第144話 カロン・ファンタジア(1)

「え? あ? は?」


「あはははは、中々いい顔をするな。お前! ガキは嫌いだが、こういう時はからかい甲斐があっていい」


 ポカンと口を開けた俺を指さし、ダイゴが大笑いする。


「……NOを選びましたか。確認しますが、選択ミスではありませんね?」


 カロンはそこで初めて目を細め、不愉快の感情を露わにする。


「俺がそんな単純な間違いをするようなマヌケに見えるか?」


 ダイゴが薄ら笑いを浮かべたまま、カロンを見返す。


「そうですか。不思議です。今までのあなたの行動を鑑みるに、同じ人間であるというだけで不必要な個体に同情するという精神的な脆弱性を有しているとはとても思えなかったのですが」


 カロンは機械的な仕草で首を傾げる。


 残念ながら、この点においては俺も同意だ。


「当たり前だろう。俺は、人類が滅びようと一向にかまわねえ。俺様のギルド以外の奴らがどうなろうと知ったことじゃないからな」


「ならば、なぜ私の提案を拒絶したのです」


「あ? んなことも分かんねえのか。この世にRPGが生まれたばかりの遥か昔から、『世界の半分をやろう』とかいうラスボスの甘言にのった馬鹿勇者はな、レベル1に弱体化されて始まりの町に戻されるお約束なんだよ! 俺様がそんな見え見えの罠に引っかかると思ったか!」


 ダイゴが確信めいた口調で断言する。


 今まで散々ダイゴのぶっとんだ思考に振り回されてきたけれど……今回ばかりは彼がゲーム脳で助かった。


「そのような邪推をする必要はありません。私は、生きとし生ける者の創造主です。故に私にはあなたたちに命を与え、そして奪う権利があります。あなた方を滅ぼすつもりなら、わざわざだまし討ちなどせず殺しています」


 カロンがダイゴを懐柔するような柔らかな口調で諭す。


「だったら、余計に幻滅だな。てめえらが俺らより進化した存在だって言うんなら、もっとおもしろいシナリオを用意して出直してこい。今のお前らが描いているシナリオは、まるでアタリショック前後の発売即ワゴン行きのクソゲー並にチープだ。つまんねえんだよ」


 ダイゴはそんなカロンに中指を立てて、真っ向から挑発した。


「ふう。最後にもう一度確認します。あなたに、不要な人類を処分する意思はないのですね」


「何度も言わせるな。俺に命令できるのは俺だけだ。神だろうが! 魔王だろうが! GMゲームマスターだろうが! 俺様に何かを強制することはできねえ。欲しい物は全て俺様自身の力で奪い取る! 誰かに恵んでもらうなんてごめんだ!」


 ダイゴはそう大見得を切って、剣を構えた。


 くそっ。


 悔しいけれど、正直、ちょっとかっこいいと思ってしまった。


「残念です。では、次点の候補者に、選択権を委ねるとしましょう」


 そういうと、カロンは俺の方に向き直る。


「え、俺?」


「はい。プレイヤー・ツルガオカヤマト。あなたは英雄プログラムにおいて、スキルの劣勢と知力・体力の平凡さから、大成する可能性が低いと見積もられていたにもかかわらず、その適応力と判断力であらゆる劣勢を覆し、ここまで到達しました。私の目算を覆し続けたあなたはイレギュラーであり、ある意味で人類の進化の無限の可能性を象徴しているとも言えるでしょう。あなたもまた、現人類の中で、可能性の束を手にするに足る稀有な存在です」


「だから、俺にも人類を滅ぼすかどうか選べと? 俺が受け入れると思いますか? さっきの言動を見ていれば分かったでしょう」


 俺は呆れ気味にカロンを睨みつける。


「では、拒否すると。なぜです? あなたの目的は、私の派遣したN―30210……あなたの言うところのツルガオカナナリを復活させるために戦ってると把握しています。可能性の束があれば、今すぐにでもその夢が叶うのですよ」


「ふう。俺の望みは、七里を含めた全ての日常を取り戻すことです。たとえ七里だけが帰ってきたとしても、世界が壊れていたら意味がない」


 俺は溜息と共に首を横に振る。


「ならば、一度全てを破壊した後、創造し直せばいいことではありませんか? あなたの町も知人も、世界も。可能性の束を使えば造作もないことです」


「たとえ、もし全てを完全に元通りにしたとしても、それは俺の知っている『日常』とは別の世界です。世界中の人間を苦しめて滅ぼしたという事実を無視して、平然と暮らし続けられるような生物を――俺は人間と認めません」


 もうこれ以上、カロンと話すことはない。


 俺は、迷うことなく『NO』に拳を叩きつける。


「そうですか。残念ながら、プレイヤー・ダイゴとプレイヤー・ツルガオカヤマトの他に、人類の中に可能性の束を手にする資格がある者はいません。ということは、やはり、人類は全て処分されるべき存在だという結論になります」


 カロンはそう言うと瞳を閉じ、悲しみと諦念の入り混じった表情を作る。


「そんな勝手が許される訳ないでしょう! ダイゴさん! ここは可能性の束のことは保留して、共闘してカロンを倒しましょう」


「ほら、真面目英雄ヒーローがこう言ってるぞ。どうする。カロンさんよ」


 ダイゴが成り行きを楽しむように、俺とカロンを交互に見遣る。


「ならば、まずは私自らの手で、失敗作であるあなた方、英雄モンスターを処分した後、世界を一度リセットし、再び地球という苗床に知的生命体のシードを埋め込んで、実験をやり直すとしましょう」


 カロンが瞼を開く。


 いつの間にかその瞳と両方の翼は、血のような真紅へと変貌していた。


「へっ。決め台詞までつまんねえ奴だ。やってみろ。テンプレラスボス様よ!」


 ダイゴの挑発と共に、それまで俺に向かい合っていた首都防衛軍がカロンと対峙する。


「抵抗するだけ時間の無駄です。私は生きとし生ける者の全能たる創造主。被造物であるあなたたちには、私に傷一つつけることすら叶いません」


 カロンが両方の翼で身体を覆う。


 再び翼を広げたその身体は、白銀に輝く鎧を纏っていた。


「嘘だな。お前は全能の創造主を名乗れるほど大層な存在じゃない」


 カロンのセリフをダイゴは鼻で笑い飛ばす。


「……悲しいことです。どうして人間という失敗作は、目の前の事実より、根拠のない願望を信じたがるのでしょう」


 カロンはそうわざとらしく嘆いてみせると自らの翼から抜いた一枚の羽に、ため息を吹きかける。


 それは、瞬く間に一本の長剣へと変貌し、カロンの右手へと収まった。


 鎧と同じ白銀に輝く剣が、ダイゴの握る漆黒と好対を成す。


「根拠がないだと? あるさ。本当にお前が、終末機構やら福音機構やら高次元の存在なら、今までのフレーバーテキストみたいに一見、訳の分からない迂遠な思想をまき散らしてくるはずだ。だが、今のお前の発言はどうだ? まるで厨二の妄想ノートを具現化したみたいな反吐が出るほど分かりやすいセリフしか吐かねえ。つまり、てめえも所詮、俺たちと同じ、『カロン・ファンタジア』というシステムの枠内でしか戦えない有限の存在だってことさ」


「くだらない。私が創造主でなければ、なんだというのですか」


「教えてやるよ。そもそも、『カロン』っていうのはな。ギリシア神話に出てくる、汚ねえ服着た、あの世とこの世を繋ぐ、冥府の川の渡し守のジジイのことだ。到底創造主と呼べるような崇高な存在じゃねえ。要するにてめえは、俺たちの生きる三次元と、終末機構やらがいる高次元を結びつける存在――アイカやこの道化なる裁縫士のところに遣わされた偽妹と同じ、下っ端の『ユニット』にすぎねえんだろ。ただの使い走りが気取ってるんじゃねえぞバーカ。この偽神ー!」


 ダイゴがまるでカロンのセリフを見透かしていたかのように言葉を並べ立てて反駁する。


(そうか……。カロンにはそんな意味があったのか)


 何となくわだかまっていたものが腑に落ちた。


 もしダイゴの説が正しいのだとすれば、俺たちプレイヤーに与えられた使命は明らかだ。


 人間の感情を捨て去るような誤った進化こそが正しいと考える『偽神が抱きし幻想カロン・ファンタジア』を打ち砕くこと。


 それが、この途方もないオフラインゲームの最終目標なのかもしれない。


「言いたいことはそれだけですか。卑小なる人間よ。――ならば、試してみるがいいでしょう。私が偽りの神かどうか!」


 カロンは憤怒の形相と共に、長剣を虚空に一振りした。


 プドロティスの上半身をしたエルドラドゴーレムが一体。スライムの下半身をしたウェアウルフが10体。腹に無数のクックを孕んだゴブリンが20体。


 今までに見たことないような、物理法則も進化論も無視したへんてこな合成獣キメラモンスターたちが、カロンの周囲に侍る。


 つまりは、カロンが『創造』した新種の生命体ということなのだろう。


「あの! ダイゴさん! どうやって連携しますか!?」


 早くも戦闘に突入しそうな気配に、俺はダイゴに声をかける。


「慣れてねえ糞が下手に援護に入ると邪魔になる! てめえはカロンの出した雑魚の相手でもしてろ! 俺様はカロンをる!」


 ダイゴはこちらを見もせず、ぶっきらぼうに言い放つ。


 露払いなんて情けないが、確かに今の状況では現実的かつ合理的な作戦だ。


「わかりました! 任せてください! ――みんなはまた装甲車に入って、自動人形で俺を援護してくれ!」


 俺は即座にそう応答し、装甲車を出現させた。


 そして、運命の戦いが始まる。


『――special tips――


 此人こひと問うて曰く。


 神が人を作りしか。

 人が神を作りしか。


 彼人かひと答えて曰く。


 全てははや、忘却の彼方。

 往きし此の方知る人ぞなし。


 されど愚思へらく。


 神、人を殺すことあたわば。

 人、またく神を殺すべし。


 此人と彼人、まみえて曰く。


 しかり然らば致し方なし。


 此方こなた彼方かなた夢現ゆめうつつ


 決着の時は今ぞ』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る