第91話 大団円のその先に

「鶴岡さん! ハイポーションです!」


 モービルを近くに着陸させた礫ちゃんがこちらに駆け寄ってくる。


 俺は動けない。


 今更になって、吐き気のするような激痛が俺の右脚を襲う。


 呼吸が荒くなる。


「た、助かるよ」


 俺は息も絶え絶えに、その青色の液体が入った小瓶を受け取った。


「では、まずは『ザイ=ラマクカ』の皆さんの石化を解きましょう。私は少し距離のある所に落ちた由比さんと石上さんの所に行ってきます」


 礫ちゃんはそう言って、忙しなく俺から離れた。


 礫ちゃんとしては、ロックさんを一番に助けたいはずだが、先に俺の仲間を優先してくれるつもりらしい。


「お願い。俺はポーションを飲んだら、ここから一番近くにいる瀬成を治すから」


 俺はそう答えて、ハイポーションを一気に口の中に流し込む。


 臭くて苦い、舌が痺れそうになるその味を我慢して、それを嚥下する。


 効果はすぐに現れた。


 自分の右脚がにょきにょきと生えていくその様を直視するのが気持ち悪くて、俺は目をそらす。


「にゃー! よくやったにゃ! やっぱり勇者様はすごいにゃ! にゃにゃにゃ」


 マオが両手を挙げて、跳ねるように俺の下へやってきた。


「マオも。すごい操縦技術だったよ」


 俺も片手を挙げて応え、マオを誉める。


 俺たちの力だけじゃ、プドロティスは絶対に倒せなかった。


 それだけは間違いない。


「そう言って貰えると嬉しいにゃ。それにしても、まさか、マオの代で伝説の王が誕生する瞬間に立ち会えるとはにゃー」


 マオが感慨深げに頷いた。


「王?」


「にゃにゃ? まさかお前は何も知らないでプドロティスを倒したのかにゃ?」


「うん」


「にゃー。まあ、いいにゃ! とにかく今はカニスたちの石化を治す方が先決にゃ! 早く『オルスの雫』を寄越すにゃ!」


 マオはそう要求し、両腕を突き出してくる。


「ああ。わかった」


 俺はアイテムコマンドで、『オルスの雫』を二つほど受け渡す。


 アイテムボックスのシステムを有しないマオたちは、俺たちのように簡単にたくさんのアイテムを保管しておくのはできないのだから、仕方ない。


「にゃー! カニス、今助けてやるにゃー!」


 両手にオルスの雫を抱えたマオが、モービルに飛び乗って宙に舞う。


「ついでに七里も治してやってくれ!」


「任せるにゃ!」


 マオがこちらに応えるように尻尾を振る。


 俺も地面に手をついて立ち上がり、十メートルほど先にいる瀬成に近づいていく。


 受け身を取るような姿勢で横たわる瀬成に、俺は『オルスの雫』を使用した。


「……ん」


 一瞬で、生気を取り戻した瀬成が、眠り姫のようにゆっくりと目を開ける。


「よ、よお」


 最後に瀬成と交わした小っ恥ずかしい会話を思い出して、俺がぎこちなくそう挨拶する。


「大和!」


「お、おい!」


 瞳に涙を溜めた瀬成がいきなり俺に抱き着いてきた。


「ウチら勝ったの? 勝ったんだよね!?」


 瀬成が俺の肩を揺さぶり、そう確認してくる。


「ああ。何とかな。また、お前の作ってくれた武器は壊しちゃったけど」


 俺はそう苦笑する。


「いい! 無事だったなら! それだけでいいし! 良かった」


 瀬成が再び俺に抱き着く。彼女の温かな涙が、俺の頬を伝った。


「うん。良かった」


 俺は鸚鵡返しにそう言って、瀬成の頭を撫でる。いつもなら絶対に反発するであろう彼女は、今は俺のなすがままになっていた。


「兄さん。私にはぽんぽんしてくれないんですか?」


 背中に当たる柔らかい感触と共に、俺の耳に生暖かい息が吹きかけられる。


「あふっ、由比!」


 俺は間抜けな声を漏らしながら、その悪戯っぽい声の主の名前を呼ぶ。


「はい。兄さんの由比ですよー」



「ちょっ、ちょっと」


 由比が、瀬成と俺の間に割り込んで、何かを期待するような上目遣いで俺を見た。


「由比も、お疲れ様」


 俺はそう言って、由比の頭を撫でる。


「はい!」


 由比は満面の笑みで、元気よく頷いた。


「俺の頭は撫でないでくれよ。アミーゴ」


「まあ、そう言うなよ。石上。お前の頭は磨けばよく光ると思うぞ」


 背後から響く穏やかなイケメンボイスの主に確信があった俺は、そう軽口を叩いて振り向く。


 しっかりとした足取りで、石上と、彼を解放したであろう礫ちゃんがこちらに歩んでくる。


「やったな」


「ああ」


 俺と石上は、そう短く言葉を交わし、軽く拳を合せる。


「これで、後残る『ザイ=ラマクカ』のメンバーの方は――、ああ、いらっしゃいましたね」


 礫ちゃんが空を見上げて呟いた。


「お待たせにゃー!」


 そう言って、マオがモービルでゆっくりと降りてくる。トン、とジャンプするようにして地上に降り立った。


「わふうー。皆さんご無事なようですねー」


 カニスのモービルがその後に続いて、俺のすぐ真横に着陸する。


「お疲れ様」


「わふうー。勿体ないお言葉ですよー」


 俺が労うと、カニスは丁寧な口調でそう返してきた。


 そして、モービルの座席の後ろには、もちろん、俺の見知った人物がもう一人。


「お帰り」


「ただいま」


 俺の言葉に、七里が普通に答える。


「では、これで全員揃いましたね。それでは、皆さんお疲れでしょうが、もうひと踏ん張りして石化した方々を助け出しましょう」


「「「「「はい(にゃ)!」」」」


 その礫ちゃんの提案に反対する者などいるはずもなく、俺たちは声を合わせて頷く。


「ほら、いくぞ。七里」



 本当に何気なく。



 いつもの頼りない義妹にするように、その手を引こうと伸ばした俺の腕が――



「ごめんね。お義兄ちゃん。私はいけないや」



 成す術もなく。




 空を切る。




『鶴岡大和がsaisyuuコンテン――ERROR――クリアしたた――ERROR――選択式スキルの取得を認――ERROR――特殊ユニット%$nanariより――受け取――ERROR――くだ――』


 唐突に視界を埋め尽くす、所々文字化けしたバグメッセージ。



「……もう、『可能性の束ブランクページ』の管理権限がプレネスに移っちゃう。セデル側でも何とか最低限のシステムは維持できると思うけど」


「な、何を――」


 七里が透けていた。


 眩しく温かみのない光のエフェクトをまき散らしながら。


「ははは、間に合ったか。道化なる裁縫士」


 哄笑。


 俺の網にくるまれた石像の山の上に腰かけたダイゴが、楽しそうに手を叩く。


「私のダイゴとは違って、可能性の低い個体でしたのに。よく、『英雄要請プログラム』を完遂しましたわね。意外でしたわ。N―30210」


 ダイゴの横に立つアイカがそんな訳の分からない言葉を繰って、七里を睥睨する。


 彼女もまた、透けていた。


「『英雄』おめでとう。お義兄ちゃん」


 七里が呟く。



 言葉とは裏腹の、寂しげな微笑を浮かべて。

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