第101話 とある朝の風景(3)

「おう。朝飯時にバタバタさせて悪いな」


 テラスに出るとロックさんが朝日に目を細めながら言った。


「いえ。大丈夫です。俺と二人で話さなければならない件というと、天空城の攻略の件ですか?」


 俺はロックさんの横に並んで問うた。


「ああ。察しがいいな。詳しい日取りはまだ決まっていないみたいなんだが、どうやら、俺が掴んだ情報によると、三週間以内に全世界の『英雄』を集めて、天空城へのアタックが敢行されることになったらしい」


「もうですか。随分早かったですね。やっぱり、敵が攻撃を仕掛けてくる間隔が短くなってきているからですか?」


「だろうな。日ごろは腰が重い各国のお偉いさんも、このまま時間をかけても、ジリ貧になるだけだと分かって焦ってるんだろ」


 ロックさんが頷く。


 あれからも『創世のラグナロク』は続行されていた。


 敵が攻撃を仕掛けてくる間隔は第一wave~第二waveの間が20日あったのに対し、次の第三waveまでは18日となり、第四waveまでは16日となり、つい先日の第六waveに至っては最初の半分の10日までに減少している。


 現状、各waveの期限が来るたびに世界各国の冒険者たちは必死に敵を撃退しているが、日を追うごとにどんどん敵は強くなってきており、このままいけば、あと20日ほどで冒険者たちでは対処できないほどのモンスターが常時放出される『終わり』な状況が訪れるということは誰の目にも明らかだった。


「なるほど。……それで、あの、俺は、その攻撃に参加できますか?」


 俺はそう言って息を呑む。


「ああ。結論から言えば、できる」


 ロックさんは神妙な顔で頷く。


「本当ですか! ありがとうございます!」


 俺は歓喜と共に礼を述べる。


「ただし、名目上はあくまで各国の英雄のサポート役としての参加だけどな」


「ということは、政府は日本一国だけで可能性の束を独占することは狙わないということですか」


「ああ。そうだ。政府としては諸外国に対して九条関連で自衛隊の戦力を天空城に派遣できない負い目があるからな。大っぴらにがっつかず、国際貢献の大義名分の陰に隠れようというわけだ。まあそうは言っても、どうせダイゴが政府の意向なんか気にするはずないから、有名無実の規定だけどな。ともかく、いくら実績があると言っても、生産に特化している兄弟のスキルで、戦闘職としての参加を認めさせるのは無理だった。粒ぞろいの英雄たちの中で手柄を立てるのは中々難しいかもしれない。すまんな」


 ロックさんは申し訳なさそうにそう言って頭を下げる。


「いえいえ。それでもありがたいですよ。まずは攻略戦に参加しなければ、何も始まりませんから。それにしても、よく政府を説得できましたね。一部では、『最弱の英雄』とか馬鹿にされてる俺ですよ?」


「正直言うと、政府は最初かなり渋ったんだけどな。もし今、兄弟の機嫌を損ねて、日本中の城塞を解体されたり、獣人たちを扇動して物流を止められたりしたら日本が終わると思ったんだろう。最終的にはお偉いさん方も嫌々参加を認めたよ」


「何か俺、極悪人みたいですねそれ」


 俺は苦笑した。


 でも、もし参加が認められなかったら、本当にロックさんの言うような強硬手段に出ざるを得なかったかもしれない。現状判明している七里を救う手段は、天空城に潜って可能性の束を手に入れるしかないのだから。


「あくまで水面下の交渉での話だ。表には出ないさ。それに、実は政府が兄弟の参加を認めたのにはもう一つの理由があるんだ」


「理由?」


「ああ。意外なことに、ダイゴの奴がお前の参加を強く主張してな。あいつをブチキレさせたらマジで何しでかすかわからないって、政府がビビって兄弟の参加を認めたって訳だ」


 ロックさんが困惑気味に眉をひそめる。


「確かに、事実上、日本の『英雄』の戦力はダイゴたちのギルド一強ですからね。もし、ダイゴたちが攻略戦に参加しないとなれば、日本は可能性の束の争奪戦で他国に大きく遅れを取ることになりますから、無下にはできませんよね。でも、何でダイゴが俺の利益になるようなことをしたんでしょう。俺を連れていっても、戦力としては期待できないはずなのに」


 俺は顎に指を当てて考え込む。


 今までの経緯から考えて、絶対ダイゴには何かしらの意図があるはずだ。


「さあな。もちろん、用心はするべきだが、あいつの思考は本当に異質だから、今のところは考えるだけ無駄だ。――それよりも、俺が心配なのは兄弟の方さ」


「俺ですか? 確かに俺の所持しているスキルは生産関係のものばかりですが――」


「そっちじゃない。そりゃ、生産職のスキルでダンジョンの攻略に挑むのは無茶だとは思うが、兄弟の想いを知ってる俺としては、今更否定したりしないさ。俺が気にしているのは、兄弟が一人で天空城に挑もうとしていることだ。なぜ、ギルドメンバーを連れていかない?」


 ロックさんが俺の言葉を遮り、尋ねてくる。


「ギルドメンバーには、天空城にいる間、俺の代わりに城や領地を守ってもらおうと思っています」


 俺はロックさんから目をそらして言った。


「そりゃ留守番は必要だろう。だけど、それは今、鎌倉で頑張っている石上くん一人でも十分じゃないか? 全員を連れていかない理由にはならないぞ」


「……七里を救いたいというのは、俺個人の単なるわがままです。危険な天空城の攻略に、他のギルドメンバーを巻き込む訳にはいきません。それに、俺のギルドのメンバーは、比較的強い由比や石上でも中級プレイヤーくらいの戦闘力しかありません。瀬成に至っては初級レベルです。『英雄』ばかりの戦場では、戦力にならないどころか、足手まといになる可能性が高いですから」


 俺は俯いて、声を押し殺すように言った。


「確かにな……。でも、ギルドメンバーっていうのは、何も戦力だけを期待する存在じゃないだろ? 仲間が側にいてくれるっていうのは、それだけで心強いもんだぜ。精神的にな」


 ロックさんが大きく伸びをしながら言う。


「多分、由比も瀬成も石上も、俺が一緒に来てくれと言えば、快く頷いてくれるでしょう。だからこそ余計に、俺は言い出せないんです」


「兄弟は優しすぎるな。そういう人間はえてして早死するぜ。もっとズルくなれよ」


 ロックさんはそう言って口の端を釣り上げる。


「ふふっ、自己犠牲の塊みたいなロックさんに言われたくないですよ。秩父のダンジョンでエルドラドゴーレムと戦った時も、邪竜プドロティスの時も、仲間のために危ない目に遭ってたのはロックさんでしょう」


 『ズルさ』からもっとも縁遠いロックさんの口から出た言葉に、思わず俺は噴き出す。


「はっはっは! それもそうだな。確かに無鉄砲な俺が言えたことじゃない!」


 ロックさんは一本取られたとばかりに大笑いして、天を仰いだ。


「大体、もし俺がギルドメンバーを連れてくといったら、礫ちゃんも恩返しのためについてくると言い出すと思いますよ。ロックさんは実の妹さんを危険に晒していいんですか?」


 豪快すぎるロックさんに、俺は呆れと感心がないまぜになったよな感情と共に問いかける。


「よくはないが、あいつは俺と同じで一度決めたことは譲らない性格だからなあ。もしそうなっても、俺は止められない。それが『曲がったことが大嫌い。頑固一徹。石岩道』ってやつさ」


 ロックさんが、まるでCMのキャッチコピーかなにかのような口ぶりで、自身のギルドの名前を口にする。


 その声色には、ゆるぎない愛着と自負が籠っていた。


「やっぱり、大きなギルドは設立理念とか、そこらへんちゃんとしてますよね。俺らなんて、たまたまその時、日本史の授業で習った『いざ鎌倉』って言葉があって、みんな鎌倉近くに住んでるからちょうどいいんじゃないかってことで、その言葉のアナグラムで適当にギルド名を決めちゃいましたから、ポリシーもなにもないんですよ」


 俺は自嘲気味に言う。


 懐かしい。


 俺たちがギルドを設立したのは、そう何年も前のことじゃないのに、今ではあの他愛無い日常が遠い昔の出来事に思える。


「ま、ギルドもそれぞれ、人もそれぞれだ。色々余計な小言を言っちまったけど、とりあえずは、間近に迫った戴冠式を楽しめよ、兄弟。王様になれる機会なんてそうそうあるもんじゃないぞ」


 ロックさんはそう言って、励ますように俺の肩を叩く。


「そうします。俺が暗い顔してても、誰も喜ばないでしょうし」


 俺は城下の街並みを見下ろしながら頷く。


 王様なんて柄じゃないし、浮かれている場合じゃないとは思うけれど、それでもやっぱり祭りは楽しい方がいい。

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