第57話 ゴブリン狩り

 小田原さん経由で依頼を引き受けた俺たちは、翌日、丹沢山麓へと向かった。


 早朝、小田急線の秦野駅で下車し、寺社側が用意した小型バスに他の冒険者と一緒に乗せられた俺たちは、小一時間ほど車に揺られて、山の麓で降ろされる。


 鬱蒼と生い茂る山々はどこか沈鬱な雰囲気を纏っていた。


 ネットで調べた所では、これでも前は眺望に優れ、かつ手頃に登れる山として、それなりに登山客に人気があったらしい。その頃の名残か、木々の枝葉に覆われた隙間から、稼働をやめてしまったロープウェイの残骸が虚しく顔を覗かせている。


 結局、ここも『ダンジョン化』して前とは環境が一変してしまったということだろう。


 集まったのは、俺たちのような冒険者が三十名ほど、野伏(のぶせ)の格好をした僧侶が十名なのだが――。


「よう! アミーゴ! 来てくれて嬉しいぜ」


 その中に、微笑みを浮かべて合掌する石上がいた。


 修行のせいか、頬はこけ、身体のあちこちに生傷があるものの、いたって元気そうである。


「なんだよ……。無事なら、メッセージくらい寄越せよ」


 あっさり友人の無事を確認した俺は、拍子抜けしたように呟く。


「悪いな、心配かけて。修行の最中はデバイスの使用と、外部との接触を禁止されてるんだ」


「はっ? 今、ウチらと普通に喋ってるじゃん」


「カロン・ファンタジアの兵装も普通に展開してますよね」


 瀬成と由比が口々に疑問を呈する。


 確かに、石上はすでに戦闘スタイルに移行していた。動きやすさを重視した法衣に、僧らしい錫杖がジャラジャラと音を立てる。


 一時期やり込んでいただけあって、中級レベルの装備とスキルだ。


「ああ。だから、これは特別だよ。一応、ここの山は俺んとこの宗派の霊山だからな。そこをモンスターに奪わる訳にはいかないんだ。使える戦力は総動員ってことで、俺もさっきデバイスを解禁されたばかりなんだよ。お前らが来るって知って、慌ててこの討伐メンバーに加えてもらったんだ」


 石上が弁解するように言った。


「まー、いいじゃん! 怪我してるならともかく無事だったんだからさ。早く行こう! 冒険! 冒険!」


 七里が適当なフォローをして、山を指差した。


「ま、確かにな。でも、はやるなよ。石上の無事がわかった以上は、今回のクエストの目的はあくまで訓練の成果の確認だから。お前がちょっとでも無理したら速攻で帰るぞ」


「うー、わかってるてば」


 七里がじれったそうに頷く。


「よし、じゃあ、早速力を貸してくれ。作戦の詳細は聞いてるな?」


 石上が確認するように問うた。


「ここの、ヤビツ峠を出発して、塔ノ岳を目指すってことっしょ?」


 腰越が呟く。


「そうだ。他の登山ルートからも、俺たちの仲間が同時に出発してるから、皆で敵を包囲して塔ノ岳まで追い詰め、一気に殲滅するんだ。山道で迷わないように、一つのギルドに一人、俺みたいなガイド役がつく」


 石上が補足した。


「なんというか……、敵そのものよりも登山する方が大変そうですね」


 由比が山を見上げて呟いた。


「一応、最低限歩けるように先に俺たちが道を切り開いてあるし、ダンジョン化したとはいえ、元々、初心者の登山家でも登れるような山だからそんなに心配することはないぞ。……ヒルは出るけどな」


 石上が最後を、冗談めかす形で締め括る。


「うえー。きもいのやだー」


 ヒルがうじゃうじゃいる光景を想像したのか、七里が顔をしかめた。





 ゴブリンは人間の子どもほどの大きさのモンスターである。


 見た目は、しわくちゃな緑色の身体に、出っ歯なネズミといった風情の醜悪な顔がのっかった感じだ。


 小学校低学年ほどの知能があり、その中でも特に優秀な固体はゴブリンシャーマンとなる、


 基本的には雑魚モンスターだが、集団戦を展開してくるところには注意しなければならない。


 心の中で、ゴブリンの基本情報を反復し、今、目の前にいる敵たちと向かい合う。


 ゴブリンシャーマンが一体に、その護衛の普通のゴブリンが二体。ゴブリンの編隊としては、オーソドックスな構成だ。


 キャキャキャキャ!


 こちらを視認したゴブリンシャーマンが、甲高い声で普通のゴブリンに命令を下し、魔法を詠唱し始める。


 鋭い石のナイフを装備したゴブリンが、シャーマンを守るように進み出た。


「七里と由比で前衛を排除して。瀬成は弓でゴブリンシャーマンの詠唱を妨害」

 俺の命令に、メンバー全員が頷く。


 いつもなら、俺が前線に出るのだが、今日は由比の代わりに石上という回復要員がいるので、攻撃型の陣形をとることにした。


 瀬成は、カロン・ファンタジアのキャラクターとしてのスキルレベルは低いため、あまり敵にダメージは与えられないが、その代わり実戦レベルで弓を使える現代人とは思えない戦闘力を備えているので、貴重な遠距離攻撃のできる人材として牽制に回ってもらうことにしている。


「大回転切り!」


 グギャア!


 七里の一撃に、耳障りな声を上げて、一体のゴブリンが地面に倒れ伏した。


 もう一体のゴブリンが地面を転がり、木々の間隔が狭く下草が生い茂る場所に身を隠した。大振りの七里の剣技が威力を発揮しにくい場所だ。


「大嵐の旋風!」


 刹那、由比がスキルを叩き込む。


 烈風が下草を刈り取り、傷ついたゴブリンが元の場所に吹き戻される。


「死ねええええええ!」


 七里が隙の少ない突きで、ゴブリンを貫いた。


 派手な技ばっかりにこだわっていた七里も少しは成長しているようだ。


「撃つから!」


 瀬成が端的にそう宣言する。


 由比が跳び退き、七里は地面に伏せ、瀬成の弓の射線を空けた。


 キッ!


 真っ直ぐに飛んだ矢が、ゴブリンシャーマンの眉間に命中する。


 詠唱を妨害されたゴブリンシャーマンが、苛立たしげにその杖を振り回した。


「私に任せてください!」


 由比が宣言する。


 七里と攻撃がバッティングしないように声に出すことは結構重要なのだ。


「ふっ」


 由比が小さく息を吐きだして、ゴブリンシャーマンの頭蓋に一撃を刺し込んだ。


「余裕だね! お義兄ちゃん!」


「まだだ! 油断するな!」


 調子こいてこちらを振り向いた七里を言葉で制する。


 木の葉が揺れる。


「大和! 上!」


 腰越が叫んだ。


「わかってる! 『縫い止め!』」


 由比の頭上から降ってくる二つの物体。


 その存在にも俺はもちろん気づいていた。


 飛び出した投網が空中で二つに分かれ、それぞれのゴブリンを包み込む。トラップにはまったみたいに、二体のゴブリンは木々に吊るし上げられた。


 『拡大』のスキルのおかげで既存のスキルの効果時間が延長されただけでなく、細かな距離の調整や技の使い分けができるようになっていた。


「七里は左、由比は右を!」


 俺は最後の命令を下す。


「おっけー!」

「わかりました!」


 ザクっ。


 グシュっ。


 動けない敵に、二人は確実に攻撃を成功させ、戦闘は終了した。


「お疲れ。じゃ、二人はそのまま死体からアイテムを回収して。腰越と俺は一応、周囲の警戒」


 俺はそう言って周囲を見回した。


 やっぱり、後衛がいると言うのは強い。


 全体を見渡して戦況を把握しやすくなるし、待ち伏せや奇襲といったリスクも減らせる。


「いやー、大したもんだな。もし危なかったら俺も手を出そうと思ってたんだが、出る幕がなかったぜ」


 石上が感心したように呟いた。


「まあ、何とかな。つーか、石上も戦ってくれてもいいんだぞ?」


「お前らの報酬を横取りしたくはないからやめておくよ。それに、仏敵とはいえあんまり殺生は気持ちいいものじゃないからな」


 石上がはにかんだ。


 本当に心根の優しい男である。


「でも、石上さんはこんな環境で、一カ月近くも修行してたんですよね? 結構、ゴブリンに遭遇したんじゃないですか?」


「敵が増えて来たのはほんとにここ数日だからな。それまでは、なるべく気配を消すようにしてたんだ」


「ねえねえ。お義兄ちゃん。石上さんに、どんな修行をしてたか聞いてよ。漫画みたいに滝に打たれたりしてるのかな」


 七里が俺に耳打ちしてくる。試験勉強の時には十分馴染んでいた癖に不意にコミュ障を発揮するのがめんどくさい。


「聞こえてるぞ。俺の修行の内容が気になるのか? 入門希望者はいつでも歓迎だぜ」


 耳ざとくききつけた石上が七里に微笑みかける。


 七里がふるふると首を振った。


「天真宗がここでやる修行っていったら、あれっしょ? 『百度参り』」


 瀬成が口を挟む。


「さすが詳しいな。そうだ。これからの俺たちの目的地でもある塔の岳には神社があってな。そこに麓から持ってきた、経文を編み込んだ荒縄を奉納するんだ。で、奉納したら麓まで新しい荒縄を取りに戻る。また、納めるために山を登る。その繰り返しだ」


「うわっ。何だそれ。確か、この山って往復八時間くらいはかかるよな?」


 しかも、その時間はモンスターが出現する前での換算だ。人間の命を狙う敵が出るとなれば、もっと時間はかかるはずなのに。


「夏休みは 大体、四十日ですから、一日換算で二往復半しなきゃいけないことになりますね。尋常な人間に可能な行程とは思えません」


 由比が俺の言葉を継いで言う。


「ま、修行だからな。何とか六時間くらいは寝られるし。ガチの修行になると一日三時間睡眠で山歩きを千日間続けなくちゃいけないから、それにくれべりゃこんなの遊びみたいなもんだよ」


 石上が特に気負いもなく、あっけらかんとそう言ってのける。


 やっぱり寺生まれってすごい。

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