第70話 礫の知らせ(3)

 獣人。それは、エルフやドワーフなどと並び、カロン・ファンタジアの中でも、代表的な非人間ノンヒューマンの種族だ。人間よりも優れた身体能力を持つ反面、魔法などの知的な職には向かない。そんなありがちな設定だったはずだ。


「ちょっと待って。色々、聞きたいことはあるけど、まずは一つずつ情報を整理していこう。その獣人っていうのは、どういう存在なの? プレイヤーがゲーム時代のように種族を選択できるようになったということ?」


 あり得ないとは思いつつ、可能性の一つとして俺はその問いを口にする。


 ゲーム時代はそれこそ、色んな種族を任意に選んでプレイできたカロン・ファンタジアだったが、騒動と同時に種族の設定は強制的に『ヒューマン』に戻されてしまったはずだった。


 それが再び選択できるようになったということか? 


 どうにも考えにくい話だが。


「いいえ、違います。仮にそうなら、いくら国が情報を秘匿しようとしたとしても、設定が変更された人数が多過ぎてとっくに話題になっているでしょう」


 礫ちゃんがきっぱりと否定する。


「なら、NPCユニットですか? 当初から出現が予測されてましたし」


 由比が間髪入れずに質問する。


 NPCユニット。その名前の通り、AIに従い、プレイヤーがやりたがらない仕事をして、カロン・ファンタジアの世界を支える、ゲーム内の潤滑油。


 由比の言う通り、もし、NPCユニットが出現したというなら納得がいく。カロン・ファンタジアと世界が融合したというなら、むしろ、いない方がおかしいと前から言われていた。


「私も当初はそう考えましたが、獣人たちと会話をした限りではどうもそうではないようなのです」


「じゃあ、一体何な訳?」


 瀬成が苛立たしそうに、テーブルを指の腹で叩く。


「異世界人……とか?」


 七里が冗談めかしてそんな推測を口にした。


「いや、お姉ちゃんいくらなんでもそれはさすがに……」


「いえ。七里さんの推測が一番近いと思われます」


 否定しかけた由比のセリフに割り込むように礫ちゃんが肯定する。


「え?」


「マジ?」


「はい。私が獣人との会話から得た情報を総合するに、『カロン・ファンタジアと非常に似通った世界観を有する異世界人』というのが、彼女たちを表現するのに一番、妥当な言葉だと思います」


 礫ちゃんが淡々と言い放った。


 ……にわかには信じがたい話だ。


「ゲームの世界と融合したと思ったら、実は異世界だったってやつですか。まるで三文小説ですね」


 由比が戸惑いを持て余すように吐き捨てた。


 確かに、言葉にしてみれば、陳腐でありがちな設定。でも、いざ、自分たちの身に起ってみるとにわかには受け入れにくいものだ。ここ数か月で散々常識外れの出来事を経験したはずななのに、人間というやつはどうしようもなく頭が固いらしい。


 しかし、仮に礫ちゃんの言葉が本当だとすれば、更なる疑問が沸いてくる。


「でも、さっき礫ちゃんは、その獣人が俺たちよりも進んだ科学文明の技術を使えるって言ったよね。だとすれば、礫ちゃんの二つの発言にはどう考えても矛盾がある。カロン・ファンタジアの世界観は魔法文明を基盤に成り立ってるし、無理に地球の文明レベルと照らしあわせたとしても、いいとこ中世かそこらのイメージなんだけど」


 俺はゲーム時代の設定を思い出し、眉をひそめた。

 

「もっともな疑問です。私も、最初それを見た時は、プドロティスと遭遇した時のそれを超える衝撃を覚えました。でも、私の発言は嘘じゃありません。彼は、魔法文明を基盤としたカロン・ファンタジアの世界観を有していますし、同時に未来的な科学文明の力も用いることができるのです」


「ああ、もう! ごちゃごちゃしてて訳わかんないんだけど!」


 瀬成が頭痛をこらえるように、こめかみに指をあてた。


「つまり、私たちの逆だとお考えください」


「逆?」


 瀬成が首を傾げた。


「はい。私たちは科学文明に生き、遊びとして『カロン・ファンタジア』のゲームを楽しんでいました。対して、獣人の彼女たちは魔法文明に生き、遊びとして『地球』というゲーム――彼女たちの言うところの『精霊幻燈』――を楽しんでいたのです。そして、ある日、それが両方とも具現化した。どうもそういうことらしいのです」


「にわかには信じられない話ですね……。私たちがゲームにログインする感覚で、彼女たちは科学文明を具現化できると?」


「ええ。私はその瞬間をこの目で見ました。もっとも、彼女たちの表現では、『夢に潜る』という表現でしたが」


「そんで? ウチらよりも進んだ科学文明の力って、どれくらいのもんなの?」


「はい。例えば、日本では、ようやく水素自動車が普及したかといった程度ですが、彼女たちが具現化した自動車は平気で空を飛びます。私たちはそれでプドロティスから逃がしてもらいましたから」


「移動手段だけじゃないよね? 当然、武器も?」


「ええ。あまり武器を使う場面には遭遇しませんでしたが、光線銃の一発で森林を一直線に焼き尽くすぐらいは」


 なるほど。それだけ進んだ技術を持った異文明と接触したなら、国が警戒したとしても当然だ。異世界人と接触した人間もおいそれと自由にさせるという訳にはいかないだろう。


「でも、そんなに強いって言うんだったら、その異世界人にプドロティスをやっつけて貰えばよかったんじゃね?」


「それは無理だよ。だって、現代兵器補正がかかっちゃうもん」


 七里がぽつりと呟いた。


「七里さんのおっしゃる通りです。私も彼女たちにプドロティスを倒してくれるように頼みましたが、『夢の世界の武器が現実に通用する訳がない』と断られました。それでも頼んだら、呆れたように一回だけ試してみてくれましたが……全くの無意味でした。せめて、硬直時間くらいはつくれるかと思ったんですが」


 礫ちゃんが悲しそうに首を振る。


 そりゃそうか。自衛隊の銃火器でも、相当な補正が入っていたのに、更なる未来の武器となれば、ペナルティも段違いなのだろう。


「科学文明としての攻撃は分かったよ。でも、彼女たちは『カロン・ファンタジア』のような世界で生きてきたんだろう。だったら、『カロン・ファンタジア』のプレイヤーとしての能力も期待できるんじゃないかな。七里や由比みたいな戦士はいないの?」


「……いいえ。彼女たちをカロン・ファンタジアのプレイヤーとして換算した時の能力は、英雄と呼ばれるような個体でも、我々でいうところの中堅クラス未満の力しかありません。まあ、ゲームシステムがないのですから、スキルの熟練度も相応になるのは致し方ないかと思います」


 つまり、ゲームとしてのカロン・ファンタジアを失った今の俺たちと同じで、ゲームに比べれば四十八分の一程度の効率でしか、スキルは熟練していないということか。


「それでも。現地人ならではの化け物の撃退法とか、存在しない訳?」


「……彼女たちにとっては、プドロティスの出現は、伝説レベルの『天災』扱いですから。どうしようもないのです」


「じゃあ、その異世界人の人たちは今、どうしてるんですか? 常識的に考えれば、防衛戦力の集中している都市部に逃げ出してくるべきですが。あなたを逃がすことができたんですから当然可能ですよね?」


「私も日本が有する戦力を説明し、それを勧めました。ですが、私たちの常識と彼女たちの常識は違うようです。彼女たちは私たちでは想像もつかないくらい、土地への思い入れが強く、故郷を離れるつもりはないそうです」


 そこら辺の価値観は確かに中世じみている。


 歴史の授業で習った通り、昔の社会は今では考えられないほど、属地的だったらしい。


「そんなこと言ってる場合じゃないっしょ!? 化け物に皆殺しされるっていうのに」


「もちろん、彼女たちとて、普段ならばプドロティスが出現した辺りの村を放棄して、別の所し、少しでも奴から離れようとするでしょう。しかし、今回はそうする訳にはいかない理由がありました」


「逃げ込むはずの土地が、私たちが今暮らしているような都市へと変貌してしまっていたから、ですか?」


 事情を悟ったのか、由比が確認するような口調で問うた。


「はい。私たちが郊外を『ダンジョン』と呼ぶように、彼女たちにとっては私たちの住処こそが『ダンジョン』に相当するのです。彼女たちの村落の規模はせいぜい千人~二千人。だというのに、近くには英雄クラスの武力を多数擁した、得体のしれない異世界人(我々)が何百万といるのです。そんな所に逃げ込みたいと思いますか?」


 逆の立場で考えれば、これほど恐ろしいことはないだろう。少なくとも、俺たち地球人がどんな人間かわかるまでは、安易に飛び込んでいくなんてありえないはずだ。


「……でも、その獣人は少なくとも礫ちゃんたちを助けてくれたんだよね? ということは、意思の疎通もできるし、こちらに対して必ずしも悪意を抱いている訳ではないはずだ」


「おっしゃる通りです。プドロティスの被害に遭ったのは、私たちだけじゃありません。私と獣人たちは、プドロティスに拉致された仲間ををどうにかして助けなければならないという点で利害が一致しています。だから、私が他の冒険者に協力を要請し、石化回復のアイテムを収集して、優先的に獣人の協力者の家族を助けると確約する代わりに、彼女たちは身体を張って、私たちを逃がしてくれたのです。……もっとも、私たちとて全ての獣人に信用されている訳ではないことは言うまでもないです。むしろ、協力してくれる獣人はごく一部とお考えください」


 礫ちゃんが釘を刺すように言う。


 そりゃそうか。いくら利害が一致しているからと言ったって、いきなり現れた異世界人たちとそんなにすぐ合意形成できるはずがない。


「本当ににわかには信じがたい話ですね。都合よく異世界人に私たちの言葉が通じてるなんて不自然です」


「でも、信じないと話が先に進まないから仕方ないっしょ」


「由比の気持ちも分かるけど、今は瀬成の言う通り、話を全部聞こう」


「……そうですね。私も兄さんたちのおっしゃる通りだとは思うのですが、どうにも出来過ぎな気がして――、話の腰を折ってしまいすみませんでした。続けてください」


 由比が軽く頭を下げて先を促す。


「はい。承知しました。それでは、作戦の概要をお話ししてもよろしいでしょうか?」


 礫ちゃんが俺たちの覚悟を確かめるようにそう問いかけてくる。


 俺も含めた皆が頷く。


「ありがとうございます。では、お話しします。私の作戦を一言で表すなら――『MPK』です」


 礫ちゃんは愛らしい唇を震わせて、今日何度目になるかわからない驚愕の言葉を放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る