第58話 山頂にて
クエストの工程は全くの順調だった。
敵が想定したよりは少なかったし、懸念材料だったゴブリンたちの奇襲も、獣並の危機察知能力を持つ瀬成と石上の前では完全な無力だった。
おかげで、戦闘そのものよりも、山登りの方が大変だったくらいだ。
途中休憩を挟みながら進軍し、午後一時過ぎ、俺たちは神社のある塔ノ岳の山頂までやってきた。
色があせて茶色に近くなった鳥居の先には無数の古木が植わっており、その幹には樹皮が見えなくなるほどに、荒縄がグルグルと巻かれている。
石上みたいな修行僧たちの苦心の成果だろう。
そんな観察をしている内に、別の登山ルートからも山狩りの冒険者たちがぞろぞろとやってきた。
ギギ!
ギギギ!
ギギギギギギギ!
追い詰められ、逃げ場をなくしたゴブリンたちが、神社の境内にすし詰めになっている。
中心にゴブリンシャーマンが集まり、その周りを普通のゴブリンたちが取り囲んでいる。
ギャ、ギャ、ギャ、ギャン、ギャギャギャギャン!
ゴブリンシャーマンが声を合わせて、大規模な詠唱を始めた。
基本的に下級の魔法しか使えない奴らだが、力を合わせればBクラスくらいの魔法を発動することはできるのだ。
もちろん、僧たちがその抵抗を見逃すはずはない。
そんなことはとっくにお見通しだとでも言うように円陣を組み、ゴブリンたちを取り囲む。
「よしっ、じゃあ俺もちょっと調伏の輪に加わってくるぜ!」
「ああ、頑張れよ」
俺は頷く。
石上が駆け出して僧たちの輪に加わった。
「なんか、和風ホラーもののワンシーンっぽくてわくわくするね」
七里がひそひそ声で呟く。
「うん。お姉ちゃん。私も『折伏』のスキルを使うところを生で見る機会なんて中々ないからね」
由比が頷いた。
シャリン。シャリン。シャリン。
魔を浄化するという錫杖の音が重ね合される。
「世尊妙相具我今重問彼仏子何因縁――」
荘厳な読経の音が、静寂の森に響く
。
グケエエエエエ!
ゴブリンたちが、苦しげな呻き声をあげ、手で耳を抑える。
ゲーム時代に比べると、やっぱり、随分リアクションは豊かだ。
「で、幽霊とかならともかく、坊主の読経がモンスターに効果あるんだ」
瀬成が意外そうな声で呟いた。
「ああ。坊主は坊主でも、『カロン・ファンタジア』の僧としてのスキルだからな」
『折伏』は、相手の能力を弱体化させるスキルだ。特に魔法攻撃力に対する影響が大きく、複数の人間が同時に発動することで連携のボーナスもつく。ゴブリンシャーマン程度なら、ほぼ攻撃力がなくなるレベルまで力を減少させることができるだろう。
「御仏の慈悲によりまして、物の怪の妖術は封じられました。今こそ、皆で仏敵を調伏するため阿修羅となる時です」
僧の代表らしい年配の男性が厳かな声でそう宣言する。
「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」
冒険者たちが少しでも取り分を増やそうとゴブリンたちに殺到する。
「お義兄ちゃん! 早く私たちも行かないと、なくなっちゃうよ!」
七里がバーゲンにでも参加するような口調で俺を急かす。
「じゃ、行くか。他の冒険者の攻撃に巻き込まれないようにな。もし、他の冒険者と獲物の取り合いになったら相手に譲るように」
俺としても報酬が欲しくない訳ではないが、そのためにいらない怪我をしてはつまらない。
「わかりました」
「おっけ」
由比と瀬成が頷く。
「じゃ行くよおおおおおお! うおおおおお! 私の剣の錆にしてくれるわあああああ!」
七里がテンプレなセリフを吐いて突っ込んでいく。
由比がそれをフォローするように後に続いた。
(特に大した危険もなく。終わりか)
「ふえっ!?」
俺がほっとしかけたその時、七里が素っ頓狂な声を上げた。
突如、目の前に発生した奇妙な光景に、俺は目を見開く。
今にも戦端が開かれようとしたまさにその瞬間。
ゴブリンたちは、その稚拙な技術で造られた石のナイフを振り上げて。
自らの首筋に刃を突き立てた。
そうその日。
狩るか狩られるかだけを考えるだけで十分だった、俺たちの単純でゲーム的な決まり事は。
あっさりと崩壊した。
『 special tips
弱き怪物たちの浅はかな企みは、老獪な人間たちの数の暴力の前になす術もなく水泡に帰した。
しかし、彼らは諦めない。
愚かなる故に。
卑小なるが故に。
純粋なる狂気でもって、その身を邪神に捧ぐ』
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