第31話 決闘
翌日、学校を終えた俺たちは観光客でごったがえす、鶴岡八幡宮の鳥居の前に佇んでいた。
結局、あれから腰越とは話していない。教室で何度か機会をうかがったが、相変わらず腰越は話しかけるなオーラ全開で、どうしようもなかった。
「なあ、由比。今からでも対戦を止める気はないか? 腰越の実力をみたいなら、試しにクエストに参加させてみるとか色々やり方があると思うし」
神の通る道である参道の中央を避け、俺たちは端を歩く。道の両脇には種々の屋台が並んでいた。
大ぶりの鍋で銀杏を炒る小気味いい音が耳朶に響く。
「実戦で何かあってからでは遅いじゃないですか……安心してください。兄さんは私が守りますから」
由比はそう言って、拳を握りしめ、気合を入れる。どうやら何を言っても聞く耳持たないといった感じらしい。
「ほら、七里、お前からも何とか言ってやれ」
「りんご飴うめえ」
七里は俺の心配などどこ吹く風で、舌を着色料で真っ赤にしている。全く頼りにならない愚妹だ。
本宮に参拝する訳ではないが、一応、手水を済ませて、道場へと向かう。中央の分かれ道を右、社務所を左に見て進めば、やがて道場へと辿りついた。
「ん、来たか」
特に受付けの人もいないので、おずおずと中に入る。そこでは正座して黙祷した格好の腰越が、俺たちを待ち受けていた。俺たちの気配に気づいてゆっくり目を開いた腰越は、まるでラスボスのような存在感を放っている。剣道着は着ているが、面や籠手などの防具は一切身に付けていない。
他に道場生らしき人は見当たらない。
「貸切りか?」
「今は、午後の部と夜間の合間で、他に人はいないから。ウチが無理言って貸してもらったの。こっちの方が都合いいっしょ?」
腰越は傍らに置いてあった木刀を手に取り、膝立ちの格好から立ち上がる。
「来ましたよ。さあ、始めましょうか? 私は、もちろん、『魔法剣士』のジョブを使いますよ? まさか、卑怯とは言いませんよね?」
由比が『イザナミ』の格好をして、レイピアを構える。
「なんか……妹ちゃんが小悪党みたいになってる」
りんご飴の『りんご』の部分にかじりつきながら七里が述懐する。
「うん……俺も正直思った」
俺は由比に聞こえないような小声で呟いた。
「なんでもいいし。あ、でも、もし、道場傷つけたら、その分はあんたが弁償してね。そこまではウチ責任持てないから」
腰越は、そう言って足を揃えた直立の姿勢から一礼する。それから、足を前後に捌き、木刀を正眼に構えた。
「私の使うのは本物のレイピアですよ? それに対して木刀で対峙するって、覚悟が足りないんじゃないですか?」
由比がそう挑発しながら、レイピアを腰だめに構えて、腰越ににじり寄っていく。
「あんたこそ、真剣を抜く覚悟――あんの?」
「覚悟もなにも、武器は相手を傷つけるためにある――でしょう!?」
由比が溜めからの強烈な一撃を放つ。腰越はそれを、一歩も動くことなく剣先を動かすだけで払ってみせた。由比のレイピアが空しく虚空を突く。
由比はめげずに何度も突きを繰り出すが、腰越は眉をぴくりとも動かさず、その全てを捌ききった。一方の由比が息を荒くする。
「なら――大嵐――」
次に由比が口を開いた一瞬、全てが動いた。
「剣を抜くってことは――」
腰越は唐突に手にした木刀を投げ放つ。咄嗟に横に払う由比。そして、腰越が手にかけたのは――、『自分の上着』だった。
「おおおおお」
俺は思わず歓声を上げた。
腰越が、躊躇なくそのスレンダーな肉体美を衆目に晒したかと思えば、引きちぎられるようにして彼女の身体を離れた上着が、その右手に巻きつけられる。
「傷つく覚悟があるってこと!」
「っつ!」
腰越が、そのまま抜き身のレイピアの刀身を掴んで引き寄せる。由比の握りが甘かったのか、レイピアは彼女の手をすっぽ抜けて、床に転がった。さらに重心を崩されバランスを失った由比の足が、目にも止まらぬ速さで払われる。
「ぶっ」
由比が顔面を打ちつけるように道場に突っ伏す。うつぶせになったその背中に乗っかった腰越が、容赦なく由比の腕の関節をひねった。
「ぐあああああああ」
由比が勇者に倒された魔王の如き苦悶の声を漏らす。
「は、はい! そこまで、腰越の勝ち!」
俺は慌ててレフリーストップをかけようと二人に走り寄る。
「ああん? 死闘にそこまでもクソもないし!」
興奮状態の腰越は、収まりがつかないようで、さらにチョークスリーパーをきめようと由比の首に腕を絡める。
やばい。由比の顔の色がやばい。
仕方なく俺は最後の手段を使うことにする。
「腰越! お前! 自分のブラ見てみろ!」
俺は顔を背けつつ、腰越の上半身を指差す。柔い下着は想定外の激しい運動に耐え切れず、ずれてしまっていた。
なお、Cカップくらいの模様。
「あ? ブラ? ……きゃっ」
腰越はかわいい悲鳴をあげて由比の背中から飛び退くと、俺に背を向ける。即座に腕に巻きつけた上着を解いて身体に羽織った。
「つ、鶴岡――み、見た?」
腰越が横目でちらちらこちらを見てくる。
「すんごい美乳だったね。お義兄ちゃん」
七里がりんご飴を噛み砕きながら、余計なことをほざく。
「おーい、由比、大丈夫か?」
俺は全てを聞こえなかったふりをして、由比を助け起こした。
「うわあああああん。兄さあああああん」
よっぽど怖かったのか、由比が俺に思いっきりしがみついてくる。腕を首に回され、脚は腰に固定されて、まるで小猿にを抱きかかえる母猿ような格好だ。鎧がちょっと痛い。
「どうやら、腕は折れてないみたいだな」
何だかんだで元気っぽい由比の様子を見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「当然だし! ちゃんとウチだって素人相手に手加減くらいしてるもん」
頬を赤く染めた腰越が、剣道着を直しながら唇を尖らせる。
「そ、そうか……つーか、すげえな。腰越、武道をやってたんだな」
俺はなだめるように由比の頭を撫でつつも、素直に感心する。妙に礼儀正しい所を鑑みるに、きっと根っこのところに武道家としての精神が刻まれているに違いない。
「当たり前っしょ? 初めに剣の道を学んだからこそ、本当の刀を使ってみたいって思った訳だし」
腰越は照れくさそうにそう言って、床に転がった木刀を拾い上げた。再び礼をして、試合を収める形をとる。
「でも、腰越さん、剣道以外の技も使ってたよね?」
七里がおずおずとそう質問した。つーか、いつの間にか『さん』づけだ。腰越の実力を目のあたりにした途端これである。全く現金な奴め。
「ああ、うん。ウチが習ってたのは、戦場で敵を打ち滅ぼすことを主眼にした古流武術だから。当然、寝技とかもできるよ。ま、総合格闘技みたいな感じ?」
腰越があっけらかんと言ってのける。今風な喋りとの違和感がすごい。
「……で、これで文句ないっしょ? ええっと、由比だっけ?」
腰越は自分の木刀を壁にかけると、由比のレイピアを拾ってこっちにやってくる。
「はい、異存ありません。それに……試合には負けましたが勝負には勝ちましたから」
そう意味不明なことを言って、由比は俺に抱き着いたまま、よりいっそうその身体を押しつけてくる。
「ちっ、鶴岡。あんたのこっちの妹、やっぱむかつく」
由比のセリフに合わせて、不機嫌になった腰越が、ぶっきらぼうにレイピアをこちらに差し出した。
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