第96話 絶対防壁
「や、大和、そんなことできんの?」
瀬成が目を見開いて尋ねてくる。
「できるよ。七里から貰ったカンスト状態の建築スキルがあるから。ただ、大規模なものを揃えるとなると材料を集めるのが大変なんだ。俺が作るだけじゃ間に合わないから、全国から買い集める必要がある」
「と、なると壁の材料は基本的には土ですか? 都市を囲むとなると莫大な量のアイテムが必要になりますから」
由比が俺の言葉を継ぐように言った。
「うん。そうなるね。そこら辺にある土を採取して、焼き物師のスキルでレンガにしてから、さらに錬金のスキルで強化して硬くする。できれば、採光の関係で、天井は透明にしたいけど、余裕がなければそのまま密閉するしかないかな」
「にゃー。スケールが大きすぎてマオにはよくわからないのにゃけど、土で造った壁でモンスターを防げるのにゃ? 壊されたりしないにゃ?」
マオが小首を傾げる。
「その心配はあるね。だから、壊されないための対策として、壁に魔除けの効果があるアイテムを付与することを考えている。多分、その材料の方が一番高くつくと思うんだけど、どういう風にするのがいいかな? 彫金で作った結界とか、魔物が嫌がる臭いを含んだ散布用のポーションとか、いくつか方法はあるみたいなんだけど、どれが一番効率的かよくわからないんだけど」
俺はマオの問いに答えつつ、周りを見渡す。
勉強はしているとはいえ、熟練のプレイヤーに比べれば、俺はまだまだ知識が浅い。
膨大な職業を有するカロン・ファンタジアにおいて、アイテム消費の効率までは把握していなかった。
「その辺りの選定は私に任せてください。一番効果的かつ、安価な方法をシミュレートして結果をお伝えします。そう長いことはお待たせしません」
礫ちゃんが手を挙げてそう申し出てくれた。
「ありがとう。よろしく」
俺は礼を言って、礫ちゃんに頷きかける。
「じゃあ、妹が計算している間に俺たちはもうちょっと作戦の詳細をつめるか。さっき兄弟は主要都市を城塞化すると言っていたが、順番とかは決まってるのか?」
ロックさんがデバイスに指を走らせる礫ちゃんを一瞥してからこちらを見る。
「そうですね。基本的には人口の多い都市から順番に、資源の続く限り城塞化していこうと思っています」
「確かにアミーゴの言う通りにした方がよさそうだな。前のハロウィンの時に発生したイベントでは、敵は人口密集地帯を優先して狙ってきた。今回もより多くの人間を犠牲にするために、プレネスは同じような行動を取ってくる可能性が高いから。……人命の救助に順番をつけるのは心苦しいが」
俺の意見に、石上が苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
その気持ちはよく分かる。
俺としてもできることなら、同時に全ての街を助けたいが、資源には限りがある。
今の段階では、できるだけ多くの人を助けられる道を選ぶしかない。
「わかった。じゃあ人口順で都市を城塞化して、内部に発生したモンスターを駆逐して、城塞内の安全を確保する。その後で状況を見て、周辺に取り残された人々を救出する。そういった順番でいいか?」
ロックさんが手早く作戦をまとめる。
「そうですね。それがいいと思います」
俺は頷いた。
「了解。じゃあ、俺は早速全国のギルドと連絡を取ってみるぜ。作戦との連携も含めて、他のギルドの奴らにも金や材料を分けて貰えないか掛け合ってやる」
「よろしくお願いします。ほとんどロックさん任せですみません」
俺はそう言って頭を下げる。
「任せとけ。これでも俺は商社に勤めてんだ。そこら辺の交渉は本業だ」
ロックさんが胸を叩いて請け負う。
頼もしい。
「よし。それじゃあ、マオとカニスたちは、いつでも出発できるように飛空船モービルの準備をしておいてくれ。正直、二人の種族には直接メリットがある作戦じゃないから、頼むのは心苦しいんだけど、他に手段がないんだ」
俺は異世界人の二人に頭を下げる。
「気にすることないにゃ。だって、ヤマトはこれからマオたちの――」
「マオ。ややこしくなるからその話は後にしましょうー」
カニスが、何かを言いかけたマオの腕を引いて制する。
「ま、とにかく任せておくにゃ」
マオがそう言って胸を張った。
「ありがとう。状況が落ち着いたら、必ずお礼はするよ」
俺は二人に微笑みと共に礼を述べる。
「鶴岡さん。算出が終わりました。初期投資の費用はかかりますが、事が長期化することを考えると、ランニングコスト的に退魔の効果のある金属を使い、鋳金と彫金を併用して結界を作った方が良いという結論に達しました。参考資料を鶴岡さんのデバイスに転送しておきます」
「こっちも、とりあえず、現段階でも関東近郊の主要都市に要塞をぶち立てるだけの資金は確保できそうだぜ。もちろん交渉は続けるけどな。後、俺のギルドの奴らに手分けして買いあさらせた材料と、生産に必要な道具とかも送るぜ」
礫ちゃんとロックさんから送られてきたデータと材料を受領する。
「助かります。じゃあ、早速結界を作ってみますね」
早速礫ちゃんから送られてきた資料を基に、結界の製作に取り掛かる。
まずは鋳金のスキルで、五芒星の形をした鋳型を作る。そこに、携帯用高炉で溶かした退魔の効果を持つ希少金属――ミスリル銀を流し込んで固める。さらに、できあがった五芒星に彫金のスキルで魔術的な文言を刻んで加工する。
『結界(五芒星・極大)の製造に成功しました』
メッセージと共に、アイテム欄に月光のような淡い白光を放つ星が出現する。
(本当にできるもんだな)
俺は不思議な感覚と共に、そのアイテムを見つめる。
さすがカンストしたスキルだけあって、できるのは一瞬だったが、慣れ親しんだ裁縫と違って、現実感が薄い。
「礫ちゃん。教えてくれた通りにしたらできたよ。結界」
「では、次は資料の四ページ以降を参考にその結界を組み込んで、建築を試してみてください」
「わかった」
建築のコマンドを選び、礫ちゃんがすでに計測してくれていた都市部の周囲の長さのデータを参考に、縦、横、高さなどの長さを指定する。要求された材料をタップして、オプションの欄に先ほど製造した五芒星を放り込んで、『完了』をタップする。
次の瞬間、ホップアップしてきたのは――
『対象の範囲を確認できません』
という、無味乾燥なメッセージだった。
「エラーメッセージだ。どうやら、見える範囲しか『建築』できないみたいだね」
俺は肩すくめて言う。
「やはり無理でしたか。では皆で、飛空船とモービルを使って空に移動しましょう。上空からでないと広範囲を視界に収めることはできないので」
礫ちゃんが冷静に頷く。
「そうだな。移動しよう。城塞ができたら、疲れている人間はそのまま街で休ませてやりたいし」
「マオ、カニス。そういうことで、早速お願いできるかな?」
「了解にゃ」
「わふー。もうー、準備できてますよー」
マオとカニスが後ろを振り向いて言った。
二人の視線の先には、いくつもの宇宙船とモービルがすでに待機している。
「よし。じゃあ、行こう」
俺の呼びかけで、一団が一斉に移動を始める。
俺たち『ザイ・ラマクカ』のメンバーとロックさんと礫ちゃんは、こまめに連絡をとらなくてはならない必要性から、マオとカニスが操るゼルトナー号にまとめて同乗した。
他の飛空船には、疲労困憊して戦闘遂行能力を失っている人間と獣人たちが優先して収容される形となった。その周りの獣人が操るモービルには、『石岩道』の内、まだ余力のある者たちが同乗し、船団を護衛する陣形を取ってくれている。
「うおっ。なんだこれ。うねうねだな。おもしれえ!」
例の人肌の温もりがある椅子に触手で固定されたロックさんが、目を輝かせる。
「岩尾兄さん。はしゃがないでください。みっともないです」
礫ちゃんが無表情のまま咎める。
「すまんすまん。でも、お前らと違って俺は初体験なんだから、一応リアクションさせてくれよ」
ロックさんがおどけて言った。
多分、場を和ませようとしてわざと明るく振る舞ってくれているのだろう。
「みんな準備はできたかにゃ?」
「飛びますよー」
ゼルトナー号が起動し、あっという間に俺たちの身体が空へと運ばれていく。
「見て! あれ! なんかむっちゃたくさんいる!」
瀬成が北の方角を指さす。
視線を遣れば、地上を、蟻の群れのような黒い点の集合体が猛スピードで移動していた。
あの一つ一つがモンスターだと言うのか。
「モンスターの発生元は秩父ダンジョンですか。このままのスピードだと三十分も経たない内に、青梅か飯能あたりに侵入されそうですね」
由比が目を細めて呟く。
「急ごう」
「じゃあハイパードライブモードを起動するにゃ」
「身体にちょっと重力がかかりますけどー、我慢してくださいねー」
マオとカニスがそう言って、何かのボタンを押す。
ジェットコースターの降りの時みたいな圧力を感じること、数十秒。
「ついたにゃ!」
ゼルトナー号は都心の上空に到達し、その動きを止める。
ゼルトナー号の透明な内壁のおかげで、俺は東京、埼玉、神奈川の市街地を全て視界に収めることができた。
これで『建築』を発動する条件は整ったはずだ。
さきほどと同じやり方で、建築の範囲と材料とを指定していく。
人口的には東京都が一番多く、埼玉は五番目だが、効率的には一緒に壁で囲んでしまった方がいいだろう。
『柱・側面部使用材料:『強化レンガ』。天井部使用材料:『強化ガラス』。オプション:結界(五芒星・極大)の条件で構造物を製作します YES or NO』
表示された最終確認メッセージのYESをタップする。
『建築を開始します』
アイテム欄に表示された『強化レンガ』の残数が視認できなほどの速さで減少していく。
完成までの時間をカウントダウンする緑のゲージが、俺の眼前にホップアップした。
「すごい……」
瀬成が感嘆の呟きを漏らした。
「――まさに神業ですね。さすがは兄さんです」
由比が目を見開いて言う。
まるで3Dプリンターで模型を作るかのように、巨大な城壁が組みあがっていく。
実際目にしてみると、確かに信じられないような速さだ。
しかし、それでも国土の一部を切り取るほどの大きさの壁となれば、一瞬という訳にはいかず、それなりに時間はかかる。
「早く。早く。早く」
一段目ができ、二段目ができ、三段目ができ、どんどん積み重なっていくレンガの層を急き立てるように俺は足踏みする。
その間にも、黒いモンスターの群れは、休むことなく進軍を続けてくる。
最初は視界の端に映る点に過ぎなかったものが、線になり、円と認識できるくらいにまで近づいてきた。
一方の城塞も、壁と柱がすでに完成している。
緑のゲージも、満タンになりつつあった。
「城壁とモンスターの先頭が接触するぞ!」
ロックさんが叫ぶ。
黒いモンスターの群体が壁に群がり、どんどん上へとその侵食域を広げていく。
「こっちもできました!」
俺は叫んだ。
右端にまで達した緑のゲージが消滅する。
結界を内包した巨大な一枚のガラス板が、都市の上空に蓋をした。
五芒星が月明りのような柔らかい白光で壁全体を包み込む。
その幻想的な光景に、俺は目を奪われた。
「まるで御仏の後光のようだ……」
石上が瞑目と共に合掌する。
「ヒィアアアアアアアアアアアアアア」
打ち上げ花火の風切り音にも似た断末魔の悲鳴が、遠くゼルトナー号の中にいる俺の中にまで届いた。
黒いモンスターの群体は瓦解し、水たまりのような平面になって、壁の下に溜まった。
弱いモンスターは結界に耐え切れずに蒸発し、生き残ったモンスターはダメージを回避するためにその効果範囲外へと脱出する。
モンスターの群体が城壁から距離を取った頃には、その円の面積は先ほどの半分にまで減少していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます