第67話 クリスマス
時が過ぎるのは早く、学生は忙しい。
夏休みが終わり、すぐに俺たちに大きな冒険をするような余裕はなくなってしまう。
土、日は、身体がなまらない様にギルドメンバー全員で訓練をしたり、もしくは、商店街の警護などの簡単な任務をこなしたり、ギルドとしては無難な活動が続いていた。
瀬成は相変わらず鍛冶に勤しんでいて、石上は自罰的な鍛練に余念がなく、七里はアホで、由比はどんどん家族になっていった。
俺はといえば粛々と衣類系のアイテム生産に精を出し、ロックさんの所のギルドとの取引で、着実に『ザイ=ラマクカ』の財産を蓄え、防具を中心にギルドメンバーの装備を充実させた。
そして、あっという間に季節は冬。
終業式も終わったクリスマスの当日、俺の家ではささやかなパーティーが開かれた。
石上が最初だけちょろっと顔見せ程度に参加し、『あ、う、うん、アミーゴ、悪い。今日はこの後、どうしても外せない用事があるんだ』と、しどろもどろかつバレバレな理由ですぐに途中退席し、肉屋の娘さんとリア充を決め込むという、『飽きれた糞坊主事件(嫉妬)』があった他は、概ね愉快なパーティーだった。
それも今は終わり、リビングには弛緩した空気が漂っている。
残されたのは、クラッカーの残骸と、七里がてっぺんのいちごだけを食い散らかしたケーキの余り物くらいのものだ。
七里はソファーに寝転がり膨らんだ腹を掻きながら寝息を立て、由比が流しで洗い物をする水音が心地よく響いている。
ずっとこんな時が続けばいい。
ふと、そんなことを思った。
「じゃ、そろそろウチも帰るね」
お開きになる頃合いを見計らってか、瀬成がそう切り出して、椅子から立ち上がった。
「お、そうか」
合わせて俺も立ち上がる。
「何であんたまで立ってんの?」
「いや、一応、玄関で見送ろうと思って」
「はっ? そんなのいらないし」
「まあまあ、いいじゃないか」
「うわっ、なんかキモい」
瀬成はそう言いながらも、満更でもなさそうな表情だ。
リビングを出て、あっという間に玄関に辿り着く。
「んじゃ。帰るから」
瀬成が靴のつま先を玄関先でトントンして言う。
「ああ。じゃ、これクリスマスプレゼントな。あっ、でも、あんま期待すんなよ。ただのマフラーだから」
俺は下駄箱の中から紙袋を取り出して、瀬成に差し出す。
「プレゼントって。……さっきみんなでプレゼント交換したっしょ?」
瀬成が目を丸くする。
「まあ、あれはただのイベントみたいなもんだから。こっちは俺から瀬成へのささやかな礼だ。ほら……『白閃(びゃくせん)』の」
俺は今使っている武器の名を口にした。あれから何度か武器を作ってもらったが、その度に斬れ味が鋭く、頑丈になっていた。
「別に。ウチがギルドの財産の材料を使って打たせてもらってるんだから当然じゃん」
「それでも、普通は加工賃くらい払うもんなんだよ。でも、瀬成は金は受け取らないし、だったら、手作りで返そうと思ってさ。それとも……やっぱ、男の手作りマフラーなんてキモいか?」
本音を言えば、『白閃』云々は口実で瀬成にプレゼントをしたかっただけだ。七里と由比にも手作りの冬物をあげたし、ギルドメンバーになった以上は、瀬成とも家族とまでは言わないが、友達よりは一段深い付き合いをしたいと思ってる。
ちなみに、石上にはあの寒そうな頭を覆うニット帽を渡そうかと思っていたのだが、奴がリア充なのでやめた。おそらく、恵美奈さんが石上に何かプレゼントを用意しているだろうから、俺が先に贈り物を渡すのは何となく無粋な気がしたのだ。
「そんなことは言ってないじゃん。……もらってあげる。だけど、勘違いされたら困るし学校にはつけてかないからね」
瀬成は俺の紙袋を受け取って、そう軽口を叩いた。
「ああそうしてくれ。じゃ、気をつけて帰れよ」
「うん。じゃね」
瀬成が小さく手を挙げて、踵を返す。
俺はその背中を黙って見送る。
静かにドアが閉まった。
「なんだ。家まで腰越さんを送って行ってあげれば良かったのに」
いつの間にか俺の側に来ていた七里が、残念そうに言った。
「あんまりべたべたすると瀬成は嫌がるからな。それに、素の戦闘力じゃ俺よりあいつの方が強いし」
「そんなんじゃだめだよ。お義兄ちゃん。青春時代は、今だけなんだよ」
妙にしんみりした口調で、七里は呟く。
いつものただの大人ぶりたがりのはずなのに、今は本当に俺の方が年下になったかのような錯覚を覚える。
最近、ふとした瞬間に七里は、こうした表情を見せることがあった。
「お気遣いどうも。だが、俺の青春は十分これで満足だよ」
俺は充足感を覚えていた。
これが俺の幸せな『日常』だ。
確かに七里の言う通り、きっと、こんな関係が続くのは今だけだ。
冒険ができるのは今の内で、高校も二年になればそろそろ受験のことを考えなくてはいけない時期だ。そして、やがて卒業が終わり、みんながそれぞれの進路を行く。
瀬成は鍛冶師になるために今より一層厳しい訓練を積むだろう。石上は、僧としての修行に出るか、行くにしても仏教系の大学だろう。俺は、行ける範囲で理系の学部を目指す。七里と由比は高校生になって、新しい友達を作って、それぞれの青春を過ごすだろう。
このまま冒険者として暮らしていけるんじゃないか、そんなことをちらっと考えたこともない訳ではない。
だが、そんなのはただの夢物語だ。冒険者という職業は、一生を捧げるにはあまりにも不安定すぎる。命の危険はもちろん、まともに激しい戦闘ができるのは、せいぜい30代が限度だろう。なにより、いきなり世界が『カロン・ファンタジア』の世界と重なったように、また、突然元に戻るかもしれない。そしたら、冒険者なんてただの無職に早変わりだ。もちろん、俺としても、裁縫士の需要がある内は、相応の役割は果たすつもりだが、それを本業にするつもりはない。
いつか、大人になった俺たちが、またこうして集まって、『あの時は随分無茶をしたよな』って笑い合う。俺たちの冒険は、その時に今のことを思い出す縁(よすが)になる程度でいい。
「お義兄ちゃん。あのね――」
「ちょっ! あんた! 大丈夫! マジで!」
七里が何かを言いたそうに口を開いたその時、外から瀬成の狼狽した声が響いた。
慌ててドアの外に飛び出た俺たちの目に飛び込んできたのは、意外な人物だった。
「礫ちゃん!?」
そこには、瀬成に抱きかかえられた礫ちゃんがいた。
服はボロボロで薄汚れ、その豊かな黒髪がほつれている。かけた眼鏡のフレームが曲っていた。
「あ、大和! ウチが帰ろうとしたらこの子がいて、んで、いきなりぶっ倒れそうになって――」
「お、落ち着け。瀬成。とりあえず、救急車を呼ぼう」
いきなりの出来事に狼狽しつつも俺はデバイスを開く。
「ま、待ってください。救急車は呼ばないでください」
うっすらと目を開いた礫ちゃんが、か細い声で呟く。
「じゃあ、ポーションいる? ポーション」
七里が礫ちゃんの顔を覗きこんで言う。
「そ、それもダメです。私は今、デバイスを開いて居場所をバラす訳には――」
礫ちゃんは瀬成の腕に必死な形相で手をかけ、そう言いかけたきり、再び目を閉じる。
「礫ちゃん!? 礫ちゃーん?」
俺は大きな声で礫ちゃんに呼びかけるが、反応はない。
「だ、大丈夫、脈はあるよ。大和。一時的に意識を失ってるだけ」
「そうか。とりあえず、何か事情があるみたいだし、家の中に運ぼう。七里、お前の服を取ってこい。礫ちゃんに貸す」
「わかった!」
七里が家の中に駆け戻ってくる。
「じゃ、この子はウチが着替えさせる。身体を拭いてあげたいから、お湯とか用意してくれる?」
瀬成が、礫ちゃんを軽々抱きかかえて言った。
「ああ。それは由比に頼むよ。俺は、礫ちゃんを寝かせられるように部屋の用意をしてくる。親父の部屋が余ってるから」
「おっけー」
こうして、一端解散したはずの俺たちは、再び家に集合することになった。
===============あとがき=================
いつも拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。
これにて、第Ⅰ部第三章は終わりです。
果たして礫ちゃんは無事でしょうか?
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