第71話 救出計画

「作戦は単純です。まず、獣人が操る空飛ぶ自動車――ここでは仮にモービルとしますが、そのモービルに私たちの内の数人が相乗りし、プドロティスのヘイトを稼ぐスキル、もしくはアイテムを使います。そうしてモービルでプドロティスを引きつけ、石化した人間たちから引き離した後、そのままプドロティスを奥多摩湖近辺に駐在している自衛隊の皆さんになすりつけます。自衛隊の方々とプドロティスが戦闘をしている間に、別働隊が石化した人間たちにアイテム、もしくはスキルを使いステータス異常を回復。全員が平常の状態に戻ったら、ただちに戦線から離脱。全力で逃げ帰ります。以上です」


 礫ちゃんが一息で作戦を言い切る。


「……ねえ。それって、あんたが助けたいっていう人間のために、自衛隊の人たちを犠牲にするってこと? もし、そうなら、ウチは絶対に協力しない」


 瀬成が厳しい口調でそう言って、冷たい目で礫ちゃんを見た。


「犠牲という言葉は正しくありません。奥多摩湖周辺の自衛隊の駐在地には、すでに増員がなされ、プドロティスと渡り合えるだけの戦力が整えられています。加えて、駐在地にいる自衛隊員の方々は、石化した冒険者たちの救出に向かいたいと願っています。すなわち、プドロティスと戦う覚悟はあるのです」


 礫ちゃんが確信に満ちた口調で呟く。


「は? だったら、ウチらがいく必要ないじゃん。前にも言ったけど、なんで、さっさと助けに行かない訳!?」


 瀬成が机を拳で叩く。


「実際に戦う現場と、戦っていいという許可を出す上層部は別だからです。現場で戦っている自衛隊の方は、重い装備も使いこなせる、若くて体力のある下士官の方々です。彼らは、岩尾兄さんたちの窮状を見かね、国民の生命と財産を守るという自衛隊の使命に殉ずるつもりです。しかし、戦闘の許可を出すのは、もっと年のとった上の人間です。その人たちは、突然のプドロティスの出現や、異世界人との遭遇という事態に、もうしばらく情報収集の時間が必要だと考えているようです」


 礫ちゃんの言葉が本当だとすれば難しい問題だ。


 俺たちの立場としては、どうしても早くロックさんたちを助けて欲しいという想いが先に立つ。


 けれど、国民全体の安全を考えれば、貴重な戦力を安易に投入する訳にはいかないという発想も、感情的には納得できないが理解はできる。


 もし、投入した結果、強いモンスターにも対処できる戦力を失えば、将来的に、モンスターの襲撃があった際、今、プドロティスに捕まっている数以上の国民が犠牲になることもあり得るからだ。


「さっきから、まるで見知ったような言い方をされますが、何でただの冒険者のあなたが、そんな自衛隊の内情を知ってるんですか? そこを説明してもらわないと、あなたが身内を助けたいばっかりに、ただの希望的観測を述べているようにしか思えませんよ。少なくとも、私が自衛隊員だったら、ラスボス級の化け物と喜んで戦うなんて口が裂けても言えません」


 由比が半眼で礫ちゃんを睨む。


 まずはそこだ。何で民間人の、しかも社会的にいえば児童である礫ちゃんにそんな情報が回ってくるのか。


「そう考えられるのももっともです。自衛隊員の方々の内心まで断定したのは、行き過ぎだったかもしれません。しかし、それも無根拠のことではありませんし、少なくとも現在、奥多摩湖周辺にプドロティスと相対するだけの戦力が集結しているということだけは、確信を持って言えます。なぜなら、情報のソースは、当の自衛隊内部からのリークですから。ちなみに、皆さんもご存じのはずの方です」


「俺たちも知っている?」


 俺は鸚鵡返しに尋ねた。


「鴨居こづえ2尉です。秩父ダンジョン攻略の際にご一緒しましたから、皆さんも覚えていらっしゃいますよね?」


「うん。それはもちろん覚えているけど――、ごめん、やっぱり不自然な点が多過ぎて簡単には信じられないや。自衛隊員の鴨居さんが民間人に安易に機密を漏らすことは考えにくいし、そもそも、鴨居さんは尉官とはいえそんな情報を知り得る立場なのかな?」


 鴨居さん本人は、カロン・ファンタジアの戦士としての能力は弱いと言っていた。すなわち、強いアカウントを割り当てられている人材ではなく、プドロティス相手に戦闘するような力はない。かといって、上層部に入れるほど偉いか、というと、そうでもないはずだ。だって、アンデットの討伐とか、秩父ダンジョンの探索とか、現場仕事に狩りだされるくらいだし。


 それとも、自衛隊に詳しくない俺にはわからないが、自衛隊員同士の噂話で情報を仕入れたりができるのだろうか。


「それは私もわかりません。ですが、証拠はあります。私がデバイスの電源を切る直前――すなわち、奥多摩から命からがら逃げ出して、仲間が国に拘束されていることを知った直後、鴨居さんから通話のコンタクトがあり、先ほどお話したような内容を教えて頂いたのです。その内容を録音したものがあります。同様に、異世界人の姿と私たちと会話する姿を収めた映像記録などもデバイスには収められています。できることなら私の居場所をばらしたくないので、デバイスの起動はしたくありませんが、私の話の信用度が皆さんの決断に影響するとおっしゃるなら、今すぐにお見せしましょう」


 礫ちゃんが必死な形相でまくし立ててくる。彼女が嘘を言っているようには思えない。


 けど、何か気持ち悪い。まるで、俺たちが戦うように仕組まれているような、そんな違和感がある。単なる自意識過剰だろうか。


「いや、俺は礫ちゃんの話を信じるよ。みんなの中で見たい人はいる?」


「ううん。私はいいや」


「ウチも、この子が嘘をついてるとは思えないし。パス」


「私も大丈夫です。むしろ、ここでその記録を観てしまえば、礫さんを危険にさらしたことに対する罪悪感で、かえって決断に影響がでかねませんから。もし、見るにしても、話を受けることになった時で十分でしょう」


 皆が一斉に首を振った。


「ありがとうございます。では、私が話せることは先程の話で全部です。何かご質問はございますか?」


「一応尋ねますが、あなたの言った作戦が失敗した時の次案は考えてありますか?」

 由比が小さく手を挙げて問う。


「……ありません。作戦が失敗した後にできるのは、ただひたすらに逃げることのみでしょう。正攻法でプドロティスを倒すのは不可能でしょうし、万が一戦闘になれば、『逆鱗(げきりん)』に攻撃があたる奇跡にかけるしかありません」


 プドロティスは言うまでもなく強い。


 他の多くの竜族と同じく、対竜属性がついた武器でもなければ大抵の斬撃や刺突はその硬い鱗に阻まれて無効だし、魔法の耐性もかなりのものだ。


 デバイスでちらっとゲーム時代のプドロティス攻略動画を確認してみたが、攻略は極めて地味で長丁場だった。まずは、戦士がプドロティスのヘイトを引き受けている間に、数百人単位の大量の魔法使いでどちらか片方の羽を徹底的に攻撃する。こつこつと小さなダメージを蓄積させ、羽が傷ついたプドロティスが地上に降りてきた時点で肉弾戦にシフト。回復と補助魔法の全力バックアップを受けた前衛職が、斬撃無効の影響を受けないフレイル等の打撃系武器でひたすら攻撃を叩き込む。そんな流れだ。


 つまり、プドロティスは、例え『ザイ=ラマクカ』全員がこのミッションを引き受けたとしても、たった五~六人程度ではどうしようもない敵なのだ。


 そもそも、生半可な戦力で倒せるなら、応戦したロックさんたちがとっくにプドロティスを討滅しているだろう。


「『逆鱗』って、中国の故事に出てくるあの『逆鱗』?」


 瀬成が口を差し挟む。


「その故事は知らないけど、『逆鱗に触れる』の『逆鱗』だよ。ドラゴン族に共通で設定されている弱点部位で、顎の下にある。普通の鱗とは向きが逆な光る小さな鱗だ」


 弱点とは言っても、現実的に戦略に組み込んで狙えるようなものではない。大抵は最強クラスのモンスターであるドラゴンの、その中でも一番狙いにくい場所が顎の下だ。


 しかも、その鱗は普通のドラゴンの鱗の十分の一ほどの大きさ、例えるなら赤子の手程の面積しかない。死者復活ができないカロン・ファンタジアにおいては、ゲーム時代でさえ、そんな針の穴に糸を通すような無茶なプレイは自殺行為だった。それが、現実となった今では、さらに命知らずな行動であることは言うまでもない。


「つまり、無理ということですか。まあ、そうでしょうね」


 由比も元々、次案があるとは思っていなかったのか、仕方なさそうに頷いた。


「他にご質問は?」


 礫ちゃんが俺たちを見回す。


 誰も口を開く者はなく、ただ重苦しい沈黙が流れた。



「それでは、これで私からの説明は終わりとさせて頂きます。後は、皆さんに決断をおゆだねするだけです」


 礫ちゃんはそう言って、その力強い意思を感じさせる瞳で、もう一度、俺たち一人一人に熱い視線を送ってきた。


「……ごめん。礫ちゃんに時間がないのはわかってるけど、俺たちもすぐに答えが出せるような問題じゃないよ。時間が欲しい。――二日、いや……せめて今晩くらいは、考えさせて」


 俺は呻くように呟く。


 礫ちゃんの作戦は、確かに成功する可能性はあるものだとは思う。


 だけど、命をかけるにはあまりにも危険な要素が多過ぎた。


 謎の異世界人のモービルとやらが、本当にプドロティスの攻撃を避けながら釣り出すなんて芸当ができるのか。


 本当に、自衛隊の人たちはプドロティス相手に時間を稼ぐ戦闘をするだけの力があるのか。


 俺たちが戦うかもしれないプドロティスは、ゲーム時代と同じものだと考えて本当によいのか? 異世界の生物なのではないか。だとすれば、ゲーム時代のようにスキルやアイテムでシステマチックにヘイトを稼ぐ方法が通用しないかもしれない。


 今、ぱっと考えただけでもこれだけの懸念が思いつく。そして、その内のどれか一つでも俺の悪い方向の想像が当たっていれば、その先に待っているのは死だ。


 これだけの危険の蓋然性がある以上、二つ返事で礫ちゃんの頼みを引き受けるなんていうのはいくら何でも無理だ。


「わかりました……。いずれにしろ、もう頼れるあては全て回りきってしまいましたから。これ以上、私にできることはありません。だから、どんな結論になろうとも、『ザイ=ラマクカ』の皆さんは気に病まれることはありません。本当は、すでに一つ借りのある鶴岡さんたちに頼みごとをすること自体が心苦しいことですから」


 礫ちゃんは立派だった。取り乱すこともなく淡々とそう言って、あまつさえこちらを気遣ってさえみせる。子どもらしく泣きわめいて情に訴える方法もあっただろうに、彼女はあくまで誠実だった。


「ありがとう。余計なお世話かもしれないけど。この間に礫ちゃんもご両親に連絡を取ったらどうかな。デバイスを使えないってことは、ここ数日は音信不通状態になってるんだろう? 俺たちが礫ちゃんの代わりに連絡を入れるから」


 俺は礫ちゃんの不安を少しでも和らげようとそう提案する。


 彼女がどうやって家出してきたのかはしらないが、きっと大騒ぎのはずだ。


 デバイス経由のメッセージだと却って盗み見らそうで危ないから、手紙とかの方がいいだろうか。


「その必要はありません」


「え? どうして?」


 きっぱりとした声で否定した礫ちゃんに、俺は間抜けな声で聞き返す。


「両親は世界がカロン・ファンタジアと融合した際の混乱に巻き込まれて死にました。残された私の肉親は岩尾兄さんだけです」


 礫ちゃんはそう言って、涙を堪えたような複雑な表情で儚く寂しげな微笑を浮かべた。

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