいと思う。
「ん……」
腰越はたどたどしく虚空を撫でた。カロン・ファンタジアのログイン操作をしているのか?
俺もデバイスを立ち上げて、腰越のステータスを閲覧できる体制を整える。
NAME:
職業:鍛冶師(スミス)
パッシブスキル
鍛冶lv5 金属を鍛え様々な道具を造りだす、鍛冶師の基本スキルです。
製錬lv3 鉱物を溶かし、金属を造りだすスキルです。
装備:なし
鍛冶師か……まあ、一般的な生産職だ。装備品がなく、戦闘スキルも持っていないところを見ると、典型的な『騒動以後』に本拠地指定のためだけに登録したカロン・ファンタジアユーザーだろう。ゲーム時代にはあったチュートリアルクエスト等を受けることができないので、基礎的な装備品や最低限収集に必要な戦闘スキルすら受け取れていない。まあ、ゲームが嫌いな腰越なら当然か。
いや、でも待てよ。だったらなんで、『鍛冶スキルのレベルが上がっている』んだ?
「腰越……、お前、まさか、リアルで鉄打ったりしてんの? マジの鍛冶師?」
「そう。……いや、やっぱ違う。じいちゃんに比べればウチはまだ見習い」
一瞬、嬉しそうに目を輝かせたかと思えば、すぐに頬を染めてアスファルトに視線を落とした。
「それでも、実際に作業はできるくらいの腕なんだろ? そうじゃなきゃ、鍛冶スキルのレベルが上がるはずがない。あ、もしかして、前に使ってたドスって自分で造ったやつか?」
「まあ、一応、じいちゃんの工房を借りて作ったやつ」
腰越はアスファルトに向き合ったまま、つま先で地面をいじる。普段は無茶苦茶強気なのに、鍛冶のこととなると急にシャイになるのが、なんだかかわいらしかった。きっと、平素の態度も人見知りの裏返しなのだろうか。
「なんだよ、じゃあ、やっぱ腰越がヤクザの娘って話も嘘か」
「はあ? なにそれ、ウチがヤクザの娘? そんな訳ないじゃん! 両親が剣道道場やってるだけだし。バッカじゃないの?」
急に顔をこちらに向けた腰越が、柳眉を逆立てて怒りを顕にする。
「いや、だったらちゃんとみんなの前で否定しとけよ。お前が自分のことを喋りたがらないから、勝手な憶測が広まるんだぞ?」
ぶっきらぼうで、気に入らないとすぐにドスをちらつかせる腰越の教室の態度を見れば、変な噂を立てられても仕方ないと思う。
もちろん、腰越だけが悪い訳ではないが。
「なんでウチがそんな勝手なことをほざく奴らを相手しなきゃいけないの。ばっかじゃない?」
また馬鹿って言われた。
「いや、お前の気持ちもわからんではないけど、鍛冶師とか別に恥じる職業でもないし、堂々とそう言えばいいじゃん」
「……だって、ウチまだ刀匠の資格持ってないし、本当は刀とか打っちゃいけない立場だし」
腰越が口をもごもごさせながら言った。
俺はデバイスで検索をかける。なるほど、刀を造るには師匠に最低五年は師事して、国家資格を得なければいけない類のものらしい。どんなに早くから鍛冶の修業をしていたとしても、義務教育を果たしながらでは中々、厳しいだろう。
一方、俺が覗いたサイトには『騒動』以後、鍛冶施設を使いたいというカロン・ファンタジアユーザーが急増しているため、法律を改正するような動きがある、とも記されていた。確かに、これからは武器の整備や補給も自分たちでやらなければならず、何らかの対策は必要だ。
「あー、つまり、資格もないのに刀を造るのは違法行為だからなるべく表沙汰にならないように黙っていたってことか?」
「まあ、そんな感じ」
腰越は頷いて、背中のスポーツバックを撫でた。おそらく、そこに入ってるは彼女自身が作った刀だろう。
大体、事情がわかってきた。腰越が授業中眠たそうにしてたのも、クラスの人間とあまり関わり合いになろうとしないのも、鍛冶を生活の中心に据えているからなのか。
「大体、事情はわかった。で、何で冒険者登録したいんだ?」
「……鶴岡。あんた刀ってなんのためにあると思う?」
「えー? 斬るため?」
「うん……まあ、雑だけど、間違いじゃない。でも、現代になってから、刀剣は美しさだけで評価されるようになった。そりゃ、武器としての価値はなくなっちゃったんだから当然といえば当然の流れかもしれない。でも、やっぱり刀は斬るための道具だし、そこから逃げるのはウチはおかしいと思うの。武器としての研ぎ澄まされた美しさが刀なんだもん」
腰越は真剣な表情で饒舌に語り始める。
いつもと違う活き活きとしたその姿に俺は驚いた。
けど、同時に共感もする。腰越にとっての刀は、俺にとっての編み物みたいなものなのだろう。俺が編んだ服だって、純粋な服としての機能性でいえば最新の科学を駆使し工場で生産された衣類には敵わない。だからといって、『手作りの風合』ばかり強調して装飾性に走ったものを作るのはいやだ。やっぱり、まず着心地があって、その後に見た目がついてくる。そういうものだと思ってる。
「でも、もちろん、今更人間を斬る訳にもいかないし、ウチは『斬るための刀』はもう諦めかけてた。でも、世界がこんな変なことになって、化け物がうじゃうじゃ出てきたじゃん? だから、ウチの刀も活躍できるかと思ったのに……」
「補正がかかるから、十分なスペックを発揮できなかったていう訳か」
モンスターに通用する武器は、あくまでゲーム上のアイテムとして生産したものだ。すなわち、腰越の場合は『鍛冶のスキル』で『ゲームアイテムの鉱物から精製した金属』を打ってつくった武器でなければ意味はない。
「うん……それで、ゲームで鍛冶の材料を仕入れようと思ったんだけど、アホみたいに高いじゃん? だから、自分でお金を稼ぐか、取ってくるかしかないって感じ」
そりゃあ、金属はゲームアイテムとしても重要な上に、現実世界の工業でも注目されている品だ。値の吊りあがり方はポーションの比じゃない。おいそれと手を出せるものじゃないだろう。
「なるほどな……俺のとこのギルドはゲーム時代の貯金で、鉱物アイテムはいくつか持ってる」
「本当!?」
腰越が一歩踏み出して、俺の肩を掴んできた。石鹸のような飾らない良い匂いがする。
「ああ……だけど、それは腰越にはやれない。俺個人の所有物じゃなくて、ギルドの共有財産だからな。それに、鍛冶と裁縫じゃあ、必要とする金属の量が違い過ぎる。仮に全部譲ってやったとしても、ろくに刀は打てないと思うぞ」
俺も服を作る時に『金属繊維』を用いることはよくあるが、あれはゲームスキルで普通の糸に金属を混ぜているのだ。100%の金属で作った服なんて着心地が悪いに決まっている。当然、防御力も鍛冶が作った防具に比べれば当然の如く劣るし、だからこそ、ゲーム時は『裁縫師』のスキルは不人気だったのだ。
「ちっ……変な期待もたせんな。帰る」
腰越が俺を突き飛ばすようにして放す。
「まあ、待てって。すぐにはとはいかないが、将来的にお前のためになる提案がある」
「何?」
腰越が胡散臭げにこちらを見てくる。
「よかったら、俺のギルドに入らないか? 一緒に依頼をやろうぜ。そうすれば、もちろん、等分で腰越にも金が入るし、万が一、鉱物アイテムが入った時には優先して回してやることもできるかもしれない。裁縫に使える金属っていうのは限られているからな」
例えば、もっとも単純な鉄なんかは純粋に糸と混ぜるには相性が悪い。いわゆるチェインメイルみたいに、金属のおまけとして裁縫がある場合は別だが。
「鶴岡のギルドにねえ……」
腰越は考え込むように顎に指を当てた。
「ま、ギルドっていっても、俺と友達でやってるような身内グループだけどさ」
「友達って? 石上?」
「いや、あいつは別の僧職系のギルドに入ってたんじゃないかな。俺んとこは妹とその友達」
「ふーん、てことは中学生。大丈夫なの?」
「大丈夫……とはいえないが、何とかやってる。はっきり言うが、腰越のレベルじゃ精鋭揃いのギルドに入るのは難しいし、俺らぐらいのギルドと始めるのがちょうどいいと思うぞ。装備も貸してやる。悪い話じゃないと思うが」
鍛冶師は戦闘に関しては戦士の劣化版みたいなものだ。装備も中級くらいまでのものは剣士のやつを流用できる。
「……うーん」
腰越は腕組みして唸る。まあ、迷うのも当然か。俺と腰越はこれまでそんなに仲良くしてきたという訳でもない。いきなりギルド員になれと言われても困るだろう。
「ま、深く考えずにお試しで入ってみればどうだ? 嫌だったらやめればいいんだしさ」
俺は腰越の気持ちを軽くするように言ってやった。
腰越は数瞬の間をおいて、ぱっと顔を上げる。
「ん、わかった。鶴岡の提案にのってあげる」
腰越は微笑を浮かべてそう言い放つ。
「うっし、じゃあ、その内、ギルドメンバーと面会の機会を設けることにするわ。腰越の俺たちのギルドへの加入はその後ってことでいいか」
「うん……その、よろしく」
腰越ははにかみながら、おずおずと手を差し出してくる。やっぱ、妙なところで律儀な奴だ。
「ああ、よろしく」
握り返した腰越の手は、硬くて温かかった。
=================あとがき================
拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。
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