第30話 バチバチな二人
「ごめん、鶴岡。さ、入って……つーか、何かぐったりしてない?」
「いや、大丈夫……うん。でも、麦茶の一杯でも飲ませてくれると嬉しい」
小走りで俺を迎えにきた腰越に、俺は引きつった笑みで応えた。
服装は、前に会った時みたいなデニムにタンクトップ姿だ。髪が濡れているところを見ると、軽くシャワーでも浴びたのだろうか。
あれから30分は、七里と由比に腰越と俺の関係を説明している内にあっという間に過ぎていった。俺は正直に、話すようになったのは最近で、まだ、特別親しい関係とは言えないと打ち明けたのだが、二人が俺の言葉を素直に信じてくれたかは怪しい。
「それはいいけど……、で、あんたたちが鶴岡の妹? あんまり似てないね」
腰越が何気なく放ったであろう言葉に、俺と由比は顔を見合わせて苦笑する。七里は俺の後ろに隠れた。
「ま、色々あってな。この俺の後ろに隠れてるのが七里。こっちは由比だ」
「ふーん。ま、入って」
「お邪魔しまーす」
腰越に促されて中に入る。木の落ち付く香りがふっと香った。
案内された腰越の部屋は、典型的な畳敷きの和室だった。
「うわー、なにこれ、武器屋!?」
それまで、俺の服の袖を握っていた七里が、部屋の中を見て顔を輝かせた。
七里が叫んだのも無理はない。
部屋には腰越が製作したであろう種々の金物が飾られていた。日本刀から、ナイフ、鍋に至るまで取りそろえられていて、カオスな雰囲気を醸し出している。
反面、世間一般が女子高生の部屋と聞いた時に想像するようなファンシーな小物はなく、金物以外の私物らしい私物は、年季の入った和箪笥とちゃぶ台くらいのものだ。
「いや……その、なんか作るのはいいんだけど売る訳にもいかないからどんどん溜まっちゃって、まあ、座れば? お茶持ってくるし」
腰越は座布団を勧めて、部屋から一時退室する。
「ギャルのような見た目に反して、歴戦の武道家みたいな部屋ですね」
由比が興味深そうに部屋を見渡す。
「うん。腰越、本当に鍛冶が好きなんだな……七里、勝手に触るなよ」
「……はーい」
武器をいじりたくてうずうすしている七里に釘を刺す。
「お待たせ」
腰越が、やがて戻ってきた。手にしたおぼんには、麦茶と水ようかんがのっている。
「ありがとう」
「いただきます」
俺たちはありがたくそれらを頂戴する。渇いた喉に冷たい麦茶が心地いい。
「おー、これ高いやつ、ね。高いやつ?」
七里が俺に下品な耳打ちをしてきた。
「そんなに高くないけど、ウチの行きつけの店のやつだし。ウマいよ」
ばっちり腰越にも聞こえていたらしく、すぐに返答がくる。
「ひうっ」
七里がびくっとして、俺の袖を引いた。
「なんか……あんたの妹って、調子にのったうさぎみたいだね」
腰越が悪意のない笑みを零す。
調子にのったうさぎか……そんなかわいらしいものならいいが。
「それで? 今日はギルドメンバーに加わるための顔合わせということですが、腰越さんは本当に兄さんのギルドに入りたいんですか?」
由比が単刀直入に本題を切り出した。
「うん……っていうか、ウチは新しい金属で鍛冶をしてみたいだけだけど。そのための最短ルートがギルドに入ることなら、仕方ないって感じかな」
「へえー、『仕方ない』ですか。それが、ギルドに入ろうとする新入りの態度ですかねえー」
由比が小姑みたいな口調で言った。
「……ねえ。鶴岡。この胸がでかい方の妹、何かむかつく」
腰越が由比を指差してきっぱりと断言する。
「い、いや、いつもはこんな感じでは……どうした由比?」
「別にー、私は命を預ける仲間なので、きちんと選ばなきゃって思ってるだけですよ」
由比は俺に満面の笑みで答える。その曇りのない笑顔がなぜか俺の背筋を寒くさせた。
「ねえ、お義兄ちゃん。私、あれ、欲しい。あれ」
全く空気を読まない七里が、俺の袖を引いて壁に視線を遣る。
そこには、棒状、卍状、様々な形の手裏剣が飾ってあった。
「うん? なに、あれ欲しいの?」
「……(コクコク)」
七里は怯えた目をしながらも、欲望に突き動かされたのか何度も頷いた。
「ん……欲しいならあげる。練習をしないとまともに使えないと思うけど」
腰越は立ち上がり、壁にかけてあった手裏剣を引っ掴むとちゃぶだいの上にガチャガチャと並べた。
「……いいの?」
七里が消え入りそうな声で言った。
「別にいいよ。欲しくなったらまた造ればいいし」
「まじでいいのか? なんだったら金でも払うぞ?」
「いらない。昔、子どもの時にウチがお遊びで作ったやつだし」
腰越は再び座布団の上に胡坐を搔いて、水ようかんを口に含む。
どことなく嬉しそうだ。
その気持ちはわかる。自分の作った作品を人に必要としてもらえるのは、なんであれ幸せなことだ。
「お義兄ちゃん! この人いい人だよ! 私たちのギルドに入れよう!」
七里は手裏剣を手にして、そう声を張り上げた。
七里さんマジちょろい。
でも、まあ、こういう時は正直、話が進めやすくて助かる。
「じゃ、とりあえず、腰越にはお試しでギルドに入ってもらうってことで――」
「ちょっと待ってください」
俺が無難に話をまとめようとした所に、由比が割って入る。
「はい、由比」
「私は反対です」
そう言って由比は腰越を睨み付けた。
「えー、どうしてー、この人、武器くれるよー?」
そう言う七里はにやつきながら、手裏剣を手で弄ぶ。
「お姉ちゃん。でも、その武器、モンスターには効かないんだよ」
「うん、それはそうだけど、かっこいいし……」
七里は気圧されたように語尾を濁す。
「ギルドメンバーになる以上、腰越さんが兄さんのパーティーでどういう風に役に立つのかを証明してもらわなければ私は納得できません。何もできない人をパーティーに入れても、危険性が増すだけです」
「それは――確かにそうだな」
由比の正論に、俺は思わず頷いてしまった。
本当は、腰越を擁護しなきゃいけない立場なのに。
「役に立つって……じゃあ、ウチにどうしろって言う訳?」
腰越は眉をひそめて由比を見返す。
「それは、自分で考えてください。例えば、お姉ちゃんは戦士ですし、私は戦士とプリーストの両方でパーティーに貢献できますよ?」
由比が挑発するように唇を歪めた。
「何かよくわかんないけど……ウチに喧嘩売ってる?」
腰越も飛び掛かる前の猛獣のような獰悪な笑みで答える。
「さあ? あなたがそう思うならそうなんじゃないですか?」
「お、おい」
二人の間に漂う剣呑な空気に、俺はただ戸惑う。
「上等じゃん! ウチ、なめられるの大っ嫌いだし――
腰越が麦茶の入ったコップを机に叩きつける。
「いいですよ。今からでも始めますか?」
由比も机を叩いて立ち上がった。やばい。ウチの由比さんマジ戦闘民族。
「……明日、五時に八幡宮の中の道場にこいや、そこで片つける」
「はい♪」
腰越が切った迫力あるメンチを、由比が魔性の笑みで受ける。
そんなピリピリムードの中、俺たちの初めての会合は終了した。
「なんか……ごめんな。こういうつもりじゃなかったんだが」
腰越の家の玄関口で、俺は頭を下げた。
「なんで、鶴岡が謝る訳?」
「いや、上手くお前のフォローできなかったから」
「そんなん頼んでないっしょ? ウチもガチる方がわかりやすくて好きだし?」
腰越が全く気にしていないみたいに強気な笑みを浮かべる。
本気なのか俺を気遣ってくれているのか、判断がつかない。
「兄さんー、行きますよー」
由比の急かすような声を背中に聞く。
「ほら、呼んでるし、行けば? あ、それと、ウチ負けないし。余裕だから、変な説得とかすんな」
「……わかった」
早速やろうと思っていたことを封じられた俺はただ頷くしかない。
俺は自分の情けなさに歯噛みしつつ、腰越の家を後にした。
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