第102話 異類婚姻譚

 街外れの森に、斧と槌を振るう音が響く。


 切り開かれた森は広場になり、今や祭りの会場へと変貌を遂げようとしている。


 俺は会場の中心にある大岩の上に座り、手持ち無沙汰にその光景を眺めていた。


「さあ、キリキリ働くにゃ!」


「全くマオは人遣いが荒いにゃー」


「そのくせ人の倍は食べるにゃー」


「でも祭りは楽しみにゃー」


「みんな、口じゃなく手を動かすにゃ! 次の満月の夜まで時間がないにゃ!」


 マオの号令を受けたアコニ族の面々が、あれこれと雑談をしながら、キャンプファイヤーのような櫓を次々に組み上げていく。


「クオラエさんの席は東で。あ、ボミエとブンバの家族は離してくださいねー。あそこは仲が悪いのでー」


「ワフっ」


 一方、カニスの監督を受けるエシュ族たちは、無駄口を叩くこともなく、黙々と祭りの参加者のための席をセッティングしていた。


「あの、俺も何か手伝おうか? 建築のスキルを使えば、みんなの手を煩わせる必要もないだろうし」


 一人だけ働かないことに気まずさを感じていた俺は、控えめにそう申し出た。


「ヤマト。気持ちは嬉しいにゃ。でも、それはだめなのにゃ」


 眼下にいるマオが首を横に振って言った。


「戴冠式はー、ヤマトを王にすると同時に、アコニ族とエシュ族を結び付ける意味を持っていますからー。『共同で祭りを準備し、ヤマトさんを王に立てる』という過程も重要なんですよー」


 カニスが指示する手を休め、こちらを振り向いて補足する。


 確かに、彼女たちは『精霊幻燈』の技術を使えば一瞬で終わりそうなのに、わざわざ手間のかかる旧時代的な道具で作業している。敢えて作業に労力をかけて、時間を共有することを重視しているのかもしれない。


「そういうことにゃ! だからヤマトはその玉座に座ってどんと構えていてくれればいいのにゃ!」


 マオはそう言って、俺が腰かけている大岩を指さした。


 彼女たちが玉座と呼んでいるそれは、直径20メートル、高さ5メートルにも及び、色は花崗岩にも似た灰褐色、形は不思議なえぐれ方をしていて、ちょうど背もたれとひじ掛けのついた椅子のように見える。


 アコニ族、エシュ族の双方から神聖視されているこの大岩は、本来ならば『神が降臨される椅子』として、触れることすら許されていないらしい。


 『伝説の王』である俺だけはその例外だというのだが、何だか神と同一視されているようで、ただの人である自分にはかなり分不相応な感は否めない。


「二人の言いたいことはわかったよ。でも、現状俺がここにいてもただの置物だしなあ。ちょっと、瀬成たちの方を手伝ってきていいかな? そろそろ昼飯時だし、みんなの分の食事を運んでこようと思うんだけど」


 今、瀬成たちには、城の方で獣人の作業員たちのための炊き出しをしてもらっている。そろそろ料理も出来上がっている頃だろう。


「おっ。それはいいにゃ! ちょうどお腹が減ってきたところだったにゃ!」


 マオが腹を擦って叫ぶ。


「そうですねー。まあ、民を飢えさせないのも王様の仕事ということでー」


 カニスが苦笑して言った。


 俺の居心地の悪さを察してくれたという雰囲気だ。


「じゃあ、行ってくる」


 玉座に立てかけられたはしごを伝って地に足をつけ、二十分くらいかけて城まで戻る。


 一階の炊事場には、香ばしい油の匂いが漂っていた。


 既に調理は終わったらしく、瀬成と由比と礫ちゃんの三人は近くのテーブルで、タッパーにから揚げやらおにぎりやら、出来上がった料理を詰めている。


「お帰りなさいませ。ご主人様」


 俺を見つけた礫ちゃんが、礼をする。


「みんなお疲れ様。料理はできてる?」



「はい! 兄さん!」


「今、ちょうど持っていく準備をしていた所だし」


 由比と瀬成が続けて言う。


「じゃあ、出来た分だけでも俺が運ぶよ」


「いえ。ご主人様にそのようなお手間を取らせる訳にはいきません」


「いや、やることがなくて困ってるんだ。仕事が欲しい」


 首を横に振る礫ちゃんに、俺はそう頼み込む。


「そういう事情ならば、わかりました。手提げ袋に入れるので少々お待ちください」


「ありがとう」


 三人に用意してもらった手提げ袋を両手に持つ。


 かなりの人数分あるので、結構重い。


「大和。重いなら手伝おうか?」


「いや、大丈夫。今日は朝から立ち仕事ばっかりで大変だったでしょ? ゆっくり休んで」


 瀬成の申し出に、俺は首を横に振った。


 さすがにこれ以上働かせたら申し訳ない。


 俺は再び来た道を引き返し、えっちらおっちら祭りの会場へと戻る。


「お待たせ。取ってきたよ」


 俺は手提げ袋を降ろし、マオとカニスにそう声をかける。


「やったにゃ! ご飯にゃ!」


「ではー。一旦休憩にしましょうかー」


 一同が作業を中断し、木陰に移動した所でタッパーと紙皿を広げる。


 しかし、なぜかみんな食事に手をつけない。


 じっと息を潜めたまま俺の顔を見つめるばかりだ。


「どうしたの? 食べないの?」


「まずは王様のヤマトから食べるにゃ」


「食事は身分が上の者から口にするのが私たちの常識なのでー」


「あっ。うん。そうだったね。じゃあ、頂きます」


 俺ははっとして食事に手をつける。王になるからには、これからはこういった細かなマナーも覚えていかなきゃならないということなのだろう。


 正直、ちょっとめんどくさい。


「はーい。じゃあ、ご飯を配るので、後ろの人に回してあげてくださいねー」


「「「わふー」」」


 カニスが紙皿に盛りつけた一式を、仲間に渡していく。


 エシュ族の食事風景は、小学校の給食の配膳のように、整然と秩序立っていた。


「食うにゃー!」


「握り飯はもらったにゃ!」


「肉は渡さないにゃ!」


「にゃあー! ちょっと待つにゃ! これじゃあ後ろの方が不利にゃ!」


 一方のアコニ族の食事の取り方は、カオスだった。


 テレビのドキュメンタリーでみる大家族モノのような、早い者勝ちの弱肉強食の世界がそこに広がっている。


「にゃー! マオがココンの卵焼きを盗ったにゃー!」


「ずるいにゃ!」


「大体マオは食べ過ぎにゃ! 一人で五人分は食べてるにゃ!」


「働かないで食う飯は美味いかにゃ!?」


 アコニ族の間からブーイングが巻き起こる。


「にゃふふふ! 当然にゃ! 戴冠式が終わったらマオとカニスはヤマトの嫁になるのにゃ! つまり、マオは将来のお妃様にゃ。だから、跡継ぎを残すために栄養をつける必要があるのにゃ!」


 マオが口いっぱいに卵焼きを詰め込みながら、勝ち誇ったように叫ぶ。


「ゲフッ。ゲフッ。ゲフッ。ちょっと待って! 今、マオなんて言った? 二人が嫁!? 俺の!?」


 衝撃の発言に、俺は思わず呑み込みかけていたおにぎりを噴き出す。


「マオー。だめですよー。不確定なこと言っちゃー。それはまだ私とマオの間の内々の話にしとこうって約束したじゃないですかー」


 カニスがあきれ顔でため息をつく。


「そうだったかにゃ? でもどうせ遅かれ早かれ、ヤマトに話さなきゃいけないことにゃ。ちょうどいい機会にゃ。今婚約して、戴冠式の席で発表すれば、二度手間にならずに済むにゃ」


 マオが悪びれずにペロっと舌を出して言う。


「ぜ、全然話についていけないんだけど。俺にも分かるように説明してくれるかな?」


 俺はそう問うてから、現場に持ち込んでいた水筒のお茶で口の中に残った米粒を洗い流す。


「――ヤマトさんー。私たちはー、人間さんたちと交渉するため、そして、エシュ族とアコニ族を団結させるために、邪竜プドロティスを倒した英雄のヤマトさんを王に立てることに決めましたー。ここまではいいですよねー?」


「うん。把握してる。でも、それと二人との結婚と何の関係が?」


「それはですねー。正直、ヤマトさんを王に立てただけだとー、まだ繋がりとして薄いんですよー。いくらすごい成果があってもー、頭の固い人の中には、異世界人のヤマトさんを信用できないと主張する人もいますからー」


「異世界人の俺が、いつ裏切るか分からないから不安だと?」


 正直、俺を信用できないという人の気持ちも分かる。


 俺だって、もしいきなり『総理大臣が異世界人になりました』なんて言われたら疑念を抱くだろう。


「そうにゃ。今のままなら、どこまで仲良くなったとしてもヤマトは余所者にゃ。でも、マオたちと結婚して家族になれば、それはもう身内にゃ。そしたら、頭こちこちの老害だって文句をつけられないにゃ!」


 マオが腕組みして頷く。


「簡単に結婚って言うけど、別にマオやカニスたちは俺に対する恋愛感情はないんだろ?」


 俺は眉根を寄せて困惑する。


「うーん。それは難しいところですねー。私たちは、人間さんと違って年中発情期ではないのでー、脳内麻薬を発生させて交尾に至るまでのプロセス――つまり、ヤマトさんたちの言うところの『恋』に相当する概念がないんですよ。ですが、『親愛』という意味なら、私はヤマトさんのことが好きですよー」


 カニスはそう言って、言葉通りの好意的な笑みを俺に向けてくる。


「マオもヤマトのこと好きにゃ。お前は強いオスだし、将来性があって、しかもいい奴にゃ! 伴侶として合格にゃ!」


 マオが俺の肩を叩いて言う。


「俺も二人には色々助けてもらって感謝しているし、友情という意味では好きだけど、その感情だけで結婚はできないよ。えっと、結婚するには、やっぱり、愛がないと……」


 俺は小声で呟く。


 頬が熱くなるのを感じた。


 我ながら恥ずかしい直球のセリフだが、異世界人の二人に曖昧な言い回しを用いるのは、誤解を与える可能性がある。


「私も少しは人間さんのことを勉強したつもりなのでー、ヤマトさんのおっしゃることは理解はできるんですけどー。私たちにとっての結婚は種族繁栄のための手段な訳ですよー。ですからー、そもそも個人の好悪はどうでもいい感じですしー。結婚するにあたってはー、友情であってもお互い好き合っていればラッキー、くらいの感覚なんですねー」


「つまり、それって政略結婚ってことだよね?」


「有体な言い方をすれば、そうなりますねー」


 俺の問いに、カニスがあっけらかんと頷く。


 恋という概念がないなら、当然『恋愛結婚』もありえない訳だ。


 理解はできるが、それを受け入れろと言われると厳しいものがある。


「二人の言いたいことは分かったよ。でも、その、俺は、やっぱり人間なので、恋する相手も必要っていうか,、現在進行形でしてるっていうか……」


 俺は視線を泳がせて、言葉を濁す。


「知ってるにゃ。それって、セナのことにゃ。別にヤマトがセナに発情していても、何の問題もないにゃ」


 マオがずばり言った。


 彼女には婉曲という概念はないのだろうか。


「私たちのルール的には、何人奥さんを娶っても問題ないですよー。ましてや、ヤマトさんは王様になられるんですからー、お嫁さんがたくさんいる方がー、むしろ自然ですー。今だってセナさんと一緒に、仲良く暮らせてるんですからー。彼女がヤマトさんと結婚してもー、生活に何ら変化はありませんよねー」


 カニスが理路整然と説く。


 そりゃ、理屈の上ではそうかもしれないけど……。


「カニスの言う通りにゃ。むしろ嫁が多い方がむしろ子育てはしやすいにゃ。なんなら、ユイとレキも嫁にすればいいにゃ」


 マオが鷹揚に続けた。


「二人の言ってることは分かる。でも、そう簡単に割り切れないんだよ。人間ってやつは。――とにかく、しばらく考える時間が欲しい。今は七里の奪還のことで頭がいっぱいなんだ」


 俺は頭を抱えて俯く。


「そうですかー。じゃあ、とりあえずこの話はここまでということで、今は目の前の戴冠式に集中しましょうー。でもー、そのー、あんまり脅すような言い方は好きじゃないんですがー、私たちとの婚姻をあからさまに拒否するとー、それは、私たち全員への翻意があると捉えられかねないのでー、なるべくなら前向きに考えてくださいねー。私たちと人間さん全体の関係性を損なうようなことになるとー、お互いにとってよくないですからー」


「うん。分ってる。そこらへんも含めてよく考えるよ」


 俺は頷いて言った。


 カニスが善意で言ってくれているのは分かる。


 二人との結婚を拒否するということは、異世界人を受け入れないということで、俺が現在、日本サイドの代表みたいな感じで仲介してしまっている以上、ことは俺個人の問題では済まない。


 下手をすれば、国際――ではなく、異種族間問題になりかねないのだ。


 ガサっ。


「にゃ? 何か今、草むらで動いた気がするにゃ。モンスターかにゃ?」


 唐突にマオがピクりと耳を動かして言った。


 俺には何も聞こえなかったが、人間より感覚の鋭い獣人である彼女は、何かの存在を感じ取ったらしい。


「いえー。ヤマトさんが城塞を築いた時にー、ロックさんのギルドの力も借りて、徹底的に内部のモンスターを排除したはずですからー、それはないでしょうー」


 マオの推測をカニスが否定する。


「多分、猿とか鹿じゃないかな。モンスターに食われて数を減らしたとはいえ、奥多摩には普通の野生動物もたくさんいるから」


 俺は顔を上げ、気持ちを切り替えてから呟く。


「異世界の動物にゃ? おもしろそうにゃ! 食後の腹ごなしに一狩りいきたいにゃ!」


 マオが目を輝かせて立ち上がり、爪を舐めた。


 そういえば、初めての自己紹介の時に、マオは狩りが趣味だって言ってたっけ。


「やめてくださいー。神聖な戴冠式の前なんですからー、なるべく無益な殺生は控えるべきですー! 血で汚れた手で会場設営をするなんてー、私が許しませんー」


 カニスが強めの口調でマオを制する。


「シャーマンのカニスが言うなら仕方ないにゃー。呪われても嫌だから今日は我慢しとくにゃ」


 マオが残念そうに呟いて、再び腰を地面に落ちつけた。

  

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