第Ⅱ部 第一章 奥多摩覇王編

第95話 終末

 悠然と大空に君臨する城を仰ぎ、俺たちは立ち尽くす。


「す、すごい迫力です」


 由比が震える声で呟いた。


「あれがアイカさんの言っていた移動要塞か……。見るからにヤバそうだな。アミーゴ」


「ああ」


 石上の言葉に俺は頷く。


 眼前の光景が、プレネスが人類に突き付けてきた脅威を俺たちに否応なしに再認識させる。


 それははあまりにも巨大で、城というよりはむしろ新たに大陸が一つ誕生したといってもいい規模の存在だった。


「見て! 城からなんか出てくる!」


 瀬成が叫ぶ。


 城から放出された黒い点が、霧のように広がって、全世界中に散らばっていく。


「あの全てがモンスターだということですか。これ以上ないくらいの私たちに対する明確な敵意ですね……」


 礫ちゃんが眉間にしわを寄せて言った。


『special tips 創世のラグナロク

 終わりは唐突に訪れた。

 全ての停滞者に死を。          』


 愕然とする俺たちの視界に、強制的にホップアップするメッセージ。


 自己主張するように明滅するテキストから漏れ出る明らかな害意に、俺の背筋が凍る。


「にゃー! 神話の邪竜を倒したと思ったら今度は世界の終わりにゃ!? やばすぎにゃ!」


「わふうー。もうめちゃくちゃですねー。まるで悪夢みたいですー」


 マオとカニスが毛を逆立てて首を振る。


 俺も二人と同じ気持ちだった。


 プレネスは、本当に人類を滅ぼすつもりなのだろうか。


「ちっ。センスのないテキストだな。糞運営がでしゃばってきやがって」


 ダイゴが舌打ち一つ、俺たちに背中を向ける。


「待ってください! どこに行くつもりですか!?」


 俺はダイゴを呼び止める。


「あ? どこも何も、新たなダンジョンが出現したんだ。情報収集に行くに決まってるだろ。あわよくば一気にダンジョンを攻略して『可能性の束』を独り占めしちまいたいところだが……そんなに甘くはないだろうな。敵の層は厚いし、他の国の英雄どもも、すでにアイカのようなNPCから天空城の奥に眠るお宝可能性の束の情報を聞き出して、動き始める頃だ」


 ダイゴは振り向くことなく、独り言のように呟いて歩を進める。


(俺だって、七里を復活させるために、人の願いを叶えられる力がある『可能性の束』は喉から手が出るほど欲しい。だけど……)


 プドロティスとの対戦で、俺たちは全員かなり消耗している。


 このまま戦力も難易度も未知数な不気味な城に突っ込むなんてできないし、マオやカニスだってそんな無茶な作戦に同意するはずはないだろう。


「今回の天空の城の出現は、ゲーム時代のカロン・ファンタジアにはなかったイベントですよね? 何が起こるかわからないし、今は状況を見極めるまでは守勢に転じて、街や人の救援を優先した方がいいんじゃないですか?」


 俺は必死にそう訴えかけた。


 もちろん、七里は必ず取り戻す。


 だけど、その前に日本がめちゃくちゃになってしまえば、あいつを迎え入れるための『日常』そのものが消滅してしまう。学校も、神社も、鎌倉の街並みも、俺が七里との生活を取り戻すには必要なものだ。放っておく訳にはいかない。


 だとすれば、俺たちの居場所を守るためには、たとえ気に食わなくてもダイゴと組んで戦った方が効率がいいのは明らかだ。


「何ほざいてんだお前! 分からないからおもしろいんだろうが! 日本の上空に現れた敵は俺が片づけてやる。残りはお前が何とかするんだな」


 ダイゴは俺の言葉を鼻で笑い、突き放すように言った。


 その眼中にすでに俺の存在はなく、彼はらんらんと双眸を輝かせて天空城を見上げている。


「残り?」


「みなまで言わせるな。敵が本気で人間を殺しに来てるっていうのに、攻撃が空からだけで済む訳ないだろう」


 ダイゴが呆れたように肩をすくめる。


「兄さん! 海上がモンスターに封鎖されました!」


 由比がデバイスで投影したリアルタイムの実況映像を俺に見せつけてくる。


 慣れ親しんだ由比ヶ浜の海岸線を、隙間なく水生のモンスターが埋め尽くしていた。


 水陸両用で戦えるモンスターは、砂浜に上陸し、じわじわと生存圏を侵食する。


 撮影者が逃げ出して、映像が途切れた。


「各地のダンジョンからモンスターが地上に溢れ出したとの情報もあります」


 礫ちゃんがSNSサイトのタイムラインに目を走らせながら呟く。


「くそっ。陸海空の総力戦って訳か!」


 俺は唇を噛みしめる。


 確かに、本気でモンスターを使って人類を滅ぼすなら、一々ダンジョンに冒険者が準備万端整えてやってくるのを待つ必要はない。ありったけの戦力をぶちまけて世界中を飽和攻撃に晒した方が、たくさんの人間を殺せるに決まっている。


「そういうことだ! せいぜい頑張れ。道化なる裁縫士。俺の期待を裏切ってくれるなよ。今の日本には、俺とお前くらいしか、まともな『英雄』はいないんだからな」


 ダイゴはそう言って不敵な笑みを浮かべると、大地を勢いよく蹴って跳びあがる。その身体が重力に逆らい、落ちることなく空へと昇っていく。


 その周りに、どこからともなく首都防衛軍のギルドメンバーが集い始めた。


 彼らもまた浮いている。


 俺たちのように獣人の手を借りることもなく、ダイゴたちははるか上空へと駆け、やがて点となりその姿を消した。


 その飛翔が高位の魔法使いの詠唱によるものが、それとも、今までにボスモンスターを討伐した報酬として得たチートスキルがそれを可能にしているのか、俺には判別がつかない。


 しかし、早くも大空に大輪の爆炎を咲かせ、無数のモンスターを臆することなく屠っていくダイゴたちを見ていると、俺は否応なしにギルドの実力差を思い知らされる。


(それでも、俺は俺にできることをするしかない)


 俺は深呼吸一つ心を落ち着かせる。


「とりあえず、まだ石化している人たちを復活させてから、ロックさんと合流して今後の方針を相談しよう。いいかな?」


 俺はギルドのみんなに向き直って、そう提案する。


「わかった」


 瀬成が深刻な表情で言う。


「ああ。それしかないな」


「賛成です。状況は分かりませんが、戦力は固まっているに越したことがありません」


「そうですね。それに、岩尾兄さんならば、全国各地のギルドとも顔なじみですから、連携が取りやすいと思います」


 残りの三人が同意する。


「マオとカニスも、一族の者を集めて合流してくれるか? これからどんな戦術に打って出るにしろ、移動手段として二人の種族の『精霊幻燈』の技術は必要になってくると思う」


 ここまで来る際、二人の駆るゼルトナー号はわずか10分の間に鎌倉と奥多摩の間を移動した。


 現状、日本にある他のどの交通手段よりも、獣人たちの有している乗り物の助けを借りた方が早く動けることは間違いない。


「わかったにゃ!」


「そうですねー。私たちだけじゃー、モンスターの一群に襲われただけで全滅してしまいそうですしー」


 マオとカニスが頷く。


「よし。じゃあ、早速始めよう」


 休む暇もなく俺たちは動き出す。


 オルスの雫を使って石になった人を解放し、三十分ほど経ってから再び現場に集合する。


「そうか。俺が石になっている間にそんなことが……。大変だったな」


 礫ちゃんからこれまでのいきさつの報告を受けたロックさんが苦虫を噛み潰したような顔でそう言って、俺の肩に手を置いてくる。


「……正直、まだ動揺しています。でも、今は、立ち止まってる場合じゃありません。今、俺は日本のためにできることを全力でやりたいと思っています。七里が俺のために残してくれた力を、無駄にしたくないから」


 俺はロックさんを見つめて、そう宣言する。


「そうか。強いな。兄弟は。――よしっ。俺たちにできることがあったら何でも言ってくれ。なんせ、お前は俺たち『石岩道』の命の恩人だからな。全力で協力するぜ」


 ロックさんがそう言って、親指を立てる。


「いいんですか? 俺、結構無理言いますよ」


「任せとけ。聖騎士は無理に応えるのが仕事みたいなもんだ」


「では、お金を貸してください。ありったけ」


 冗談っぽく言うロックさんに、俺は悪戯っぽい笑みを返す。


「ほう。その口ぶりだと、もう何か作戦を思いついているみたいだな」


 ロックさんが俺の意図を悟ったように口の端を吊り上げる。


「はい。俺が日本国の主要都市部を全て壁で囲み、要塞化します」


 俺の宣言に周囲からどよめきが起こった。

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