第32話 クエスト リベンジ

 そして、次の週末。俺たちは再び、由比ヶ浜海岸にやってきた。


 熟慮の末、俺たちのフォーメーションは、前衛は七里と腰越、俺がゴミの回収で、由比はヒーラーとして補助する形に決まった。当初は俺以外を前衛に回して一気にゴミを回収する案も出た。しかし、最終的に俺は、大事をとって、いざという時にフリーで動ける人員――由比を残しておく形を選んだ。


 前に来た時と同じく、ちょっと出発を遅らせて、先行者がクック共を排除してくれるのを待つ。


「つまり、鶴岡を守ればいいってことっしょ?」


 大振りの野太刀を下段に構えた腰越が軽くまとめる。

 

 武器こそ重めなものの、それ以外の装備は比較的軽装だった。小手や脛当てこそごてごてした金属製の重厚感あるものだが、服は結局俺が支給した硬糸の服だ。色々と試したのだが、結局、腰越にとっては剣道の防具くらいの荷重がかかるスタイルが一番動きやすいらしい。


 他の二人は、もちろん前回と同様の装備である。


「ああ。基本はな。後は七里が攻撃した後の隙のフォローを頼む」


「おっけ」


 腰越がしっかり戦場である砂浜を見つめながら頷く。


「お兄ちゃん。今日は本当に波打ち際に行ってもいいの?」


 さすがに前回のことを反省しているのか、七里が確認するように問うた。


「ああ。定期的に休憩は挟むけどな」


 そう。俺は今回は少しだけ『冒険』することにした。


 今までは、とにかく敵との遭遇を避けることが安全だと考えていた。しかし、人間の集中力には限界時間がある。


 ヌルい状況で長時間の作業を継続していると、皆の気が緩んで却って前回みたいな突発的な事故を招くこともあるのだ。


 それよりは、安全に配慮しつつも適度な緊張感を持って挑んだ方が、むしろ安全かもしれない。


 今日はその推測を試す。


「そろそろ……ですか?」


 由比がそう言って杖を握りしめた。


 俺たちは砂場に飛び出す。隊列を崩さない程度の早歩きで、まだ、空いている波打ち際に陣取った。副収入が期待できるような場所ではないが、まずまずの量の海藻が打ちあがっている。


「よし。まず、七里と腰越で安全確保。俺と由比で周囲を警戒」


 俺の指示に従って、七里と腰越が打ち上げられた海藻に向かって行く。俺は海の方から敵がこないか目をこらし、由比は上空を視界に入れた。


「ふんっ、ふんっ」


 七里が剣の先で海藻をひっくりかえす。


「……」


 腰越は慎重に距離をとって、足で砂を巻き上げて海藻にかける。何も出てこないの確かめてから太刀を突き刺していく。


 端から見れば滑稽な光景だろうが、これでも俺たちは必死だ。


「ひゃっ!」


 七里の剣にひっついた海藻の裏から、何かが飛び出してきた。七里が追い払うように剣を振るが、ブンブンとうるさい蜂の羽音のような騒音は止まない。


「はっ!」


 腰越が浅い呼吸と共に斬撃を繰り出した。鋭い音と共に真っ二つになって落ちてきたのは、体長40cmはあろうかという巨大な蠅だった。


「うわー、フリーゲだ。きしょっ」


 七里が緑色の体液を垂らすそれの名前を呼んで、顔をしかめる。


「油断すんなし。つーか、剣を突き刺す時は刺す時よりも引く時の方が重要だから」


 腰越がそうたしなめて、太刀についた体液を海藻になすりつけた。


「ごめんなさーい」


 七里がうなだれて、先ほどよりは少し慎重に海藻に向かう。


「腰越。ナイスフォロー。余裕があったら、『解体』のコマンドを実行してくれるか? 一定時間内にアイテム収集しないとモンスターが消滅する。あ、もちろん安全第一だから絶対という訳じゃないが」


「あ、えーと……」


 腰越が太刀を右手に握ったまま、左手をさまよわせる。


「右端の下にある『その他』の中だよ」


「あ、ああ、これか。ありがと」


 七里が腰越の隣に並んで、自分のデバイスを操作しながら誘導する。


 二人の連携が心配だったが、腰越相手だと七里も無茶はしないので、案外いいコンビかもしれない。


「兄さん。上空、テラクックが一羽、近づいてきます」


「了解。全員、一回、波打ち際から退却。襲撃に備えて。俺が、縫い止めしたら、前衛二人で敵を仕留めてくれ。由比は防御」


 大きめの並がこない位置まで後退。上空に目をこらし、俺は巨大針を構えた。


 刹那、滑空。


 腰越が跳んだ。嘴と剣が一瞬だけの邂逅を果たす。


「縫い止め!」


 腰越の剣撃がテラクックの嘴をはじいたタイミングで、俺はスキルを使う。


 網が噴出され、テラクックの全身を捉える。


 敵の狙いは、予想通り由比だった。防御力の弱いところから襲撃する敵の思考ルーチンはまだ生きているらしい。あるいは、生物としての本能かもしれないが。


「はっ!」


 止まった的に由比が、上から剣を突き刺した。会わせるように、腰越も突きを放つ。


 ちょうど、縫い止めが切れるタイミングで敵は行動を制止した。


「おおー、初アイテムだ! やったああああ」


 七里が感動の叫び声を上げる。


「助けて頂きありがとうございます。腰越さん」


「ま、義務だし?」


 軽く頭を下げる由比に腰越が涼しい顔で応えた。


 うん。いい感じ。


「じゃ、再び元のフォーメーションに戻って。安全確認が終わったら、俺もゴミの回収に入るわ」


「「「了解」」」


 三人が声を揃えた。


 俺は満足げに頷いて、腰元の袋を開いた。



 やがて、陽は傾く。俺たちが全ての作業を終えたのは午後四時前だった。夕方というには早いし、昼というには遅すぎる微妙な時間だ。


「ああー、疲れたー」


 安全地帯にまで辿りついた途端に七里が大きく肩を落とした。


「おう。お疲れさん。今日は、予想以上に上手くいったわ。やっぱ、腰越が入って前線が厚くなったのがでかいな」


 俺はそれまで背負っていた本日の成果であるゴミ袋、四袋分を脇に降ろす。


「ま、それなりにいい運動だったかな」


 腰越はクールダウンするように何回か素振りをしてから、太刀を背中の鞘にしまった。


「……私は疲れました。期末テストはまだなのに、もうテスト3日目みたいな気分です」


「由比もありがとう。今日の料理は俺がやるから、ゆっくり休んで」


「はい。では、今日はお言葉に甘えさせてもらいます」


 由比は気丈に微笑んだ。


 敵の攻撃はほとんど受けなかったが、それでもかすり傷くらいは避けられない。全ての戦闘が終わってから、由比に全員分の回復をお願いしたのだが、やはり魔法というのは本当に精神力を消耗するらしい。もうちょっと、ヒールのタイミングはずらした方がよかったかもしれない。今後は気を付けよう。


「じゃ、いっそのことだから、今日は外食でいいんじゃない? それで四万円になるんでしょ?」


 七里が大きく伸びをしてそう提案してくる。


「いや、ウチはじいちゃんの晩飯つくんないといけないから」


 腰越が申し訳なさそうに呟いた。


「じゃあ、ゴミを役所に引き渡したら、ミ○ドで今日の反省会がてらダベるか? 一時間くらいなら腰越も時間の都合つくだろ」 


 別に腰越と別れて俺たちだけで話を進めてもよかったのだが、せっかくパーティーを組んだ以上、仲間外れにはしたくなかった。


「う、うん。それくらいならウチも大丈夫」


 腰越がわずかに口元を綻ばせて頷く。


「じゃあ、それでいいやー。私はなにたべよっかなー。やっぱ、ポンデショコラは外せないよねー。妹ちゃん」


「私は、黒糖の方が好きかな」


 そんな他愛もないことを喋りながら、俺たちは鎌倉の街へと引き上げていった。




 Quest completed


 討伐モンスター:テラクック2

        クック3

        フリーゲ1


 戦利品:鳥の羽根 4

    羽毛(普通)2

    羽毛(粗悪)2

    蠅の目玉 1


 報酬

 40000JPY

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