第152話 二人の英雄(3)

「――カハッ。結婚ボーナス……だと。なぜ、重ねがけ、できる。カロンファンタジアのシステム上、一人としか結婚できないはず、だろうが!」


 ダイゴが口と腹からどす黒い血を垂らしながら、驚愕に目を見開く。


「世間には公表してませんが、俺、異世界の人たちの王様になったんです。で、王様になると重婚が解禁されるんです。俺もなってから初めて知ったんですけど」


 俺はダイゴの腹から剣を抜き、血を振り払う。


「……くっくっく。なるほど、な。これが、好き勝手に生き『まつろわぬ者の物語カオスルート』を貫いてきた俺と、自己犠牲で他人様を助けまくってきた『正義シナリオロウルート』を選んだお前との違いって訳か。『邪道は王道に勝てないから邪道』。本当、よくできてやがる。くはっ。ははははは」


 ダイゴは先ほど俺に向かって放ったばかりのセリフを噛みしめるように呟く。


 その表情は、どこか楽しげだった。


「正義とか、そんなつもりはなかったんですけどね。俺はいつも、状況に迫られて、やらなければいけないことを必死にやってきただけです」


「あー、真顔でくせえこと言うんじゃねえ。本当に主人公みたいじゃねえか――っていうか、てめえ。ハーレムとか、そういう、キャラじゃねえだろうが」


 ダイゴは腹を押さえながら、ゆっくりと仰向けに倒れた。


 その呼吸が、段々と荒くなっていく。


「だからこそ不意打ちになるんじゃないですか。ダイゴさんも、ガキだの童貞臭いだの馬鹿にしてた俺が、まさかハーレムを武器にしてくるとは思わなかったでしょう」


 平然を装いそう答えながらも、内心、俺は躊躇していた。


 このまま俺はダイゴにとどめを刺してもいいのだろうか。


 ダイゴは善人とは言い難いが、少なくとも悪人ではない。


 彼自身が露悪的に振る舞うためによくない印象を抱きがちだが、よくよく振り返ってみれば、俺の知る限りで、ダイゴが直接的に誰かを傷つけたことはない。


 奥多摩のロックさん救出作戦の時には妨害されたが、俺たちにも事情があったとはいえ、自衛隊にプドロティスをなすりつけようとした行為自体は決して褒められたものではなかった。3階層で他国のチームを見捨てようとしたのは、先に向こうが裏切ってきたのだから、当然といえば当然だ。


 そういった事実から考えれば、ダイゴは律儀すぎるほどに、ゲームとしてカロン・ファンタジアのルールを順守して、フェアに戦ってきたともいえるのだ。


「そうだな。……ああ。……そうだ。…………違えねえ」


 ダイゴはすがすがしそうに微笑みながら、瞳を閉じる。


 今この瞬間にも、ダイゴの腹からは鮮血が流れ出し続けている。


 遠からず、それは致死量に達するだろう。


「マスター! 死んじゃだめっす! マスタあああああああああああああああ!」


 駆け寄ってきたピャミさんがダイゴにすがりついて泣き叫ぶ。


 こんな光景を見せつけられると、ますます殺しづらい。


「マスター! マスター! 返事してくださいっす! どうすればいいんっすか!? チューっすか? チューしたら起きるっすか!?」


 混乱したピャミさんが、ダイゴの身体を揺すり、頬を叩き、彼の顔に唇を近づけていく。


「……ちっ。話しかけんな! 揺すんな! 顔を近づけんな! ここで俺が死なないと一騎打ちのオチが締まらねえだろうが! 空気読めやクソ奴隷が!」


 その騒々しさに耐えかねたように、ダイゴがあっさり起き上がる。


「マスター! 大丈夫っすか!? 本物っすか? ゾンビじゃないっすよね?」


「何言ってんだボケ! 俺が英雄になった時に『反魂はんごん』のスキルを取ってるのを忘れんじゃねえ! 俺は後、三回は死ねる」


 ダイゴは抱き着いてこようとするピャミを突き飛ばしながら、バク転して後方へと跳ぶ。そして、先ほど俺が弾きとばした漆黒の剣を拾い上げた。


「勝ったと思ったか? 裁縫士。さあ、第二ラウンドを始めよう」


 漆黒の剣を構えたダイゴが高らかにそう宣言する。


 彼の身体の傷は、いつの間にか、何事もなかったかのように塞がっていた。


 どうりでダイゴがやられたというのに、ピャミさん以外の首都防衛軍の面々が全く動揺していなかった訳だ。


「くっ!」


 俺も剣を構え直す。


 いくら今の俺がダイゴをステータスで大幅に上回っているとはいえ、ネタがバレてしまった以上、楽には倒させてくれないだろう。


 再び激戦を覚悟した――その時。


「――なんてな」


 ダイゴは唐突に肩をすくめ、手にした剣を投げ捨てた。


 その漆黒の剣が、俺の眼前に突き刺さる。


「『塔破壊のダイゴ』は死んだ。――だから、行け! 裁縫士。俺の気が変わらないうちにな」


 ダイゴはぶっきらぼうにそう言うと、俺に背中を向け、仲間の方に向かって歩き始める。


「いいんですか?」


「これ以上プレイヤー同士で争ってる時間はねえ――それに、お前はまあまあ俺を楽しませてくれたからな」


 そう告げるダイゴの表情は見えない。


 でも、もし、俺と戦うことで、彼の中の渇きが少しでも満たされたなら。


 俺は純粋にそのことを喜ばしく思う。


「ありがとうござます! ――でも、くそっ。どうやって、七里を助ければいいのか」


 俺は歯噛みする。


 ダイゴを倒したところで、根本的な問題が解決した訳ではない。


 七里を救うには可能性の束が必要なのに、可能性の束を手に入れるには七里を殺さなければいけない。この禅問答みたいな矛盾の答えを導き出さない限り、俺にとっての真の勝利は訪れないのだ。


 残り時間は、すでに10分を切っているというのに。


「ある」


「え?」


「――お前の妹を助ける方法はある」


 ダイゴが独り言のように呟く。


「本当ですか!? 教えてください!」


「ばーか。俺はお前のお助けキャラじゃねえんだよ。そこまで親切にしてやる義理があるか」


 思わず食いつく俺に、こちらを振り返ったダイゴが、最高に憎たらしい嘲笑を浮かべて吐き捨てる。


 しかし、その視線は、しっかりと俺の眼前に捨てられた、彼愛用の漆黒の剣――『影の掌握者』に注がれていた。


 これはきっと不器用な彼の出せる、精一杯のヒント。


 ダイゴと付き合いの長くない俺にも、それくらいのことは分かる。


(つまり、この『影の掌握者』を使えということだろうか)


 俺は改めて、今までダイゴが影の掌握者を使っていた場面を思い浮かべる。


 ダイゴのスキルに依存しない――つまり、俺でも使えるこの剣の特性は、使用者の意思に従い『触れた物を吸収し、放出することができる』ということ。


 どうやらこれを使って、七里を助ける方法があるらしい。


 ……。


 ……。


 ……。


(なるほど!)


 考えること数秒、俺はようやくダイゴの意図を理解する。


 そうか。


 そういうことか。


「ありがとうございます! ダイゴさん。武器、お借りしますね。代わりに、これをどうぞ」


 俺は左手でダイゴの影の掌握者を引き抜き、代わりに右手に持っていた剣を投げ捨てる。


「ちっ。どういうつもりだ」


 目の前に刺さった長剣に、ダイゴが怪訝そうに呟く。


「確か、ダイゴさんって光の装備に適性がありましたよね。それ、光属性みたいなんで是非使ってください。少なくとも丸腰よりはいいでしょう? よかったら、名前でもつけてあげてくださいね」


「……」


 ダイゴは心底嫌そうに顔を歪めながらも、無言で俺の使っていた長剣を拾いあげる。


「おおおおおおおお! なんっすか? 友情っすか!? 拳で語り合った後はマブダチみたいな少年漫画的な王道展開っすか?」


「うるさい。黙れ」


「あうっ!」


 ダイゴが、剣の柄でピャミさんの頭を殴って黙らせながら、仲間の下へと帰っていく。


「うおおおおおおおおおおお! 強い! 速い! かっこいい! 私の兄さんは世界一いいいいいいいいいいいいい!」


「よかった。大和が無事で」


「お見事な手際でした。おめでとうございます。ご主人様」


「ありがとう。みんなのおかげだよ」


 駆け寄ってくる仲間たちに、俺は笑顔で応える。


 彼女たちがいなければ、そして、俺が異世界人たちの王にならなければ、ここまで辿りつくことはできなかった。


 秩父でも、奥多摩でも、この天空城でも、大変なことばかりだったけど、俺がやってきたことの全ては、無駄ではなかったと、今ならそう断言できる。


「それで、ご主人様。七里さんの救出方法についてですが……」


「ああ。うん。そうだ。今の内に説明しておかないとね」


 俺はダイゴのヒントを基に考え出した作戦を、三人にかいつまんで伝える。


「――中々えぐいですね。でも、兄さんがやると決断されたなら、私はどこまでもついていきます」


「……気が進まないけど、他にどうしようもないんだもんね」


 その突拍子もないアイデアに、みんな最初は驚きを隠せない様子だったが、最終的には納得して貰えたようだ。


「さあ、七里を迎えに行こう」


「「「はい!」」」


 俺は、仲間たちと共に、光の輪に突き進んでいく。


 この先に待つ、本当のラストバトルを目指して。


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