第69話 礫の知らせ(2)

 『邪竜プドロティス』。他にも数多(あまた)凶悪なドラゴンがいる中、それが殊更『邪竜』と呼ばれる訳。それは、その陰湿な攻撃方法もさることながら、その食性にあった。


 洞窟の地下深くに潜むプドロティスは他のモンスターのように、頻繁に人間を襲うという訳にはいかない。だから、プドロティスは、数年に一度、地上に出て来ては、人間を大量に石化させて『保存食』にして巣に持ち帰る。そして、巣に持ち帰った餌を直接食べずに、じわじわと魔法でその生命力を吸い取るのだ。『餌』である人間の体力の自然回復分があるので、一気に殺してしまうよりも長く餌を楽しめる。そして、『餌』は意識だけを残され、自分の命がじわじわと蝕まれていく恐怖に苛まれる。


 そんな『餌』をおいしくするため、プドロティスは一つの『工夫』をする。『餌』に救いがくる幻影を見せ、助かる寸前でそれをぶち壊す遊びだ。『餌』の絶望が更なるプドロティスの糧になる。


 時たま本当に、奪われた家族を助けようと幻影でない人間がダンジョンに足を踏み入れることがあるが、それもまた、プドロティスの計算の内だ。餌の方から足を運んでくれるほど、プドロティスにとってありがたいことはないのだから。


「つまり、今はみんなその胸糞悪い竜に石化されて生命力を吸われてるってこと?」

 みんなから、プドロティスの習性を説明された瀬成が、話をまとめる。


「その通りです。岩尾兄さんたちの生命力が尽きるリミットの正確なところはわかりませんが、ゲーム時代のそれと比較して計算すると、後四日が限度というとこでしょう」


 礫ちゃんが頷く。


「おっけ。事情はわかった。けど、奥多摩のダムは国にとって大事な場所じゃん。だったら、その邪竜とかいうのを放置しておけるはずないっしょ? つーことは、自衛隊が直接手を下さなくても、国がすぐにむっちゃ強い冒険者を雇って討伐に乗り出すんじゃね?」


 瀬成が順序立てて思考を並べ立てる。


「もっともな推測です。……ですが、今回の話は、それこそ、『首都防衛軍』が出張ってくるようなAランクの事案です。私が邪竜に遭遇してから、すでに三日以上が経過しています。もし、そのような話があれば、とっくにニュースになっているはずですが……どうでしょう。みなさんの耳に入ってますでしょうか?」


 礫ちゃんはそう聞いて、俺たちの顔を見渡す。


「私は聞いたことないなー」


 七里の否定に皆が頷いた。


 もちろん、俺もそんな話は聞いたことがない。


 一応、デバイスで検索してみるが、それらしい案件は全く見当たらなかった。


「と、すれば未だ私たちの所にまで情報が下りてこない理由として、考えられる理由は一つですね」


「国が意図的に情報を隠してるってこと?」


 瀬成が由比の言葉の先を継いだ。


「そういうことになるな。……そして、おそらく、礫ちゃんはが隠されているその理由を知っているんでしょ?」


「……よくお分かりになりましたね」


「そりゃ分かるよ。いくら急いでいたからって言ったって、空腹で倒れるまで何も食べないなんておかしいしね。礫ちゃんは今、デバイスを使えないんだろ。居場所がバレるから」


 デバイスは、それぞれの国民のIDマイナンバーと紐付けされている。電子決済を使用した際はもちろん、国が本気なればデバイスを起動しただけでも、GPSで居場所を特定することができるだろう。


「そこまで察しがついているならばお話しましょう……私は国の側には、岩尾兄さんと一緒に石化していると思われていたはずです。少なくとも、他の冒険者に通報された二日程前までは」


「どういうこと? 思われていたも何も、あんたは邪竜から逃げてきたんでしょ? だったら、その時に自衛隊とかと会って、生存者の確認とかされてるんじゃないの?」


「いいえ。私が逃げたのは正規のルートではないですから。と、いうより、そんなルートを選んでいる余裕はなかったと言うべきでしょうか」


「よくそれで逃げることができましたね」


「ええ、『とある理由』で私たちは逃げおおせることができました」


「それから国の方に連絡は取った?」


「もちろんです。すぐに岩尾兄さんたちを助けてもらう要請をしなければいけませんから。その結果は――察して頂けますか?」


「……捕まったの?」


 七里が不安げに瞳を揺らす。


「一応、『事情聴取』の名目ではありますがね。普通の報告なら、どんなに長くかかったとしても一日あれば十分なはずですが、一向に解放される気配がありません。私はすぐその原因に思い当たりました。ああ、『これか』と」


「そういうもったいぶった言い方はやめてくんない?」


「申し訳ありませんが、それは無理です。これ以上話してしまうと、鶴岡さんたちをなし崩し的に私の作戦に巻き込んでしまうことになりますから」


 礫ちゃんが申し訳なさそうに首を振る。


「……今、礫ちゃんがぼかしている部分こそ、君が国から追われている理由。そういうこと?」


 俺は確認のために尋ねた。


「はい」


「ふう。何だかややこしくなってきましたね。つまり、あなたは私たちにどうして欲しいんですか?」


 由比が問う。


「岩尾兄さんを救い出す作戦に協力して欲しい。そう考えています」


「……勝算はあるの?」


 七里が神妙な顔で言う。


「先ほどと同じ理由で詳しく説明はできませんが、私はあると考えています。もし、協力してくださるとおっしゃるなら、今すぐにでも私の立てた作戦を説明させて頂きます」


「命の危険は?」


「……こちらもあると言わざるをえません。いえ、むしろ、一番危険な役目をお願いすることになります」


「――それって、私たちに何かメリットがあるんですか?」


「おい!」


 瀬成が咎めるような視線で由比を睨み付けた。


「だってそうでしょう。何の対価も払わず、他人に命を賭けろなんて誰がどう考えてもおかしい話です」


「だけど、言い方ってものがあるじゃん!」


「例えば、同じ要求を大人の冒険者が言ってきたとしても、腰越さんは同じ反応を返すんですか? この子が小学生だからって、手心を加える理由にはなりませんよ。彼女は冒険者として交渉をしようとしているのですから、こちらも普通の冒険者として扱うのが道理でしょう」


「そういうことじゃなくて、人の心ってもんを――」


「――いえ、大丈夫です。もし、私があなた方の立場なら、同じことを言ったと思います。それどころか、私がこの三日間で声をかけた他のギルドの皆さんのように、話を聞く前から、危ない山だと踏んで通報していたでしょう」


 礫ちゃんは、瀬成のフォローを固辞して首を振った。彼女は散々、俺たちの前にも他のギルドに協力を要請して、その度に門前払いにされてきたのだろう。


「なら、どうしてくれると?」


「ギルドの財産全て、アイテムの類、いくらでも物質的な対価は思い浮かびますが、いずれも命に釣り合うものではありません。ですから……もし、この件を成し遂げた暁には、私の命を差し上げます。生涯、『ザイ=ラマクカ』の奴隷として自由に使ってくださって構いません」


 礫ちゃんが真剣な表情でそう言い切った。


「……あなたの覚悟は分かりました。ですが、あなた一人の命と、ここにいる四人――『ザイ=ラマクカ』のメンバー全員なら五人――その命は、釣り合わないのではないですか。そもそも、あなたのいう報酬は私たちが奴隷を欲していないと成り立ちませんよ」


 由比が容赦なく礫ちゃんに事実を突きつける。


 彼女の言う通り、命は安くないし、俺たちが奴隷など欲しているはずもない。


「おっしゃる通りです。しかし、私にはそれくらいしか捧げるものがありません。後は、ただひたすらにこうしてお願いすることしかできないです」


 礫ちゃんはおもむろに椅子から立ち上がり、床に土下座をする。


「やめなよ。そんなことしてもなんにもならないっしょ。座りなよ」


「はい……」

 瀬成が言葉の内容とは裏腹の優しい口調で、礫ちゃんをそっと立たせ、席につかせる。


「ねえ。国に目をつけられるとか何とか言ってるけどさ。とりあえず、ウチらにあんたが隠している理由を話してみれば? そこんとこ聞いてみないと判断つかないじゃん」


「しかし、それでは鶴岡さんたちもいずれ国に軟禁されてしまう可能性が……」


「それくらいは話の流れで分かるし。でも、もしその情報を知ったとしても、命まで取られるってもんじゃないっしょ?」


「それはもちろんです。いくら何でも、口封じをしなければならないような内容ではないです。しかし、国に拘束された場合、その期間が長期に渡る可能性も考えられます。――といっても、いつまでも隠して置ける類の情報ではないので、一カ月を超えることはないと思いますが」


「じゃあ問題ないじゃん。ね? 大和」


 瀬成が同意を求めるようにこちらをちらりと見る。


「ああ。というか、どちらにしろここまできたら、聞いても聞かなくても同じじゃないかな。礫ちゃんが俺たちを気遣ってくれてることは嬉しいんだけど、礫ちゃんの知っている情報を秘匿したい側からしたら、礫ちゃんが俺たちに接触した時点で情報が漏洩したことを疑うだろうし」


 俺は気まずそうに頭を掻いた。


「ですね。私たちが『何も聞いていない』って主張しても、向こうは聞く耳はもってくれないでしょう」


 由比が俺に同意して頷く。


 もし、礫ちゃんを拒絶するなら、他の冒険者グループがそうしたらしいように、門前払いで即通報するのが正しいやり方だった。


 でも、今更そんなことを考えても遅い。


「すみません……。そこまで思い至りませんでした」


「こちらこそごめん。礫ちゃんを責めるつもりで言ったんじゃないんだ。どうせだったら、きちんと情報を開示してもらって話し合った方が建設的だと思ってるだけだよ」


 再び身体をこわばらせる礫ちゃんを、慌ててフォローする。いくら頭の良い彼女だって、身内を助けたくて必死な状況で、全てに対して完全な配慮をするのは無理だ。


「ありがとうございます。では、本当に話してもよろしいんですね?」


 礫ちゃんが念押しするように俺たちに一人一人に視線を送ってくる。


「ああ。いいかな。みんな?」


 俺の問いかけに、皆が静かに頷く。


「わかりました。では、聞いてください。私を助けてくれたのは、獣人です。それも、我々よりも進んだ科学文明の技術を使える」


 礫ちゃんが宣言した内容に、俺たちは困惑したように顔を見合わせた。

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