第151話 二人の英雄(2)
「何か企んでやがるな。だけど、無駄だ。――今からお前の身体に教えてやるよ。どんな小細工を弄そうと、邪道は、王道に勝てないから邪道だってことをな!」
ダイゴがこちらに踏み込んでくる。
俺は後ろに跳んだ。
速い。
小手調べのように放たれる袈裟斬りを、俺は巨大ゴーレムの残骸に隠れて防ぐ。
盾代わりにもならず一刀両断され真っ二つになる巨大ゴーレムを、俺は『鍛冶』で溶かして回収し、生産スキルを発動するための材料を確保する。
「遅え!」
間髪入れず繰り出されるダイゴの
俺はそれぞれブリザードとファイヤーボールを封入した二本の試験管を、同時にダイゴへ投げつけた。
にわかに発生する水蒸気爆発がダイゴの蹴りを相殺する。
さらに俺は即席で作ったバックラーを左腕に装着。爆風を受け止め、その勢いを利用して労なくダイゴから距離を取る。
さらに拡散していく蒸気がダイゴの目隠しをしている間に、俺はこっそりと床を撫でた。
『彫金』のスキルで創造した結界。極限にまで薄くして透明に近くなったそれを、時間の許す限り周囲にばらまく。
「ちっ。相変わらず小賢しい手ばっかり使いやがって――なら、これはどうだ?」
ダイゴはそう言うと、にやりと笑って浮遊する。
「
俺の攻撃が届かない遥か上方から、ダイゴが無数の連撃を放ってくる。
その威力はすさまじく、かすっただけで作ったばかりの俺の盾が砕け散るほどだ。
俺は急ぎ建築スキルを発動する。
瞬く間に辺りに乱立するのは、高低差をつけた足場だ。
さらにその足場同士を金属製のワイヤーでつなげば、空中に蜘蛛の巣のごとき網が張り巡らされる。
そんな足場の一つの上に立った俺は、壊れた盾の代わりにかぎ爪を左手に持ち、ロープにひっかける。
解体と建築を繰り返すことで足場の高度を調整しながら、あちらこちらにターザンのように移動して、俺は必死にダイゴの攻撃を避け続けた。
「はっ。道化師らしく曲芸って訳かよ。だがな――『縮離の舞踏』」
ダイゴが肩をすくめる。
次の瞬間、彼はもう、俺がこれから辿り着くはずの先の足場にいた。
「これが現実だ。俺様が1コマンドでできることに、お前は3コマンドを要する。戦闘職の俺と非戦闘職のお前では、スピードも攻撃力も防御力も、五倍の差がある。これでどうやって勝つ? たとえ、お前の攻撃が俺にクリティカルヒットしようと、ライフの10分の1も削ることはできないぞ――『剣神破斬』」
ダイゴのスキルを駆使した強烈な一撃が、俺に向けて放たれる。
咄嗟に建築スキルでいくつもの壁をぶち立てて防御するが、彼の攻撃はその全てを貫通する。
俺は慌ててかぎ爪から手を放した。
裁縫で瞬時に作ったマットで勢いを殺しながら、床をぶざまに転がる。
「もう曲芸は終わりか?」
ダイゴが俺を睥睨して呟く。
「――これからが本番ですよ。がっかりはさせません」
「お得意の小細工か。だがな、残念ながら全てお見通しだ。お前の作った足場にはおそらく毒薬が封入されている。まずは一斉に足場を破壊し、それを空中に散布して、地上に誘導する。当然地上にも細工がある。大方さっきの水蒸気爆発の時に仕込んだんだろう。結界か、落とし穴か、まあなんでもいい。俺様の足止めをする何かだ。とどめは、網。一見、ただの移動手段にしか見えないが、お前の『錬金』にかかれば、たちまち俺を襲う凶器へと早変わりって訳だ。――いつもそうだ。現実でも、ゲームでも、ネタバレされるまでもなく俺様には先が読めちまう。だから、つまらない」
そう呟くダイゴの表情は、勝ち誇るようなものではなく、むしろどこか悲しげだった。
俺はそこに彼の本音と、積み重ねてきた年月をみる。
きっと、子どもの頃から、彼は何でもできた。
逆上がりも、算数のテストの点数も、遊び場を巡る喧嘩も、友達の多さも、ダイゴに敵う者はいなかった。
そんな人間は、ごまんといるだろう。だけど、普通の人間はどこかのタイミングで挫折を知る。
あるいは進学した先で、あるいは就職した時に、自らの卑小さを痛感し、上には上がいると学ぶのだ。
だけど、それでも例外はいる。
誰かの『上』にされた誰かの『上』にされた誰かの『上』の『上』の『上』。
その行きつく先の頂点は、必然的に子どもなら誰でも抱く万能感を持ち続けたまま、大人になる。いや。なることが許されてしまう。
羨ましい。
もし俺が小学生だったら、そう感じたのだろうか。
少なくとも、今の俺にはとてもダイゴになりたいとは思えない。
少年の心を持ったまま、本当に何でもできてしまう大人がいたならば、そいつはきっと不幸だ。
彼の好奇心を満たしてくれるものはない。
彼の孤独を理解する人もいない。
そして、やがて彼にとっての『人生』というゲームは、スキップしたくなるほど簡単なチュートリアルクエストだけが延々と続く、『クソゲー』となり果てる。
「悟ったようなことを言って、もう勝ったつもりになるのはやめてください。まだ、俺は生きています。『HPが0になるまでゲームは終わらない』。さっきあなたはそう言ってたでしょう」
だけど、それでも俺はダイゴを見上げてそう言い返す。
ダイゴにとっての俺は、ただの雑魚キャラに過ぎないのかもしれない。
だけど、雑魚キャラの俺にだって、譲れないものはあるのだ。
「ふふっ。その通りだ。裁縫士。さっさとゲームを続けろ! もっと俺を楽しませろ!」
「言われなくても――!」
俺は早速『縫い止め』のスキルを発動。
射出された何本もの金属製の糸が、上空のワイヤー網と絡まる。
俺が手元の糸を引っ張ると、足場と連結し、空中に張り巡らされたワイヤーが、スポンと間の抜けた音を立てて抜ける。実はそれぞれのワイヤーは、足場に埋め込まれた試験管の蓋となっていたのだ。その中に封入されている魔法は、片方の端はブリザード、もう片方の端はファイアボール。必然的に導き出される結果は――
ドウウウウウウン!
――大規模な水蒸気爆発である。
その威力に、たちまち構築された足場の全てが一斉に瓦解し、やがて上空にまき散らされるのは、強烈な麻痺の効果を秘めた粉塵だ。
俺は、頃合いを見計らい、鍛冶のスキルを発動する。
手元の一本の糸を起点に、熱が上空の全てのワイヤーに伝わり、やがてそれらは鋭利な槍へと進化を遂げた。
「くだらねえ」
ダイゴはそう呟くと、漆黒の剣を振り回し、難なく自身の周囲を舞う粉塵を吸収する。
「
さらに全体攻撃の衝撃波と共に、その粉塵を床に向かって解き放った。
俺は裁縫のスキルで作ったドーム状の『全身マスク』で粉塵を防ぐ。
ダイゴによって叩きつけられた圧倒的重量に、トラップ代わりの結界が勝手に発動してしまうが、それを止める術はない。
鑑識が指紋を取るがごとく、粉の付着によって透明じゃなくなり、設置場所がバレバレになった結界を避け、ダイゴは易々と地上に降り立つ。
「こんなもんか。……さあ、茶番は終わりだ。時間もない。生産職の分際でここまであがいたお前への褒美に、俺様の最強の一撃で片をつけてやる。光栄に思え!」
上空から間断なく降り注ぐ槍の雨をノールックで弾きながら、ダイゴが一方的に宣告する。
フェンシングにも似た、右腕を突き出し、左腕を引いたその独特の構えは、ダイゴの芝居がかったセリフとよく似合っていた。
「わかりました。なら、俺も次の一撃に全てを賭けます!」
俺はそう叫び返して走り出す。
結論から言えば、ダイゴの推測は、半分正しくて、半分間違っていた。
何とかして、ダイゴに地上へと降りてきて欲しかったのは確かだ。
だけど、こんなトラップだけで倒せると考えるほど、俺はダイゴを侮っている訳ではない。
俺が望んだのは、ともかく、回避されずにダイゴと刃を交えること――それだけだ。
今、空からは槍が降り注ぎ、飛行は封じられている。
そして、地上でのダイゴの進路は、結界により一直線に限定されている。
条件は整った。
これで、俺とダイゴは正面からぶつかり合うしかない。
そんなことは、きっとダイゴも気が付いている。
気が付いているが、彼には焦る理由がない。
なにせ、小細工なしの殴り合いはダイゴの望むところ。正攻法なら、ただの非戦闘職の裁縫士に、最強の前衛戦闘職である彼が負ける理由は、何一つ存在しないのだから。
「『
ダイゴが駆ける。
一歩進めば剣の帯びる闇が膨らみ、二歩目を踏めば闇の竜の虚像が首をもたげる。
それはまさに物語の『主人公』にふさわしい圧倒的な威容。
「『蜂の一刺し』!」
対して俺が発動できるものといえば、名前もダサけりゃ、ダイゴみたいに派手なエフェクトもない。初心者に毛が生えた程度の戦闘スキルだけ。
そんな俺の最弱の剣がダイゴとの最強と触れ合うその瞬間。
俺が開いたのは、『裁縫』でも『鍛冶』でも『建築』でも、その他いかなる生産スキルでもなく、ただのステータス画面だった。
『腰越瀬成と結婚しますか? YES or NO』
『藤沢由比と結婚しますか? YES or NO』
『細石礫と結婚しますか? YES or NO』
事前にみんなに申請してもらい、ずっと保留状態にしていたメッセージ。
流れるように指をスワップさせ、その全てに『YES』を押す。
『おめでとうございます! 腰越瀬成は鶴岡大和と夫婦になりました。全ステータス+200%』
『おめでとうございます! 藤沢由比は鶴岡大和と夫婦になりました。全ステータス+200%』
『おめでとうございます! 細石礫は鶴岡大和と夫婦になりました。全ステータス+200%』
1が3になり、3が9になり、9が27になる。
計、2700%の常軌を逸したステータス補正。その純粋な力の底上げが、何の奇跡も、小細工も、チートもなく、この瞬間、最弱の俺をして、最強のダイゴを超越させる。
そして、導き出される結果は必然。
ガキン!
俺の剣は、瞬く間にダイゴの剣を弾き、
ザク!
その鎧を貫通し、
ザシュ!
鍛え上げられた土手っ腹に風穴を空ける。
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