第97話 要請
「はっ。見惚れてる場合ではありません。早く次にいきましょう」
礫ちゃんが我に返ったように呟く。
「うん。そうだね」
俺は頷くと、頬を叩いて気合を入れ直した。
数を減らしても、モンスターの群体は諦めず、城壁を避けて南に進路を取っている。奴らはまだまだ都市を襲撃する気満々なのだから、俺がここで気を抜く訳にはいかない。
「関東近郊の大都市といえば、次は千葉県だな。更に材料を買い漁らせたから、次の次くらいまでは何とかなりそうだが、関西か九州あたりでレンガが切れそうだぜ」
ロックさんが眉をひそめて言う。
「分かりました。足りなくなったら途中で補給しましょう。俺自身が採取して、レンガを作ります」
「それしかないだろうな」
俺とロックさんはお互いを見遣って頷き合う。
やがて、千葉県と静岡県の主要都市のいくつかを城塞化したところで、レンガが尽きた。
愛知方面に向かう道中、名前も知らないいくつかの山で土の採取を行い、ただの平地にしてしまったが、緊急事態だから仕方がない。
やがて愛知県に到着し、名古屋市近辺を城塞化したら、そのまま大阪へ向かう。
京都、兵庫、広島、福岡、折り返し北上し、長野、新潟、宮城ときて、北海道の札幌の作業を終えたところまでは覚えている。
そこから先はもはやどこがどこだかも分からないまま、俺はただひたすら、城塞を作る機械となって、日本全国を飛び回った。
やがて、今日いくつめになるかもわからない城塞を建て終わった頃、突如、天空城から放出され続けていたモンスターの供給が途絶え、茜色の空が静けさを取り戻す。
と、同時にデバイスに再びメッセージが立ち上がった。
『Special Tips
第一のラッパが吹き、停滞者は仮初の命脈を繋いだ。
しかし、現状維持は後退である。
進化を
さもなくば、終わりは終わらない。
審判の城はただ高みにて英雄を待つ 』
『第一waveはプレイヤーたちの協力により撃退されましたが、ミッション達成条件を満たしていないため、創世のラグナロクは継続中です。
第二waveまで、あと479h 59m 59s 』
プレネスからの一方的なメッセージが、俺たちに束の間の安息と、次の脅威を到来を予言する。やはり、あの天空にそびえる不気味な城を何とかしないことには、根本的な解決にはならないらしい。
「……ひとまず、ピークは過ぎたようですね」
由比が慎重に周囲の風景に目を配りながら呟く。
「礫ちゃん。住民の避難は?」
「日本国民の内99%は、鶴岡さんの造成した要塞への収容が完了しています。残りの方々も、自衛隊や各都市の冒険者たちが救助に向かってるいるので、日本全国の人命を助けるという目的は達成したと言ってよいかと」
「ふう。そうか……」
礫ちゃんの報告に俺は頷き、肺に溜まった重苦しい空気を吐き出した。
緊張の糸が切れたのか、疲労の波がどっと押し寄せてきて俺の肩を重くする。
「お手柄だったな! 兄弟。日本全国のギルドから感謝のメッセージが届いてるぜ!」
ロックさんが俺に、ボイス付きのメッセージを転送してくる。
『むっちゃ助かったで! ありがとお』
『あいや、もっけだちゃ』
『だんだん!』
『いっぺーにふぇーでーびたん』
デバイスのメッセージボックスを開いてみれば、地方色豊かな様々な方言が俺の功績を称える。
さらにその何倍もある画面を埋め尽くす未読のメッセージの主は、馴染みの裁縫店の店主やら商店街の肉屋のおばさんにクラスメイト、さらには公的機関やらメディアと多種多様。
どこで聞きつけたのか知らないが、どうやらすでに俺が各都市を城塞化した張本人だということは日本中に知れ渡っているらしい。
「大和! ウチの家族もみんな無事だって!」
瀬成が安堵の笑みを浮かべて叫ぶ。
「さすがです! 兄さん! もはやこれは英雄なんてレベルじゃありませんね。神ですよ神!」
由比が大げさに俺を褒めたたえた。
「恵美奈のやつも無事だそうだ!」
石上が白い歯をこぼして微笑む。
「とりあえず、たくさんの人を助けられたのはよかったよ。でも、まだ外国の人たちは大変みたいだ。早く助けに行かないと」
俺は心のどこかでほっとしている自分を戒めるように表情を引き締め、デバイスに流れてくるニュースを見つめる。
一応、天空城からの新たなモンスターの供給は停止されているとはいえ、海やダンジョンから溢れ出した方の敵は活動を続けている。
諸外国も、手練れの冒険者が奮戦して徐々にモンスターの数を減らしていってはいるようだが、獣人といち早く協力関係を築き、かつ生産職全てのチートを持っている俺のような人間がそうたくさんいるはずもない。当然、全てに手が回らず、放棄される地域も出てくる。
世界の地理に詳しくない俺でも知っているような有名な都市がモンスターの攻撃に晒されて、炎と瓦礫の海に変わっていく様は、見ていてとても気持ちのいいものではなかった。
「兄弟。気持ちは分かるが、ここらへんが限界だ」
ロックさんがきつく拳を握りしめて呟く。
「まだ、レンガならいくらでも作れますが……」
「無理だ。救援要請もないのに勝手に外国に行ったら不法入国になる。まあ、この緊急事態だ。そんなのものは無視してもいいが、どうあがこうと今の時点では結界用の金属をこれ以上供給することができない」
食い下がる俺に、ロックさんが首を振る。
「岩尾兄さんのおっしゃる通りです。それに、鶴岡さんは邪竜プドロティスと激闘された上、昨日から不眠不休で働いていらっしゃいます。これからどうなさるにしろ、ひとまず休憩をとられた方がよろしいかと」
礫ちゃんが心配そうに俺を見つめてくる。
「そうです。もうすでに兄さんは十分すぎるほどに善行を施しましたよ!」
「ウチもなるべくたくさんの人を助けてあげたいけど、大和が無理して倒れちゃったら元も子もないっしょ」
「ああ。アミーゴはまだ即身仏になるにゃ早すぎるぜ」
「わかった……。ひとまず今日はここまでにしよう」
皆の言葉に唇を噛みしめて頷く。
悔しいが今の俺にできるのはここまでのようだ。
「お仕事は終わりかにゃ? じゃあ、今度はヤマトがマオたちの頼みを聞いてくれる番にゃ」
それまで黙って俺たちの作戦に付き合ってくれていたマオが、操縦席から俺の方を振り返って言った。
「頼み? 俺にできることなら、喜んでやるよ。なにをすればいいんだ?」
「ヤマトさんー。私がー、プドロティスとの戦いでエシュ族の協力を取り付ける際にー、お願いしたことを覚えてらっしゃいますかー?」
首を傾げる俺に、カニスが確認するように問いかけてくる。
「ええっと、確か、カニスは俺の頼みを聞いてもらう代償に、『普通の高校生に戻れなくなる』とか言ってたっけ」
俺は記憶手繰り寄せて答えた。
「はいー。ご名答ですー。と、いうことでー。ヤマトさんにはー。私たちのー、『
「おめでとうにゃー」
カニスとマオが笑みを浮かべながら立ち上がり、俺にこれ見よがしの拍手を送ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 兄さんが王? 一体どういうことですか? 確か、二人は別の種族ですよね?」
由比が混乱したように、疑問を連発する。
俺がマオとカニスたちの王に?
全く意味がわからない。
「そうなんですよー。でも、世界がこんなことになってるのに、今まで通りの部族社会でやっていける訳がないじゃないですかー。私たちも団結しなくちゃいけない訳ですよー。ヤマトさんにはその象徴になって頂きたいんですー」
カニスがこちらにスルスルと近づいてきて、拝むように手を合わせる。
「象徴って……。俺は、二人にとって異世界人だよ? 仮に俺が王になることを承諾したとして、マオやカニスの種族の他の人たちは納得するのか?」
俺は困惑気味に言った。
「何を言ってるにゃ! ヤマトは神話級の災厄である邪竜プドロティスを倒して、たくさんのマオやカニスの仲間を助けたにゃ。マオたちの部族の伝説では、『災厄を退けし勇者が我らを導く』ということになってるにゃ。ヤマトはまさしくその勇者なのにゃ! 誰も、文句なんか言えないにゃ! だからもっと自信を持つにゃ!」
マオが近づいてきて、俺の肩を叩く。
「マオの言う通りですー。伝統的にも、道義的にも、実力的も、状況的にも、ヤマトさん以上に私たちの王様にふさわしい人はいませんよー」
カニスが何度も首肯して、マオに同意する。
「……プドロティスの石化が解けてからも、やけにお前達が協力的だと思ったらそういうことか。さてはお前ら、兄弟を地球サイドとの交渉役に立てるつもりだな」
ロックさんがすっと目を細めて、マオとカニスを睨む。
「そういうことですー。ヤマトさんにはー。私たちの王、つまり、利益代弁者としてー、地球人との様々な交渉に当たってもらいますー。私はあなた方の政治体制に詳しくはないですがー、ヤマトさんはこれだけの活躍をされて、英雄になられたんですからー、それなりの発言権はありますよねー?」
「頑張ってにゃー。マオたちの今後の生活はヤマトにかかってるにゃー」
カニスとマオが、そろぞれ俺の両腕にぶら下がって、耳元に囁いてくる。
「待ってください!カニスさん。マオさん。鶴岡さんを今回の作戦に巻き込んだのは私です。代償を求められるなら、私がその責を負うべきです」
「残念ですけれどー。これは、私とヤマトさんの個人的な約束なので、レキさんに口出しができることじゃないんですよー」
「にゃー。レキはいいやつにゃし、頭もいいにゃ。でも、ヤマトの代わりにはならないからダメにゃ」
カニスとマオが礫ちゃんの懇願に首を振る。
「大和。どうするの?」
瀬成が心配げに俺を見遣る。
「――やるよ。王様。二人が命がけで俺の作戦に付き合ってくれたんだから、俺も全力で応えたい」
何ができるかわからなかったけれど、躊躇はなかった。
マオとカニスの部族の力がなければ、邪竜プドロティスは絶対に倒せなかったことは間違いない。
だから、今度は俺が彼女たちに協力する番だ。
「アミーゴ……。漢だぜ」
石上が拳で目を拭う。
「ふう。そりゃ兄弟ならそう言うよな。――安心しろ。俺が商社のツテで政治家にコネを繋いでやる。確かに、こいつらの言う通り、兄弟は今や日本の重要人物だ。それに、今回、城壁を築いて都市部を隔離したが、これから郊外にあるインフラ施設の維持や、都市間の物資輸送をするのに、絶対獣人の協力は必要になってくる。そこら辺を材料に交渉すれば、きっとなんとかなるさ」
ロックさんは小さくため息をつくと、その大きく温かい手で俺の頭を撫でた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺は礼と共に、深く頭を下げる。
ロックさんが助けてくれるなら、かなり心強い。
と、いうか俺一人じゃ、どこの誰に話を持っていたらいいかさえわからない。
「ヤマト! だめにゃ! 王様がそんな軽々しく頭を下げるもんじゃないにゃ!」
「私はー、いいと思いますよー。腰の低い王様もー」
マオとカニスがそう冗談ぽっく言って笑う。
「ま、お手柔らかに頼むよ」
俺はそう言って肩をすくめた。
(これも、お前の思い通りって訳か。七里?)
そっと瞳を閉じて、俺の前から姿を消してしまった義妹を想う。
『誰も、お義兄ちゃんを軽んずることなんてできないから』
七里のあの時の言葉が、頭の中でずっとリフレインしていた。
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